17 / 40
バンコの話
しおりを挟む
商館に戻ると、商館では久々に商用で他国に出ていた主・バンコが戻ってきていて、そのまま三人と共に夕食の卓についた。
バンコは背こそさほど高くはないのだが、少しお腹がでていて恰幅は良いものの、全体的に丸い中年の男だった。
「それで、しばらく商売のことを実践で学ぶための前期休暇なのだろ? 三人はどうする気なんだね? 私はまたしばらくしたら帝国まで行くのだが、その一行に加わりたいと言うなら別にかまわんよ」
バンコのありがたい申し出に、ウェランダはどうしたものか? と思った。確かに、トバルク以外に商売の勉強に行けるのもありがたい。しかし、トバルクでもまだまだ学べることは多いと思ってもいた。休暇はまだこれからもあるし、後半になってからでも、トバルクから出ていく商船に乗せてもらうのもいいだろう。
「あの」
ウェランダが話しかけようとしたところで、家令が静かに主の元へやってきた。
そして携えていた華麗な装飾文様で施された文箱を渡した。明らかに貴人からとわかるものだ。
バンコがそれを開く。
中身をさらっと一読すると、途端に困ったような顔になった。
「うーん……」
「どうなさったのですか?」
ウェランダは身を乗り出した。
「い、いやあ。その」
「何か、あったのですか?」
「大公さまからだ」
「大公さま?」
「ああ。しばらく外洋に出るのを控えて、政務の補佐をしてほしいとある」
「補佐、ですか?」
ウェランダの瞳がたちまち驚きに満ちる。
一国の主が自分の補佐を官吏ではなく、商人に頼むことがあるのか。
「よくあることなのですか?」
「ああ。私も一応、末席とはいえトバルク五大商人に名を連ねているからね。大公さまからの呼び出しがあれば、商売以外で宮殿にも行くし、その折に執務の手伝いなどはよく頼まれるのだ」
トバルク公国は、そもそも建国した初代大公が商人出身だったため、その政治機構も独特なものとなっている。
国の政務を大公の名の元に統括する宰相はいるが、それも元を正せば五大商人の家柄だ。そして様々な担当の役人もまた、商家の出身者で占められていた。
だから、トバルク公国には『貴族』という存在がいるようでいないのだ。歴代の大公の親族たちは、政治に参画するよりも自ら商売をする者が多くて、なかなか特権階級の貴族化しなかったのだ。
そうやって商いで身をたてた者たちの中から、トバルク五大商家が生まれたのだ。
バンコの名も、本来の名ではなく歴代の当主が継ぐ名前なのだ。
「では、帝国へは?」
アクートが心配そうに尋ねた。どうやらアクートは、帝国への商売に同行したかったようだ。
「そうだな。これでは無理だな。しばらくは国内の商売に専念するとしよう。まあ今回だけだ。最後の後期休暇の頃には、外洋に出られるだろうから、その時に一緒に行きたい者は来るといい」
「わかり、ました」
アクートは明らかに残念そうな顔をした。
「それよりもそなたたち三人を城に招待したいとあるぞ」
「ええ?」
「でも、大公さまとの謁見は卒業時のみだけだったと思いますけど?」
「本来ならそうだ。だが、ここに大公さまからの召喚状がある」
そう言って、バンコはそれぞれに大公からの文を渡した。
ウェランダも確認すると、確かにそこには大公の名でウェランダ宛の召喚命令が書かれてあった。現大公の筆跡など、庶民で学生のウェランダには判別しようがないので、バンコの言葉を信じるしかないのだが。
「というわけで、明日の午後、今回の商売で得た品物を納めに行くついでに、大公さまとの謁見に臨むことになる。皆、そのつもりで」
「で、でも衣装は?」
ウェランダは自分の持っている服を思い出した。卒業まで大公のような貴人とは会うことはないと思っていたから、そういった衣装などは作ってはいなかったのだ。
卒業の時の大公との謁見する時は、無償で全員に一揃えの衣装があつらえてもらえるようになっているのだが。
「ウェランダ、良ければ私のものを貸してあげるわ。たいしたものはないけど。商館のお針子さんたちにお願いして手伝ってもらえれば、何とか一晩で補整できると思うわ」
ルナが助け舟を出してくれた。
「ありがとう、ルナ」
「アクートはどうするの?」
「俺は」
「ああ、よいよい。アクート殿には私の息子の物をお貸ししよう。ちょうど良いのがあったはずだ」
どうしようかという風のアクートに、バンコがそう申し出たくれた。
その物言いに、ウェランダはアクートがどこかの貴人の息子なのだろうか? と思った。
「あ、ありがとうございます」
急きょ、城へ上がることになり、ウェランダの鼓動が早くなった。
バンコは背こそさほど高くはないのだが、少しお腹がでていて恰幅は良いものの、全体的に丸い中年の男だった。
「それで、しばらく商売のことを実践で学ぶための前期休暇なのだろ? 三人はどうする気なんだね? 私はまたしばらくしたら帝国まで行くのだが、その一行に加わりたいと言うなら別にかまわんよ」
バンコのありがたい申し出に、ウェランダはどうしたものか? と思った。確かに、トバルク以外に商売の勉強に行けるのもありがたい。しかし、トバルクでもまだまだ学べることは多いと思ってもいた。休暇はまだこれからもあるし、後半になってからでも、トバルクから出ていく商船に乗せてもらうのもいいだろう。
「あの」
ウェランダが話しかけようとしたところで、家令が静かに主の元へやってきた。
そして携えていた華麗な装飾文様で施された文箱を渡した。明らかに貴人からとわかるものだ。
バンコがそれを開く。
中身をさらっと一読すると、途端に困ったような顔になった。
「うーん……」
「どうなさったのですか?」
ウェランダは身を乗り出した。
「い、いやあ。その」
「何か、あったのですか?」
「大公さまからだ」
「大公さま?」
「ああ。しばらく外洋に出るのを控えて、政務の補佐をしてほしいとある」
「補佐、ですか?」
ウェランダの瞳がたちまち驚きに満ちる。
一国の主が自分の補佐を官吏ではなく、商人に頼むことがあるのか。
「よくあることなのですか?」
「ああ。私も一応、末席とはいえトバルク五大商人に名を連ねているからね。大公さまからの呼び出しがあれば、商売以外で宮殿にも行くし、その折に執務の手伝いなどはよく頼まれるのだ」
トバルク公国は、そもそも建国した初代大公が商人出身だったため、その政治機構も独特なものとなっている。
国の政務を大公の名の元に統括する宰相はいるが、それも元を正せば五大商人の家柄だ。そして様々な担当の役人もまた、商家の出身者で占められていた。
だから、トバルク公国には『貴族』という存在がいるようでいないのだ。歴代の大公の親族たちは、政治に参画するよりも自ら商売をする者が多くて、なかなか特権階級の貴族化しなかったのだ。
そうやって商いで身をたてた者たちの中から、トバルク五大商家が生まれたのだ。
バンコの名も、本来の名ではなく歴代の当主が継ぐ名前なのだ。
「では、帝国へは?」
アクートが心配そうに尋ねた。どうやらアクートは、帝国への商売に同行したかったようだ。
「そうだな。これでは無理だな。しばらくは国内の商売に専念するとしよう。まあ今回だけだ。最後の後期休暇の頃には、外洋に出られるだろうから、その時に一緒に行きたい者は来るといい」
「わかり、ました」
アクートは明らかに残念そうな顔をした。
「それよりもそなたたち三人を城に招待したいとあるぞ」
「ええ?」
「でも、大公さまとの謁見は卒業時のみだけだったと思いますけど?」
「本来ならそうだ。だが、ここに大公さまからの召喚状がある」
そう言って、バンコはそれぞれに大公からの文を渡した。
ウェランダも確認すると、確かにそこには大公の名でウェランダ宛の召喚命令が書かれてあった。現大公の筆跡など、庶民で学生のウェランダには判別しようがないので、バンコの言葉を信じるしかないのだが。
「というわけで、明日の午後、今回の商売で得た品物を納めに行くついでに、大公さまとの謁見に臨むことになる。皆、そのつもりで」
「で、でも衣装は?」
ウェランダは自分の持っている服を思い出した。卒業まで大公のような貴人とは会うことはないと思っていたから、そういった衣装などは作ってはいなかったのだ。
卒業の時の大公との謁見する時は、無償で全員に一揃えの衣装があつらえてもらえるようになっているのだが。
「ウェランダ、良ければ私のものを貸してあげるわ。たいしたものはないけど。商館のお針子さんたちにお願いして手伝ってもらえれば、何とか一晩で補整できると思うわ」
