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首都
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領土のほとんどが砂漠で占められてティジャーラ公国の首都は、黄砂漠の南側にあった。
砂漠の端とはいえ、側には海へと繋がっている大河が流れている。
ナシャートは、黄砂漠にある村や町を行き来したことはあるが、首都まで足を延ばしたのは初めてだった。
「すごい……」
そこは円形に宮殿を囲んでいる城壁の周囲に築かれた市場の一角だった。
港が近いこともあり、内陸部では目にしたことのない新鮮な魚介類などが売り買いされていた。
他にも見たこともない食料や、幾種類もある香辛料。
それら全てがナシャートを引きつける。
活気のある都の市場にナシャートの気分は高揚した。
「こんなところで商売ができたらな……」
束の間、盛況な雰囲気に呑まれてここに来た目的を忘れていた。
それほどまでに、この市場の様子はこれまで見たどの町や村の市場よりも活況なものだった。
「おい、行くぞ!」
「痛っ!」
サファルが後ろからナシャートの頭をターバン越しに叩いてきた。
「田舎者丸出しの反応しやがって。スリに遭わないうちにさっさと商館に行くぞ」
「あんただってろくに外に出たことないくせに。似たり寄ったり、でしょ? 乱暴者め!」
「置いていくぞ。田舎者!」
「うるさい!」
叫びながらも慌ててナシャートはサファルの後を追う。
そうしないと行きかう人々の群れの中でサファルの背中を見失ってしまいそうだったからだ。
一族の商館は、表通りの喧騒がかろうじて届くような二本ほど中道に入ったところにあった。
ハシャブの館と同じような建てられ方だったが、こちらの館の方がずっと大きいようだ。
サファルは、なぜか裏口から入ると、連れてきたラクダから荷物を降ろして館の使用人に手綱ごとラクダを預けた。
「何で裏口から? 私がハシャブさまの館の使用人だったから?」
ナシャートに苦い記憶が甦る。
「違う。こちらから入ったほうが、ラクダの厩舎に近いからだ」
「そうなんだ」
「ああ」
そう返事しながら、さっさと荷物を背負ってサファルは館の中へ入っていく。
建物は、基本的な商館の造りと同じだ。
石造りの部屋が、中央の庭を囲んでいる。
その一室に、何の案内もなく勝手にサファルは入っていった。
そこは三、四人が入れる程度の客間だった。
真ん中の小さな卓には、すでにお茶と菓子の用意がされていた。
それぞれの荷物を部屋の隅に置くと、二人は敷物に座った。
適当に茶を飲んだりして喉を潤していると、男が一人、恭しく入ってきた。
「早速呼びつけてすまない」
サファルは男にそう言うと、男は丁寧に頭を下げる。
「ナシャル、この男にバーティルとかいう男の容姿や恰好などを全部教えてやってくれ。バーティルを迎えに来た人物の特徴も合わせて」
「え?」
「名前だけじゃ良くわからないだろ? 探すほうも骨が折れるし、時間の無駄だ。容姿などが大体わかれば、もっと探しやすくなる」
「この人が一緒に探してくれるの?」
「ああ。こんな広い王都を俺たち二人だけで探すよりずっと効率が良いし、俺たちみたいな素人よりもずっと早く何かしらの情報を得てきてくれるだろう」
「わかった」
ナシャートは、畏まっている男に自分が知る限りのバーティルの様子を伝えた。
ナシャートの話が進むにつれて男の表情は、少しずつ硬いものになっていった。
「何? どうかしましたか?」
「いえ。何でもありません。話を続けて下さいませ」
怪訝な表情を浮かべながらも、ナシャートは最後まで話した。
「ナシャル、この男が仲間と共に今の情報で調べてくるまでにしばらく時間がある。館内にずっといろとは言わないが、館の外に出る場合は気を付けろ。男の姿であれ、女の姿であれ、砂漠でのような女神の加護はないからな。都が砂漠の中にかろうじてあるとはいえ、ここはもう半ば黄砂漠の外だと思っていい」
「わかった」
ナシャートは素直に頷いた。
それからサファルは館の侍女を呼んで、ナシャートのために用意させていた部屋へ案内させた。
砂漠の端とはいえ、側には海へと繋がっている大河が流れている。
ナシャートは、黄砂漠にある村や町を行き来したことはあるが、首都まで足を延ばしたのは初めてだった。
「すごい……」
そこは円形に宮殿を囲んでいる城壁の周囲に築かれた市場の一角だった。
港が近いこともあり、内陸部では目にしたことのない新鮮な魚介類などが売り買いされていた。
他にも見たこともない食料や、幾種類もある香辛料。
それら全てがナシャートを引きつける。
活気のある都の市場にナシャートの気分は高揚した。
「こんなところで商売ができたらな……」
束の間、盛況な雰囲気に呑まれてここに来た目的を忘れていた。
それほどまでに、この市場の様子はこれまで見たどの町や村の市場よりも活況なものだった。
「おい、行くぞ!」
「痛っ!」
サファルが後ろからナシャートの頭をターバン越しに叩いてきた。
「田舎者丸出しの反応しやがって。スリに遭わないうちにさっさと商館に行くぞ」
「あんただってろくに外に出たことないくせに。似たり寄ったり、でしょ? 乱暴者め!」
「置いていくぞ。田舎者!」
「うるさい!」
叫びながらも慌ててナシャートはサファルの後を追う。
そうしないと行きかう人々の群れの中でサファルの背中を見失ってしまいそうだったからだ。
一族の商館は、表通りの喧騒がかろうじて届くような二本ほど中道に入ったところにあった。
ハシャブの館と同じような建てられ方だったが、こちらの館の方がずっと大きいようだ。
サファルは、なぜか裏口から入ると、連れてきたラクダから荷物を降ろして館の使用人に手綱ごとラクダを預けた。
「何で裏口から? 私がハシャブさまの館の使用人だったから?」
ナシャートに苦い記憶が甦る。
「違う。こちらから入ったほうが、ラクダの厩舎に近いからだ」
「そうなんだ」
「ああ」
そう返事しながら、さっさと荷物を背負ってサファルは館の中へ入っていく。
建物は、基本的な商館の造りと同じだ。
石造りの部屋が、中央の庭を囲んでいる。
その一室に、何の案内もなく勝手にサファルは入っていった。
そこは三、四人が入れる程度の客間だった。
真ん中の小さな卓には、すでにお茶と菓子の用意がされていた。
それぞれの荷物を部屋の隅に置くと、二人は敷物に座った。
適当に茶を飲んだりして喉を潤していると、男が一人、恭しく入ってきた。
「早速呼びつけてすまない」
サファルは男にそう言うと、男は丁寧に頭を下げる。
「ナシャル、この男にバーティルとかいう男の容姿や恰好などを全部教えてやってくれ。バーティルを迎えに来た人物の特徴も合わせて」
「え?」
「名前だけじゃ良くわからないだろ? 探すほうも骨が折れるし、時間の無駄だ。容姿などが大体わかれば、もっと探しやすくなる」
「この人が一緒に探してくれるの?」
「ああ。こんな広い王都を俺たち二人だけで探すよりずっと効率が良いし、俺たちみたいな素人よりもずっと早く何かしらの情報を得てきてくれるだろう」
「わかった」
ナシャートは、畏まっている男に自分が知る限りのバーティルの様子を伝えた。
ナシャートの話が進むにつれて男の表情は、少しずつ硬いものになっていった。
「何? どうかしましたか?」
「いえ。何でもありません。話を続けて下さいませ」
怪訝な表情を浮かべながらも、ナシャートは最後まで話した。
「ナシャル、この男が仲間と共に今の情報で調べてくるまでにしばらく時間がある。館内にずっといろとは言わないが、館の外に出る場合は気を付けろ。男の姿であれ、女の姿であれ、砂漠でのような女神の加護はないからな。都が砂漠の中にかろうじてあるとはいえ、ここはもう半ば黄砂漠の外だと思っていい」
「わかった」
ナシャートは素直に頷いた。
それからサファルは館の侍女を呼んで、ナシャートのために用意させていた部屋へ案内させた。
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