【完結】砂の香り

黄永るり

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サマラの報告

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 それまで黙ってやり取りを見ていたサマラは、シャリーファの合図で静かに玉座の前へ進んだ。
「サマラ、お前もダメだったのであろう? タージルに協力させても結局は見つからなかったと……」
 膝をついて平伏する。
「陛下、そのことにつきましては改めてご報告させて頂きたいことがございます」
「何だ?」
 興味なさそうにサマラを見やる。
「実は『ティジャーラの宝』を見つけることができました。挿し木に出来るように枝を加工して持って帰って参りました。至急、後宮の一画に植えさせていただきたく存じます」
「そうか。見つけたのか。持って帰ってきたのか。それは良かったな……」
 そのまま何の興味もなさそうにそう返事をするジャミール。
「陛下、フィラーサが『ティジャーラの宝』を持ち帰ったようですよ」
 シャリーファがゆっくりと一言一言区切りながら、ジャミールに伝えた。
「見つけた? 何をだ?」
 王はぽかんとした顔で横に座っている王太女を見た。
「恐れながらフィラーサが『ティジャーラの宝』を見つけましてございます!」
 今度は声を張り上げた。
 王太女の怒鳴り声にジャミールはハッとした。
「見つけただと! まことか? どこにあるのだ?」
 急に立ち上がってサマラに駆け寄る。
 サマラはこんなに敏捷に動く王を見たことがなくて、完全に驚いていた。
「どこにある? サマラ、どこにあるのだ!」
 両肩を強くつかまれて揺さぶられる。
「え、えっと……」
 咄嗟のことで上手く声が出ないサマラ。
 こういう風になる王は予想がつかなかった。
「陛下、フィラーサが驚いてお話できません。玉座にお戻りになって下さいませ」
 ジャミールの横にやってきたシャリーファが、その腕を軽くつかんだ。
「陛下」
 再度強く言われて、ようやくジャミールは己の狼狽ぶりを恥じ入るように大人しく玉座に戻った。
「全く。どちらが王かわかりませんな」
 聞こえぬような小声で宰相が呟いた。
「こちらに持って帰って参りました」
 サマラは脇に置いていた文箱より少し大きめの平たい箱を開ける。
 ジャミールは食い入るように箱の中を覗き見た。
 だが箱には白い絹布しか見えなかった。
「宰相様、恐れ入りますが陛下にお見せくださいませ」
 取り次ぐ下官も人払いされてその場にいなかったため、直接、宰相に願い出た。
 宰相は軽く頷くと、サマラから箱を受け取り王の手に渡した。
 かすかに震えながら、白布に包まれたものを開ける。
 そこには小枝が二本あった。
「これが『ティジャーラの宝』なのか?」
 愚王が刈り取って枯らせて以来、誰も王ですら現物を見たことがない。
 書物に書かれている木の挿絵を見たことがあるだけだ。
 手に取って香りをかいでみる。
「ふむ……。かすかな香りはするな」
「それは挿し木にするために原木から折り取った枝にございます。これを植えて新たな原木になるように後宮で育てて香料はそれからの生産になります。ですから、しばらくの間は原木を育てることをお見守り下さいませ」
「それでこの枝のある原木はどこにあったのだ?」
 香りをかいで少し落ち着いたのか、王はサマラが恐れていたことを尋ねてきた。
「まずそこから原料を採取すれば良かったではないか? 赤砂漠のどこにあるのだ? 遠いのなら軍を再編成して遣わすぞ。そこに見張りをおいて大切にせねば」
 今度はサマラが肩を震わせた。
「恐れながら陛下、それは申し上げられません」
「なぜだ?」
「三代前の王のように、また枯らされることを持ち主はひどく恐れております。それゆえに、あえて詳しい場所は明かさないという約束のもとで特別に枝を分けて頂きました。強いて申し上げるならば、私がこのたび調べまわった場所のどこかにあるということだけです。どの辺りにあるのかだけは、絶対に申し上げられません」
 きっぱりそう言い切ると、ジャミールに平伏した。
「何だと!」
「ただし原木からも多少原料を採取させて頂きました。劣化してしまうので蓋は開けられませんが、一瞬ならお見せできます。いかがいたしますか?」
 ファジュルが助け舟を出した。
 自分の横に置いてあった小ぶりの壺を二つ示した。
「そこにあるのか?」
 枝を白布に置くと箱ごと宰相に預けた。
 そうしてファジュルの前に膝をついた。
「見せよ」
「御意」
