【完結】星が満ちる時

黄永るり

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港から市場へ

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 ウェランダたち三人は、港で帝国発星観島ほしみじま経由の船便を待っていた。
 文を実家に送った頃合いから見て、そろそろだと思ったのだ。
「ウェランダ、船が来たわ」
「ああ、あれだな」
 三人は接岸された中型の商船に近づくと、バンコ宛の荷物を使用人たちとともに仕分けをした。

「あった!」
「ここにもあるぞ」
 木箱に布袋の包みなど、バンコ商会のウェランダ宛と書いてある荷物が五つほど見つかった。

「ルナ、これルナの実家からの文だよ。そしてもしかしてこっちは……」
 ウェランダは見事な螺鈿細工の文箱に括りつけられた文ごとルナに渡した。
 途端にルナの顔が真っ白になった。
「ルナ」
「帰ってから読むわ。早く荷物を荷馬車に積み込みましょう」
 そう言うと、ルナは震える手で文箱を懐に押し込めて、布袋を抱えて馬車の方へ歩き出した。

「ルナが」
「話は後だ。とにかく荷物を積むぞ」
「う、うん」
 慌てて二人も馬車の荷台に荷物を積み込んだ。荷馬車は、バンコ商会行きの荷物を載せる通常のものとは別に、もう一つ荷馬車をウェランダたちは借り受けていたのだ。

「全部載ったな。じゃあ、出発だ」
 アクートが手綱を捌いて、馬を走らせた。
 行先は、バンコ商会ではなく港沿いの市場だった。
「昼までに終えないとね」
「そうね」
 市場に向かいながら、ウェランダはルナとともに揺れる荷台で荷解きをしていた。

「最初に魚屋さんのような食料市に行くのね?」
「そう。あの時と同じ順番で行くのよ。食料品を売っているお店から、筆記具屋さん、それから衣類と織物のお店で終わり」
「わかったわ」
 三人はあの日の商売で迷惑を被ったであろうお店に、一軒一軒謝りに行くのだ。
しかも、島から取り寄せた商品は無償で渡すつもりだった。その代金は、ウェランダが今までバンコの元で小遣い稼ぎで得た全てをなげうって肩代わりするつもりだった。
 もちろん、ルナもアクートもその肩代わりに協力するつもりだ。
 
 魚屋、肉屋、パン屋、青果物を売る店、茶葉を扱う店、菓子店、順調に謝罪道中は進んでいった。
 どの店もおおむね好意的に、ウェランダたちの謝罪とお詫びの品を受け取ってくれた。驚いたことにどの店も、特に厳しい罰はなかったようだった。
 そして、筆記具屋、金細工の店、靴屋、被服屋、そして最後に訪れたのは、あの絨毯じゅうたんの店だった。
 
「おお、この前のお嬢さんじゃないか。いらっしゃい」
 初対面とは打って変わったように、店主がにこやかな笑顔で出迎えてくれた。
「この前はすみませんでした。私、商学校に留学している者でトバルクの商法にうとかったものですから」
「俺がいけなかったんです。この商売方法を勧めたのは俺なんです。どうも申し訳ありませんでした!」
「私もトバルクの商法をわきまえずに、申し訳ありませんでした」
 三者三様に丁寧に頭を下げた。

「いやあ、そんなに丁寧に謝られちゃこっちとしたら困っちまうよ。こっちはそんなに厳しいとばっちりは受けなかったんだ。気にしてないよ。あの商売は俺にとっても市場の連中にとっても、商人としての大事な賭けだったんだ。俺たちは賭けに勝ったんだよ」
 そう得意げに話す店主。

「賭け、ですか?」
「そうだよ。賭けだよ。まあ詳しいことはそのうちわかるだろう。だから、そう気に病むことはない。それ、俺にくれるんだろ? 俺の女房と母さんがすっかりそのお茶のとりこになりやがって、まったく女ってやつはこれだから」
 店主は笑いながら、ウェランダが持っていた月桃茶の包みを受け取った。

