【完結】斎宮異聞

黄永るり

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再会

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 その翌年、霜月の吉日のこと。
 都では、冬子と妹宮の裳着、末の兄宮の元服の儀式が勘申された。
 それは父帝からの冬子への心遣いであった。
 遥か遠くに隔たっていても、せめて兄や妹たちと成人の儀式を共に行おうと思われてのことだった。
 直ちに冬子の元へ裳着の儀式を行うべく、冬子の叔父の通任みちとうを勅使として遣わされた。
 それは冬子にとって、とても嬉しい使者の訪れであった。

 師走の初旬。
 まるで道雅との出会いの日のように朝から雪が降り続いていた。
「斎宮様、都より勅使様が参られました」
「はい」
 中将に促されるまま、冬子は勅使を迎える部屋に向かう。
 そして御簾みす越しに勅使と対座した。
「斎宮様、お久しゅうございます」
「叔父上様もお健やかにおられるようで、何よりでございます」
 儀礼通りの挨拶をかわす。
「本日は恐れ多くも主上おかみより斎宮様の裳着の勅命を賜りまして、こちらに参上させていただきました」
「ありがとう」
「しかし、これほどまでにお美しくなられていたとは……。都に戻りましたら是非とも主上にお伝えせねば」
 叔父はしきりに冬子を誉めそやし、裳着の儀を行えることを祝ってくれた。
 冬子は叔父の退屈な挨拶や話に、思わず顔を覆っていた扇の裏で欠伸を一つかみ殺してしまった。
 ふと、御簾越しに視線を感じたので叔父の後方を見た。
 そこには勅使の副使である公達が座っていた。
「あっ!」
 危うく声を出しそうになってしまった。
 冬子は我が目を疑った。
 公達は道雅だったのだ。
 逢えなかった五年もの間に何と男ぶりが増されたことか。
 あの時よりもさらに堂々とした公達姿である。
「斎宮様どうなさいました?」
 叔父の声が聞こえた。
「いえ。何も。失礼をいたしました。今日は伊勢にご到着されたばかりですし、お疲れでございましょう? 叔父上様、どうかごゆるりとお過ごし下さいませ」
「お心遣い感謝申し上げます。では本日はこれにて御前を下がらせていただきます」
 通任はそう言うと、道雅を従えて退出した。
 裳着の儀を含めて、勅使一行の滞在期間は十日間であった。

 勅使との対面後、私室に戻った冬子に中将がいざり寄ってきた。
「斎宮様」
「何?」
「あの勅使一行の副使の方にございますが……」
 珍しくおずおずと切り出してくる。
「道雅様でしたわね」
 冬子は白い頬を一気に上気させる。
「やはりお気づきでございましたか?」
「ええ」
「よろしゅうございましたね」
 冬子はゆっくりと頷いた。
「斎宮様、とても嬉しそうなお顔でしたもの」
「中将……」
 冬子はさらに頬を染めた。

 その夜、式部が冬子の部屋を訪れた。
 冬子は書物を見るとはなく広げながら、道雅との御簾越しの再会を思い出していたところであった。
 式部はするりと入室し、そのまま冬子の側まで近づいて一礼する。
「式部どうしたの?」
「斎宮様、ご無礼お許しくださいませ」
「かまわないわ。何?」
「お文をお預かりいたしました」
 式部は胸元から式部のものではない香りをくゆらす文を差し出した。
 その香は、かつて冬子が聞いたことのある香りだった。
 甘く切ない香り。
「副使の方からお預かりいたしました」
 冬子は式部から手渡された文を胸に押し抱く。
「では、これにて失礼いたします」
 小声で話すと、入室してきた時と同じように静かに式部は退出していった。
 式部の気配が完全に消えたことを確認して、紙燭を持ってくる。
 か細い灯りのもと、そっと文を開いた。
 文にはただ一首。
 古歌が詠まれていた。
「君や来し われやゆきけむ おもほえず 夢かうつつか 寝てかさめてか」
 そっと口に出して詠んでみた。
 変わらぬ手蹟に冬子の目頭が熱くなる。
 かつて何代か前の斎王が、さる公達に宛てて詠んだ歌だ。
『あなたがおいでになったのか、私が伺いましたのか、判然といたしません。いったいこれは夢でしょうか、目覚めてのことでしょうか』
 冬子が返す歌は決まっている。
 脇に会った文机に向かう。
 料紙を広げ、筆を軽く握った。
「式部」
 文をしたためると部屋の外へ声を掛けた。
「はい」
 少し間をおいて、再び式部が姿を現した。
「これを」
 式部に自分の側まで来させて、胸元から式部の胸元へ文を渡す。
「先ほどの文を下さった方へ」
 冬子がそう告げると、式部はかしこまって退出していった。

 外からしとみが軽く叩かれた。
「副使様、失礼いたします」
「これは、これは」
 静かに部屋へ式部を招き入れる。
「お返事を預かってきて頂けましたか?」
 その問いにかすかに頷くと、式部は胸元のあわせめから冬子から預かった文を差し出した。
「感謝申し上げる」
 文を受け取った公達に下がるように合図される。
 式部は黙って辞していく。
 震える手で文を開く。
 消えそうな灯りのもと、たおやかな墨痕を辿っていく。
「かきくらす 心の闇に まどひにき 夢うつつとは 今宵さだめよ」
 例の古歌に対する返歌がしたためられていた。
『悲しみに真っ暗になった私の心は、乱れ乱れて、分別もつきませんでした。夢か現実かは今晩おいでくださって、それではっきりお決めください』
 さらに歌の後には、今夜ではなく三日後の夜、と添えられていた。
 その最後の一言に道雅の顔から笑みがもれる。
 御簾越しに見た冬子の姿が目に浮かぶ。
 五年前とは違って見違えるほど美しく成長していた。
 裳着の儀式を済ませれば、もっとその美しさが映えるだろう。
 その姿で都に戻れば多くの公達が求婚するのだろう。
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