上 下
3 / 26

しおりを挟む
 採取が終わり、神の庭から神殿内に設けられてある選別所に戻ると、等級別に仕分けをする。
 祭祀に使う特等品、医術に使う一等品、部屋を清めたり、民に下げ渡す市井用の二等品、排泄所など水回りの掃除用に使う三等品、といようにだ。
 商人のように乳香と没薬の樹脂は市場で売りさばくことは禁止されている。
 新米巫女には選別作業はまだ任せてはもらえない。
 ただ、姉巫女たちの選別の様子を横から見守りながら、時折言われた雑務をこなすだけだった。
 そして選別作業が終わると、等級別の倉庫に原料となる樹脂を片付けに行く。
 アーシャも姉巫女から籠を一つ渡されて、三等品倉庫に片付けにいった。
 最初から最後まで、最高級品を見ることは出来ても、指一本触れさせてはもらえない。
「ふう」
 籠を置くと、アーシャの隣からため息が漏れる。
「マフル?」
 アーシャと同室で同じく新米巫女のマフルだ。
「ずっと地面を這っていたから腰と膝が痛くて」
「ああ、そうね」
「背が届かないから台になれって、もう腹が立つったら! あの女! ほんの少し私より先に生まれただけであんなに偉そうに! 乳香の木なんて大して高くないじゃない。例え高くても採取用の台を使えばいいのに。それにあの女、昔はどこかの町の遊女の娘だったとか。あんな女が先輩風吹かすなんて本当、嫌になるわ!」
 マフルはもともと小国とはいえ、貴族の娘だったそうだ。
 だが巫女になってしまえば、それまでの身分も出身地も関係ない。
 全員年齢順以外は同列に扱うという神殿内の決まりごとには、他の王族や貴族出身の娘たちとともにマフルは反発していた。
「マフル、声が大きいよ」
「大丈夫。誰もいやしないわよ」
 確かにアーシャが辺りを見回すと、倉庫にはもう二人だけしかいなかった。
「アーシャも腹が立たないの?」
「私は別に」
 アーシャは首を横に振った。
「ああ、そうだったわね。ごめんなさい」
 マフルは同室のアーシャが、遊女を母に持ったり、奴隷の身分ではないものの庶民出身であることを思いだした。
 気まずい雰囲気が一瞬その場に漂った。
「別にいいよ。気にしてないから」
「本当にごめんなさい!」
 マフルはアーシャに向かって手を合わせて謝った。
「大丈夫だって」
「でも、アーシャは腹が立たないの? 姉巫女たちに毎日こき使われて。私は、まだ見習いの時のほうが楽しかったように思うわ」
「それはそうだけど。仕方ないじゃない。私たちはまだまだ新米巫女なんだから。すぐに重要な仕事が任されるわけでもないし」
「じゃあ、姉巫女たちの台になるのも仕方がないってこと?」
「ええ。だって神殿に来る前の私の暮らしを考えたら、ここの生活は最高だもの」
「最高?」
 アーシャは頷いて、神殿に上がる前の暮らしを思い出した。

 それは大人にも子供にも過酷な暮らしだった。
 日の出から日没まで、ひたすら薔薇王のために庭の薔薇の手入れをして、王のために薔薇の香料や薔薇水を作る。
 病や体調不良などで休むことは絶対に許されず、倒れても薬師なども呼んでもらえず、奴隷制度は彼の国にはなかったが、ほとんど奴隷同然の扱いだった。
 日がな一日、薔薇に囲まれていたために、一時嗅覚がおかしくなってしまったほどだ。
「あの過酷な日々を思えば、今の姉巫女さまたちの仕打ちなんて何とも思わないよ」
「アーシャは強いのね」
 マフルは感心したようにアーシャを見つめた。
「そんなことはないけど」
 過酷な労働環境の結果、両親と兄たちが相次いで亡くなったことが、アーシャの神殿行きのきっかけになったことは確かだった。
 アーシャのことを思ってくれる家族は、もうこの世のどこにもいない。
 残酷な薔薇王の手によってあっけなく奪われてしまった。