「何もなくて良かったです」
 ウェランダの肩からようやく力が抜けた。
 どこかの店の店主に罵倒されたりされるのかと思っていたが、最後までそんなことはなく、皆、気持ちよく謝罪を受けてお詫びの品を受け取ってくれた。

「これからはこのようなことのないように致します」
「今後ともよろしく頼むよ。ところでこの茶葉は、どこへ仕入れに行けばいいんだ? お前さんはどこの商館にいるんだ? そこに行けばいいのか?」
「ありがとうございます。いずれ卒業すれば大手を振って商売出来ると思いますので、その時にまたお知らせさせていただきます」
「そうか。じゃあそれまで大事に飲むことにするよ」
「よろしくお願い致します」
 三人は最後に店主に礼を述べると、店を離れた。

「さあ、商館へ帰ろう」
「そうだね」
 荷馬車は、少し速度を速めてバンコ商会へ向かった。 

 バンコ商会に戻ると、大公から七日後に後宮へ参じよとの書状が届いていた。
「いよいよ七日後か」
「ウェランダ、どうするの? 何を仕入れるのか決めたの?」
「金なら俺とルナも出すから、心配するな」
「ありがとう。でもいいわ。私の懐に残ったお金で買えるかどうかはわからないけど、一つ、考えている物があるの」
「何?」
「大丈夫だよルナ。アクートも、ありがとう」
「おお」
「それよりルナの書簡だけど、何が書かれてあったの?」
 ウェランダは、ルナの実家からの文のことも覚えていた。

「来週の船で、仕事のついでに婚約者殿がこちらに来られるらしいわ」
「え?」
「私の婚約者殿は、帝国で外交官を務めているの。だから仕事で他国へ行くことなどよくあることらしいわ」
 仕事にかこつけて大手を振って、婚約者に会いに行けるわけだ。

「ええ! じゃあ、どうするの? ここで鉢合わせするの?」
「みたいね。だけど、ちょうど後宮に行く日の午後に着くらしいから、宮殿に逃げ込めるわ」
「でも宮殿から戻ってきたら、ここで待ち構えているんじゃないの?」
「多分ね。一応、出発前にこちらの家令殿に一言お願いしておくつもりだけど」
「後宮に行ってるって?」
「そう。大事な友達の商売を邪魔されたくないもの」
「ルナ」
「別にいいのよウェランダ」
 ルナの笑顔がウェランダの胸に突き刺さる。

 友達の危機に何もできない自分が、ウェランダには歯がゆくて仕方がなかった。
 アクートにも妙案が浮かばないのだろう、ただ黙って二人の話を聞いているだけだ。
「さあ、今日は礼儀作法を教えてもらうのでしょう? 行きましょう!」
 すっかり暗くなってしまった雰囲気を払拭するように、ルナが務めて明るい声でそう言った。
「わかったわ。行きましょう」
 三人はバンコの馬車で城へ向かっていた。

 相変わらずアクートは無言である。
 城につくと、大公が手配していた女官が待っていた。
 城内の一角、小さな休憩所で作法の勉強が行われた。
「では、公母さまがお出ましになられましたら、このように頭を下げて」
 女官の指示通り、三人は頭を下げる。

「ルナ殿はそのままでよろしいですわ。元々の帝国でのお育ちがよろしいのでしょうか?」
「そんなことはありません。帝国の片隅で細々と商いをしている者の娘です」
 あからさまに嘘とわかるような感じで、ルナがよどみなく答えた。          どうやら意地悪そうな女官に対して、ストレス発散しているようだ

「アクート殿にウェランダ殿はもう一度です。頭を下げすぎないように。卑屈すぎます。このくらいの角度で良いのです」
 アクートとウェランダは、頭をもう一度下げる。
「そうですその角度です。覚えておいて下さい。では次に両膝をついての礼です。このように」
 女官が手本を示してくれる。
 ウェランダもぎこちなく真似をしてみる。
 即座に厳しいダメ出しが入る。
 そんな感じで礼儀作法の勉強は、日暮れまで続いた。
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