ルナが助け舟を出してくれた。
「ありがとう、ルナ」
「アクートはどうするの?」
「俺は」
「ああ、よいよい。アクート殿には私の息子の物をお貸ししよう。ちょうど良いのがあったはずだ」
どうしようかという風のアクートに、バンコがそう申し出たくれた。
その物言いに、ウェランダはアクートがどこかの貴人の息子なのだろうか? と思った。
「あ、ありがとうございます」
急きょ、城へ上がることになり、ウェランダの鼓動が早くなった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
【完結】緑の奇跡 赤の輝石
黄永るり
児童書・童話
15歳の少女クティーは、毎日カレーとナンを作りながら、ドラヴィダ王国の外れにある町の宿で、住み込みで働いていた。
ある日、宿のお客となった少年シャストラと青年グラハの部屋に呼び出されて、一緒に隣国ダルシャナの王都へ行かないかと持ちかけられる。
戸惑うクティーだったが、結局は自由を求めて二人とダルシャナの王都まで旅にでることにした。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
チョウチョのキラキラ星
あやさわえりこ
児童書・童話
とある賞に出して、落選してしまった絵本テキストを童話版にしたものです!
小さなお子様に読んでいただきたい・読み聞かせしていただきたい……そんな心温まる物語です。
表紙はイメージです。

こちら御神楽学園心霊部!
緒方あきら
児童書・童話
取りつかれ体質の主人公、月城灯里が霊に憑かれた事を切っ掛けに心霊部に入部する。そこに数々の心霊体験が舞い込んでくる。事件を解決するごとに部員との絆は深まっていく。けれど、彼らにやってくる心霊事件は身の毛がよだつ恐ろしいものばかりで――。
灯里は取りつかれ体質で、事あるごとに幽霊に取りつかれる。
それがきっかけで学校の心霊部に入部する事になったが、いくつもの事件がやってきて――。
。
部屋に異音がなり、主人公を怯えさせる【トッテさん】。
前世から続く呪いにより死に導かれる生徒を救うが、彼にあげたお札は一週間でボロボロになってしまう【前世の名前】。
通ってはいけない道を通り、自分の影を失い、荒れた祠を修復し祈りを捧げて解決を試みる【竹林の道】。
どこまでもついて来る影が、家まで辿り着いたと安心した主人公の耳元に突然囁きかけてさっていく【楽しかった?】。
封印されていたものを解き放つと、それは江戸時代に封じられた幽霊。彼は門吉と名乗り主人公たちは土地神にするべく扱う【首無し地蔵】。
決して話してはいけない怪談を話してしまい、クラスメイトの背中に危険な影が現れ、咄嗟にこの話は嘘だったと弁明し霊を払う【嘘つき先生】。
事故死してさ迷う亡霊と出くわしてしまう。気付かぬふりをしてやり過ごすがすれ違い様に「見えてるくせに」と囁かれ襲われる【交差点】。
ひたすら振返らせようとする霊、駅まで着いたがトンネルを走る窓が鏡のようになり憑りついた霊の禍々しい姿を見る事になる【うしろ】。
都市伝説の噂を元に、エレベーターで消えてしまった生徒。記憶からさえもその存在を消す神隠し。心霊部は総出で生徒の救出を行った【異世界エレベーター】。
延々と名前を問う不気味な声【名前】。
10の怪異譚からなる心霊ホラー。心霊部の活躍は続いていく。
みかんに殺された獣
あめ
児童書・童話
果物などの食べ物が何も無くなり、生きもののいなくなった森。
その森には1匹の獣と1つの果物。
異種族とかの次元じゃない、果実と生きもの。
そんな2人の切なく悲しいお話。
全10話です。
1話1話の文字数少なめ。
宝石アモル
緋村燐
児童書・童話
明護要芽は石が好きな小学五年生。
可愛いけれど石オタクなせいで恋愛とは程遠い生活を送っている。
ある日、イケメン転校生が落とした虹色の石に触ってから石の声が聞こえるようになっちゃって!?
宝石に呪い!?
闇の組織!?
呪いを祓うために手伝えってどういうこと!?
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる