【完結】色染師

黄永るり

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若葉と母

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 そのまま蒼翠から卯花の車で自宅まで若葉は送ってもらった。
 結局というか、やはり店で注文をとっていた女性は蒼騎の母親で、厨房から聞こえた声の主が蒼騎の父親らしい。
 蒼騎の母を思い出しながら、優しそうな人だなあと思った。
 派手で仕事とはいえ、いつでもどこでもガッツリメイクを欠かさない若葉の母からしたら羨ましい限りだ。
 
 若葉はいまだに自分の母親が苦手だった。
 嫌い、ではなく苦手。
 本当は嫌いと言ったほうがまだ正確なのかもしれないが。

 若葉の母は今も現役の有名な占い師だ。『赤のアイーシャ』と名乗って、今でもテレビに出たり、雑誌に載ったりしている有名人。
 父と別れるきっかけは、その占いの仕事が原因だった。

 母は十年前、当時トップアイドルだったあるグループの鑑定をテレビで行い、メンバーの脱退や不祥事、さらにはグループの解散時期まで事細かに言ってのけた。
 星読みを学び始めた今でも若葉は、母がなぜそこまで断言できたのか不思議に思っているのだが。

 そのテレビを観たグループのファンは激怒し、母のブログやホームページは大炎上してしばらくアクセス不能になってしまった。
 当時住んでいたマンションにもファンの心無い嫌がらせがあったりして、子供心に若葉はとても怖い思いをした。

 母は結局悪びれもせず、謝りもしなかったために、さらに騒動は長期化したのだが、とうのアイドルたちのほうがファンにそんなことにはならない。
 あの鑑定はでたらめだと宣言したため、母の顧客は急速に減ったが反対に炎上騒動は収まった。
 
 だが、母のことですっかり一般人の父は精神的に参ってしまった。
 離婚を切り出し、娘二人と実家の藤沢市内で静かに暮らすことを母に申し出た。

 母は家族が離れることに最初は良い顔をしなかったし、まだ幼かった若葉も双葉も母と離れることを最初は嫌がった。
 母としては、私は何も悪いことをしていないし、まっとうに仕事をしただけなのにどうして家族と別れて暮らすことになってしまうのだろう? と思っていたくらいだったろう。
 
 しかし、マスコミの攻撃やアイドルのファンからの心無い攻撃がどんどんエスカレートしていき、若葉も双葉も恐怖のあまり次第にふさぎこんでしまい、まともに小学校に行けなくなってしまった。
 
 そうして二人は父に説得される形で藤沢市内に転居した。
 母も結局は収入が減ってしまったので、当時のマンションでは暮らせずに別の都内のマンションに一人引っ越していった。

 母は一時この件で、すっかり仕事がなくなってしまい、横浜の麦子ママの店でしばらく名前を変えて占い師をしていたが、後にそのアイドルグループの鑑定が片っ端から現実化していき、ファンやマスコミを驚かせ、今度は逆に当たる占い師として世間から注目され、仕事量が急速にV字回復したのだ。

 またテレビや雑誌に引っ張りだこになった母は、ママのお店を辞めた。
 その代わりにというわけではないが、入れ替わりに若葉がママのお店に通って星読みを習うことになったのだ。

 母は若葉が星読みをママから習っていることを知らない。
 若葉と双葉は父方の祖母も大好きだったからすぐに新しい生活にも慣れたようにみえた。
 確かに心は落ち着いた。
 父と幼かった姉妹の精神は安定した。
 さすがにマスコミもここまでは追いかけてはこなかった。
 表面上は。

 父も若葉も双葉も約十年かけて少しずつ穏やかさを取り戻してきていた。
 心療内科に通いながら。
 けど、あの日の悪夢を今でも若葉は夢に見る。

 自宅マンションにマスコミが殺到して、裏口からこっそり出入りして、うっかりマンション前に出ようものならマスコミが母のことを聞いてくる。
 小学校に行けば、同級生から『嘘つき占い師の子供』と罵られ、嫌がられて避けられる。
 特に、そのアイドルグループのファンだという同級生や高学年の女子児童からのいじめが苛烈だった。
 
 その内容を夢に見ては、寝汗をかいて飛び起きる。
 回数はだいぶ減ったが、ゼロではない。
 妹の双葉はもっと不安定で、うなされては起きて、中学校に行くと言っては母のところに通っていた。

『どうしてお前は私の願いを無視するんだ!』
 高校に行かない選択を告げた時のことだ。
『高校に行かない理由は早くバイトして自分でお金を稼いで自分のお金で星読みの勉強をしたいから。いいじゃない学費とかかからないから』
 そう若葉が宣言した途端、父は猛反対した。

 高校進学しないだけでも反対なのに、さらには母親と同じ職業を目指すなんて言語道断だった。
 それは若葉にもわかる。

 若葉だって心理的にも長らく母のことでは悩まされた。
 そのトラウマは今も完治しているわけではない。
 下手したら一生かかっても克服できないかもしれない。
 それでも若葉は心に決めたことがあった。

『私はお母さんみたいな星読みにはならない』
 あんな形で人の運命を勝手に決めるような勝手に判断するような、ある意味予言のような鑑定は、おかしいと思うから。

 だったら、ママに教わった星読み・ヘリオセントリックで星を使う、自分の人生で星の力が活かせるようなアドバイスができる人になろう、そう思った。

 星読みを始めとして、他のヒーリングテクニックも学んでリアル魔法使いになれたら、というのはオプションだが。
 星読みになるのに学歴は不要だ。
 だからさして成績がよろしくない、中学校も適当に保健室登校していた若葉は、高校に進学する意味がわからなかった。

 だが必死に高校進学を父は勧めてきた。
『お金のことは心配しなくていい。私立でも学費は何とかするからとにかく進学してくれ』
「なんのために進学するの? 私がなろうとしている職業に学歴なんて関係ないんだよ」
『ちゃんと高校に行って、大学に行って、母さんみたいな仕事じゃなくてちゃんとした会社に就職してほしい』
 若葉は絶句した。

 なんだそのエスカレーターのような流れは。
 本当にそれが若葉のためだと思っているのだろうか。
 横で聞いていた祖母のほうが進歩的だった。

『行きたくないっていうんならいいじゃないか。ニートになるわけじゃなし。バイトはするって言ってるし。高校の学費はかからないし』
『母さん!』
『それに、学歴が必要になったら高校だって大学だって、今の時代いくらでも後から学びに行けるだろ?』
『現役じゃないとだめなんだ!』
 今思えば、父は何を恐れていたのだろう。

 若葉、父、祖母の話がまとまらず、若葉の担任もどう進路相談をすれば良いか考えあぐねていたころ。
 助け船のように鎌倉彩明学園の入試課のスタッフが中学校経由で若葉の自宅にやってきた。

 すぐさま色染師の話にとびついた若葉に、系列でもどこでもいいからとにかく高校卒業後は大学に進学することを若葉が約束することで、普通の高校に進学してほしかった父は渋々入学許可を出してくれた。

 星読みの授業の方は、ママが父を説得してくれた。
 ひとまず高校の間は星読みを学ぶことだけにする。
 それを仕事にするかどうかは若葉の学び具合でママが高校卒業後に判定するということになった。
 それでいっそう若葉は星読みを熱心に学び始めた。
 母が得意とする西洋占星術とは違う星読みを。
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