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巫女調べの儀式③
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儀式は順調に進み、ハジャル王ダミールは祭壇前で大神に挨拶をして丁寧に祈りの言葉を述べた。
「では、ハジャルの王よ。『巫女調べ』行ってくださいませ」
大巫女に促されたダミールは、頷いたものの居並ぶ巫女たちに近づいて順に見分するでもなく、正面の大巫女に向き直った。
「陛下?」
大巫女は元より、正殿にいる全ての巫女たちも驚愕した。
まさか、この若い王は白髪交じりの大巫女を所望されるとか?
一瞬、王と大巫女以外の誰もがそう思った。
「陛下、こちらに参られた以上、もはや巫女を選ばずに帰国することはできませんぞ。何が何でも選んで頂かねばなりません」
さすがに大巫女は、顔色一つ変えずにそう淡々と告げた。
かつて、この正殿まで来たものの好みの外見の巫女がいないとかで、誰も選びたくないと駄々をこねた王がいたそうなのだが、結局は、無理やり選ばせて帰国させたのだそうだ。
何があっても、どんなことがあっても『巫女を選ばない』という選択肢はないのだ。
「存じています。ですが、私は誰を選ぶかはもう決めております。ただ、私はその者の名は知っていますが、顔は全く知らないのです。それでそうしたものか、と思っているだけなのです。こういう場合でも、一応、巫女たちに順に名を尋ねていったほうが良いのでしょうか?」
大巫女以外の巫女たちは絶句した。
巫女の名前など、推薦した元・巫女以外は、出入りしている商人でもなかなか把握が難しいのに、巫女の名前を知っているとはどういうことなのだろうか。
「さようでございましたか。すでにお決めになっておられたのですか。ならば儀礼通りに巫女たちを一人一人見ていかれることもないでしょう。では、その者の名を仰って下さいませ」
大巫女は眉一本動かさないまま、軽い手のひらの動き一つで巫女たちの動揺を鎮めた。
「わかりました」
ダミールは改めて巫女たちの列の中央まで進んで彼女たちに向きなおした。
「私が伴いたい巫女は、アーシャという名の巫女です」
さきほどの絶句よりも、さらに深い沈黙が正殿を支配した。
空気が一瞬で張りつめる。
それに合わせるかのように、祭壇の両脇で焚かれていた乳香の白煙が軽く揺れた。
名前を呼ばれた本人に至っては、何が起きたのかわからなかった。
「アーシャ」
横に立っていた巫女に耳元で名前を呼ばれて、初めて顔を上げた。
そうして恐る恐る上座の方を見た。
マフルの驚愕の視線、姉巫女たちの視線、正面の大巫女の視線、大巫女の側仕えの巫女たちの視線、それらが一斉に自分に注がれていた。
「何をしておる、アーシャ。この神殿で今この場所において、アーシャと名乗る巫女はそなただけだ。アーシャ、そなたが選ばれたのだ。さあ、陛下の前に進んで儀礼通りに名を名乗って返礼申し上げよ」
「わ、私がでしょうか?」
夢うつつ状態のアーシャは半信半疑で大巫女に問うた。
「そうだ。選ばれた巫女の儀礼の手順を知らぬわけではあるまい。さあ早う致せ」
「は、はい」
上ずった声で返事をしながら、アーシャは王の前に進み出た。
いつもの正殿の石畳の感覚がまるで感じられない。
そんな頼りない己の足元を見ながら、ダミールの前で膝をついた。
「た、ただいま陛下がお呼びになられましたアーシャと申します」
まるで自分の声ではないような不思議な感覚。
そのまま石畳の冷たい床に平伏する。
その後のことは、滞りなく儀式が厳粛に進められたと思う。
なぜなら、アーシャは自分でも何が起きたのか最後までしっかり把握することが出来ずに、呆然としていたからだった。
式典の翌日、マフルを始めとする巫女たちに見守られながら、わずかな身の回りの荷物とともに、アーシャは住み慣れた神殿を後にした。
「では、ハジャルの王よ。『巫女調べ』行ってくださいませ」
大巫女に促されたダミールは、頷いたものの居並ぶ巫女たちに近づいて順に見分するでもなく、正面の大巫女に向き直った。
「陛下?」
大巫女は元より、正殿にいる全ての巫女たちも驚愕した。
まさか、この若い王は白髪交じりの大巫女を所望されるとか?
一瞬、王と大巫女以外の誰もがそう思った。
「陛下、こちらに参られた以上、もはや巫女を選ばずに帰国することはできませんぞ。何が何でも選んで頂かねばなりません」
さすがに大巫女は、顔色一つ変えずにそう淡々と告げた。
かつて、この正殿まで来たものの好みの外見の巫女がいないとかで、誰も選びたくないと駄々をこねた王がいたそうなのだが、結局は、無理やり選ばせて帰国させたのだそうだ。
何があっても、どんなことがあっても『巫女を選ばない』という選択肢はないのだ。
「存じています。ですが、私は誰を選ぶかはもう決めております。ただ、私はその者の名は知っていますが、顔は全く知らないのです。それでそうしたものか、と思っているだけなのです。こういう場合でも、一応、巫女たちに順に名を尋ねていったほうが良いのでしょうか?」
大巫女以外の巫女たちは絶句した。
巫女の名前など、推薦した元・巫女以外は、出入りしている商人でもなかなか把握が難しいのに、巫女の名前を知っているとはどういうことなのだろうか。
「さようでございましたか。すでにお決めになっておられたのですか。ならば儀礼通りに巫女たちを一人一人見ていかれることもないでしょう。では、その者の名を仰って下さいませ」
大巫女は眉一本動かさないまま、軽い手のひらの動き一つで巫女たちの動揺を鎮めた。
「わかりました」
ダミールは改めて巫女たちの列の中央まで進んで彼女たちに向きなおした。
「私が伴いたい巫女は、アーシャという名の巫女です」
さきほどの絶句よりも、さらに深い沈黙が正殿を支配した。
空気が一瞬で張りつめる。
それに合わせるかのように、祭壇の両脇で焚かれていた乳香の白煙が軽く揺れた。
名前を呼ばれた本人に至っては、何が起きたのかわからなかった。
「アーシャ」
横に立っていた巫女に耳元で名前を呼ばれて、初めて顔を上げた。
そうして恐る恐る上座の方を見た。
マフルの驚愕の視線、姉巫女たちの視線、正面の大巫女の視線、大巫女の側仕えの巫女たちの視線、それらが一斉に自分に注がれていた。
「何をしておる、アーシャ。この神殿で今この場所において、アーシャと名乗る巫女はそなただけだ。アーシャ、そなたが選ばれたのだ。さあ、陛下の前に進んで儀礼通りに名を名乗って返礼申し上げよ」
「わ、私がでしょうか?」
夢うつつ状態のアーシャは半信半疑で大巫女に問うた。
「そうだ。選ばれた巫女の儀礼の手順を知らぬわけではあるまい。さあ早う致せ」
「は、はい」
上ずった声で返事をしながら、アーシャは王の前に進み出た。
いつもの正殿の石畳の感覚がまるで感じられない。
そんな頼りない己の足元を見ながら、ダミールの前で膝をついた。
「た、ただいま陛下がお呼びになられましたアーシャと申します」
まるで自分の声ではないような不思議な感覚。
そのまま石畳の冷たい床に平伏する。
その後のことは、滞りなく儀式が厳粛に進められたと思う。
なぜなら、アーシャは自分でも何が起きたのか最後までしっかり把握することが出来ずに、呆然としていたからだった。
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