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大公の提案
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「では、三人の中でもっとも商売人を目指すそなたに、一つ私の後宮で商売する権利を一度だけ与えよう」
「え?」
「今、私の後宮には母上しかいない。だが、母上の周囲には仕える侍女や女官たちもいる。もちろん私の妃候補と称して若い娘たちもいる」
「は、はあ……」
思いがけない大公からの申し出に、一度は解けたはずの緊張がウェランダに戻ってきた。それと同時に、あまりにも大きな商売の機会に嬉しいという感情も高まってきた。
「ただし、お前が一番に売りたいと思っている物を売ってはならん。これが条件だ」
先ほどまでの穏やかな雰囲気が一変して、大公の表情は険しいものになっていた。
執務室内の空気が一気に張りつめたものになった。
「月桃からできる商品を売ってはいけないということなのでしょうか?」
すっかり固まってしまったウェランダを横目に、ルナがウェランダの疑問を代弁した。
「その通りだ」
「どうしてですか?」
「それは、お前たち三人が一番良く知っているはずだ」
「?」
三人は一様に首を傾げた。
「わからぬか? すでに市場監督官から調査報告書が私の元へ上がってきている。これを見なさい」
そう言うと、大公は机の上にあった書類から紙切れを一枚抜いて、円卓の上に乗せた。
ルナとアクートが左右から同時に取り上げて、文字を追った。
ウェランダは頭が真っ白になってしまって、何も考えられなくなっていた。
「わかったか? お前たちはこの国で商学生でありながらやってはいけないことをやってしまったのだ。個人的な商売というやつをな」
「しかし、私が幼い頃に城下でよくやっていた商売です。父の見様見真似で自分で出来る商売をやっていました。あの時は、何のお咎めもありませんでしたよ」
「あの時はお前が子供だったということもあるし、父親と家名に救われたのだ。商学校の学生でもなかったしな」
「裏で父が動いていたということですか?」
「そうだ。だからその後、お前は造船所に出されたのだろう?」
「うっ」
アクートは黙り込んで座ってしまった。
ウェランダに良かれと思って教えた『買うから買って』作戦は、トバルクの法に触れるものだったらしい。
「何てことだ。結局、俺はずっと親父殿に守られていたのか」
アクートがぽつりと呟いた。
「あの、ここには三名を後期を待たずに至急、退学させるべしとありますけど」
真っ青な顔でルナが大公を見つめた。
「私は別に構いません。ですが、本当に商人になりたいと思っているウェランダだけは退学処分を免除してさしあげて下さいませ。退学以外の罰でしたら、ウェランダは喜んで受けます。お願い致します退学は私だけにして下さい!」
立ち上がったルナは、大公の前に土下座した。
「大公さま、私からもお願い致します! 今回のことは私の浅はかな考えから始まったことです。どうか罰は私だけにお願い致します。二人には関係ありません。私の代わりに商売してくれただけなのです!」
ルナにならってアクートも大公に土下座した。
「これ二人とも、そのようなことをするでない」
バンコが二人に駆け寄り止めさせようとする。
「退学処分というのは市場監督官の私見であって、正式な国法での決定ではない」
「ですが!」
ウェランダも立ち上がって、大公の横まできてひざまずいた。
「私は成人しています。成人している以上、ここに留学している以上、トバルクの法律を知らなかったという子供じみた言い訳では許されないことはわかっております」
「ならどうする?」
「トバルクの法に従います。法に従って私を罰して下さい。あまりにも幼稚な行動をした自分が恥ずかしく悔いております」
ルナよりもさらに真っ青な顔のウェランダは、絞るようにそういうと力なくうなだれた。
「わかった。こういう場合、商学校の学生でもない他国の者なら、国外追放とされてしまうのだが、今回は市場監督官にも話して、注意勧告だけにしようと思う。バンコ、そなたはどう思う?」
「私もそれで良いと思われます。退学処分はあまりに厳しいかと思います。他国の学生ですトバルクの法に疎いこともございましょう。ここは、二度としないという誓約書を書かせて、注意勧告するだけで良いと思います」
「だが、お前たち次はないと思いなさい。ここは商売に関して帝国よりも厳しい法律がある国だ」
「はい!」
三人は一斉に頭を下げた。
「ということだから、罰の一つとしてそなたが一番売りたい物以外の物を仕入れて、後宮の母上の前で商売してみなさい」
「法を犯した私がそのようなことをさせて頂いてもよろしいのでしょうか?」
「ああ。しかし、罰は罰だ。あまり喜ばぬ方がよいぞ。母上が帝国出身ということは、それだけ目利きも厳しいということだ。何を売ることになるかは知らんが、安価なものでも別にかまわないが、良いものでなければ母上は頷かないし、周囲の侍女や女官たちもそれにならっている。だから、半端なものでは母上は納得なさらないだろうし、買いもしない。母上が何も買わなければ、例えお前が卒業時に三席以内に入っていたとしても、お前に商籍はやらんし商船も作ってやらん。さらにトバルクで商売することも立ち入ることも許さない」
今度は暗い顔になるウェランダ。
「これはお前にとって賭けだな。どうだ? 商人の端くれとしてこの商売にのるか? 当然ながら私は、商売の場所を提供してはやるがお前たちを擁護しない。純粋なままで母上に何の知識も持たさずに会わせることだけを約束しよう」
公正なようで、ある意味危険な賭け。
(乗ってみたい)
だが、やるからには全てを賭けなければならない。
「賭けに勝ちたいです」
吐露したのは、ウェランダの心底からの願いだった。
「ですが、色々商品を考えて仕入れなければなりません。その分のお時間は頂けますでしょうか?」
「もちろんかまわん。ただその間は商いの勉強もあるだろうが、後宮に入る儀礼を学ぶために一日、城に来るように。身分はともかく母上は礼儀にうるさいお方だ」
「はい」
ウェランダは震えながらも、丁寧に頭を下げた。
「では残りの二人の罰は、ウェランダの商いの介添えをすることにしよう。さすがに一人では不安で心細かろう」
「はい!」
二人の返事が重なった。
「ルナ、アクート良いの?」
「三人で一緒に頑張りましょうって、最初に言ったのはあなたよ」
「こうなったのは俺のせいだからな。それに、後始末はきちんとやれっていつも親父殿に言われていたし」
「ありがとう」
「では決まりだ。品物を揃え次第、私に連絡を寄越しなさい」
「わかりました」
三人は、当分大公の執務を手伝うことになったバンコを残して商館に戻った。
戻る前に市場監督官に出す謝罪文と二度としない旨を認めた誓約書に、サインと押印をさせられた。
「え?」
「今、私の後宮には母上しかいない。だが、母上の周囲には仕える侍女や女官たちもいる。もちろん私の妃候補と称して若い娘たちもいる」
「は、はあ……」
思いがけない大公からの申し出に、一度は解けたはずの緊張がウェランダに戻ってきた。それと同時に、あまりにも大きな商売の機会に嬉しいという感情も高まってきた。
「ただし、お前が一番に売りたいと思っている物を売ってはならん。これが条件だ」
先ほどまでの穏やかな雰囲気が一変して、大公の表情は険しいものになっていた。
執務室内の空気が一気に張りつめたものになった。
「月桃からできる商品を売ってはいけないということなのでしょうか?」
すっかり固まってしまったウェランダを横目に、ルナがウェランダの疑問を代弁した。
「その通りだ」
「どうしてですか?」
「それは、お前たち三人が一番良く知っているはずだ」
「?」
三人は一様に首を傾げた。
「わからぬか? すでに市場監督官から調査報告書が私の元へ上がってきている。これを見なさい」
そう言うと、大公は机の上にあった書類から紙切れを一枚抜いて、円卓の上に乗せた。
ルナとアクートが左右から同時に取り上げて、文字を追った。
ウェランダは頭が真っ白になってしまって、何も考えられなくなっていた。
「わかったか? お前たちはこの国で商学生でありながらやってはいけないことをやってしまったのだ。個人的な商売というやつをな」
「しかし、私が幼い頃に城下でよくやっていた商売です。父の見様見真似で自分で出来る商売をやっていました。あの時は、何のお咎めもありませんでしたよ」
「あの時はお前が子供だったということもあるし、父親と家名に救われたのだ。商学校の学生でもなかったしな」
「裏で父が動いていたということですか?」
「そうだ。だからその後、お前は造船所に出されたのだろう?」
「うっ」
アクートは黙り込んで座ってしまった。
ウェランダに良かれと思って教えた『買うから買って』作戦は、トバルクの法に触れるものだったらしい。
「何てことだ。結局、俺はずっと親父殿に守られていたのか」
アクートがぽつりと呟いた。
「あの、ここには三名を後期を待たずに至急、退学させるべしとありますけど」
真っ青な顔でルナが大公を見つめた。
「私は別に構いません。ですが、本当に商人になりたいと思っているウェランダだけは退学処分を免除してさしあげて下さいませ。退学以外の罰でしたら、ウェランダは喜んで受けます。お願い致します退学は私だけにして下さい!」
立ち上がったルナは、大公の前に土下座した。
「大公さま、私からもお願い致します! 今回のことは私の浅はかな考えから始まったことです。どうか罰は私だけにお願い致します。二人には関係ありません。私の代わりに商売してくれただけなのです!」
ルナにならってアクートも大公に土下座した。
「これ二人とも、そのようなことをするでない」
バンコが二人に駆け寄り止めさせようとする。
「退学処分というのは市場監督官の私見であって、正式な国法での決定ではない」
「ですが!」
ウェランダも立ち上がって、大公の横まできてひざまずいた。
「私は成人しています。成人している以上、ここに留学している以上、トバルクの法律を知らなかったという子供じみた言い訳では許されないことはわかっております」
「ならどうする?」
「トバルクの法に従います。法に従って私を罰して下さい。あまりにも幼稚な行動をした自分が恥ずかしく悔いております」
ルナよりもさらに真っ青な顔のウェランダは、絞るようにそういうと力なくうなだれた。
「わかった。こういう場合、商学校の学生でもない他国の者なら、国外追放とされてしまうのだが、今回は市場監督官にも話して、注意勧告だけにしようと思う。バンコ、そなたはどう思う?」
「私もそれで良いと思われます。退学処分はあまりに厳しいかと思います。他国の学生ですトバルクの法に疎いこともございましょう。ここは、二度としないという誓約書を書かせて、注意勧告するだけで良いと思います」
「だが、お前たち次はないと思いなさい。ここは商売に関して帝国よりも厳しい法律がある国だ」
「はい!」
三人は一斉に頭を下げた。
「ということだから、罰の一つとしてそなたが一番売りたい物以外の物を仕入れて、後宮の母上の前で商売してみなさい」
「法を犯した私がそのようなことをさせて頂いてもよろしいのでしょうか?」
「ああ。しかし、罰は罰だ。あまり喜ばぬ方がよいぞ。母上が帝国出身ということは、それだけ目利きも厳しいということだ。何を売ることになるかは知らんが、安価なものでも別にかまわないが、良いものでなければ母上は頷かないし、周囲の侍女や女官たちもそれにならっている。だから、半端なものでは母上は納得なさらないだろうし、買いもしない。母上が何も買わなければ、例えお前が卒業時に三席以内に入っていたとしても、お前に商籍はやらんし商船も作ってやらん。さらにトバルクで商売することも立ち入ることも許さない」
今度は暗い顔になるウェランダ。
「これはお前にとって賭けだな。どうだ? 商人の端くれとしてこの商売にのるか? 当然ながら私は、商売の場所を提供してはやるがお前たちを擁護しない。純粋なままで母上に何の知識も持たさずに会わせることだけを約束しよう」
公正なようで、ある意味危険な賭け。
(乗ってみたい)
だが、やるからには全てを賭けなければならない。
「賭けに勝ちたいです」
吐露したのは、ウェランダの心底からの願いだった。
「ですが、色々商品を考えて仕入れなければなりません。その分のお時間は頂けますでしょうか?」
「もちろんかまわん。ただその間は商いの勉強もあるだろうが、後宮に入る儀礼を学ぶために一日、城に来るように。身分はともかく母上は礼儀にうるさいお方だ」
「はい」
ウェランダは震えながらも、丁寧に頭を下げた。
「では残りの二人の罰は、ウェランダの商いの介添えをすることにしよう。さすがに一人では不安で心細かろう」
「はい!」
二人の返事が重なった。
「ルナ、アクート良いの?」
「三人で一緒に頑張りましょうって、最初に言ったのはあなたよ」
「こうなったのは俺のせいだからな。それに、後始末はきちんとやれっていつも親父殿に言われていたし」
「ありがとう」
「では決まりだ。品物を揃え次第、私に連絡を寄越しなさい」
「わかりました」
三人は、当分大公の執務を手伝うことになったバンコを残して商館に戻った。
戻る前に市場監督官に出す謝罪文と二度としない旨を認めた誓約書に、サインと押印をさせられた。
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