「ねえアーシャ、訊いた?」
 すっかり暗くなってしまった雰囲気を払拭するように、無理やりマフルが明るい声で話題を変えてきた。
「何を?」
「もうすぐおこなわれるらしいわよ。例のあれが」
「あれって?」
 途端にマフルは呆れた。
「アーシャ知らないの? 『巫女調べ』よ。久しぶりに巫女調べが行われるんですって。さっき神の庭で姉巫女たちが話してたじゃない? 訊いてなかったの?」
 姉巫女の踏み台になることに憤慨しながらも、ちゃっかり聞き耳は立てていたようである。
「ああ」
 何だそんなことか、とばかりにアーシャの返事は途端に興味のないものになった。
 どうりで最近の姉巫女たちがやたらとそわそわしていたはずだ。
 神殿御用達の商人たちに、新しい化粧道具や衣装をあつらえるための絹などを大量に発注していたのは、このためだったのか。
「興味ないの?」
 マフルに覗き込まれて、アーシャは何とも言えない顔をした。
「いや、巫女調べと言っても、基本的に私には関係のないことだと思っているから」
「え? 何言ってんの! 巫女調べは、私たちにも姉巫女たちと同様に機会が与えられるのよ! どこの国の王がやってくるのかはわからないけど、一国の王に望まれる最高位の側室になれるかもしれないのよ?」
「そうだね。でも、庶民出身の私にはそんな高貴な身分なんて興味ないよ。それに、私は巫女としての能力が特別すごいわけでもないし、容姿が特に優れているわけでもないし」
 そっとベールの下からもれている自分の縮れた黒髪を指にからませた。
 真っ直ぐに流れるようなさらさらと滑らかな絹糸のような髪質が良いとされているのに、なぜ自分の髪は梳いても梳いても真っ直ぐにならないのだろう。
 腰まで伸ばしてみたが、全然真っ直ぐにはならない。
 どうみても、砂漠の女神と謳われたかつての主の娘とは雲泥の差だ。
 砂漠に暮らす民独特の黒い瞳に、褐色の肌。
 これと言って他人の目を引くような珍しい色でもない。
 どこにでもある砂漠の民の凡庸な女。
 それが自分の姿だとアーシャは思っていた。
「アーシャ! 自分をそんなに悪く言わないの」
 マフルがぴしゃりと言ってのける。
「そうだね」
 卑下しているわけでもないのだが、ただ客観的に自分を見ているだけなのだ。
「それでね、私も巫女調べのために実家のお父さまから色々送って頂こうと思ってるの。だから、アーシャも一緒に支度しましょう。これを機に綺麗に着飾りましょう。女の特権を使いましょう。楽しくなるわよ」
 マフルに強引に引っ張られていく。
 そう言われてしまったら、アーシャには断る理由がないので、ただ黙って頷いた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

【完結】砂の香り

黄永るり
ファンタジー
砂漠の国ティジャーラ王国の香料職人サマラは、国の宝を求めて旅に出る。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

お城のお針子~キラふわな仕事だと思ってたのになんか違った!~

おきょう
恋愛
突然の婚約破棄をされてから一年半。元婚約者はもう結婚し、子供まで出来たというのに、エリーはまだ立ち直れずにモヤモヤとした日々を過ごしていた。 そんなエリーの元に降ってきたのは、城からの針子としての就職案内。この鬱々とした毎日から離れられるならと行くことに決めたが、待っていたのは兵が破いた訓練着の修繕の仕事だった。 「可愛いドレスが作りたかったのに!」とがっかりしつつ、エリーは汗臭く泥臭い訓練着を一心不乱に縫いまくる。 いつかキラキラふわふわなドレスを作れることを夢見つつ。 ※他サイトに掲載していたものの改稿版になります。

【完結】月の行方

黄永るり
ファンタジー
魔法学校の生徒ルナは見習い錬金術師。大切な人を探すために、卒業試験先として選んだ国はめちゃくちゃ危険な国だった。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

私が我慢する必要ありますか?【2024年12月25日電子書籍配信決定しました】

青太郎
恋愛
ある日前世の記憶が戻りました。 そして気付いてしまったのです。 私が我慢する必要ありますか? ※ 株式会社MARCOT様より電子書籍化決定! コミックシーモア様にて12/25より配信されます。 コミックシーモア様限定の短編もありますので興味のある方はぜひお手に取って頂けると嬉しいです。 リンク先 https://www.cmoa.jp/title/1101438094/vol/1/

処理中です...