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手放すもの②

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 マールは父の所有する船に乗っていた。
 舳先には鷹ではなく先ほどの青年がもたれていた。
「ここは父さんの船……?」
「そうだよ」
「なぜ?」
「君を試すためにここに連れてきた」
「試す?」
「そうだよ。神の元にいくために最も大事なものを差し出せるかどうか?」
「最も大事なもの?」
「そう最も大事なもの」
 マールは胸に手をあてた。
 恐らく命、ではない。
 なぜなら父は生きて帰ってきたから。
 そしてまた、お金でもない。
 今、身に着けている衣服でもない。
 父から譲り受けた短剣は砦の自室に置いてきている。
 寸鉄は一切帯びてはならないという儀式の伝統に則っているからだ。
 それ以外で大事なもの、だとしたら?
「心、ですか? それとも信念とか?」
 マールの答えをきいて、やはり青年は爆笑した。
「君もあの子と同じことを言うんだねえ。心を差し出してどうなるんだい? 神がそんなものを欲しがってると思う?」
「私が今持っていて、命とかお金以外で大事なものとしたらそれぐらいしか思い浮かばなかったから」
 マールは憮然とした。
「ねえ、君は傭兵になりたいって言いながら、本当は他人を拒絶してるだろ?」
 青年が急に端整な顔をマールのそれに近づけてきた。
「な!」
 驚いてマールは一歩下がった。
 近づいてくる気配すら読めなかった。
「傭兵って一人でする場合もあるけど、君がなりたいっていったのはお父上がやっていたような傭兵稼業なんだろ?」
「ああ」
 たくさんの海の荒くれ者たちを従えて貴族や大商人たちとも対等に渡り歩いた凄腕の傭兵たちを束ねていた父。
 それがマールの憧れで、願いでもあった。
「それって一人でできる仕事じゃないよね?」
「そうだ。それがどうした?」
「だって君、父親が亡くなってからずっと島に引きこもって、婚約者とも縁を切ってしまって、海に出ようとしなかったじゃないか? 一度も仲間を集めようとしなかったじゃないか?」
「それは……」
 マールは鼻白んだ。
「確かに数年前は子供で、母方の祖父母の庇護が必要だったかもしれない。でももう成年になったんだから、海に出て仲間を募っても良いのに、どうしてそれを今までしなかったのかな? 本当に君は傭兵稼業をしたいのかな?」
「そ、それは……」
 図星だった。
 それなりに自分の身を守る術を身につけたのだから、傭兵修行と称して海に出ても良かったのだ。
 本当に傭兵になりたかったのだとしたら。
 ジャズィーラ島で知り合ったシャーティも誘ってくれたいたことだし。
「ねえ、どうして行動しなかったの? どうしていつまでも島に籠っていたの? 君が家を出たとしても、君のおじいさまもおばあさまも止めないだろ?」
 それはそうだ。
 心配されるかもしれないが、マールが強く願って決めたことならあの祖父母は反対はしないだろう。
「どうして君は自分の願いのために動かなかったの?」
 マールは固く拳を握った。
「それは君の本当の願いではなかったからだ。君の本当の願いは砦の前で口にした……」
「ち、違う! 傭兵になるのは私の願いだ! 幼い頃からの願いで、父さんや誰かに決められた願いではない! これだって本当の私の願いだ! 嘘ではない!」
 マールは思わず甲板を殴りつけてしまった。
 手の甲がじんじんと痛む。
「ではこの前私に告げた願いは本当の願いではないと?」
 それも違う。
 そうマールは咄嗟に否定したかったが、なぜか口が開かなかった。
「手放すべきものがわかったら、私を呼ぶがいい。我が名は……」
 青年はそうマールに告げると鷹に変じて空へと舞い上がった。
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