【完結】星が満ちる時

黄永るり

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大公候補③

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「では最後は私たちが……」
 そう手を上げたのは商務大臣と財務大臣だった。
 二人の間には、一人の少女が立っていた。
 
「私たちは直系でも帝国でも商家でもないのですが。まあある意味直系のご先祖さまに帰りました」
「と申すと?」
「建国の女神エリッサさまの祖国・カルテアから、世継ぎの王子の同母妹の姫君をお連れいたしました。この方自身が大公さまになられてもかまいませんし、さきほどの法務大臣や外務大臣が押されておられるいずれかの方の妻になって頂いても構わないと思っております」
「なるほど。これまた一計だな」
「はい」
 トバルク公国初代大公の祖母エリッサは、西方の国カルテアを追い出されたためにこの地にやって来たという。
 だから、トバルク公国の源流は元を正せばカルテア王国に辿りつくのだ。
 
 誰もが『その手があったか!』と悔しがっている者たちを横目に、二人の大臣はどうだと言わんばかりだった。
「大公さま、公母さま、初めまして。カルテア王国第一王女・リアネルと申します。この度はこのようなたいそうなお話を頂き、ありがたく存じます。私は、ただいま城下の商学校に留学しております。卒業致しましたら、様々なことで大公さまと公母さまのお役に立てると存じます」
 優雅にリアネルは一礼した。

 王女の一挙手一投足に、ほうっとため息がもれる。
(そうか、だからリアネルはあんなにも偉そうだったんだ。王女だからというわけでもなかったんだ。でも、あれが大公になったら大変じゃない。私、あんな猫っかぶり女に頭を下げてまで商売したくないなあ)
 今まで黙って控えていたウェランダが苦い顔をした。

「いかがでございましょうか? カルテアには跡取りの第一王子さま以外は、リアネルさましかお子さまがおられませんので、リアネルさまにお願いするのが妥当かと思いました」
「それで、前々から策を練って商学校へも入学させていたのだな」
「御意」
 恭しく商務大臣と財務大臣は頭を下げた。

 このリアネル王女に関しても、公母は特に意見を述べなかった。
「宰相、そなたはこれまでの候補者たちをどう思った?」
 大公は官吏の筆頭に位置する宰相の意見をまず尋ねた。
「私は大公さまと公母さまのお考えに従いますが、私から個人的に申し上げさせて頂くならば、そもそもトバルク五大商家自体も、元を正せば歴代大公さまの分家筋の家柄です。ですから、五大商家のご子息からでも十分に養子候補が得られるとは思いますが」
「なるほどそれも道理ですね」
 しばらく黙っていた公母が、宰相の意見に相槌を打った。

「誰か良き候補がいるのですか?」
「そこまでは考えてはおりません。ですが、お気になさるのでしたら、ただいま五人全員が揃っておりますのでお伺いになられればいかがでしょうか?」
「ふふ。それもそうですね。ですが五大商家の誰も、今まで自分たちの子息や息女を私に打診してきたことはありませんでしたよ。それこそが皆の答えだと思いますが、いかがですか宰相?」
「うっ……」
 弁舌爽やかな宰相の口が止まった。

 大公の養子にしても良いという子供がいるにはいるのだろうが、本人にその気がないというのが現状だろう。 
 大商人の子供たちは大概が、親の仕事を引き継ぐわけではないのだが、自分自身も手広く商売をしてみたいと思い、商人の道へ進む者がほとんどなのである。
 商売に興味のない者もいるにはいるが、その者たちはたいてい職人になる者がほとんどだった。
 ごくまれに政治を志して官吏になろうという者もいたが、今現在の五大商人の口から、一人として変わり種の子供がいるという話は聞いたことがなかった。
 順当に、商人か職人になったりしているのだろう。
 
「公母さまの仰る通りです。我らの子供たちの中で、誰一人として政治に興味を持つ者は、今のところおりません」
 さらっとデナーロが肯定した。
「まあ、大公さまと公母さまがどうしても、と仰るのでしたら少しでも政治に向いていそうな者を連れて参りますが」
 そこにメルカートが口添えした。

「そうですね。筋金入りの商人の子供たちを、無理やり政治の世界に放り込むこともありません」
 公母は、手をひらひらとさせた。
 それをうけて五大商人たちは大人しく頷いた。

「では、大公さまと公母さまのご見解はいかがでしょうか? 結論を急かすわけではございませんし、長年空席だった大公さまの後継を今すぐ決めなければならないわけでもありません。大公さまはご健在であられますから。ただ、今、大公さまと公母さまに引き合わせた御三方のいずれも決め難いと仰るのであれば、しばらく後継者候補として後宮で養育されながらいずれ決めるということでも構いません」
 宰相が皆を代表して、話をまとめだした。

「母上、私は外務大臣が連れてきた帝国の第九皇子は良いと思いますが」
「そうですね。私も九の皇子は役に立つと思います」
「では外務大臣たちの連れてきた帝国の第九皇子さまを養子となさいますか?」
 宰相が確認してくる。
 外務大臣の顔が明るくなってくる。反対に他の法務、商務、財務大臣たちの顔が暗くなってきた。

「まあ慌てることもないでしょう」
「さようでございますな」
 大公は公母の意見に呑気に同意した。

「大公さま、公母さま、最終的にはどうなさるのですか? しばらく後宮に留め置いて様子を見られますか?」
「そう今すぐ結論をと迫られても、すぐにはまとめられません。ことは一国の主を決めることですからね」
 公母はくるりと広間全体を見渡してから、隅っこで控えている三人に目を止めた。

「そういえば大公、後宮で商売をさせてやりたい学生がおるとか申していませんでしたか?」
「はい。ぜひとも母上に見て頂きたい品があるそうで、私が特別に許可いたしました」
「では」
 公母は持っていた扇をぱちんとたたんだ。

「世継ぎのことをゆるゆると考えながら、学生たちの商売でも楽しむとしましょうか」
「心得ました」
 公母にそう言われてしまっては、宰相も誰も何も言えなかった。
 下手をして公母の怒りを買ってしまえば、自分たちが推す後継者候補をかえって遠ざけることになりかねない。

 若くして先代大公が亡くなった後、幼い公子が成長するまで政務を一手に引き受けたのはこの女人だった。
 だからその手腕はこの場の誰もが知っている。
 その時代を実際に知っている官吏はほとんどいないが、その父祖から教え伝えられていた。
 だから、公母が成長した息子に政務の全てを託した後も、ただ安穏と後宮で過ごしていたわけではないことは有名な事実だった。
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