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ルナの話②
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ルナはエリデラード帝国の首都にある商家の養女なのだそうだ。
その商家の夫婦は、なかなか子宝に恵まれなかったこともあって、実子は諦めて知人から養女としてルナを貰いうけたのだという。
ルナがそれを知ったのは、養ってくれていた両親に実子である弟が生まれた時であった。
それまで一人娘として大切に育てられ、婿取りを示唆されていたルナにとって弟の誕生は、人生設計が正反対に動き始めた瞬間でもあった。
ルナの養親は、当然、実子である弟に跡を継がせようと思い、邪魔になったルナには適当な商家へ嫁に出そうと考えた。嫁入り先を考えていた矢先のこと、ルナの美貌をききつけた帝国の貴族の男がそれまでの妻を亡くしたので、ルナを新しい妻に迎えたいと打診してきたのだ。
「ちなみにその貴族って幾つくらいなの?」
「五十歳くらいと聞いたわ。完全に養父よりも年上よ」
「え~! おっさんの嫁?」
「ウェランダ、黙って最後まで聞け。それで?」
「それでその方の影響力もあるので、商売に差し障りがあってはいけないと養親は二つ返事で承知したの」
当然ながら、ルナは反発した。
だがルナが嫁に行かなければ、商家が潰されてしまうのだと養親に説得されれば、ルナには否とは言えなかった。
これまで育ててもらった恩のある養親を、自分の一存で商売が出来なくなってしまうのは心苦しいものがあった。
そこでルナは婚約成立を条件に、一つの願いを申し出た。
「私は今まで商人の娘として、婿取りすべく商売の勉強をしてきました。だから、一度でいいので商売の本場トバルクへ行きたい。トバルクの商学校で一年勉強したら、大人しく帰国してその方の妻になります、と言ったの」
一年という期限付きの自由を求めて、ルナはトバルクに来たのだ。
「でも、その方は大変疑い深い方で、この前期休暇に一度戻ってこいと養親を介して文を寄越してきたの」
「じゃあ今帰ったら?」
「多分、もうここには戻ってこれないでしょうね」
そのままそのおっさん貴族の妻にされてしまうのだ。
ただ商学校には退学の旨が記された薄っぺらい文が届くだけ。
だから、今まであんなに暗さが滲んでいたのか。
押さえても押さえても抑えきれない暗い思い。
憂鬱な気分。
「良かったわねウェランダ。私が退学したら、あなたの順位が一つ上がるわ」
涙ぐみながら、精一杯の笑顔でルナがそう話した。
「そんなの、そんなの全然嬉しくない! そんなの私の実力じゃない! そんなので私の順位が上がっても全然嬉しくないよ……」
「そうだな。俺もそう思う」
「ありがとう」
「ルナ、帰らずにいることは出来ないの? せめて卒業まで」
ルナは首を横に振った。
「無理よ」
養親のためにそれは出来ないことだ。ルナが帰国しなければ、養家の商売が傾いてしまうかもしれないのだ。
「病気になって動けないからっていうのは?」
「駄目だ。それこそ急いで帝国から迎えが来るぞ」
「そっか。じゃあ、適当な相手をでっち上げて駆け落ちしましたっていうのは?」
「それこそそのおっさん貴族が全ての力を総動員して、大陸中探しまくるぞ」
「うっ。それなら、トバルク国内で行方不明になりました、とか?」
「だから、おっさん貴族がトバルクの治安部隊か軍の幹部に捜索を依頼してくるぞ。自分の婚約者を探してくれとか何とか上手いことを言ってな」
「もうアクート、人の揚げ足ばっかとってないで、何か名案はないの?」
「ないな」
「算術最下位男に聞いた私が馬鹿だったわ~」
「誰が最下位だ! 今回は十四席だったんだぞ!」
自慢にならない順位を叫ぶアクート。
「ふふふ」
二人のやり取りを側で聞いていたルナが、初めて声を出して笑った。それは今まで誰にも見せたことのない屈託のない笑顔だった。
「ルナ?」
「ありがとう。優しいのね二人とも。私は良い友達を持ったわ」
そう言うと二人の背中に腕を回してくる。
「ルナ……」
「これからどうすんだ?」
「帰国、やめるわ」
「いいの?」
「うん。とりあえず課題が多くて勉強も忙しいから帰国する時間が惜しいんですって文を急ぎで書くわ」
「でも」
「それでは何も根本的な解決にはならないぞ」
「そうね。でも、時間稼ぎはできる。その間に後期が始まればよほどのことがない限り、勝手に退学はさせられない」
「それはそうだが」
「最後まであがいてみる。ウェランダを見ていたらそう思ったの」
「ルナ」
「それにウェランダが次席を取って卒業するとこを見たいしね」
「なにそれ、私に首席簒奪は無理ってこと?」
「まあ妥当な話だな」
「簿記最下位者が言うんじゃないわよ!」
「簿記は十三席だ!」
「たいして算術と変わらないじゃない!」
「ふふふ。でもウェランダ、覚悟してね。私の指導は厳しいからね。ビシバシ行くわよ~!」
「ええ~! そんな~!」
「ついでにアクートも見てあげる」
「え? 俺はいいよ」
とんだ話の展開に、思わずアクートは凄まじい勢いで手を振った。
「何言ってるの。商人の息子があんな成績じゃ情けないわよ。船大工になるつもりなのかもしれないけど、卒業までにもう少し成績を上げなさい」
「そうよ。首席に教えてもらうんだから、せめて中位組に入りなさい」
「うるせえ! お前が指示するな!」
「何ですって~!」
「もう二人ともケンカしないの」
その夜は、いつまでも楽しい笑い声がウェランダたちの部屋では絶えなかった。
その商家の夫婦は、なかなか子宝に恵まれなかったこともあって、実子は諦めて知人から養女としてルナを貰いうけたのだという。
ルナがそれを知ったのは、養ってくれていた両親に実子である弟が生まれた時であった。
それまで一人娘として大切に育てられ、婿取りを示唆されていたルナにとって弟の誕生は、人生設計が正反対に動き始めた瞬間でもあった。
ルナの養親は、当然、実子である弟に跡を継がせようと思い、邪魔になったルナには適当な商家へ嫁に出そうと考えた。嫁入り先を考えていた矢先のこと、ルナの美貌をききつけた帝国の貴族の男がそれまでの妻を亡くしたので、ルナを新しい妻に迎えたいと打診してきたのだ。
「ちなみにその貴族って幾つくらいなの?」
「五十歳くらいと聞いたわ。完全に養父よりも年上よ」
「え~! おっさんの嫁?」
「ウェランダ、黙って最後まで聞け。それで?」
「それでその方の影響力もあるので、商売に差し障りがあってはいけないと養親は二つ返事で承知したの」
当然ながら、ルナは反発した。
だがルナが嫁に行かなければ、商家が潰されてしまうのだと養親に説得されれば、ルナには否とは言えなかった。
これまで育ててもらった恩のある養親を、自分の一存で商売が出来なくなってしまうのは心苦しいものがあった。
そこでルナは婚約成立を条件に、一つの願いを申し出た。
「私は今まで商人の娘として、婿取りすべく商売の勉強をしてきました。だから、一度でいいので商売の本場トバルクへ行きたい。トバルクの商学校で一年勉強したら、大人しく帰国してその方の妻になります、と言ったの」
一年という期限付きの自由を求めて、ルナはトバルクに来たのだ。
「でも、その方は大変疑い深い方で、この前期休暇に一度戻ってこいと養親を介して文を寄越してきたの」
「じゃあ今帰ったら?」
「多分、もうここには戻ってこれないでしょうね」
そのままそのおっさん貴族の妻にされてしまうのだ。
ただ商学校には退学の旨が記された薄っぺらい文が届くだけ。
だから、今まであんなに暗さが滲んでいたのか。
押さえても押さえても抑えきれない暗い思い。
憂鬱な気分。
「良かったわねウェランダ。私が退学したら、あなたの順位が一つ上がるわ」
涙ぐみながら、精一杯の笑顔でルナがそう話した。
「そんなの、そんなの全然嬉しくない! そんなの私の実力じゃない! そんなので私の順位が上がっても全然嬉しくないよ……」
「そうだな。俺もそう思う」
「ありがとう」
「ルナ、帰らずにいることは出来ないの? せめて卒業まで」
ルナは首を横に振った。
「無理よ」
養親のためにそれは出来ないことだ。ルナが帰国しなければ、養家の商売が傾いてしまうかもしれないのだ。
「病気になって動けないからっていうのは?」
「駄目だ。それこそ急いで帝国から迎えが来るぞ」
「そっか。じゃあ、適当な相手をでっち上げて駆け落ちしましたっていうのは?」
「それこそそのおっさん貴族が全ての力を総動員して、大陸中探しまくるぞ」
「うっ。それなら、トバルク国内で行方不明になりました、とか?」
「だから、おっさん貴族がトバルクの治安部隊か軍の幹部に捜索を依頼してくるぞ。自分の婚約者を探してくれとか何とか上手いことを言ってな」
「もうアクート、人の揚げ足ばっかとってないで、何か名案はないの?」
「ないな」
「算術最下位男に聞いた私が馬鹿だったわ~」
「誰が最下位だ! 今回は十四席だったんだぞ!」
自慢にならない順位を叫ぶアクート。
「ふふふ」
二人のやり取りを側で聞いていたルナが、初めて声を出して笑った。それは今まで誰にも見せたことのない屈託のない笑顔だった。
「ルナ?」
「ありがとう。優しいのね二人とも。私は良い友達を持ったわ」
そう言うと二人の背中に腕を回してくる。
「ルナ……」
「これからどうすんだ?」
「帰国、やめるわ」
「いいの?」
「うん。とりあえず課題が多くて勉強も忙しいから帰国する時間が惜しいんですって文を急ぎで書くわ」
「でも」
「それでは何も根本的な解決にはならないぞ」
「そうね。でも、時間稼ぎはできる。その間に後期が始まればよほどのことがない限り、勝手に退学はさせられない」
「それはそうだが」
「最後まであがいてみる。ウェランダを見ていたらそう思ったの」
「ルナ」
「それにウェランダが次席を取って卒業するとこを見たいしね」
「なにそれ、私に首席簒奪は無理ってこと?」
「まあ妥当な話だな」
「簿記最下位者が言うんじゃないわよ!」
「簿記は十三席だ!」
「たいして算術と変わらないじゃない!」
「ふふふ。でもウェランダ、覚悟してね。私の指導は厳しいからね。ビシバシ行くわよ~!」
「ええ~! そんな~!」
「ついでにアクートも見てあげる」
「え? 俺はいいよ」
とんだ話の展開に、思わずアクートは凄まじい勢いで手を振った。
「何言ってるの。商人の息子があんな成績じゃ情けないわよ。船大工になるつもりなのかもしれないけど、卒業までにもう少し成績を上げなさい」
「そうよ。首席に教えてもらうんだから、せめて中位組に入りなさい」
「うるせえ! お前が指示するな!」
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「もう二人ともケンカしないの」
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