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幼き逢瀬
しおりを挟む それから冬子は、こっそり道雅と文のやり取りを始めた。
表向きは中将の娘の式部と、道雅の従者とが文のやり取りをしていることになっている。
しかし、結局は文の間柄だけではすまないことになり、中将は冬子の願いを渋々かなえることになってしまった。
滅多なことでは冬子の邸に正面からにしても入るわけにはいかない。
そのため、冬子と式部が入れ替わり、中将が娘と宿下がりをするという体裁のもとで道雅と中将の実家で会うことになった。
「失礼いたします」
「どうぞ」
衣擦れの音も最小限に道雅が静かに入ってくる。
ここは式部が普段使っている部屋だ。
あの日の衵と同じ独特の甘い香が部屋の中に満ちてくる。
だが道雅の身なりは身分を隠すために狩衣に烏帽子姿だ。
「道雅様」
冬子は道雅に蔀を開けてもらい、庭の見える簀子に二人して座り込んだ。
いつものように冬子は、道雅の膝上に抱えられてご満悦だ。
「私の上司が、このたびの司召しで左衛門督に任じられました。私より二つも年下で私の父の従兄弟にあたるのですが」
庭は闇に包まれていて趣深い前栽は今は何も見えない。
闇夜に雪はなく、今はただ梅の強い香りが漂っていた。
「道雅さまもご昇進なさったのでしょう?」
邪気のない美しい瞳で道雅を見上げる。
「いいえ。私は皇后様の甥にあたるとは申せ、没落に追いやられた家のものですから」
「できなかったの?」
「ええ。世が世なら頼通など足下にも及ばぬほど出世していたのは私の方であったのに」
悔しげに唇をかむ。
父・伊周の事件さえなければ、頼通とその父の道長の台頭はなかった。
「とてもお悔しいのですね」
冬子はそう呟いた。
「これは失礼をいたしました。宮様に宮中の話などをしてしまって」
「いいのです。いいの」
冬子は道雅が話す宮中の難しいことはわからなかったが、二人でこうして夜の庭を眺めるのは大好きだった。
目だけを頼りにするのではなく鼻と耳も頼りにして庭を見るのだ。
石の場所、梅や桃、桜の木の位置もすでに覚えた。
道雅を慕い始める冬子に、最初は幼子ゆえの思慕と中将は軽く考えていた。
しかし、二人の逢瀬はその後も続いた。
表向きは中将の娘の式部と、道雅の従者とが文のやり取りをしていることになっている。
しかし、結局は文の間柄だけではすまないことになり、中将は冬子の願いを渋々かなえることになってしまった。
滅多なことでは冬子の邸に正面からにしても入るわけにはいかない。
そのため、冬子と式部が入れ替わり、中将が娘と宿下がりをするという体裁のもとで道雅と中将の実家で会うことになった。
「失礼いたします」
「どうぞ」
衣擦れの音も最小限に道雅が静かに入ってくる。
ここは式部が普段使っている部屋だ。
あの日の衵と同じ独特の甘い香が部屋の中に満ちてくる。
だが道雅の身なりは身分を隠すために狩衣に烏帽子姿だ。
「道雅様」
冬子は道雅に蔀を開けてもらい、庭の見える簀子に二人して座り込んだ。
いつものように冬子は、道雅の膝上に抱えられてご満悦だ。
「私の上司が、このたびの司召しで左衛門督に任じられました。私より二つも年下で私の父の従兄弟にあたるのですが」
庭は闇に包まれていて趣深い前栽は今は何も見えない。
闇夜に雪はなく、今はただ梅の強い香りが漂っていた。
「道雅さまもご昇進なさったのでしょう?」
邪気のない美しい瞳で道雅を見上げる。
「いいえ。私は皇后様の甥にあたるとは申せ、没落に追いやられた家のものですから」
「できなかったの?」
「ええ。世が世なら頼通など足下にも及ばぬほど出世していたのは私の方であったのに」
悔しげに唇をかむ。
父・伊周の事件さえなければ、頼通とその父の道長の台頭はなかった。
「とてもお悔しいのですね」
冬子はそう呟いた。
「これは失礼をいたしました。宮様に宮中の話などをしてしまって」
「いいのです。いいの」
冬子は道雅が話す宮中の難しいことはわからなかったが、二人でこうして夜の庭を眺めるのは大好きだった。
目だけを頼りにするのではなく鼻と耳も頼りにして庭を見るのだ。
石の場所、梅や桃、桜の木の位置もすでに覚えた。
道雅を慕い始める冬子に、最初は幼子ゆえの思慕と中将は軽く考えていた。
しかし、二人の逢瀬はその後も続いた。
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