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決意
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ダルシャナ王妃一行は、山を下りてかなり平地を歩くようになった。
そして平地を歩くこと二週間、やっと王都までの道のりが半分ほどだと言われた夜。
ようやくクティーは決心した。
明日には、王都から王妃と王子一行を出迎えに、王都に残っていた軍の一部が宰相とともにやってくるらしいということがわかったからだ。
明日になってしまえば、ますます簡単にはシャストラに近づけないだろう。
そう思ったから、ようやく決断したのだ。
食後のゆったりとした休憩時間、シャストラは労いながら、いつものように兵士たちの間を歩いていた。
そこで彼らの話に耳を傾けているのだ。
そして最終的には、アランカーラと侍女たちの元へやってくる。
だからクティーは、今日はあえてマンダナたち侍女たちの場所ではなく、そこかしこで車座になっている兵士たちの後ろの方に一人で座っていた。
「あれ?」
一人で座っていたクティーを、シャストラはちゃんと見つけてくれた。
グラハに軽く手を振ると、一人でクティーのところへ来てくれる。
一国の王子さまだけど。
「クティー、今日はどうしたの? 母上やマンダナたちと一緒にいなくていいの?」
「は、はい」
「何? どうしたの?」
こだわりなくクティーの横に座った。
「あの、私、どうしてもお話ししたいことがあるんですけど」
「誰に? 僕に?」
クティーは黙って頷いた。
「何? 何だか重大な話っぽいんだけど」
「私にとっては重大ですけど」
「まあ、村を出てから今日まであんまりクティーとは話せてなかったよね。で、何? もしかして恋の告白、とか?」
「違います!」
速攻で否定されて、さすがのシャストラの笑顔も固まってしまった。
やはりシャストラも一国の王子さまだ。
幼い頃から、周囲の異性に告白されることに慣れていることがよくわかる。
「なんだ。それは残念だなあ」
本当にそう思っているのかわからないような口ぶりに、クティーは何も言えなくなってしまった。
「ああ、ごめんね。何か僕に話があったんだよね? 何?」
促されてようやく、クティーは重い口を開いた。
「王都へ行ってからの私の暮らしのことなのですけど」
「それなら心配はいらないよ。グラハにも頼んではいるけど、前にも言ったと思うけど僕との婚約の話はクティーを連れ出すための嘘だったから、ないと思ってくれてかまわない。もし、クティーに好きな人が出来てその人との身分差に苦しむことがあったら遠慮なく僕か母上に言ってよ。そしたら、好きな人と結婚できるようにクティーの身分を整えることはある程度は可能だから」
「あ、ありがとうございます」
結婚という思わぬ方向に飛んでしまったが、とりあえずクティーがどんな身分の相手と結婚したいと言い出しても、大抵は何とか尽力してくれるらしい。
「そのかわり、誰と結婚するのかは、その前にグラハを通して僕に教えてほしい」
「え?」
「クティーの力を悪いことに使われたくないし、もし僕が頼みごとをする場合、クティーには僕が知っている場所に住んでいてほしいから」
クティーは黙って頷いた。
公に知られてはいけない力を持っているということは、そういうことだ。
「そうそうクティーが住む所なんだけど、一応、色々グラハには探してもらうつもりだけど、そもそもクティーが何をしたいかで変わってくると思うんだ。クティーは、カレーの屋台をやりたいのかな? それとも大きな宿屋とか商家で料理人として住み込みで雇われたい?」
そうそこなのだ。
クティーは静かに頭を横に振った。
「ずっとそのことを考えていました。最初は、小さなカレーの屋台でもできればと思っていました。けど……」
「けど?」
「けど、考えが変わりました。スーリヤ村でシャストラさまやグラハさんの手助けをさせて頂いて、私はカレー以外のことでも誰かを助けたりすることが出来るのだということがわかりました」
表立って使える力ではないが。
「シャストラさまもグラハさんも、今後、私の力を借りることがあるかもしれないと仰って下さいました」
「ごめんね。あてにされた嫌だった?」
「違います。それはいいんです。ですから私は、この力をシャストラさまたちのお役に立てるなら使って頂きたいと思っています。そのために、どうか私をシャストラさまや王妃さまのお側に置いて下さい」
「クティー、それは?」
「叶うならば、私をダルシャナ王宮の料理人としてお召し抱え頂きたいのです。もちろん、下っ端でかまいません。マンダナさんみたいな王妃さま付きの侍女としては、どうにも無理かなあと思いまして。でも料理なら何とかなるかなと思うんです。王宮の料理所にいれば、シャストラさまやグラハさんの呼び出しにもすぐに応じることが出来ます。お願いです、どうかそうして下さいませ」
クティーはシャストラに丁寧に頭を下げた。
シャストラはそんなクティーをしばらく不思議そうに見つめていた。
「クティー、グラハも言ってたと思うけど、そんなことを言ったら、僕たちはクティーのことをいいようにこきつかうかもしれないよ。それでもいいの?」
「はい。承知しております」
「今回は何とか無事だったけど、今後は命を落とすこともあるかもしれないよ」
「私の一族は私だけです。ならば、シャストラさまは私が子供を産むまでは絶対に死なないようにして下さるはずです」
唖然とするシャストラ。
「言うねえ。わかった。クティーの決意は良くわかった。じゃあ、王都についたら料理所に話が通るまでは、しばらくは後宮の下女として下働きをしてもらうよ。下手に城下で住まわせても護衛とかがつけられないから心配だし。王宮の、しかも母上のおられる後宮なら安心だからね」
「わかりました」
「大丈夫。後宮ではマンダナ付きにしてもらうから」
「お心遣い、感謝します」
「話はそれだけかな?」
「はい」
「じゃあ、王都で。しばらくはマンダナの側を離れないで」
「わかりました」
シャストラはクティーの肩を軽く叩くと、グラハのところへ戻っていった。
シャストラの姿が見えなくなってから、ようやくほっとした。
我知らずクティーは緊張していたのだ。
「これで、ようやく一歩踏み出せたかな」
そう呟くと、頭上を仰ぎ見た。
そこには、小さな無数の星々がきらめいていた。
さらにその上からは、穏やかな月の光が降り注いできている。
まるでクティーの決意を祝福し、包み込んでくれるような光だった。
そして平地を歩くこと二週間、やっと王都までの道のりが半分ほどだと言われた夜。
ようやくクティーは決心した。
明日には、王都から王妃と王子一行を出迎えに、王都に残っていた軍の一部が宰相とともにやってくるらしいということがわかったからだ。
明日になってしまえば、ますます簡単にはシャストラに近づけないだろう。
そう思ったから、ようやく決断したのだ。
食後のゆったりとした休憩時間、シャストラは労いながら、いつものように兵士たちの間を歩いていた。
そこで彼らの話に耳を傾けているのだ。
そして最終的には、アランカーラと侍女たちの元へやってくる。
だからクティーは、今日はあえてマンダナたち侍女たちの場所ではなく、そこかしこで車座になっている兵士たちの後ろの方に一人で座っていた。
「あれ?」
一人で座っていたクティーを、シャストラはちゃんと見つけてくれた。
グラハに軽く手を振ると、一人でクティーのところへ来てくれる。
一国の王子さまだけど。
「クティー、今日はどうしたの? 母上やマンダナたちと一緒にいなくていいの?」
「は、はい」
「何? どうしたの?」
こだわりなくクティーの横に座った。
「あの、私、どうしてもお話ししたいことがあるんですけど」
「誰に? 僕に?」
クティーは黙って頷いた。
「何? 何だか重大な話っぽいんだけど」
「私にとっては重大ですけど」
「まあ、村を出てから今日まであんまりクティーとは話せてなかったよね。で、何? もしかして恋の告白、とか?」
「違います!」
速攻で否定されて、さすがのシャストラの笑顔も固まってしまった。
やはりシャストラも一国の王子さまだ。
幼い頃から、周囲の異性に告白されることに慣れていることがよくわかる。
「なんだ。それは残念だなあ」
本当にそう思っているのかわからないような口ぶりに、クティーは何も言えなくなってしまった。
「ああ、ごめんね。何か僕に話があったんだよね? 何?」
促されてようやく、クティーは重い口を開いた。
「王都へ行ってからの私の暮らしのことなのですけど」
「それなら心配はいらないよ。グラハにも頼んではいるけど、前にも言ったと思うけど僕との婚約の話はクティーを連れ出すための嘘だったから、ないと思ってくれてかまわない。もし、クティーに好きな人が出来てその人との身分差に苦しむことがあったら遠慮なく僕か母上に言ってよ。そしたら、好きな人と結婚できるようにクティーの身分を整えることはある程度は可能だから」
「あ、ありがとうございます」
結婚という思わぬ方向に飛んでしまったが、とりあえずクティーがどんな身分の相手と結婚したいと言い出しても、大抵は何とか尽力してくれるらしい。
「そのかわり、誰と結婚するのかは、その前にグラハを通して僕に教えてほしい」
「え?」
「クティーの力を悪いことに使われたくないし、もし僕が頼みごとをする場合、クティーには僕が知っている場所に住んでいてほしいから」
クティーは黙って頷いた。
公に知られてはいけない力を持っているということは、そういうことだ。
「そうそうクティーが住む所なんだけど、一応、色々グラハには探してもらうつもりだけど、そもそもクティーが何をしたいかで変わってくると思うんだ。クティーは、カレーの屋台をやりたいのかな? それとも大きな宿屋とか商家で料理人として住み込みで雇われたい?」
そうそこなのだ。
クティーは静かに頭を横に振った。
「ずっとそのことを考えていました。最初は、小さなカレーの屋台でもできればと思っていました。けど……」
「けど?」
「けど、考えが変わりました。スーリヤ村でシャストラさまやグラハさんの手助けをさせて頂いて、私はカレー以外のことでも誰かを助けたりすることが出来るのだということがわかりました」
表立って使える力ではないが。
「シャストラさまもグラハさんも、今後、私の力を借りることがあるかもしれないと仰って下さいました」
「ごめんね。あてにされた嫌だった?」
「違います。それはいいんです。ですから私は、この力をシャストラさまたちのお役に立てるなら使って頂きたいと思っています。そのために、どうか私をシャストラさまや王妃さまのお側に置いて下さい」
「クティー、それは?」
「叶うならば、私をダルシャナ王宮の料理人としてお召し抱え頂きたいのです。もちろん、下っ端でかまいません。マンダナさんみたいな王妃さま付きの侍女としては、どうにも無理かなあと思いまして。でも料理なら何とかなるかなと思うんです。王宮の料理所にいれば、シャストラさまやグラハさんの呼び出しにもすぐに応じることが出来ます。お願いです、どうかそうして下さいませ」
クティーはシャストラに丁寧に頭を下げた。
シャストラはそんなクティーをしばらく不思議そうに見つめていた。
「クティー、グラハも言ってたと思うけど、そんなことを言ったら、僕たちはクティーのことをいいようにこきつかうかもしれないよ。それでもいいの?」
「はい。承知しております」
「今回は何とか無事だったけど、今後は命を落とすこともあるかもしれないよ」
「私の一族は私だけです。ならば、シャストラさまは私が子供を産むまでは絶対に死なないようにして下さるはずです」
唖然とするシャストラ。
「言うねえ。わかった。クティーの決意は良くわかった。じゃあ、王都についたら料理所に話が通るまでは、しばらくは後宮の下女として下働きをしてもらうよ。下手に城下で住まわせても護衛とかがつけられないから心配だし。王宮の、しかも母上のおられる後宮なら安心だからね」
「わかりました」
「大丈夫。後宮ではマンダナ付きにしてもらうから」
「お心遣い、感謝します」
「話はそれだけかな?」
「はい」
「じゃあ、王都で。しばらくはマンダナの側を離れないで」
「わかりました」
シャストラはクティーの肩を軽く叩くと、グラハのところへ戻っていった。
シャストラの姿が見えなくなってから、ようやくほっとした。
我知らずクティーは緊張していたのだ。
「これで、ようやく一歩踏み出せたかな」
そう呟くと、頭上を仰ぎ見た。
そこには、小さな無数の星々がきらめいていた。
さらにその上からは、穏やかな月の光が降り注いできている。
まるでクティーの決意を祝福し、包み込んでくれるような光だった。
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