18 / 27
首都
しおりを挟む
領土のほとんどが砂漠で占められてティジャーラ公国の首都は、黄砂漠の南側にあった。
砂漠の端とはいえ、側には海へと繋がっている大河が流れている。
ナシャートは、黄砂漠にある村や町を行き来したことはあるが、首都まで足を延ばしたのは初めてだった。
「すごい……」
そこは円形に宮殿を囲んでいる城壁の周囲に築かれた市場の一角だった。
港が近いこともあり、内陸部では目にしたことのない新鮮な魚介類などが売り買いされていた。
他にも見たこともない食料や、幾種類もある香辛料。
それら全てがナシャートを引きつける。
活気のある都の市場にナシャートの気分は高揚した。
「こんなところで商売ができたらな……」
束の間、盛況な雰囲気に呑まれてここに来た目的を忘れていた。
それほどまでに、この市場の様子はこれまで見たどの町や村の市場よりも活況なものだった。
「おい、行くぞ!」
「痛っ!」
サファルが後ろからナシャートの頭をターバン越しに叩いてきた。
「田舎者丸出しの反応しやがって。スリに遭わないうちにさっさと商館に行くぞ」
「あんただってろくに外に出たことないくせに。似たり寄ったり、でしょ? 乱暴者め!」
「置いていくぞ。田舎者!」
「うるさい!」
叫びながらも慌ててナシャートはサファルの後を追う。
そうしないと行きかう人々の群れの中でサファルの背中を見失ってしまいそうだったからだ。
一族の商館は、表通りの喧騒がかろうじて届くような二本ほど中道に入ったところにあった。
ハシャブの館と同じような建てられ方だったが、こちらの館の方がずっと大きいようだ。
サファルは、なぜか裏口から入ると、連れてきたラクダから荷物を降ろして館の使用人に手綱ごとラクダを預けた。
「何で裏口から? 私がハシャブさまの館の使用人だったから?」
ナシャートに苦い記憶が甦る。
「違う。こちらから入ったほうが、ラクダの厩舎に近いからだ」
「そうなんだ」
「ああ」
そう返事しながら、さっさと荷物を背負ってサファルは館の中へ入っていく。
建物は、基本的な商館の造りと同じだ。
石造りの部屋が、中央の庭を囲んでいる。
その一室に、何の案内もなく勝手にサファルは入っていった。
そこは三、四人が入れる程度の客間だった。
真ん中の小さな卓には、すでにお茶と菓子の用意がされていた。
それぞれの荷物を部屋の隅に置くと、二人は敷物に座った。
適当に茶を飲んだりして喉を潤していると、男が一人、恭しく入ってきた。
「早速呼びつけてすまない」
サファルは男にそう言うと、男は丁寧に頭を下げる。
「ナシャル、この男にバーティルとかいう男の容姿や恰好などを全部教えてやってくれ。バーティルを迎えに来た人物の特徴も合わせて」
「え?」
「名前だけじゃ良くわからないだろ? 探すほうも骨が折れるし、時間の無駄だ。容姿などが大体わかれば、もっと探しやすくなる」
「この人が一緒に探してくれるの?」
「ああ。こんな広い王都を俺たち二人だけで探すよりずっと効率が良いし、俺たちみたいな素人よりもずっと早く何かしらの情報を得てきてくれるだろう」
「わかった」
ナシャートは、畏まっている男に自分が知る限りのバーティルの様子を伝えた。
ナシャートの話が進むにつれて男の表情は、少しずつ硬いものになっていった。
「何? どうかしましたか?」
「いえ。何でもありません。話を続けて下さいませ」
怪訝な表情を浮かべながらも、ナシャートは最後まで話した。
「ナシャル、この男が仲間と共に今の情報で調べてくるまでにしばらく時間がある。館内にずっといろとは言わないが、館の外に出る場合は気を付けろ。男の姿であれ、女の姿であれ、砂漠でのような女神の加護はないからな。都が砂漠の中にかろうじてあるとはいえ、ここはもう半ば黄砂漠の外だと思っていい」
「わかった」
ナシャートは素直に頷いた。
それからサファルは館の侍女を呼んで、ナシャートのために用意させていた部屋へ案内させた。
砂漠の端とはいえ、側には海へと繋がっている大河が流れている。
ナシャートは、黄砂漠にある村や町を行き来したことはあるが、首都まで足を延ばしたのは初めてだった。
「すごい……」
そこは円形に宮殿を囲んでいる城壁の周囲に築かれた市場の一角だった。
港が近いこともあり、内陸部では目にしたことのない新鮮な魚介類などが売り買いされていた。
他にも見たこともない食料や、幾種類もある香辛料。
それら全てがナシャートを引きつける。
活気のある都の市場にナシャートの気分は高揚した。
「こんなところで商売ができたらな……」
束の間、盛況な雰囲気に呑まれてここに来た目的を忘れていた。
それほどまでに、この市場の様子はこれまで見たどの町や村の市場よりも活況なものだった。
「おい、行くぞ!」
「痛っ!」
サファルが後ろからナシャートの頭をターバン越しに叩いてきた。
「田舎者丸出しの反応しやがって。スリに遭わないうちにさっさと商館に行くぞ」
「あんただってろくに外に出たことないくせに。似たり寄ったり、でしょ? 乱暴者め!」
「置いていくぞ。田舎者!」
「うるさい!」
叫びながらも慌ててナシャートはサファルの後を追う。
そうしないと行きかう人々の群れの中でサファルの背中を見失ってしまいそうだったからだ。
一族の商館は、表通りの喧騒がかろうじて届くような二本ほど中道に入ったところにあった。
