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赤砂漠

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 赤い砂漠がうねうねと不思議な模様を描いている。
 それは波にも似てマールにはなんだか懐かしかった。
(ほんのちょっと海から離れただけで、もうこれか)
 苦笑いした。
 どうやらよほど海が恋しくなっていたらしい。
 島にいたころでも、よほどのことがない限り海岸や港町に行かなかったのに。
 不思議なものだ。
 当たり前に身近にあると思っていたものと離れると、その大切さにようやく人は気づくらしい。
 マールは前をゆく二人の背中を追っている。
 砂漠の砦は三神の聖域とも言われているらしい。
 なので砂漠の女神の末裔の歴代の王が管理し、王以外の王族は海の男神と大地の女神の末裔を連れてきた時のみ、その扉を開くことができるそうだ。
 砦までの地図はマワードが持っている。
 その地図を頼りに赤砂漠の真ん中を突っ切っていくのだが、その赤い砂漠がオレンジ色に変わるところに砦はあるらしい。
 なんとも抽象的な話だ。
 大陸の地図上ではこの赤砂漠の突き当りは隣国との国境にもなっている険しい山岳地帯が壁のように立ちふさがっているのみだ。
 その間に町も村も何もない。
 地図を頼りにただただ何もない砂漠地帯を進んでいくだけだ。
 ただしそれでは全員が干上がってしまうので、王家所有の井戸や水場が、要所要所にあって、そこで水の補充はできたりする。
 だが食べ物の補充まではできないので王から持たされた干したナツメヤシやザクロ、ブドウなどを少しずつ食べながら、数日に一回干し肉を焼いて堅いパンとともに食べている。
 生の魚を食べたり、新鮮な魚を焼いたりして食べていたマールからしたら、新鮮でなくても魚が食べたいところである。
 砂漠には適度に灌木があるのでそこに天幕を張って野営している。
 本当は男女が近しい天幕で寝泊まりするのは許されないのだが、砦に向かう道中ということもあってバラバラにしていたらかえって何かあったときにまとまることができないので、大きな天幕を張って三人で寝ている。
 マワードは少し離れて端っこで寝ている。
 マワードは砂漠でもぐずぐずするかと思いきや、意外にも泣かずに黙々と自分がやるべきことを率先してやっている。
 聞けば、王子でも王位継承に関係ないから王族の一人として成年に達したら生きていけるようにと色々なことを母方の祖父から教わっていたらしい。
 元々、側妃は実家の跡取りを産むために後宮に入り、王子を産んだら実家の父の養子に出すと約束していて、王もそれを許可した上でのことだったらしい。
「でも双子じゃない?」
「ああ」
「どっちが側妃さまの実家を継ぐの?」
「どう考えても兄上だ。俺じゃない」
「そうなんだ」
「でも、おじいさまは兄上が腕をなくした途端、俺を跡継ぎにって言いだして」
 それまでザキーヤを跡取りにと目していた祖父の手のひら返しの行動にマワードは怒っていた。
 さらに腹立たしいのは当の兄も、父王も母も誰もそれに対して否と言わなかったことだ。
「兄上のほうが俺より剣術も勉学も長けているし、非の打ちどころのない立派な王子だ。なのに腕の一本がなくなったくらいで俺になんて! 虫が良すぎるにも程がある!」
 思わずマワードは砂地に拳を打ちつけた。
「あつっ!」
 昼間の熱がまだ冷めきっていなかった。
 軽く火傷しそうになった。
「マワード」
 シャアラは手拭いを水で濡らして渡した。
「すまない」
「じゃあマワードが願うのはお兄さんの体を治してってこと?」
「そうだ」
「でもザキーヤ王子は自分のことよりもお前の願いを叶えなさいって仰っておられなかったっけ?」
 マールが水をさした。
「マール!」
「すまない」
「いや、いいよ」
 マールからすれば、この二人はどちらも自分の願いを叶えようとしてはいない。
 それは本当に良いことなのだろうか?
 マールは二人の様子を見ながら首を傾げた。

 赤砂漠は最初の水場を出てからというもの人の気配どころか生き物の気配も全く感じられなかった。
(こんなところに盗賊って出るのか?)
 マールは不思議に思っていた。
 シャアラと王都に向かう黄砂漠は盗賊もいたが蠍やフンコロガシなどの虫もたくさんいた。
 それなのに赤砂漠はその虫すらいない。
 死の砂漠と言われるからなのだろうか。
「マワード、今の王さまが砦に向かった時に、王さまを出し抜こうとした他の王子さまたちがいて、その方たちは全員亡くなったって昔聞いたけど、それって砂漠での乾燥死? それとも盗賊に殺されたとか?」
「詳しくはわからないけど、砦までの砂漠で亡くなった陛下の兄弟たちの墓は遺体がないそうだ」
 なくなったら遺体は土葬されるのが大陸の一般的な葬り方だ。
「遺体がない?」
「そうだ。お墓だけがある」
「なぜ? 動物とか虫に食べられたとか?」
「それにしても欠片ぐらいは残るはずだけど、一切何も残されていない。陛下もそれに関しては神との約束だとかでお話できないと仰っておられる」
「そうなんだ」
「ただ盗賊に遭遇したという話でもなかったそうだ。それは側近の侍従がそう感じ取ったらしいけど」
「盗賊じゃない?」
「ああ」
 じゃあ何が出るというのだろう?
 シャアラとマールの脳裏には疑問ばかりが浮かんだ。

 地図で見ると赤砂漠のほぼ中央までたどりついた。
 うっすらと前方に壁のような山脈が見え始めた。
「このままだと山脈にぶつかるけど、まだなの?」
「そのようだ」
 三人が同時に地図を覗き込んだ。
「砂漠の真ん中に来たというだけか」
 シャアラは焦れたようににそう呟いた。
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