【完結】星が満ちる時

黄永るり

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明かされた真実②

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「ウェランダ?」
 背後を振り返ると、いつの間にかウェランダが女官の制止を振り切って、部屋に乱入しかけていた。
 見兼ねた公母が女官に合図して、ウェランダを入室させた。
 
「ルナ、話はだいたい聞いたよ。まさか私とあなたが双子の姉妹だったなんて……」
「ええ。私もすっかり驚いてしまって。それよりウェランダ、急に起きて大丈夫なの?」
「心配しないで。私は平気よ。というより、大公さまが実の父親だという事実の方に目眩を感じるよ」

「そうでしょうねえ。私とてこの話をもっと早く聞いていれば、予言など無視してでもそなたたちを迎えにやりましたものを。この愚かな息子は、ようやく最近私に真実を明かしたのですよ」
「申し訳ありません。母上」
「いいえ。私はその件に関しては全く許しておりませんよ。可愛い孫の成長を側で見守ることも叶わず。私は、生涯許しませんからね!」
「大公さまが私の本当の父さんだったということは、必然的に公母さまは私のおばあちゃんということになるんですよね?」
 さっきルナが組み立てた系図と同じものがウェランダの脳裏にも出来上がったのだろう。
「そうですよウェランダ。私があなたのおばあさまですよ」
 と言われて両腕を広げられても、ウェランダにはそこに無邪気に飛び込む勇気はなかった。

 その代わり。
「ではおばあちゃま、一つお許し頂きたいことがあるのですが」
 妙に神妙な声でウェランダは祖母に願い出た。
「何ですか?」
「大公さまを一発ぶん殴る許可を下さいませ。今、何だかもろもろ知らされて無性に腹立たしい気分なもので」
 ウェランダの周囲が、一気に不穏なものになった。

「ウェランダ?」
 ルナも大公もギョッとした。
 ぶん殴る?
「よいよい。好きにしなさい。私ももう少し力があれば、滅多うちに棒で打ち据えてやりたいところです」
「ありがとうございます。では」
 公母の許可を得たウェランダは、右の拳に息を吹きかけた。
「母上~!」
「身から出たサビと申したではありませんか。私は知りませんよ。ウェランダ、一発と言わず気の済むまで殴って良いですよ。私が許します」
 そう言うと、公母はそっぽを向いてしまった。

「は、ははうっ…」
 ごく普通の娘とは思えないくらいに、きれいな流線を描いたウェランダの右拳が横を向いた大公の頬にぴったりはまった。

「あんたのせいで私とルナがどれだけ大変だったと思ってるのよ! 私はまだいいわよ。おじいちゃんも父さんも亡くなった母さんも、姉さんも義理の兄さまも、育ててくれた家族は貧しかったけど実の子同然に大切に育ててくれていたわ。でもルナは、弟が生まれた途端、厄介払いのように好きでもないおっさん貴族の元に嫁に出されるところだったのよ! 私は商人の道に進みたくて商学校へ留学したけど、ルナはそのおっさん貴族の婚約が嫌さに、わずかの時間でも養家から逃げようと商学校へやってきたのよ! 娘だってわかってたんなら、もっと早く迎えに来なさいよ! 何が占星術師の予言よ! 一応、私も星観島出身だから占星術を少しはかじったけど、でもそれが何よ! 私たちのためですって? 笑わせんじゃないわよ! 自分のためでしょう? 下手な言い訳するんじゃないわよ!」
 さらに次の拳は、大公が少しずらしたので頭に当たった。

「よけんな! このクソ親父!」
 もう大公への畏怖と敬意はどこかへ飛んでしまったようだ。
 完全に父親に激する娘の図であった。
「ウェランダ! ちょっと止めてくれ!」
 大公のその声に弾かれたように、慌ててウェランダの腕をルナが全身で止めた。

「止めないでルナ! 本気でムカつく!」
「ウェランダ!」
「ルナ……」
 ウェランダの戦闘態勢が解かれたので、大公はあからさまにほっとした。

「ウェランダ、少しは姉の私にもぶん殴らせてちょうだい。妹のあなたばかりずるいわよ」
 とびっきりの笑顔でそう言うと、大公が再び防御態勢を取る間もなく、今度は反対側の頬にルナは細い拳をめり込ませた。
「ううっ!」
「父上さま、私はウェランダより優しいですから、一発で許して差し上げます。さあ、今すぐ私の養家に『養子縁組をやめて本来の公女の身分に戻す』と文を書いて下さいませ。それから『例の婚約は公女になるので白紙にする』と私の婚約相手にも文を書いて下さいませ!」
「わ、わかった。すぐに書く。書くから二人とも暴力は止めてくれ~」
 とてもではないが威厳ある一国の主とは思えない情けない声が、大公からもれだした。
 情けない父親の姿を見た二人の娘は、顔を見合わせると大笑いしだした。

「あはははは!」
「ふふふ…」
「ああ、すっとしたねえ」
「そうねえ」
 ひとしきり笑った後、二人は公母に問うた。

「公母さま、では大公さまの跡取りはどうなるのでございましょうか?」
 肝心なのはそこだった。
 大公の子供が一人なら問題はないのだが、現実は二人なのだ。それも双子。

「トバルクの跡取りは、第一子だからとか、長男だからとかでは決まりません。公子公女のなかで最もふさわしい者が、その位に就くことになっています。だから、ルナが姉だから大公にならなければいけないこともないし、二人とも平等に後継者としての位置は同じなのですよ」
「そんな~!」
 ウェランダは頭を抱えた。

(公女なんて、ましてや大公なんて、ありえないし! 私の目指せ商売人! という野望はどうなってしまうのよ~! やだ、絶対にやだ! 私は大公にも公妃にもなりたくない! 私は商人になりたいのよ~!)
 勢いよく首を振る。
 その妹の様子を見たルナは、どうしたものかなあと思っていた。
 自分はウェランダのように、どうしても商人になりたいわけではなかった。
 ただ、養家と婚約者の圧迫から逃れたかっただけだ。
 
(トバルク大公、か……)
「それで、公母さまと大公さまは、どのようにお考えなのですか?」
「私は、トバルクを建国した伝説の女神エリッサさまの御遺言にあやかろうかと思っています」
「それは一体?」
 エリッサが残した遺言、それは、トバルク公家の者なら誰もが知っている言葉なのだそうだ。

「すなわち、跡取りは男でも女でも、一番目に生まれたものでも末に生まれたものでも良い。だが、商いに長けた者、商いに興味がある者には、決して大公位を継がせてはならない。何より商いのことを優先せよ。その上で相応しい者を大公位に据えよ。と子孫に遺言されました」
「ということは?」
 ウェランダの表情が目まぐるしく変化してきた。瞳に希望の光が宿る。

「ああ。私の考えは、商売に乗り出そうとした妹のそなたをトバルク五大商家の末席において六番目の商家を起こさせ、姉のルナを大公か公妃に据えるのが順当かと思っておる」
「やったー!」
 思わず飛び上がって喜ぶウェランダ。

「あっ!」
 横にいたルナの表情を見た。
 ルナは穏やかに微笑んでいた。
「いい、の?」
「ええ。お行きなさい。私はあなたが商売の道に進むのを止めたりしないわ」
「ルナ、ありがとう。ごめんね」
「いいのよ。それに私、弟が生まれてからずっと考えていたことがあったの」
 養家でもそうだったし、帝国でもそうだったのだが、ルナには『跡取りは絶対に男子』という考えが解せなかった。
 どうして女の子は、跡取りになれないんだろう? 弟が生まれてからは特にそう思った。だから、自分が跡取りになれないのは実の子ではないからだと必死に思いこむことにしていたのだ。

「でも、この国の商業に特化した自由な気風と、女でもバリバリ働いたり、跡取りになることを許される。こんな国もあるんだって、私すごく嬉しかったんです。だから、公母さまの御意に従って、大公さまのお側で政務を学びたいと思います。もちろん、中途半端は嫌なので商学校はちゃんと卒業したいと思っています」
「では、決まったようですね。バカ息子、そなたはどうするのですか?」

「私も、エリッサさまと母上の御意思に従いたいと思います。今日の様子を見て、やはり建国の意志に従うべきだなと改めて思い知らされました。二人は二人の望む道を進みなさい。私も母上も邪魔などしない。喜んで応援させてもらう」
 そう言うと大公は二人の娘を優しく抱きしめた。
「大公さま」
「父上さま」
「二人とも、今まで苦労をかけてすまない。これからは母上とともに、仲良く四人で暮らそう」
「はい!」
 二人は初めて実の父の胸で号泣した。
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