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ステラ
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早朝、トバルク大公は宮殿の裏手にある神殿の祭壇に向かって歩いていた。
側仕えの者は、全員神殿前で待機させている。
神殿に祀られているのは、商業国家らしく商いの女神として祀られている初代大公の祖母・エリッサである。
祭壇前で一人の女性が待っていた。
二十代後半くらいの不思議な雰囲気を持つ女性だった。
さらさらとした乳白色の絹糸のような長い髪は結ばずに背中に垂らしたまま。その背中は、ルナよりもいっそう華奢だった。
「おいでになると思っておりました」
琥珀色の瞳が柔らかい光をたたえている。
「ステラ、そなたの後輩が、なかなか城下の市場で頑張っておるようだぞ」
「さようですか。彼女にとっては金星の良い時期にございます。よりよく商売が始められましょう」
「そのようだな。それでどうだろうか? 私の跡取りはすんなり決まりそうかな?」
「大公さまの跡取りの星はこの方のところで確かに育っております。後は、大公さまの御心次第でございます」
ステラは祭壇前の卓上に広げてあった星図の一角を持っていた杖で指し示した。
「そうか。最終的には、本人と私が決めれば良いのだな」
「さようでございます。但し、不穏な動きが幾つかあるようでございますが」
ステラは懐から文を取りだして、大公に渡した。
大公は中身をさっと一読した。
「なるほど。確かにこれは不穏だな」
「どうなさいますか?」
「私としては商人らしく、一石二鳥で片付けたいのだがな」
「そう仰ると思いました」
「では?」
「はい。大公さまの思うようになさいませ。そのほうが良い方へ話が運びます」
「そうか」
「さようでございますねえ……」
静かに卓上の星図を見つめるステラ。
そして懐から紙を取りだすと、そこに何やら細かい計算を書きだした。
「七日後、七日後の午後になさいませ。さすれば大公さまにもかの娘にも良いように事が運びましょう。そして跡取り問題にも決着がつくはずでございます」
しかし、とステラは少し眉を曇らせた。
「もしかしたら、良くないことも同時に起こるかもしれません。ですから、近衛の兵たちを特例で側にお置きになった方がよろしいかもしれません」
「わかった。そなたの申す通りにしよう。ああ、そうだ! そなたも後宮に参るといい。どうだ、来ぬか?」
「私も、でございますか?」
「そうだ。皆を驚かしてやろうぞ。そして、事の成就をその目で見届けるがよい。滅多にない事だからな」
いたずらっ子のように嬉し気に提案する大公を見ながら、ステラはわずかに首を横に振った。
「私はご遠慮申し上げます。私は、ここで夜空の星と星図を見続けるのが仕事にございますれば」
「しかし」
ステラはもう一度、今度ははっきりと拒絶した。
「結構にございます」
もうその一言で、大公は無理にとは言えなくなってしまった。
「わかった。どうせ今日の朝議は荒れるし、その後のことにしても大荒れになりそうだからな。そなたはかえっておらぬ方が良いか」
「さようにございます」
大公はステラに、残念そうに微笑むと素早く神殿から城へと戻っていった。
側仕えの者は、全員神殿前で待機させている。
神殿に祀られているのは、商業国家らしく商いの女神として祀られている初代大公の祖母・エリッサである。
祭壇前で一人の女性が待っていた。
二十代後半くらいの不思議な雰囲気を持つ女性だった。
さらさらとした乳白色の絹糸のような長い髪は結ばずに背中に垂らしたまま。その背中は、ルナよりもいっそう華奢だった。
「おいでになると思っておりました」
琥珀色の瞳が柔らかい光をたたえている。
「ステラ、そなたの後輩が、なかなか城下の市場で頑張っておるようだぞ」
「さようですか。彼女にとっては金星の良い時期にございます。よりよく商売が始められましょう」
「そのようだな。それでどうだろうか? 私の跡取りはすんなり決まりそうかな?」
「大公さまの跡取りの星はこの方のところで確かに育っております。後は、大公さまの御心次第でございます」
ステラは祭壇前の卓上に広げてあった星図の一角を持っていた杖で指し示した。
「そうか。最終的には、本人と私が決めれば良いのだな」
「さようでございます。但し、不穏な動きが幾つかあるようでございますが」
ステラは懐から文を取りだして、大公に渡した。
大公は中身をさっと一読した。
「なるほど。確かにこれは不穏だな」
「どうなさいますか?」
「私としては商人らしく、一石二鳥で片付けたいのだがな」
「そう仰ると思いました」
「では?」
「はい。大公さまの思うようになさいませ。そのほうが良い方へ話が運びます」
「そうか」
「さようでございますねえ……」
静かに卓上の星図を見つめるステラ。
そして懐から紙を取りだすと、そこに何やら細かい計算を書きだした。
「七日後、七日後の午後になさいませ。さすれば大公さまにもかの娘にも良いように事が運びましょう。そして跡取り問題にも決着がつくはずでございます」
しかし、とステラは少し眉を曇らせた。
「もしかしたら、良くないことも同時に起こるかもしれません。ですから、近衛の兵たちを特例で側にお置きになった方がよろしいかもしれません」
「わかった。そなたの申す通りにしよう。ああ、そうだ! そなたも後宮に参るといい。どうだ、来ぬか?」
「私も、でございますか?」
「そうだ。皆を驚かしてやろうぞ。そして、事の成就をその目で見届けるがよい。滅多にない事だからな」
いたずらっ子のように嬉し気に提案する大公を見ながら、ステラはわずかに首を横に振った。
「私はご遠慮申し上げます。私は、ここで夜空の星と星図を見続けるのが仕事にございますれば」
「しかし」
ステラはもう一度、今度ははっきりと拒絶した。
「結構にございます」
もうその一言で、大公は無理にとは言えなくなってしまった。
「わかった。どうせ今日の朝議は荒れるし、その後のことにしても大荒れになりそうだからな。そなたはかえっておらぬ方が良いか」
「さようにございます」
大公はステラに、残念そうに微笑むと素早く神殿から城へと戻っていった。
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