【完結】色染師

黄永るり

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紫陽花シーズン到来

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 六月。
 一年のうちで関東在住の色染師たちにとって一番忙しい季節がやってきた。

 なぜか?

 梅雨のこの時期、鎌倉は紫陽花シーズンだからだ。
 この美しい紫陽花の色に色魅たちが群がってやってくるからだ。
 この紫陽花の色を奪い自分たちの色とするために。
 そしてまた、紫陽花を愛でる人々の心を惑わし、その色もあわよくば手に入れるために。

「暑い~」
「夏だからね」
「蒸し暑い~」
「この時期は毎年そうだよ」
 橙子と不毛な会話を繰り広げる。

「クーラーかかってるけど」
「暑い……」
「朝から暴れすぎなんじゃないの?」
 夏服に衣更えしたにも関わらず、それでも汗をかきまくって、うちわと下敷きであおぎまくっている。

 毎日バイトは早朝だけになったのが功を奏したのか、朝のいくぶん涼しい時間帯に色魅たちを封滅できるのは気持ちいいものだった。
 しかし、やっぱり一体だけで終わるわけではないし、色魅たちもじっとはしていないので、結局は汗だくになってしまうのだ。
 そして教室には全てエアコン完備はしているものの、ガチガチに冷えるほどの温度設定にはしていない。
 だから汗がひくのには多少の時間がかかる。

「それで今日は何体やったの?」
「うーんと、途中までは数えてたんだけど」
 若葉はスマホで封滅数がカウントされているページを確認する。

「凄い! 五体だ」
「やりすぎだよ。よく李先輩もそれだけつきあってくれるわね」
「だって次から次から現れるんだよ」

 入学した頃の数などものの数ではない。
 日ごとに増えてくる。
 だから現役の彩明の生徒だけでなく、この時期は卒業生も重点的に鎌倉市内を回っている。

 ほうっておくと、当然人間に害をなす場合もあるが、最悪鎌倉の御方さまの邸宅の下で封印されている色霧天が目覚める可能性もあると言われているのだ。
 毎年、この時期に活発に色魅たちが活動するのは、色霧天を起こすためなんじゃないかとも噂されていた。

「特にさあ、御方さまのお屋敷近くとかが多いんだよねえ」
「あと、お寺とか神社もいつも以上だって神崎先輩が言ってた」
 神崎先輩とは、橙子の色導師の神崎朱音のことだ。
「紫陽花シーズンが終わると、期末テストだけど今度こそちゃんと勉強してるんでしょうね?」
 橙子になぜか念押しされる。

「うん。大丈夫。ママからも赤点取らなかったからって、赤点スレスレが良いってわけじゃないからねって言われた」
 あまりにも成績が芳しくなかったら、星読みの勉強も中止するとママにしっかり釘を刺されていた。
 それだけに最近は、若葉なりに勉強も頑張っていた。
 それが本来あるべき学生の姿だと言われてしまえばそれまでなのだが。

 汗がひいたところで一時間目が始まるまで星読みの復習でもしようと鞄からノートを取り出した。
 今まではなかなか橙子にすら学んでいることを大っぴらに話していなかったから、学校では勉強しにくかったのだ。
「それが例の星読みノート?」
「うん」

「占星術とかとは違うの?」
 橙子が興味深げに覗き込んできた。
「今までの西洋占星術って言われてるのはジオセントリックのことで、私が学んでるのはヘリオセントリックっていう星読み。占星術や占いとはちょっと違うかな? これはその人が生まれた時に魂がどんなことをやりにきてるのか読むための学び、かな。西洋占星術と違うのは、太陽中心で出生図の盤面を作成するから、太陽のことは読まないし、月のことも読まない。けど、地球との関わりは読んでいくんだ」
 西洋占星術では太陽が表に出る自分、月がプライベートの自分と他の星よりも重大な位置づけで読んでいるが、それは地球を真ん中にして読んでいるからだ。

「そうなんだ。変わってるね。前からこんな占いというか星読みってあったの?」
「あったんだけど、それに対して研究したり情報を集めたり計算したりする人が少なかったんだってママが言ってた。でも、最近注目されはじめて、こちらも実は本人の生きざまが現れてるんじゃないか? って」
「へえ」
 橙子は不思議そうに若葉のノートを覗き込んでいる。

「ねえ?」
「何?」
「これ若葉が読めるようになったらでいいから、私のも読んでくれないかな?」
「いいけど、何で?」
 今まで橙子にはちらっとしか星読みの話をしていなかったし、その時の橙子の反応もそっけなかったものだったから、若葉はてっきり橙子は星読みとかには興味ないんだと思っていた。

「面白そうだから」
「興味あるんだ」
「うん。それに若葉に私の星を読んでもらったら私も何か変われるかもしれないし、ね」
「何が?」
「人生とか、私のこれからの方向性とか?」
 橙子は珍しくニヤニヤしながらそう言った。

「わかった。真っ先に橙子の盤面を読ませてもらうね」
「楽しみにしてる。それまで勉強方面は出来る限り協力してあげるから、頑張りなよ」
「ありがとう。橙子」
 橙子がさらに心強い味方になってくれたところで担任の教諭が入ってきたので星読みの復習はまたになった。

 でも、最初のお客さまの予約が入ったことが橙子には何より嬉しかった。
(これで魔法使いに一歩前進)
 そう思っていた。
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