【完結】星が満ちる時

黄永るり

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登校①

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「おはようルナ、一緒に行きましょう!」
 いつものように、ウェランダは元気よくルナに声を掛けた。
 トバルクの商学校入学から、すでに五か月近くが経っていた。

 ウェランダも何とか生活に慣れ、今ではバンコ商館にいる三人の間でリーダー的な立場にいた。
「ええ……」
 小声で頷きながらルナは動きを止めた。ウェランダが声をかけなければ、一人でこっそり行ってしまうところであった。

 流れるような灰味がかった銀髪も細い背中で止まった。
 振り返ってウェランダを見やる眼差しは、海を思わせる緑青色の瞳。
 すらりとした身体は、同い年で同性のウェランダから見ても羨ましいとしか言いようがない。
 しかし、その細い体からは言いようのない暗いものがにじんでいた。
 
「アクート、あなたもよ。一人で勝手に行くなんて許さないからね!」
「は?」
 ウェランダは、さっさと表口を出ていこうとしたアクートを呼び止めた。
 アクートは、うんざりとした顔で振り返った。

「毎度毎度、うるさいんだよ。何で三人で行かないといけないんだよ。小さな子供じゃあるまいし。馬鹿馬鹿しい」
「バンコ殿の商館でお世話になっている学生で男子はあなた一人でしょ? 学校の行き帰りにあなたが私とルナの盾にならなくてどうするの?」
「どうもしない。何もしない。男だからって必ず女を守らなければならないって決まりはない。法律もない」
「決まりではなく習慣です!」
 びしっと言うと、ウェランダはアクートの腕を掴み、もう片方の手でルナの華奢な腕を掴まえた。
「さあ、今日も三人で仲良く行きましょう!」
 笑顔でウェランダがそう宣言すると、いつものように三人は横並びで商館から出ていった。

「あのさ、俺、お前たちと一度たりとも一緒に行きたいと言った覚えはないんだけど」
「そうだったかな?」
「そうだったと思います」
 ルナがそっとつつましく肯定した。

「ルナ、いいのよ。私知ってるのよ。アクートの手には、立派な剣ダコがあるんだから。あれだけの剣ダコなら、相当な使い手だと思うわ。しかも、毎夜、中庭で木刀を素振りしてるみたいだし」
「何でそれを! というか、いつ俺の手を見たんだよ?」
「ふふん。優秀な商人になるには、まず第一に鋭い観察眼を養うことが必要ですって先生が最初に言ってたじゃない。一緒に暮らしていたらわかるじゃない」
 得意げにウェランダが述べた。

 商学校に通いだした頃は、出会いが出会いだったのでアクートはウェランダのことを単なる田舎者ぐらいにしか思っていなかった。だが最近では、妙な鋭さや勘の良さを発揮するようになってきたので、見方が変わってきていた。
「まあ、細かいこと気にしてたら大海に漕ぎ出す大商人にはなれないわよ」
「細かいことを気にするから、金勘定に厳しい商人になれるんだよ!」
「へええ。その割には、算術の成績がおぼつかないようだけどねえ」
「うるせえ!」
「……」
 すっかり二人の話についていけないルナは、大人しく沈黙を守るばかりだ。

「今日は算術試験だったと思うけど。ねえ? ルナ」
 ウェランダに確認されて、ルナは頷いた。
「アクート、大丈夫なの? 木刀の素振りばっかやって、ちゃんと勉強したの?」
「うるさいぞ!」
 アクートはそっぽを向いた。

 商館に預けられる三名は、入学前の予備試験の総合結果で、五名ずつ上位組、中位組、下位組と分けて、それぞれが五つの商館に均等に振り分けられる。そのため、必然的に各館に、上位一名、中位一名、下位一名となるのだ。
 バンコ商会では、上位ルナ、中位ウェランダ、下位アクートとなっている。
 特にルナは、入学前から今まで全科目断トツの首席を維持しているのだ。そしてアクートは、算術と簿記でずっと最下位を争っている最中なので、どうしても下位組から脱出できないのだ。

「頑張んないと、途中で退学させられて卒業できないよ」
「わかってる!」
 成績下位者の中で、特に卒業までに及第点を得られそうにない科目を持っていると、前期の終わりに教師から退学の打診を受けるのだ。すなわち、授業についていけないとみなされて後期授業開始までに自分から辞めるようにもっていかれてしまうのだ。

 ウェランダはそれを心配していた。
(後期から護衛がいなくなったらどうしてくれんのよ? バンコ殿に護衛を借りるとなったらお金がいるしなあ……)
 というところまでウェランダは考えていた。
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