【完結】星が満ちる時

黄永るり

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諸刃の剣

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「ぐふっ…」
 アクートのくぐもった声が聞こえた。
「アクート?」
 上半身を起こしたウェランダが振り返ると、倒れ込んだアクートの脇腹にナイフが刺さっていた。

「アクート!」
「だって、あなたが悪いんですのよ。私、私、こんなに大勢の方々の前で恥をかいてしまって! 私は、次期トバルク大公ですのに……」
 奇妙な濃い赤に両手を染めたリアネルがうわごとのようにそう呟いた。

「しまった! 王女を取り押さえろ!」
 慌てて宰相が指示した。それと同時に軍務大臣と近衛兵が素早く動き、その場でリアネルを取り押さえた。
 リアネルはぶつぶつ何か呟いたまま、大人しく拘束された。
 
「母上を急ぎ避難させろ!」
 大公も素早く女官たちに指示を出した。
 女官たちは公母を囲みながら、足早にその場を立ち去った。

「アクート! アクート、しっかりして」
 ウェランダがアクートの上半身を抱え上げた。
「ウェランダ、どうしよう? 血が止まらないよ!」
 ルナは籠からありったけの布で必死に止血していた。

「とにかく後宮の医務室へ運びましょう」
 そう言ってアクートを軽々と抱き上げたのはデナーロだった。
「火急の時です。大公さま、よろしゅうございますな?」
 大公の返事を待たずに、それだけ言うとデナーロは出ていった。
「もちろんだ! 誰か私の侍医を大至急医務室へ呼んでくるのだ!」
「御意!」
 素早く残りの近衛兵が走っていった。

「何ということだ」
「よりにもよって、デナーロの子息が」
「デナーロ? 誰?」
 ぼんやりとしたまま、ウェランダはバンコの背中に問いかけた。

「ああ、もうそなたたちにも話してよいだろう。アクートは五大商家筆頭のデナーロ殿の跡取り息子だ」
「え?」
 それを最後に、ウェランダの記憶は途切れてしまった。

「ウェランダ? ねえウェランダ! しっかりしてよ~!」
 ルナの絶叫が、ウェランダにはなぜかひどく遠くに聞こえた。

 翌日、臨時の朝議で、カルテア王国第一王女リアネルのトバルク商学校退学処分が正式に決定された。
 それと同時に即日カルテア王国への強制送還が決まった。
 
 罪を公にして事を荒立てれば、もっと大きな外交問題へと発展してしまう。
 そのための配慮がなされた。
 カルテア国王も、その程度の処分で済んだことで、トバルクに宣戦布告などはしないと明言した。
 
 そしてリアネル王女を推薦した商務大臣と財務大臣は、特にお咎めはなかったものの、当分の間、無給で働くことを大公と宰相に自発的に申し出て了承された。
 他の二人の後継者候補として呼ばれた王子たちは、それぞれの国へ大公直筆のわび状を携えた侍官とともに帰国の途についた。

 そんな中、官吏たちは一様に首を傾げた。
「一体、大公さまご推薦の後継者候補とは誰だったのだろうか?」
 だが、この一連の騒ぎが静まるまでは、あえて詮索しないほうがいいだろうと、誰かが言い出すと、その後、一切誰も何も言わなくなってしまった。
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