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松君あはれ
しおりを挟む「ねえ中将、あの少将様はどのようなお方なの?」
道雅と出会って数日後、こっそり中将に聞いてみた。
「右近少将様ですか?」
冬子の問いに中将は少し眉根を寄せた。
どうやら冬子が興味を持ってはいけなきことらしい。
だが興味津々の主の顔を見て、中将は渋々口を開いた。
「あの方は、中関白家のご当主様のご嫡男で御年十九歳におなりだと伺っておりますよ。お生まれになった頃は松君様と呼ばれ、それはお美しい若君であられたとか」
「ふうん」
その幸せな時も束の間、松君六歳の時に事件は起きた。
父である内大臣・藤原伊周が先帝・花山院と同じ女人の元に通っているのではないかと疑いだし、そのことで相談を受けた伊周の弟・道隆が、こともあろうに花山院の乗る御車を待ち伏せして矢を射たのである。
間の悪いことにそれと同時に、今上帝の生母の呪詛を伊周が行っているという噂までが流れたのである。
「それでどうなったの?」
「直接、内大臣様が院の御車を襲ったわけではないのですが。とはいえ、そのようなことがあっては都にはおられませんでしょう?」
冬子は頷いた。
呪詛の噂はともかく、先帝の御車を弟君に襲わせたということは疑いようのない事実だ。
内大臣とはいえ、そのまま何もなく都にいられるはずがない。
「案の定、大宰府へ弟君様ともども左遷されておしまいになりましたの」
「じゃあ少将様はどうなったの?」
「妻子を連れての左遷などはありえませんので、都に残していかれたそうでございますよ」
そうして二年後。
伊周の妹君であられる現・中宮に一の宮誕生と、今上帝の生母の病気快癒の恩赦により、伊周は帰京を許された。
翌年には昇殿も許されて地位も元に戻された。
「内大臣様が復廷されたために、ようやくご嫡男の松君様の元服と出仕を許されたそうでございますよ」
「そうなんだ」
「宮様」
中将は冬子の方に顔を向けた。
「何?」
「もしや、右近少将様にお会いになりたいとは仰いませんよね?」
「お文のやり取りをしたいなと思って。別に会いたいとまでは思ってないわ」
「宮様……」
しまった、と中将は深いため息をついた。
「だめかしら?」
清らかなな瞳で中将に近づいていく。
再びため息をつく中将。
この純粋におねだりしてくるような瞳になると、自分でも説得するのは難しいということを、生まれてから今日までの仕える日々で中将は会得していた。
「わかりました。お文だけですよ。ただし、直接お会いになることは絶対にお許しできませんからね」
「ありがとう中将!」
冬子は嬉しそうに中将に抱きついた。
道雅と出会って数日後、こっそり中将に聞いてみた。
「右近少将様ですか?」
冬子の問いに中将は少し眉根を寄せた。
どうやら冬子が興味を持ってはいけなきことらしい。
だが興味津々の主の顔を見て、中将は渋々口を開いた。
「あの方は、中関白家のご当主様のご嫡男で御年十九歳におなりだと伺っておりますよ。お生まれになった頃は松君様と呼ばれ、それはお美しい若君であられたとか」
「ふうん」
その幸せな時も束の間、松君六歳の時に事件は起きた。
父である内大臣・藤原伊周が先帝・花山院と同じ女人の元に通っているのではないかと疑いだし、そのことで相談を受けた伊周の弟・道隆が、こともあろうに花山院の乗る御車を待ち伏せして矢を射たのである。
間の悪いことにそれと同時に、今上帝の生母の呪詛を伊周が行っているという噂までが流れたのである。
「それでどうなったの?」
「直接、内大臣様が院の御車を襲ったわけではないのですが。とはいえ、そのようなことがあっては都にはおられませんでしょう?」
冬子は頷いた。
呪詛の噂はともかく、先帝の御車を弟君に襲わせたということは疑いようのない事実だ。
内大臣とはいえ、そのまま何もなく都にいられるはずがない。
「案の定、大宰府へ弟君様ともども左遷されておしまいになりましたの」
「じゃあ少将様はどうなったの?」
「妻子を連れての左遷などはありえませんので、都に残していかれたそうでございますよ」
そうして二年後。
伊周の妹君であられる現・中宮に一の宮誕生と、今上帝の生母の病気快癒の恩赦により、伊周は帰京を許された。
翌年には昇殿も許されて地位も元に戻された。
「内大臣様が復廷されたために、ようやくご嫡男の松君様の元服と出仕を許されたそうでございますよ」
「そうなんだ」
「宮様」
中将は冬子の方に顔を向けた。
「何?」
「もしや、右近少将様にお会いになりたいとは仰いませんよね?」
「お文のやり取りをしたいなと思って。別に会いたいとまでは思ってないわ」
「宮様……」
しまった、と中将は深いため息をついた。
「だめかしら?」
清らかなな瞳で中将に近づいていく。
再びため息をつく中将。
この純粋におねだりしてくるような瞳になると、自分でも説得するのは難しいということを、生まれてから今日までの仕える日々で中将は会得していた。
「わかりました。お文だけですよ。ただし、直接お会いになることは絶対にお許しできませんからね」
「ありがとう中将!」
冬子は嬉しそうに中将に抱きついた。
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