【完結】色染師

黄永るり

文字の大きさ
上 下
28 / 35

鎌倉の御方様

しおりを挟む
「卯花様」
 客間にいた卯花を執事が呼びにきた。

 卯花の目の前には、若葉が涙を流しながら眠っていた。
 その体は半分くらい透けているところで止まっていた。
 御方様と卯花、そして関東本部の幹部たちの術で何とか透明化するのを途中で踏みとどまらせているのだ。

 元々、この鎌倉本邸自体もかなり厳重な結界や守護の術が施されているので、かけられた術の速度を落とすことくらいはやりやすかった。
 しかし、いつまでもこのままというわけにはいかない。

 何と言ってもこの下には、色六天の一体『色霧天』が生きながら封じられているのだ。
 下手につつけば、封印が解かれてしまうかもしれないのだ。

「どうしました?」
「御方様がお呼びにございます」
「わかりました。参ります」
 そういうと、若葉のことを執事に頼むと卯花は客間を後にした。

 鎌倉央色家本邸の最も奥に、屋敷の主の部屋があった。
「御方様、姫様が参られました」
 部屋の前で警護にあたっている色染師の女性が障子越しに声をかけた。
「お入りなさい」
 女性が障子を開けた。

 卯花は一礼して部屋に入った。
 奥に座っている着物姿の女性の前で再度礼をすると、静かにその前に座った。
 卯花の叔母であり養母でもある女性。
 央色雪子。
 抜けるような真っ白い肌は卯花と同じだ。
 鎌倉の御方という長年の務めからか、かなり黒目の色素が抜け落ちている。
 容姿は卯花に似ているような似てないような不思議な顔をしている。

「新堂さんの様子はどうですか?」
「透過率は半分くらいで止まっています。涙が流れてきたので、多分喰らった色魅に何か言われたのでしょう」
「そうですか」
「新堂さんのご家族の方は?」
「はい。お母様と妹さんには色染師のことも含めてしっかり私からご説明申し上げました。お二人ともかなり驚いていらっしゃいましたが、最終的には納得してくださいました」
「そのまま話されたのですか?」
「そうです。嘘をついたところで結局はばれてしまうことでしょうし」
「そうですね」
 あの透けていく若葉の姿を見たら下手に隠すよりも、全て本当のことを伝えたほうが良い。
 卯花でもそうするだろう。

「お二人にはしばらく若葉さんをこちらで預かる旨もお話させていただきました。ご一緒に住んでいらっしゃるお父様とおばあ様のほうには、関東本部よりしばらく本邸で預かることと、今回の顛末も含めて簡単にご説明申し上げるように頼みました」
「御方様、ありがとうございます。お手数をおかけいたしました」
「いえ。滅多にない私の仕事ですから」
 にこりと雪子は微笑んだ。
 卯花は深いため息をついた。

「御方さまの仰った通りになりましたわね」
「そうですね」
「やはり一年次から色命札の詳細を教えておいたほうが良いのではないでしょうか? いつ何時、また新堂さんのように被害に合われる色染師見習いがいないとも限りませんし」
 雪子はそれには眉をひそめた。

「最初から命をかける戦いであると?」
「少なくとも遊び半分で活動している生徒たちは、きりっとするでしょう?」
「そうですね」
「いたずらに恐れを抱かせて戦えない色染師になると困る、というのはご先祖さまのお考えなのではありませんか? 今の方たちは、その恐れを超えていける色染師になれるのではないかと私は思っています」

「卯花の言うことももっともです。私たちはご先祖さまからの決まり事をあまりにも守りすぎていたのかもしれませんね」
「では?」
「ええ。京都にいらっしゃる兄上様に聞いてみましょう」
 それは央色家の現当主のことであり、すべての色染師たちの頂点に立つ存在であり、そして卯花と京都に住む双子の兄の父のことでもある。

 そして雪子は、卯花の父の双子の妹なのだ。
 卯花にとっては実の叔母であり、慣例に従って今は戸籍上は養子縁組をして娘となっている。
 大変思慮深く、聡明で関東本部からも絶大な信頼が寄せられている。
 これで慣例が一つでも変わればいい、と卯花は思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の周りの裏表

愛’茶
キャラ文芸
市立桜ノ小路女学園生徒会の会長は、品行方正、眉目秀麗、文武両道、学園切っての才女だった。誰もが憧れ、一目を置く存在。しかしそんな彼女には誰にも言えない秘密があった。

恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜

k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」 そう婚約者のグレイに言われたエミリア。 はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。 「恋より友情よね!」 そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。 本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。

いじめ

夜碧ひな
キャラ文芸
ある学校の1クラスでは、1人の女子高生 佐々木 愛唯(ささき あい)を対象にいじめが行われていた。 卒業式の日、彼女は証書授与で壇上に上がり、ナイフを自分に刺した。 数年後、彼女は幽霊となり自分をいじめたクラスの人間を1人ずつ殺してゆく。その行動にある思いとは。 ※この物語はフィクション作品です。個人名、団体などは一切関係ありません。 ※この作品は一部バイオレンスな表現が含まれています。閲覧の責任は負いかねますので予めご了承ください。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

〖完結〗王女殿下の最愛の人は、私の婚約者のようです。

藍川みいな
恋愛
エリック様とは、五年間婚約をしていた。 学園に入学してから、彼は他の女性に付きっきりで、一緒に過ごす時間が全くなかった。その女性の名は、オリビア様。この国の、王女殿下だ。 入学式の日、目眩を起こして倒れそうになったオリビア様を、エリック様が支えたことが始まりだった。 その日からずっと、エリック様は病弱なオリビア様の側を離れない。まるで恋人同士のような二人を見ながら、学園生活を送っていた。 ある日、オリビア様が私にいじめられていると言い出した。エリック様はそんな話を信じないと、思っていたのだけれど、彼が信じたのはオリビア様だった。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

水の失われた神々

主道 学
キャラ文芸
竜宮城は実在していた。 そう宇宙にあったのだ。 浦島太郎は海にではなく。遥か彼方の惑星にある竜宮城へと行ったのだった。 水のなくなった惑星 滅亡の危機と浦島太郎への情愛を感じていた乙姫の決断は、龍神の住まう竜宮城での地球への侵略だった。 一方、日本では日本全土が沈没してきた頃に、大人顔負けの的中率の占い師の高取 里奈は山門 武に不吉な運命を言い渡した。 存在しないはずの神社の巫女の社までいかなければ、世界は滅びる。 幼馴染の麻生 弥生を残しての未知なる旅が始まった。 果たして、宇宙にある大海の龍神の住まう竜宮城の侵略を武は阻止できるのか? 竜宮城伝説の悲恋の物語。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

ろまけん - ロマンシング剣闘 -

モノリノヒト
キャラ文芸
『剣闘』  それは、ギアブレードと呼ばれる玩具を用いて行われる、近未来的剣道。  剣闘に興味のない少年が、恩人の店を守る為、剣闘の世界へ身を投じる、ザ・ライトノベル・ホビーアクション! ※本編の登場人物は特別な訓練を受けています。 お子様が真似をすると危険な描写を含みますのでご注意くださいませ。 *小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...