2 / 40
星の加護
しおりを挟む
早朝の島の一角で、少女が自分の背丈以上の緑に埋もれていた。
島はまだ薄明るいのだが、周りの空気は、早くもねっとりと亜熱帯の湿気をまとっていた。そのせいでもあろう、すでに少女の額も背中も汗がにじんでいる。
少女の前では、年老いた男が手にした鎌で太い茎を切っている。少女は、男が刈り取った幹とそれについている葉を一定ごとにひとまとめにしては、細い縄で縛っていく。
夜明け前からの作業だったので、すでに束はたくさんできていた。
「ウェランダ、そろそろ終わりにしよう」
おおい茂る葉をかきわけて、壮年の男性が現れた。
「父さん!」
さらにその背後には、二十代とおぼしき青年と女性が現れた。皆、ウェランダの後に出来ているのと同じ束を背負ったり、抱えたりしている。
「義兄さん、お姉ちゃん!」
どうやら反対方向に進んでいた姉夫婦を父が呼んできていたらしい。
「ウェランダ、おじいちゃんに声をかけてきてちょうだい」
「わかった」
ウェランダは振り返って、祖父の背に声を掛けた。
「おじいちゃん、父さんがそろそろ終わりにしようって」
「ああ。そうだな」
ウェランダの祖父は、今刈り取ったばかりの茎をしっかりと束ねていく。
最終的には、全員で抱えても刈り取った束はかなりの量なので、作業場と畑を何往復もしなければならない。
三人の男たちがせっせと運んでいる間、ウェランダと姉は作業場横の料理所で昼食作りをしていた。
そうして全ての束が作業場に持ち込まれたのは、昼前だった。
「よし、出来たっと」
ちょうど男たちが椅子に座ったところで、昼食も出来上がったところだった。
少し傾いた木製の卓の上に、わずかばかりの野菜とくず肉のスープに日持ちのする薄く固いパンに、いつものように場違いなほど爽やかな香りの月桃茶が淹れられている。
ウェランダたちの母はすでに亡くなっていて、一家の女手はウェランダと姉のポラだけになっていた。
祖父、父、義兄、ポラ、ウェランダ、家族全員が座り、昼食となった。
「もうすぐねウェランダ」
ポラが嬉しそうに話しかけてくる。
「ええ」
思わずウェランダの頬もゆるむ。
「やっと星読みさまの仰った日が来るんですものね。あなたはどうするの? 私のように素敵な旦那さまを見つけてくるの? それとも島の風習通り、島に何らかの利益をもたらすものを持って帰ってきてくれるのかしら?」
「ふふ。ポラ、意外にウェランダは玉の輿に乗ってしまって、島に戻ってこないことも考えられるよ」
面白そうに義兄が口を開いた。
「義兄さん、そんなことはありえないわよ。玉の輿に乗れた人たちが、これまで何人いると思ってるのよ。私には無理よ。お姉ちゃんほど器量よしなら別だけど」
「ウェランダったら……」
ポラは島の娘たちの中でも、容姿は幼い頃から抜きんでていた。
さらさらの長い黒髪には、きれいな形の天使の輪が輝いている。
目は大きく漆黒の色は艶めいている。
唇は紅真珠色のようだと評されている。
肌の色は日焼けして小麦色になっているのだが、健康美に満ちあふれていた。
人妻となってもこのような美しいままの姉を、ウェランダは素直にうらやましいと思っていた。
「あーあ、私もお姉ちゃんみたいに美人と評判だった母さんに似てればなあ」
黒髪、黒い瞳、小麦色の肌は姉と同じではあるが、何かが違う。
後ろで一括りの髪は、ポラとは違ってさらさらというよりはぱさぱさで、黒い瞳にさして艶はなく、同じように日焼けこそしているものの、美しさは欠片もない。
「なんだ? ウェランダ、私へのあてつけか?」
ウェランダはいたずらっ子のように微笑んだ。
「そうよ。ねえ父さん、本当に私はおばあちゃんに似てるの?」
「ん? ああ、そうだとも。お前は早くに亡くなった私の母さんにそっくりだよ」
ウェランダはじっと父の顔を覗き込んだ。
幼い頃からずっと疑問に思っていた。自分はこの父の顔にも、五年前に亡くなった母にも似ていない。
一緒に暮らしている母方の祖父にも似ていない。
(本当に私は、父方のおばあちゃんに似ているのかしら?)
何度父に聞いても、解せなかった。
今もそうだ。
「それで、お前の目的はなんじゃ?」
祖父に話を元に戻されてしまった。いつもこうだ。ウェランダが自分の顔のことを聞くと、父が祖母に似ていると言って、祖父が関係のない話をしてくるかその前に話していた話に戻したりしてくる。
幼い頃から、もうこれ以上聞いてはいけないんだなと思うようになっていた。
だから気を取り直して、いつものようにとびっきりの笑顔を作った。
「私は、島に利益をもたらすと言うよりは、我が家に利益をもたらすものを持って帰ってきたいわ。せっかく、金星の加護が得られる時だもの。やっぱりお金よ!」
ウェランダは、ぐっと拳を握った。
「そうは言っても、素敵な方に出会ったら、別に我が家のことは考えなくてもいいのだよ。最終的には、お前の幸せを優先させなさい。私はお前が選ぶ道ならどんな道でも応援するよ」
「ありがとう。父さん」
娘を思う温かい父の言葉に、ウェランダは素直に頭を下げた。
「もう準備は出来てるの?」
「身の回りのものと、商売に必要なうちの商品は大体まとめてあるわ」
「大丈夫なの? 何か入り用な物はないの?」
「ないわ。だって、学費や滞在費は島が出してくれるし、住むところは宿代わりの商館に滞在することが決まっているし、食べ物は商館側で準備して下さるそうだし。全然心配ないし。それにお小遣いは、商館の手伝いをしたりしたら、いくらか頂けるみたいだし。商売の勉強も実施で出来て、お小遣いももらえて最高な環境だよ! さすが商いの国だよねえ」
「そう。それなら良かったわ。私の時は、国も違うから待遇が全然違って大変だったから。私もトバルク公国にすれば良かったわねえ」
「そうだね。でも、姉さまは私とは目的が違ったでしょ?」
ウェランダは義兄に視線をやる。
「まあ、ウェランダったら」
「ははは」
食卓に和やかな雰囲気が流れる。
食後は、作業場で刈り取った月桃を花と葉と幹に分けて、日没までそれぞれ製品作りに没頭した。
そうしてウェランダの一日は終るのだ。
島はまだ薄明るいのだが、周りの空気は、早くもねっとりと亜熱帯の湿気をまとっていた。そのせいでもあろう、すでに少女の額も背中も汗がにじんでいる。
少女の前では、年老いた男が手にした鎌で太い茎を切っている。少女は、男が刈り取った幹とそれについている葉を一定ごとにひとまとめにしては、細い縄で縛っていく。
夜明け前からの作業だったので、すでに束はたくさんできていた。
「ウェランダ、そろそろ終わりにしよう」
おおい茂る葉をかきわけて、壮年の男性が現れた。
「父さん!」
さらにその背後には、二十代とおぼしき青年と女性が現れた。皆、ウェランダの後に出来ているのと同じ束を背負ったり、抱えたりしている。
「義兄さん、お姉ちゃん!」
どうやら反対方向に進んでいた姉夫婦を父が呼んできていたらしい。
「ウェランダ、おじいちゃんに声をかけてきてちょうだい」
「わかった」
ウェランダは振り返って、祖父の背に声を掛けた。
「おじいちゃん、父さんがそろそろ終わりにしようって」
「ああ。そうだな」
ウェランダの祖父は、今刈り取ったばかりの茎をしっかりと束ねていく。
最終的には、全員で抱えても刈り取った束はかなりの量なので、作業場と畑を何往復もしなければならない。
三人の男たちがせっせと運んでいる間、ウェランダと姉は作業場横の料理所で昼食作りをしていた。
そうして全ての束が作業場に持ち込まれたのは、昼前だった。
「よし、出来たっと」
ちょうど男たちが椅子に座ったところで、昼食も出来上がったところだった。
少し傾いた木製の卓の上に、わずかばかりの野菜とくず肉のスープに日持ちのする薄く固いパンに、いつものように場違いなほど爽やかな香りの月桃茶が淹れられている。
ウェランダたちの母はすでに亡くなっていて、一家の女手はウェランダと姉のポラだけになっていた。
祖父、父、義兄、ポラ、ウェランダ、家族全員が座り、昼食となった。
「もうすぐねウェランダ」
ポラが嬉しそうに話しかけてくる。
「ええ」
思わずウェランダの頬もゆるむ。
「やっと星読みさまの仰った日が来るんですものね。あなたはどうするの? 私のように素敵な旦那さまを見つけてくるの? それとも島の風習通り、島に何らかの利益をもたらすものを持って帰ってきてくれるのかしら?」
「ふふ。ポラ、意外にウェランダは玉の輿に乗ってしまって、島に戻ってこないことも考えられるよ」
面白そうに義兄が口を開いた。
「義兄さん、そんなことはありえないわよ。玉の輿に乗れた人たちが、これまで何人いると思ってるのよ。私には無理よ。お姉ちゃんほど器量よしなら別だけど」
「ウェランダったら……」
ポラは島の娘たちの中でも、容姿は幼い頃から抜きんでていた。
さらさらの長い黒髪には、きれいな形の天使の輪が輝いている。
目は大きく漆黒の色は艶めいている。
唇は紅真珠色のようだと評されている。
肌の色は日焼けして小麦色になっているのだが、健康美に満ちあふれていた。
人妻となってもこのような美しいままの姉を、ウェランダは素直にうらやましいと思っていた。
「あーあ、私もお姉ちゃんみたいに美人と評判だった母さんに似てればなあ」
黒髪、黒い瞳、小麦色の肌は姉と同じではあるが、何かが違う。
後ろで一括りの髪は、ポラとは違ってさらさらというよりはぱさぱさで、黒い瞳にさして艶はなく、同じように日焼けこそしているものの、美しさは欠片もない。
「なんだ? ウェランダ、私へのあてつけか?」
ウェランダはいたずらっ子のように微笑んだ。
「そうよ。ねえ父さん、本当に私はおばあちゃんに似てるの?」
「ん? ああ、そうだとも。お前は早くに亡くなった私の母さんにそっくりだよ」
ウェランダはじっと父の顔を覗き込んだ。
幼い頃からずっと疑問に思っていた。自分はこの父の顔にも、五年前に亡くなった母にも似ていない。
一緒に暮らしている母方の祖父にも似ていない。
(本当に私は、父方のおばあちゃんに似ているのかしら?)
何度父に聞いても、解せなかった。
今もそうだ。
「それで、お前の目的はなんじゃ?」
祖父に話を元に戻されてしまった。いつもこうだ。ウェランダが自分の顔のことを聞くと、父が祖母に似ていると言って、祖父が関係のない話をしてくるかその前に話していた話に戻したりしてくる。
幼い頃から、もうこれ以上聞いてはいけないんだなと思うようになっていた。
だから気を取り直して、いつものようにとびっきりの笑顔を作った。
「私は、島に利益をもたらすと言うよりは、我が家に利益をもたらすものを持って帰ってきたいわ。せっかく、金星の加護が得られる時だもの。やっぱりお金よ!」
ウェランダは、ぐっと拳を握った。
「そうは言っても、素敵な方に出会ったら、別に我が家のことは考えなくてもいいのだよ。最終的には、お前の幸せを優先させなさい。私はお前が選ぶ道ならどんな道でも応援するよ」
「ありがとう。父さん」
娘を思う温かい父の言葉に、ウェランダは素直に頭を下げた。
「もう準備は出来てるの?」
「身の回りのものと、商売に必要なうちの商品は大体まとめてあるわ」
「大丈夫なの? 何か入り用な物はないの?」
「ないわ。だって、学費や滞在費は島が出してくれるし、住むところは宿代わりの商館に滞在することが決まっているし、食べ物は商館側で準備して下さるそうだし。全然心配ないし。それにお小遣いは、商館の手伝いをしたりしたら、いくらか頂けるみたいだし。商売の勉強も実施で出来て、お小遣いももらえて最高な環境だよ! さすが商いの国だよねえ」
「そう。それなら良かったわ。私の時は、国も違うから待遇が全然違って大変だったから。私もトバルク公国にすれば良かったわねえ」
「そうだね。でも、姉さまは私とは目的が違ったでしょ?」
ウェランダは義兄に視線をやる。
「まあ、ウェランダったら」
「ははは」
食卓に和やかな雰囲気が流れる。
食後は、作業場で刈り取った月桃を花と葉と幹に分けて、日没までそれぞれ製品作りに没頭した。
そうしてウェランダの一日は終るのだ。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
【完結】緑の奇跡 赤の輝石
黄永るり
児童書・童話
15歳の少女クティーは、毎日カレーとナンを作りながら、ドラヴィダ王国の外れにある町の宿で、住み込みで働いていた。
ある日、宿のお客となった少年シャストラと青年グラハの部屋に呼び出されて、一緒に隣国ダルシャナの王都へ行かないかと持ちかけられる。
戸惑うクティーだったが、結局は自由を求めて二人とダルシャナの王都まで旅にでることにした。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
チョウチョのキラキラ星
あやさわえりこ
児童書・童話
とある賞に出して、落選してしまった絵本テキストを童話版にしたものです!
小さなお子様に読んでいただきたい・読み聞かせしていただきたい……そんな心温まる物語です。
表紙はイメージです。

こちら御神楽学園心霊部!
緒方あきら
児童書・童話
取りつかれ体質の主人公、月城灯里が霊に憑かれた事を切っ掛けに心霊部に入部する。そこに数々の心霊体験が舞い込んでくる。事件を解決するごとに部員との絆は深まっていく。けれど、彼らにやってくる心霊事件は身の毛がよだつ恐ろしいものばかりで――。
灯里は取りつかれ体質で、事あるごとに幽霊に取りつかれる。
それがきっかけで学校の心霊部に入部する事になったが、いくつもの事件がやってきて――。
。
部屋に異音がなり、主人公を怯えさせる【トッテさん】。
前世から続く呪いにより死に導かれる生徒を救うが、彼にあげたお札は一週間でボロボロになってしまう【前世の名前】。
通ってはいけない道を通り、自分の影を失い、荒れた祠を修復し祈りを捧げて解決を試みる【竹林の道】。
どこまでもついて来る影が、家まで辿り着いたと安心した主人公の耳元に突然囁きかけてさっていく【楽しかった?】。
封印されていたものを解き放つと、それは江戸時代に封じられた幽霊。彼は門吉と名乗り主人公たちは土地神にするべく扱う【首無し地蔵】。
決して話してはいけない怪談を話してしまい、クラスメイトの背中に危険な影が現れ、咄嗟にこの話は嘘だったと弁明し霊を払う【嘘つき先生】。
事故死してさ迷う亡霊と出くわしてしまう。気付かぬふりをしてやり過ごすがすれ違い様に「見えてるくせに」と囁かれ襲われる【交差点】。
ひたすら振返らせようとする霊、駅まで着いたがトンネルを走る窓が鏡のようになり憑りついた霊の禍々しい姿を見る事になる【うしろ】。
都市伝説の噂を元に、エレベーターで消えてしまった生徒。記憶からさえもその存在を消す神隠し。心霊部は総出で生徒の救出を行った【異世界エレベーター】。
延々と名前を問う不気味な声【名前】。
10の怪異譚からなる心霊ホラー。心霊部の活躍は続いていく。
みかんに殺された獣
あめ
児童書・童話
果物などの食べ物が何も無くなり、生きもののいなくなった森。
その森には1匹の獣と1つの果物。
異種族とかの次元じゃない、果実と生きもの。
そんな2人の切なく悲しいお話。
全10話です。
1話1話の文字数少なめ。
宝石アモル
緋村燐
児童書・童話
明護要芽は石が好きな小学五年生。
可愛いけれど石オタクなせいで恋愛とは程遠い生活を送っている。
ある日、イケメン転校生が落とした虹色の石に触ってから石の声が聞こえるようになっちゃって!?
宝石に呪い!?
闇の組織!?
呪いを祓うために手伝えってどういうこと!?
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる