【完結】星が満ちる時

黄永るり

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星の加護

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 早朝の島の一角で、少女が自分の背丈以上の緑に埋もれていた。
 島はまだ薄明るいのだが、周りの空気は、早くもねっとりと亜熱帯の湿気をまとっていた。そのせいでもあろう、すでに少女の額も背中も汗がにじんでいる。

 少女の前では、年老いた男が手にした鎌で太い茎を切っている。少女は、男が刈り取った幹とそれについている葉を一定ごとにひとまとめにしては、細い縄で縛っていく。

 夜明け前からの作業だったので、すでに束はたくさんできていた。
「ウェランダ、そろそろ終わりにしよう」
 おおい茂る葉をかきわけて、壮年の男性が現れた。

「父さん!」
 さらにその背後には、二十代とおぼしき青年と女性が現れた。皆、ウェランダの後に出来ているのと同じ束を背負ったり、抱えたりしている。
義兄にいさん、お姉ちゃん!」
 どうやら反対方向に進んでいた姉夫婦を父が呼んできていたらしい。
「ウェランダ、おじいちゃんに声をかけてきてちょうだい」
「わかった」
 ウェランダは振り返って、祖父の背に声を掛けた。

「おじいちゃん、父さんがそろそろ終わりにしようって」
「ああ。そうだな」
 ウェランダの祖父は、今刈り取ったばかりの茎をしっかりと束ねていく。

 最終的には、全員で抱えても刈り取った束はかなりの量なので、作業場と畑を何往復もしなければならない。
 三人の男たちがせっせと運んでいる間、ウェランダと姉は作業場横の料理所で昼食作りをしていた。
 そうして全ての束が作業場に持ち込まれたのは、昼前だった。
「よし、出来たっと」
 ちょうど男たちが椅子に座ったところで、昼食も出来上がったところだった。

 少し傾いた木製の卓の上に、わずかばかりの野菜とくず肉のスープに日持ちのする薄く固いパンに、いつものように場違いなほど爽やかな香りの月桃茶が淹れられている。
 ウェランダたちの母はすでに亡くなっていて、一家の女手はウェランダと姉のポラだけになっていた。
 祖父、父、義兄あに、ポラ、ウェランダ、家族全員が座り、昼食となった。

「もうすぐねウェランダ」
 ポラが嬉しそうに話しかけてくる。
「ええ」
 思わずウェランダの頬もゆるむ。
「やっと星読みさまの仰った日が来るんですものね。あなたはどうするの? 私のように素敵な旦那さまを見つけてくるの? それとも島の風習通り、島に何らかの利益をもたらすものを持って帰ってきてくれるのかしら?」
「ふふ。ポラ、意外にウェランダは玉の輿に乗ってしまって、島に戻ってこないことも考えられるよ」
 面白そうに義兄が口を開いた。

「義兄さん、そんなことはありえないわよ。玉の輿に乗れた人たちが、これまで何人いると思ってるのよ。私には無理よ。お姉ちゃんほど器量よしなら別だけど」
「ウェランダったら……」
 ポラは島の娘たちの中でも、容姿は幼い頃から抜きんでていた。
 さらさらの長い黒髪には、きれいな形の天使の輪が輝いている。
 目は大きく漆黒の色は艶めいている。
 唇は紅真珠色のようだと評されている。
 肌の色は日焼けして小麦色になっているのだが、健康美に満ちあふれていた。
 人妻となってもこのような美しいままの姉を、ウェランダは素直にうらやましいと思っていた。

「あーあ、私もお姉ちゃんみたいに美人と評判だった母さんに似てればなあ」
 黒髪、黒い瞳、小麦色の肌は姉と同じではあるが、何かが違う。
 後ろで一括りの髪は、ポラとは違ってさらさらというよりはぱさぱさで、黒い瞳にさして艶はなく、同じように日焼けこそしているものの、美しさは欠片もない。

「なんだ? ウェランダ、私へのあてつけか?」
 ウェランダはいたずらっ子のように微笑んだ。
「そうよ。ねえ父さん、本当に私はおばあちゃんに似てるの?」
「ん? ああ、そうだとも。お前は早くに亡くなった私の母さんにそっくりだよ」
 ウェランダはじっと父の顔を覗き込んだ。

 幼い頃からずっと疑問に思っていた。自分はこの父の顔にも、五年前に亡くなった母にも似ていない。
 一緒に暮らしている母方の祖父にも似ていない。
(本当に私は、父方のおばあちゃんに似ているのかしら?)
 何度父に聞いても、解せなかった。
 今もそうだ。

「それで、お前の目的はなんじゃ?」
 祖父に話を元に戻されてしまった。いつもこうだ。ウェランダが自分の顔のことを聞くと、父が祖母に似ていると言って、祖父が関係のない話をしてくるかその前に話していた話に戻したりしてくる。
 幼い頃から、もうこれ以上聞いてはいけないんだなと思うようになっていた。
 だから気を取り直して、いつものようにとびっきりの笑顔を作った。
「私は、島に利益をもたらすと言うよりは、我が家に利益をもたらすものを持って帰ってきたいわ。せっかく、金星の加護が得られる時だもの。やっぱりお金よ!」
 ウェランダは、ぐっと拳を握った。

「そうは言っても、素敵な方に出会ったら、別に我が家のことは考えなくてもいいのだよ。最終的には、お前の幸せを優先させなさい。私はお前が選ぶ道ならどんな道でも応援するよ」
「ありがとう。父さん」
 娘を思う温かい父の言葉に、ウェランダは素直に頭を下げた。

「もう準備は出来てるの?」
「身の回りのものと、商売に必要なうちの商品は大体まとめてあるわ」
「大丈夫なの? 何か入り用な物はないの?」
「ないわ。だって、学費や滞在費は島が出してくれるし、住むところは宿代わりの商館に滞在することが決まっているし、食べ物は商館側で準備して下さるそうだし。全然心配ないし。それにお小遣いは、商館の手伝いをしたりしたら、いくらか頂けるみたいだし。商売の勉強も実施で出来て、お小遣いももらえて最高な環境だよ! さすが商いの国だよねえ」
「そう。それなら良かったわ。私の時は、国も違うから待遇が全然違って大変だったから。私もトバルク公国にすれば良かったわねえ」
「そうだね。でも、姉さまは私とは目的が違ったでしょ?」
 ウェランダは義兄に視線をやる。

「まあ、ウェランダったら」
「ははは」
 食卓に和やかな雰囲気が流れる。
 食後は、作業場で刈り取った月桃を花と葉と幹に分けて、日没までそれぞれ製品作りに没頭した。
 そうしてウェランダの一日は終るのだ。
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