【完結】斎宮異聞

黄永るり

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異変

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「式部、入りますよ」
 部屋の外から中将がそう呼ぶ。
 中に座っている冬子の返事も待たずにひそやかに入ってきた。
 冬子は薄暗くなってきたので灯りを灯しにきたのだろうか、とゆったりと身を構えていた。
 今夜も道雅とここで逢う約束をしているのだ。
 だが冬子の元に近づいてきた中将は手燭てしょくを持っておらず、ただ右手に文を持っていた。
 よほど急いで来たのだろうか、文は幾重にも折れ曲がっていて何ともひどい有様になっていた。
 冬子は眉をひそめる。
(どうしたのかしら?)
 中将がこれほど慌てているとは。
 何か道雅の身に恐ろしいことでも起こったのであろうか。
「宮様」
 冬子の耳元で扇を開いて囁く。
「何?」
 冬子の鼓動が訳もなく早まる。
「先ほど惟良これよしが文を持って参りました」
 惟良は道雅の乳兄弟ちきょうだいであり、従者でもある青年である。
「文によりますと、少将様の父君様が本日薨去こうきょあそばされたとのことにございます」
「そんな……」
 小さな悲鳴が漏れた。
 中将は冬子をそっと抱きしめるとその手を軽く握った。
「宮様、少将様とはこれより」
「わかっているわ」
 冬子は中将に最後まで言わせずに黙って頷いた。
 最も近しい身内が亡くなったということで、これから道雅は一年の喪に服すことになるのだ。
 鈍色にびいろの衣装をまとい、邸宅も門を固く閉ざし、ただ一心に亡くなった者の供養に勤めなければならない。
 当然ながら外部とのやり取りは最小限に留められる。
 冬子が裳着を終えていない身とはいえ、男女の間のことなどはもってのほかであった。
「一年もお逢いできないのですね」
 冬子の頬を一筋の滴が濡らしていた。
 嘆く主をしりめに、中将は内心安堵していた。
 これを機に主と道雅を離れさせることができる。
 そうすればきれいな思い出のまま、冬子に道雅への想いを諦めさせることもできるかもしれないのだ。
「道雅様からのお文を」
 冬子は中将から折れ曲がった文を受け取った。
 一つ一つ丁寧に文のしわを伸ばす。
 中将に灯させた灯火のもと文に目を通した。
 文にはおよそいつもの道雅の流麗な手蹟からは想像もできないほど、乱れた文字が書き連ねられていた。
 悲しみに暮れて動揺している有様がみてとれる。
 まともに歌も詠めないほどであった。
 その一年は、中将の願いが叶ったのか冬子は道雅のことを一言も尋ねなかった。
 むしろ道雅のことを気に掛ける時を与えないように、中将が手習いや歌、琴の稽古などに集中させていたのだ。
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