【完結】星が満ちる時

黄永るり

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バンコの話

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 商館に戻ると、商館では久々に商用で他国に出ていた主・バンコが戻ってきていて、そのまま三人と共に夕食の卓についた。
 バンコは背こそさほど高くはないのだが、少しお腹がでていて恰幅は良いものの、全体的に丸い中年の男だった。
 
「それで、しばらく商売のことを実践で学ぶための前期休暇なのだろ? 三人はどうする気なんだね? 私はまたしばらくしたら帝国まで行くのだが、その一行に加わりたいと言うなら別にかまわんよ」
 バンコのありがたい申し出に、ウェランダはどうしたものか? と思った。確かに、トバルク以外に商売の勉強に行けるのもありがたい。しかし、トバルクでもまだまだ学べることは多いと思ってもいた。休暇はまだこれからもあるし、後半になってからでも、トバルクから出ていく商船に乗せてもらうのもいいだろう。

「あの」
 ウェランダが話しかけようとしたところで、家令が静かに主の元へやってきた。
 そして携えていた華麗な装飾文様で施された文箱を渡した。明らかに貴人からとわかるものだ。
 バンコがそれを開く。
 中身をさらっと一読すると、途端に困ったような顔になった。

「うーん……」
「どうなさったのですか?」
 ウェランダは身を乗り出した。
「い、いやあ。その」
「何か、あったのですか?」
「大公さまからだ」
「大公さま?」
「ああ。しばらく外洋に出るのを控えて、政務の補佐をしてほしいとある」
「補佐、ですか?」
 ウェランダの瞳がたちまち驚きに満ちる。
 
 一国の主が自分の補佐を官吏ではなく、商人に頼むことがあるのか。
「よくあることなのですか?」
「ああ。私も一応、末席とはいえトバルク五大商人に名を連ねているからね。大公さまからの呼び出しがあれば、商売以外で宮殿にも行くし、その折に執務の手伝いなどはよく頼まれるのだ」
 トバルク公国は、そもそも建国した初代大公が商人出身だったため、その政治機構も独特なものとなっている。
 国の政務を大公の名の元に統括する宰相はいるが、それも元を正せば五大商人の家柄だ。そして様々な担当の役人もまた、商家の出身者で占められていた。
 だから、トバルク公国には『貴族』という存在がいるようでいないのだ。歴代の大公の親族たちは、政治に参画するよりも自ら商売をする者が多くて、なかなか特権階級の貴族化しなかったのだ。
 そうやって商いで身をたてた者たちの中から、トバルク五大商家が生まれたのだ。
 バンコの名も、本来の名ではなく歴代の当主が継ぐ名前なのだ。

「では、帝国へは?」
 アクートが心配そうに尋ねた。どうやらアクートは、帝国への商売に同行したかったようだ。
「そうだな。これでは無理だな。しばらくは国内の商売に専念するとしよう。まあ今回だけだ。最後の後期休暇の頃には、外洋に出られるだろうから、その時に一緒に行きたい者は来るといい」
「わかり、ました」
 アクートは明らかに残念そうな顔をした。

「それよりもそなたたち三人を城に招待したいとあるぞ」
「ええ?」
「でも、大公さまとの謁見は卒業時のみだけだったと思いますけど?」
「本来ならそうだ。だが、ここに大公さまからの召喚状がある」
 そう言って、バンコはそれぞれに大公からの文を渡した。

 ウェランダも確認すると、確かにそこには大公の名でウェランダ宛の召喚命令が書かれてあった。現大公の筆跡など、庶民で学生のウェランダには判別しようがないので、バンコの言葉を信じるしかないのだが。
「というわけで、明日の午後、今回の商売で得た品物を納めに行くついでに、大公さまとの謁見に臨むことになる。皆、そのつもりで」
「で、でも衣装は?」
 ウェランダは自分の持っている服を思い出した。卒業まで大公のような貴人とは会うことはないと思っていたから、そういった衣装などは作ってはいなかったのだ。
 卒業の時の大公との謁見する時は、無償で全員に一揃えの衣装があつらえてもらえるようになっているのだが。

「ウェランダ、良ければ私のものを貸してあげるわ。たいしたものはないけど。商館のお針子さんたちにお願いして手伝ってもらえれば、何とか一晩で補整できると思うわ」
 ルナが助け舟を出してくれた。
「ありがとう、ルナ」
「アクートはどうするの?」
「俺は」
「ああ、よいよい。アクート殿には私の息子の物をお貸ししよう。ちょうど良いのがあったはずだ」
 どうしようかという風のアクートに、バンコがそう申し出たくれた。

 その物言いに、ウェランダはアクートがどこかの貴人の息子なのだろうか? と思った。
「あ、ありがとうございます」
 急きょ、城へ上がることになり、ウェランダの鼓動が早くなった。
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