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帰京
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道雅が帰京した翌年、正月の行事もまだ続く慌ただしい中で今上帝が譲位した。
それを受けて冬子は同年の長月に帰京した。
帰京路は、譲位ということで下向路と同じ道を辿った。
冬子が帰京する前に道雅は昇進し、従三位左近衛権中将となり三位中将と呼ばれるようになった。
冬子は宮中の父・院や母・皇太后の元で住まうのではなく、母が領有していた母方の祖父の邸宅の一つを改装してそちらに住まうことになった。
冬子は邸宅の女主となったのだ。
冬子の周囲は、自然と女房たちばかりの集う女所帯となっている。
誰も都に戻った元・斎宮の冬子のことを気に留めなかった。
それでも縁談がちらほらと両親を介して舞い込み始めてきてはいたが、父である院を慮って強引な忍び込みをしてくるような公達はいなかった。
帰京してからというもの、冬子は早速、道雅との文のやり取りを再開させた。
道雅は前にもまして頻繁に冬子に文を送り、自ら冬子の邸に積極的に通うようにまでなった。
「道雅様、今日は桜の直衣をお召しになっておられますわね」
「ええ。これが冬子と出会う機会を与えてくれた衣ですからね」
嬉しそうに微笑む冬子。
「私の衣はわかりますか?」
冬子はその場で立ち上がって片方の腕を上げて袖口の色を見せた。
「雪の下でございますね」
「ええ、そうなの。伊勢にいる間は、あまり華やかな衣は身に着けられなくて」
だから帰京してからというものの彩のある衣が纏えて嬉しいのだ。
「でもそれにしては季節があいませんね」
道雅の桜の直衣は若い公達が冬にまとう一般的な衣の合わせである。
しかし冬子がまとっている雪の下の襲は、春、それも初春にまとう色目の衣として有名だった。
「あら? 道雅さまはこの襲の別名をご存じないのかしら?」
いたずらっぽく冬子は微笑んだ。
「もちろん知っていますよ。初雪襲というのでしょう?」
「そうよ。私も今日の日を迎えるのに、道雅様に縁の衣を用意させましたの」
今夜は今年初めての雪が降った日であった。
道雅は幸せそうに恥じらうような目の前の少女を見つめる。
「一番上が雪を表す白の表着」
道雅は冬子に座るように促した。
「次も白ですわ」
冬子の肩にそっと道雅の手がかけられる。
「それから花を示す紅梅の五つ衣」
道雅は迷わず冬子の胸のあわせめに指をかけ、ゆっくりと袿を褥の上に滑らせる。
「紅梅の花がどんどん淡い色になっていきますね」
一枚、一枚、襲の色を確かめるように道雅は床に衣を広げていく。
「そして花の下には草の青がある」
雪色の衣から冬子という名の美しい花が徐々に露になっていく。
「そうですね」
道雅は、冬子の袿をまとめて結わえていた腰紐を一気に解いた。
「冬子、必ずやあなたを幸せにいたします。初めて出会った日と今日の初雪に誓って」
「はい」
冬子は静かにその身を横たえて、道雅に全てを委ねた。
それを受けて冬子は同年の長月に帰京した。
帰京路は、譲位ということで下向路と同じ道を辿った。
冬子が帰京する前に道雅は昇進し、従三位左近衛権中将となり三位中将と呼ばれるようになった。
冬子は宮中の父・院や母・皇太后の元で住まうのではなく、母が領有していた母方の祖父の邸宅の一つを改装してそちらに住まうことになった。
冬子は邸宅の女主となったのだ。
冬子の周囲は、自然と女房たちばかりの集う女所帯となっている。
誰も都に戻った元・斎宮の冬子のことを気に留めなかった。
それでも縁談がちらほらと両親を介して舞い込み始めてきてはいたが、父である院を慮って強引な忍び込みをしてくるような公達はいなかった。
帰京してからというもの、冬子は早速、道雅との文のやり取りを再開させた。
道雅は前にもまして頻繁に冬子に文を送り、自ら冬子の邸に積極的に通うようにまでなった。
「道雅様、今日は桜の直衣をお召しになっておられますわね」
「ええ。これが冬子と出会う機会を与えてくれた衣ですからね」
嬉しそうに微笑む冬子。
「私の衣はわかりますか?」
冬子はその場で立ち上がって片方の腕を上げて袖口の色を見せた。
「雪の下でございますね」
「ええ、そうなの。伊勢にいる間は、あまり華やかな衣は身に着けられなくて」
だから帰京してからというものの彩のある衣が纏えて嬉しいのだ。
「でもそれにしては季節があいませんね」
道雅の桜の直衣は若い公達が冬にまとう一般的な衣の合わせである。
しかし冬子がまとっている雪の下の襲は、春、それも初春にまとう色目の衣として有名だった。
「あら? 道雅さまはこの襲の別名をご存じないのかしら?」
いたずらっぽく冬子は微笑んだ。
「もちろん知っていますよ。初雪襲というのでしょう?」
「そうよ。私も今日の日を迎えるのに、道雅様に縁の衣を用意させましたの」
今夜は今年初めての雪が降った日であった。
道雅は幸せそうに恥じらうような目の前の少女を見つめる。
「一番上が雪を表す白の表着」
道雅は冬子に座るように促した。
「次も白ですわ」
冬子の肩にそっと道雅の手がかけられる。
「それから花を示す紅梅の五つ衣」
道雅は迷わず冬子の胸のあわせめに指をかけ、ゆっくりと袿を褥の上に滑らせる。
「紅梅の花がどんどん淡い色になっていきますね」
一枚、一枚、襲の色を確かめるように道雅は床に衣を広げていく。
「そして花の下には草の青がある」
雪色の衣から冬子という名の美しい花が徐々に露になっていく。
「そうですね」
道雅は、冬子の袿をまとめて結わえていた腰紐を一気に解いた。
「冬子、必ずやあなたを幸せにいたします。初めて出会った日と今日の初雪に誓って」
「はい」
冬子は静かにその身を横たえて、道雅に全てを委ねた。
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