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後宮潜入
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シャアラは王宮までいくと馴染みらしい門番の男に金貨を何枚か握らせると、後宮へ抜ける道を最短で歩いて行った。
後宮の中央の美しい噴水が吹きあがっている場所の隅っこに二人は出てきた。
目の前の回廊を美しい女性たちが静々と行きかっている。
初めてのマールとしては誰が貴人で誰が女官や侍女なのかわからないくらいだ。
「おや、そなたは」
そのうちの一人がシャアラの顔を見て足を止めた。
シャアラは素早く自分を呼び止めた女性の前にひざまずく。
「お久しぶりでございます。女官長さま」
「そなたがこちらにくるとは、また父親に付いてきて商売でもしにきたのですか?」
「そのような感じですが、本日は王妃さまにお会いすることは叶いましょうか?」
「王妃さまは昨日、離宮から戻られたばかりだ。しばらくお出ましは控えられるかもしれぬ」
「そう、ですか」
シャアラの顔に残念という言葉が浮かぶ。
「ですが確か王妃さまはそなたを気に入られておられたはず。お耳にはいれてみよう」
「ありがとうございます!」
シャアラは深々と頭を下げた。
マールも慌ててそれにならった。
「いつ王妃さまに呼ばれてもよいように、しばらくこちらに逗留するが良い。ただし、許可なく後宮内をうろつかぬようにな」
「はい」
女官長は自分の背後についてきていた女官の一人にシャアラたちのことを指示すると、さっさと回廊の奥へと歩いていった。
「ではこちらへ」
二人は女官の案内により後宮の客間の一角に泊まらせてもらうようになった。
「本当に問題なく後宮に入れてしまった」
二人だけになった時にマールはそう呟いた。
「たまたまだよ。たまたま女官長さまに今日は見つけてもらえたから良かったけど。女官長さまじゃなかったら、知り合いの侍女を呼んでもらうところだった」
「そうなんだ」
たまたま知り合いの門番が立っていて、たまたま知り合いの女官長に見つけてもらえる。
そんな偶然ないだろ、とマールは密かに思っていた。
「でも、やっぱり父さんのおかげなのかな?」
「気づいてたのか?」
「何となくだけど」
「そうか」
「それだけ父さんも母さんも私の行動に賭けてるってことなんだよね」
王の勅使が監視代わりに側にいる以上、弟たちをすり替えることはできないし、両親も叔父たちも自由に行動するわけにもいかないのだろう。
その中でシャアラくらいだ。
すり替わっても気づかれないのは。
「何としても神には願いを聞いてもらわないと」
「そうだな」
「マール」
「なんだ?」
「マールは神さまに願うことは何か決まったの?」
「ああ、それか」
ずっと旅の道中マールも考えていた。
神に何を願うのか? と。
シャアラのように差し迫った願いはないとはいえ、共に神殿に上がったら当然神に聞かれるのだろう。
お前は何を願うのか? と。
「私は父さんのような傭兵稼業をしたいからそれを願おうかと」
「え?」
「私の父は元々傭兵稼業をしていた。けど母と結婚して私が生まれた時、女の子だったから一番信頼する部下を私の婿にして跡を継がせようと考えたんだ」
でもある日、マールの父が乗っていた船が護衛していた船ごと大きな嵐に遭って難破してしまったのだ。
船は大破し、乗っていた乗組員たちも全員が海に飲みこまれてしまった。
「唯一の生き残りだった船員が私と祖父母にそのことを伝えにきてくれたけど、それだけだった」
父の遺体も骨もわからぬまま。ましてや父が稼いだお金もともに沈んだのでマールには何も残されなかった。
「けど婚約者だけは別の仕事で陸にいた」
その婚約者はマールのところにきてこう言った。
「俺と結婚しよう。親父殿からそのための資金はたくさん預かっている」
毛むくじゃらの太い腕をマールに伸ばしてきた。
マールは反射的に逃げた。
「嫌だと思った。こいつと結婚したって私が表で傭兵稼業ができるわけもない。この男は父さんが残した遺産がほしいだけだ」
「それでどうしたの?」
「父さんが残した陸の遺産は全てくれてやる。だから私との婚約は解消してくれと」
「相手は納得したの?」
「最初は渋った。父さんの金を掠め取るみたいで」
「その男にも良心はあったんだ」
「そうみたいだ。でも私のほうが意思が強かった」
最終的に相手の男は折れた。
互いに婚約解消とその条件に陸にあったマールの父親の遺産を全部男にくれてやるという契約書を交わした。
「祖父母との暮らしを考えたら父の遺産は一部でも確保すれば良かったのだろうけど」
祖父母は笑って許してくれた。
お前らしい、と。
「じゃあ今は自由なんだ」
「一応は」
だからこそ自分の傭兵稼業集団を作りたいのだ。
船と人を揃えて、貴人や商人の警護をする。
時には海賊たちと剣を交えることもしていくのだろう。
マールにとっては幼いころに見た父の姿そのままの傭兵稼業をやってみたい。
海を駆け巡ってみたい。
「それって女の子がやってもいいの?」
「普通は男がやる仕事だとされている。だから父も私ではなく私の婿を跡取りにしようとした」
「そうか。私と同じか」
「何が?」
「私も昔、父さんや叔父さまたちに自分の夢を伝えたら、それは女がする仕事ではないよって言われたことがあって。女は良い婚家に嫁いで夫を助けて丈夫な子供を産んで育てるという大事な仕事がある。それを目指しなさいって頭ごなしに叱られた」
「そうか」
「私は今回は弟を助けなきゃだけど、マールはその願い叶えてもらったらよいよね。そしたら私、あなたの船に乗ってみたいな」
「ああ。その時は特別に安く乗せてあげてもいい」
「無料と言わないところがさすがね」
「シャアラたち商人だってそうだろ?」
「ええ」
シャアラは自分の願いが叶ったらその後の自分の人生はどうなるのだろう?
初めて自分の未来を思いやった。
後宮の中央の美しい噴水が吹きあがっている場所の隅っこに二人は出てきた。
目の前の回廊を美しい女性たちが静々と行きかっている。
初めてのマールとしては誰が貴人で誰が女官や侍女なのかわからないくらいだ。
「おや、そなたは」
そのうちの一人がシャアラの顔を見て足を止めた。
シャアラは素早く自分を呼び止めた女性の前にひざまずく。
「お久しぶりでございます。女官長さま」
「そなたがこちらにくるとは、また父親に付いてきて商売でもしにきたのですか?」
「そのような感じですが、本日は王妃さまにお会いすることは叶いましょうか?」
「王妃さまは昨日、離宮から戻られたばかりだ。しばらくお出ましは控えられるかもしれぬ」
「そう、ですか」
シャアラの顔に残念という言葉が浮かぶ。
「ですが確か王妃さまはそなたを気に入られておられたはず。お耳にはいれてみよう」
「ありがとうございます!」
シャアラは深々と頭を下げた。
マールも慌ててそれにならった。
「いつ王妃さまに呼ばれてもよいように、しばらくこちらに逗留するが良い。ただし、許可なく後宮内をうろつかぬようにな」
「はい」
女官長は自分の背後についてきていた女官の一人にシャアラたちのことを指示すると、さっさと回廊の奥へと歩いていった。
「ではこちらへ」
二人は女官の案内により後宮の客間の一角に泊まらせてもらうようになった。
「本当に問題なく後宮に入れてしまった」
二人だけになった時にマールはそう呟いた。
「たまたまだよ。たまたま女官長さまに今日は見つけてもらえたから良かったけど。女官長さまじゃなかったら、知り合いの侍女を呼んでもらうところだった」
「そうなんだ」
たまたま知り合いの門番が立っていて、たまたま知り合いの女官長に見つけてもらえる。
そんな偶然ないだろ、とマールは密かに思っていた。
「でも、やっぱり父さんのおかげなのかな?」
「気づいてたのか?」
「何となくだけど」
「そうか」
「それだけ父さんも母さんも私の行動に賭けてるってことなんだよね」
王の勅使が監視代わりに側にいる以上、弟たちをすり替えることはできないし、両親も叔父たちも自由に行動するわけにもいかないのだろう。
その中でシャアラくらいだ。
すり替わっても気づかれないのは。
「何としても神には願いを聞いてもらわないと」
「そうだな」
「マール」
「なんだ?」
「マールは神さまに願うことは何か決まったの?」
「ああ、それか」
ずっと旅の道中マールも考えていた。
神に何を願うのか? と。
シャアラのように差し迫った願いはないとはいえ、共に神殿に上がったら当然神に聞かれるのだろう。
お前は何を願うのか? と。
「私は父さんのような傭兵稼業をしたいからそれを願おうかと」
「え?」
「私の父は元々傭兵稼業をしていた。けど母と結婚して私が生まれた時、女の子だったから一番信頼する部下を私の婿にして跡を継がせようと考えたんだ」
でもある日、マールの父が乗っていた船が護衛していた船ごと大きな嵐に遭って難破してしまったのだ。
船は大破し、乗っていた乗組員たちも全員が海に飲みこまれてしまった。
「唯一の生き残りだった船員が私と祖父母にそのことを伝えにきてくれたけど、それだけだった」
父の遺体も骨もわからぬまま。ましてや父が稼いだお金もともに沈んだのでマールには何も残されなかった。
「けど婚約者だけは別の仕事で陸にいた」
その婚約者はマールのところにきてこう言った。
「俺と結婚しよう。親父殿からそのための資金はたくさん預かっている」
毛むくじゃらの太い腕をマールに伸ばしてきた。
マールは反射的に逃げた。
「嫌だと思った。こいつと結婚したって私が表で傭兵稼業ができるわけもない。この男は父さんが残した遺産がほしいだけだ」
「それでどうしたの?」
「父さんが残した陸の遺産は全てくれてやる。だから私との婚約は解消してくれと」
「相手は納得したの?」
「最初は渋った。父さんの金を掠め取るみたいで」
「その男にも良心はあったんだ」
「そうみたいだ。でも私のほうが意思が強かった」
最終的に相手の男は折れた。
互いに婚約解消とその条件に陸にあったマールの父親の遺産を全部男にくれてやるという契約書を交わした。
「祖父母との暮らしを考えたら父の遺産は一部でも確保すれば良かったのだろうけど」
祖父母は笑って許してくれた。
お前らしい、と。
「じゃあ今は自由なんだ」
「一応は」
だからこそ自分の傭兵稼業集団を作りたいのだ。
船と人を揃えて、貴人や商人の警護をする。
時には海賊たちと剣を交えることもしていくのだろう。
マールにとっては幼いころに見た父の姿そのままの傭兵稼業をやってみたい。
海を駆け巡ってみたい。
「それって女の子がやってもいいの?」
「普通は男がやる仕事だとされている。だから父も私ではなく私の婿を跡取りにしようとした」
「そうか。私と同じか」
「何が?」
「私も昔、父さんや叔父さまたちに自分の夢を伝えたら、それは女がする仕事ではないよって言われたことがあって。女は良い婚家に嫁いで夫を助けて丈夫な子供を産んで育てるという大事な仕事がある。それを目指しなさいって頭ごなしに叱られた」
「そうか」
「私は今回は弟を助けなきゃだけど、マールはその願い叶えてもらったらよいよね。そしたら私、あなたの船に乗ってみたいな」
「ああ。その時は特別に安く乗せてあげてもいい」
「無料と言わないところがさすがね」
「シャアラたち商人だってそうだろ?」
「ええ」
シャアラは自分の願いが叶ったらその後の自分の人生はどうなるのだろう?
初めて自分の未来を思いやった。
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