 ファジュルはわずかに壺の蓋を開ける。
「ああ……」
 もう一つも匂いをかいだ。
「こちらは没薬だ。どちらも素晴らしく濃厚な香りだ。サマラ、どこにある? どこに木はあるのだ?」
 平伏していたサマラの上体を無理やり起こして、再び体を強く揺らした。
「答えよ! サマラ!」
「陛下、お止めください!」
 今度はシャリーファではなく、タージルが王を止めに入った。
「何だタージル? そなたから答えると申すのか?」
「いいえ。私からもお答えできかねます」
「では、止めるな!」
「陛下、恐れながら陛下は三代前の王と同じ愚を犯されるおつもりですか?」
「そんなことはしない。王家の宝として大切に守るつもりだ」
「でしたら第二王女様がお持ち帰りになられた挿し木が原木となるまで成長なされるのをお待ちなさればよろしいでしょう? 大木を育てるわけではありません。成長促進の技も原木の管理者より教えて頂きました。陛下がお待ちになるのに五年もいりません。それまでは、この頂いた新鮮な原料で新たな香料品の試作品を作らせればよいではありませんか? そして成長した木から、枯れぬ程度に原料を採取して国内外で販売できる商品を正式に作らせる。原木に成長すれば、その小枝を切り取って新たな栽培地を国内に作ることも可能です。そうなれば陛下の庇護のもと栽培地を守らせれば良いのです」
 タージルが理路整然と一気にまくしたてた。
「陛下、タージル殿の申す通りです。これから『ティジャーラの宝』を増やせば良いのです。フィラーサはその種を持ち帰ったにすぎません。それをこの王宮で育てて、新たな原木の所在地をこの王宮にすれば良いだけのことではありませんか? 陛下はわずかな時間も待てないのですか?」
 呆れたようにシャリーファがタージルの言を口添えした。
「さようでございます。王太女様の仰る通りでございます。陛下は、少しの間お待ちになれば良いだけでございます。まずは第二王女様の労を労われてはいかがですか?」
 宰相にもやんわりとたしなめられて、ジャミールはようやくサマラから両手を離した。
「惜しいのはこの上ないが、皆がそう言うのなら致し方ない。原木の所在は諦めよう。それで良いのだろう?」
「ありがとうございます陛下」
 タージルが改めて平伏した。
 ファジュルもサマラもそれに倣った。
「そういえばこれでサマラの結婚相手がどうのとかいう話だが」
「安心なさいフィラーサ。このたび罰を受けたカーズィバ殿のご子息と結婚ということは、なくなりましたよ。そうですよね? 陛下」
 ジャミールがせっかく話の矛先を変えたにも関わらず、即座にシャリーファが口を開いた。
「ああ、そうだな」
 面白くなさそうにぶすっとする。
「では陛下、常々申し上げていた通り、我が息子の元に降嫁を願い出ても構いませんか?」
 突然、宰相が瞳を光らせてサマラの結婚話に食らいついてきた。
「宰相様?」
 何を言われたのか、サマラは一瞬わからずに戸惑った。
「さて、どうしたものか? シャリーファ、最初の約束ではどうであったかな?」
「確かフィラーサが『ティジャーラの宝』を持ち帰れば、フィラーサ自身に嫁ぐ相手を決める許可を出す、と仰いました。何でしたら証拠をお見せ致しましょうか?」
 玉座の横の卓上に積んであった巻物の一つを取り上げた。
 紐をほどき、開いて王の目の前に差し出した。
「きちんと陛下の署名と王印を頂いております。れっきとした王命の公文書です」
 証拠ともどもそう王太女に言われてしまっては王は何も言いようがなかった。
「そうだったか。ではサマラ、そなたの好きに致せ。と言いたいところだが一つ条件がある」
「国外へ嫁がないこと、でございますね?」
 サマラはそう尋ね返した。
「そうだ。王都より出るのも許さん」
「存じております」
「なら、良い。好きに致せ。宰相よ、サマラが欲しければ本人に直接申し出るのだな」
「御意」
 嬉しそうに宰相は礼をした。
 その場が和やかな雰囲気になりかけたところで、それまで端に控えていたヴェールの女性が突然立ち上がった。
「お待ちくださいませ!」
 上ずった声で、玉座前に進んでくる。
「誰だ? そなたは?」
「確かカーズィバが連れてきた女性です」
 勅使は王にそう説明した。
 女性は顔の前に垂らしていた貴人女性用の薄布を自ら取り外した。
「そなたは!」
「あなた様は!」
 ジャミールと宰相はその顔を見て絶句した。
 それはもはや二度とこの宮殿に戻ってくることがないと思われていた人物であった。
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