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到着
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初めて降り立った商業都市国家の港は、田舎の島の港とは規模も雰囲気も格段に違っていた。
大型船が何十隻と停泊している船溜まりは、大国の港にも劣らないだろう。
中型や小型船も合わせると、数百隻はあるだろうか。
ウェランダには見えていなかったが、港の奥の囲いの中には巨大な造船所があるのだ。
船員たちの怒声が響く中、その圧倒されるような活気に、ウェランダは、ただただ荷物を抱えながら呆然と立ち尽くしていた。
「わあぁ……」
港の正面を見上げれば、丘の上に高い城壁に囲まれた宮殿が見えている。
「おい!」
「え?」
振り返った顔に思い切り何かがぶつけられた。
「痛っ!」
足元を見ると、そこには船に乗り込むときに貨物室に預けたウェランダの荷物の一部だった。
「あ~! どうしてくれんのよ! 乱暴に扱って中身が壊れてたらあんたのせいだからね!」
そう怒鳴りながら、荷物の口を開けて中身を確認する。
「良かった~! 壊れてなかったよー」
口を閉めて、荷物に頬ずりする。
ただでさえ月桃から商品化しても数があまり揃えられないのに、これが壊れて無くなってしまったらもったいないどころではない。家族が汗水たらして作った結晶が、いくらのもうけにもならなくなってしまうのだ。
「ちょっとどういうこと? どういう荷物の扱いをするのよ! あんた船員? 船員ならもっと荷物を大切に扱いなさいよ!」
すくっと立ち上がって正面の少年に怒鳴り散らした。
少年は、ウェランダに怒鳴られてやれやれと言った顔をした。
そうして何やらウェランダの顔にじっと目を留めた。
「お前、その顔……?」
「この顔がどうしたのよ? 亡くなった父方の祖母譲りの顔よ。何か文句ある?」
「いや、別に。そんなはずはないよな」
少年はそう言うと、一度背負った荷物をウェランダの前に置いた。
「悪かったな。そんなに大切な荷物だとは思わなかった。そんなに大事なら、これからは肌身離さず客室に持って入るんだな。それから俺は船員じゃない。お前と同じ商館に世話になる学生だ」
「は? 学生が何で?」
ちっとも悪びれていない少年にいらいらしながら、ウェランダは問い返した。
「星観島っていう田舎の島から来る学生を迎えに行ってこいって言われたんだよ。小遣い稼ぎがてら来てやったんだよ。あっちに商館の荷馬車が待っている。そこまで荷物運びしてやるから、行くぞ」
そう言うと、少年は一度ウェランダの前に置いた荷物を背負い、ウェランダに投げつけた荷物を抱えた。
「お前、田舎者のわりに荷物が多いのな。こんなに荷物が多いとは思わなかったぜ」
「うるさい! 今度は大事に扱ってよ! 落としたり投げつけたりしたら容赦しないからね!」
少年の耳元でウェランダは思い切り怒鳴ってやった。
「うわっ! わかったよ!」
少年はびっくりして頭を一振りすると、まっすぐ荷馬車へと向かっていった。
ウェランダは慌ててその背を追いかけていった。
ウェランダが滞在する商館は、港に隣接する市場からさらに奥の商館が軒を連ねている一角にあった。
「すごい! 大きい館がたくさん並んでる」
荷馬車の上からきょろきょろ周囲を見回す。
「やっぱり『商売を勉強するなら帝国よりトバルクへ行け』っていうのは本当かもね」
「おい田舎者、お前、いくら初めて島から出てきたからって、そこまで落ち着きないと、城下の商売で馬鹿にされるぞ」
小馬鹿にしたようにウェランダを見る瞳は、翡翠の瞳。そして焦げ茶色のくせっ毛が肩の上で踊っていた。
「お前お前って偉そうにしないでよ! 私にはウェランダっていう名前があるんだから! それよりあんたこそ名乗りなさいよ!」
ウェランダも少年に負けていない。
「そっか名乗ってなかったか。俺は、アクート」
「じゃあ、アクート、あんただって初めてトバルクに来たときは、今の私みたいだったんでしょ? 最初から大人でしたって顔、やめてよね」
アクートの顔が意地悪そうにゆがんだ。
「ふふ。残念でした。俺は、トバルク生まれのトバルク育ちだ。しかも、商人の息子だから他国にも行ったことはある。もうきょろきょろする年でもないんでね」
「うっ。あんたいくつ?」
「入学前に十四歳になった。あんたより一つ下だな」
一瞬、ウェランダの表情が固まった。
「年下? あんた年下なの?」
「ああそう……。うわ!」
そうだと言う前にウェランダは飛びかかっていた。
「年下ならもう少し年上を敬いなさいよ! あんたの父さまと母さまはあんたをどんな風に育てたのよ!」
「ううっ。苦しい……」
「年上に対する態度を今すぐ改めるっていうんなら離してあげるわよ!」
「わ、わかった。悪かった。俺が悪かったよ」
その言葉を聞いて、ウェランダはアクートから離れた。
国から商学校の学生たちに宿舎として提供されるのは、トバルクの商売を牛耳っている『トバルク五大商人』の商館である。
定員十五人の学生たちは、三人ずつ商館に分かれて暮らす。
割り当てられた商人の商館で寝起きしながら、実践的な商売を手伝いながら学ぶことにもなっているのだ。
それが徹底されていて、他国の商学校とは一線を画している。
しかも、商館の手伝いには賃金が発生するので、生徒たちの小遣い稼ぎの手段の一つとなっている。
ウェランダは、五大商人の末席であるバンコという男の商館で世話になることになった。
バンコの商館では、ウェランダとアクート、そしてウェランダよりも先に到着していたルナという、エリデラード帝国の商家出身の娘の三人が世話になることになった。
こうしてウェランダの留学兼商人修行生活が始まった。
大型船が何十隻と停泊している船溜まりは、大国の港にも劣らないだろう。
中型や小型船も合わせると、数百隻はあるだろうか。
ウェランダには見えていなかったが、港の奥の囲いの中には巨大な造船所があるのだ。
船員たちの怒声が響く中、その圧倒されるような活気に、ウェランダは、ただただ荷物を抱えながら呆然と立ち尽くしていた。
「わあぁ……」
港の正面を見上げれば、丘の上に高い城壁に囲まれた宮殿が見えている。
「おい!」
「え?」
振り返った顔に思い切り何かがぶつけられた。
「痛っ!」
足元を見ると、そこには船に乗り込むときに貨物室に預けたウェランダの荷物の一部だった。
「あ~! どうしてくれんのよ! 乱暴に扱って中身が壊れてたらあんたのせいだからね!」
そう怒鳴りながら、荷物の口を開けて中身を確認する。
「良かった~! 壊れてなかったよー」
口を閉めて、荷物に頬ずりする。
ただでさえ月桃から商品化しても数があまり揃えられないのに、これが壊れて無くなってしまったらもったいないどころではない。家族が汗水たらして作った結晶が、いくらのもうけにもならなくなってしまうのだ。
「ちょっとどういうこと? どういう荷物の扱いをするのよ! あんた船員? 船員ならもっと荷物を大切に扱いなさいよ!」
すくっと立ち上がって正面の少年に怒鳴り散らした。
少年は、ウェランダに怒鳴られてやれやれと言った顔をした。
そうして何やらウェランダの顔にじっと目を留めた。
「お前、その顔……?」
「この顔がどうしたのよ? 亡くなった父方の祖母譲りの顔よ。何か文句ある?」
「いや、別に。そんなはずはないよな」
少年はそう言うと、一度背負った荷物をウェランダの前に置いた。
「悪かったな。そんなに大切な荷物だとは思わなかった。そんなに大事なら、これからは肌身離さず客室に持って入るんだな。それから俺は船員じゃない。お前と同じ商館に世話になる学生だ」
「は? 学生が何で?」
ちっとも悪びれていない少年にいらいらしながら、ウェランダは問い返した。
「星観島っていう田舎の島から来る学生を迎えに行ってこいって言われたんだよ。小遣い稼ぎがてら来てやったんだよ。あっちに商館の荷馬車が待っている。そこまで荷物運びしてやるから、行くぞ」
そう言うと、少年は一度ウェランダの前に置いた荷物を背負い、ウェランダに投げつけた荷物を抱えた。
「お前、田舎者のわりに荷物が多いのな。こんなに荷物が多いとは思わなかったぜ」
「うるさい! 今度は大事に扱ってよ! 落としたり投げつけたりしたら容赦しないからね!」
少年の耳元でウェランダは思い切り怒鳴ってやった。
「うわっ! わかったよ!」
少年はびっくりして頭を一振りすると、まっすぐ荷馬車へと向かっていった。
ウェランダは慌ててその背を追いかけていった。
ウェランダが滞在する商館は、港に隣接する市場からさらに奥の商館が軒を連ねている一角にあった。
「すごい! 大きい館がたくさん並んでる」
荷馬車の上からきょろきょろ周囲を見回す。
「やっぱり『商売を勉強するなら帝国よりトバルクへ行け』っていうのは本当かもね」
「おい田舎者、お前、いくら初めて島から出てきたからって、そこまで落ち着きないと、城下の商売で馬鹿にされるぞ」
小馬鹿にしたようにウェランダを見る瞳は、翡翠の瞳。そして焦げ茶色のくせっ毛が肩の上で踊っていた。
「お前お前って偉そうにしないでよ! 私にはウェランダっていう名前があるんだから! それよりあんたこそ名乗りなさいよ!」
ウェランダも少年に負けていない。
「そっか名乗ってなかったか。俺は、アクート」
「じゃあ、アクート、あんただって初めてトバルクに来たときは、今の私みたいだったんでしょ? 最初から大人でしたって顔、やめてよね」
アクートの顔が意地悪そうにゆがんだ。
「ふふ。残念でした。俺は、トバルク生まれのトバルク育ちだ。しかも、商人の息子だから他国にも行ったことはある。もうきょろきょろする年でもないんでね」
「うっ。あんたいくつ?」
「入学前に十四歳になった。あんたより一つ下だな」
一瞬、ウェランダの表情が固まった。
「年下? あんた年下なの?」
「ああそう……。うわ!」
そうだと言う前にウェランダは飛びかかっていた。
「年下ならもう少し年上を敬いなさいよ! あんたの父さまと母さまはあんたをどんな風に育てたのよ!」
「ううっ。苦しい……」
「年上に対する態度を今すぐ改めるっていうんなら離してあげるわよ!」
「わ、わかった。悪かった。俺が悪かったよ」
その言葉を聞いて、ウェランダはアクートから離れた。
国から商学校の学生たちに宿舎として提供されるのは、トバルクの商売を牛耳っている『トバルク五大商人』の商館である。
定員十五人の学生たちは、三人ずつ商館に分かれて暮らす。
割り当てられた商人の商館で寝起きしながら、実践的な商売を手伝いながら学ぶことにもなっているのだ。
それが徹底されていて、他国の商学校とは一線を画している。
しかも、商館の手伝いには賃金が発生するので、生徒たちの小遣い稼ぎの手段の一つとなっている。
ウェランダは、五大商人の末席であるバンコという男の商館で世話になることになった。
バンコの商館では、ウェランダとアクート、そしてウェランダよりも先に到着していたルナという、エリデラード帝国の商家出身の娘の三人が世話になることになった。
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