ハシャブの館と同じような建てられ方だったが、こちらの館の方がずっと大きいようだ。
サファルは、なぜか裏口から入ると、連れてきたラクダから荷物を降ろして館の使用人に手綱ごとラクダを預けた。
「何で裏口から? 私がハシャブさまの館の使用人だったから?」
ナシャートに苦い記憶が甦る。
「違う。こちらから入ったほうが、ラクダの厩舎に近いからだ」
「そうなんだ」
「ああ」
そう返事しながら、さっさと荷物を背負ってサファルは館の中へ入っていく。
建物は、基本的な商館の造りと同じだ。
石造りの部屋が、中央の庭を囲んでいる。
その一室に、何の案内もなく勝手にサファルは入っていった。
そこは三、四人が入れる程度の客間だった。
真ん中の小さな卓には、すでにお茶と菓子の用意がされていた。
それぞれの荷物を部屋の隅に置くと、二人は敷物に座った。
適当に茶を飲んだりして喉を潤していると、男が一人、恭しく入ってきた。
「早速呼びつけてすまない」
サファルは男にそう言うと、男は丁寧に頭を下げる。
「ナシャル、この男にバーティルとかいう男の容姿や恰好などを全部教えてやってくれ。バーティルを迎えに来た人物の特徴も合わせて」
「え?」
「名前だけじゃ良くわからないだろ? 探すほうも骨が折れるし、時間の無駄だ。容姿などが大体わかれば、もっと探しやすくなる」
「この人が一緒に探してくれるの?」
「ああ。こんな広い王都を俺たち二人だけで探すよりずっと効率が良いし、俺たちみたいな素人よりもずっと早く何かしらの情報を得てきてくれるだろう」
「わかった」
ナシャートは、畏まっている男に自分が知る限りのバーティルの様子を伝えた。
ナシャートの話が進むにつれて男の表情は、少しずつ硬いものになっていった。
「何? どうかしましたか?」
「いえ。何でもありません。話を続けて下さいませ」
怪訝な表情を浮かべながらも、ナシャートは最後まで話した。
「ナシャル、この男が仲間と共に今の情報で調べてくるまでにしばらく時間がある。館内にずっといろとは言わないが、館の外に出る場合は気を付けろ。男の姿であれ、女の姿であれ、砂漠でのような女神の加護はないからな。都が砂漠の中にかろうじてあるとはいえ、ここはもう半ば黄砂漠の外だと思っていい」
「わかった」
ナシャートは素直に頷いた。
それからサファルは館の侍女を呼んで、ナシャートのために用意させていた部屋へ案内させた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
婚約者の幼馴染?それが何か?
仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた
「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」
目の前にいる私の事はガン無視である
「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」
リカルドにそう言われたマリサは
「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」
ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・
「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」
「そんな!リカルド酷い!」
マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している
この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ
タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」
「まってくれタバサ!誤解なんだ」
リカルドを置いて、タバサは席を立った
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です
岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」
私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。
しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。
しかも私を年増呼ばわり。
はあ?
あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!
などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。
その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。
【完結】炎風、銀箭に変ず
黄永るり
ファンタジー
砂漠を行き交う商人の娘・シャアラの幼い弟が、ある日、愚かな王の命令で『代理王』という厄災落としの生贄に選ばれてしまう。弟を救うために一族の源流でもある神殿に上がるためにシャアラは旅に出る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる