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小話
小話 その時 2
しおりを挟む投げたナイフに心臓を一突きされたウォルフが消滅する。
「キリがないわねっ」
新たなナイフを手にしたミリーがぼやく。
頭上から襲ってくる一頭をレイピアで両断したファラが「そうだな」と応じる。武器と魔法の両方を使ってウォルフを消滅させてはいるが、倒しても倒しても後から後から現れてくる。これでは確かにミリーの言う通りキリがない。
「指揮をしているやつを倒すしかないか」
この城を襲うように命令したのは上位の魔族だろう。だが、彼らは一等一頭に事細かに指示しているわけではない。必ず現場にいて命令指揮をしている中位の魔族がいるはずだ。それを叩き潰せば少なくともこの場は統率がとれなくなるだろう。
ファラは廊下の先にいる一際大きな身体を持つ個体に視線を向けた。おそらくあいつだ。
レイピアを構えなおしてファラはミリーに声をかける。
「しばらくここはまかせていいか?」
ファラの視線の先を見て取ったミリーが笑う。
「了解よ。魔法とナイフを大盤振る舞いしてやるわ」
「頼む」
そう言うなりファラの姿がその場から消えて、廊下の先に出現する。魔法陣による移動も魔法は使えないが、見えている場所なら彼女でも移動できるのだ。
短い転移を終えたファラは、ボスと思われる大きな身体をもつ個体に迫る。不意をつかれたボスは動けない。ファラのレイピアが閃いてその頭部を両断した。
胴体から離された赤い目をもつ頭部が形を失いサラサラと崩れていく。だが、胴体は依然としてそこにあり、まるで何事もなかったかのようにファラに襲いかかった。迫る爪を避けて飛翔の魔法で空に浮かび上がる。
魔族の弱点は頭ではない。彼らの元になるのは魔力の核だ。そして高位の魔族でない限り、心臓の位置にその核があることが多い。
オオカミにはない跳躍力で空中にいるファラに襲い掛かるボスの爪を躱しながら、ファラは心臓を狙う機会を窺った。
ボスはその巨体に似合わず俊敏で力も強かった。だが、空にいるファラを襲いかかるために跳躍し、降り立った場所に別のウォルフがいて巻き込み、一瞬だけ体勢が崩れたのをファラは見逃さなかった。空からボスの背後に魔法で転移すると、ファラの方に振り返ろうとしたその心臓めがけてレイピアを突き刺した。
頭部があったら咆哮していたかもしれない。だか、頭を失っていたボスはうめき声一つあげずに、一瞬硬直しただけで消滅していった。
そのとたんに命令系統を失い、ウロウロとしだすウォルフの群れ。さきほどまでは一様にホールを目指していたものの、今はどこに向かったらいいのか分からない状態なのだろう。
ファラはふたたび転移の術を使ってミリーの横に戻った。
「ご苦労様」
扉の前でまだ向かってくる少数のウォルフにナイフを投げながらミリーが笑顔で労う。
だが、そこに思わぬ第三の声が掛かった。
「あらあら、誰かと思ったらファラじゃないの」
ハッと振り向いた二人の視線の先に、ついさっきまでファラがいた場所に浮いている女性の姿が映った。美しくも艶めかしい女性だった。
長いうねるような艶やかな黒髪。白い肌にピッタリ貼りついている薄手のドレスの色も漆黒で、その美しい肢体のラインを惜しげもなく露わにしていた。
高い鼻梁、滑らかな頬のラインも、長い睫毛も、まるで一級の芸術品のようだ。だがその白皙のような肌の白さに反して弧を描く唇の赤さと、彼女の纏う漆黒が、彼女に妖艶さと毒々しさを与えていた。
そして――その目は血のように赤い。
「お前は……!」
ファラがぎりっと歯を食いしばって女を睨みつける。そんな彼女を見て女が笑った。
「勇者の一行に加わったというのは本当だったのね。さすが、私が唯一お人形にしそこなっただけはあるわ。本当、あの魔法使いがよけいな所で入らなければねぇ」
「貴様」
歯を食いしばったファラの口から低い声が漏れて、レイピアを持つ手に力が入った。それを見てミリーが言う。
「もしや、あの女がファラの幼馴染を……?」
「……ああ」
その会話を耳にした女が嫣然と笑う。
「あら、そういえば、あの時私名乗らなかったわね。では名乗りましょう。私は魔王グライディオスが三の配下、リュディヴィーヌ。黒と呼ばれているわ」
「黒……色持ち……!」
「やはりそうか……」
驚くミリーとは反対にファラは驚かない。前にその特徴を聞いたルファーガから魔族の幹部である可能性が高いと告げられていたからだ。だからこそ一行の旅に参加した。幹部なら必ず勇者の前に現れるだろうから。
「ようやく姿を現してくれたわけだな。……待っていたよ、この時を」
レイピアの切っ先を黒に向けてファラが言った。だが、ノワールはクスクス笑って言った。
「あなたと遊んで今度こそお人形として飾ってあげたい所なんだけど……残念ね、そんな時間はないようだわ。思ったより早く目標を確保できたみたい。……いい加減な男だけど、やはり一の位だけある、か……」
最後の方は呟くような声だった。だが、ミリーとファラの耳にはその呟きは入らない。その直前の言葉に衝撃を受けていたからだ。
「目標を確保?」
「……まさか、それは……」
二人の脳裏に侍女服を着た女性の姿が浮かぶ。アーリアが……魔族に捕まった?
青ざめる二人に黒は言った。
「まだまだ遊び足りないけど、もう用はないわね。仕方ないけど、ここは退かせてもらうわ」
「! 待て!」
「ちょっと!」
だが、そんな二人をよそこに、ノワールに背後にまるでナイフで裂いたかのように空間に亀裂が走り、そこから黒い筋が覗いていた。その黒い亀裂を背景に、黒が嫣然と笑う。
「じゃあね、ファラ、もう一人の御嬢さんも。またそのうち遊びましょうね」
その言葉が言い終わるか終らないうちに、その背後の黒にまるで溶けていくようにその姿が輪郭を失っっていく。そして――
「待て、ノワール!」
ノワールが消えると同時に空間の亀裂も閉じていった。まるで最初から何もなかったかのように。
「くそっ」
ファラは吐き捨てた後、レイピアを構えなおした。
ノワールの姿が消えても廊下を埋め尽くすウォルフはそのままだ。頭を失い統率は取れていないが、危険なことには変わりない。
「ミリー、こいつらの中を強硬突破して中庭に向かうぞ」
「わかったわ」
ノワールの言ったことが本当なのか確かめなければならなかった。もし本当にアーリアが捕まったのなら、グリードは……。
不安と焦燥感に駆られながら、二人は廊下を走り出した。
***
「遅かったか……」
中庭に跳躍したとたん、ルファーガは目にした光景に舌打ちしたくなった。
目の前でアーリアが空間の亀裂に飲みこまれていく。術を行使する暇すらない。
それでも何とか阻止しようと杖を持つ手を上げかけたルファーガと、アーリアを抱えて、亀裂の中に一緒に沈んでいこうとしている魔族――緑色の髪をした間違いなく幹部の魔族と目が合った。
楽しそうに煌めく赤い目と、ルファーガの銀色の目が交差する。
魔族――翠がルファーガを認めてますます笑みを深くした。それは実に楽しげで、それでいてどこか値踏みをしているような表情だった。
その口が動く。
――ま・た・ね。
声は出ていなかった。だが、確かに彼はルファーガを見て言った。
また会おうと。
そして――ヴェルデはアーリアと共に亀裂の中に消えていった。
***
「まさか、アルトゥールが……何かの間違いではないのか?」
舞踏会のホールの一角で精霊から詳細を聞いたレナスが王族たちに起こったことを説明していた。それを聞いたロートリッシュ皇太子が青ざめながら尋ねる。
それが本当なら間違いなく外交問題になってしまからだ。それも重大な。
「残念ながら、本当です」
そう説明するレナスの傍らではリュファスが床に魔法陣を展開させながら、繋げる先の庭の空間を定めようと意識を集中していた。
彼も焦っていた。なぜならそこにはアーリアだけではなく、恋人のルイーゼ姫もいるのだから。
湧き上がる不安を押さこみながら、リュファスは移動の終点を、魔族の干渉を受けた空間の中を探っていく。
これを仕掛けた魔族は間違いなく色持ち――幹部だろう。リュファスが、そして精霊の話によるとあのルファーガですら手こずっているのだから。
だが、探っていくうち、ある一点に手が届いた。リュファスは確証する、これが中庭に繋がる道だと。
顔をあげてレナスに声をかける。
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「わかった。陛下、僕たちは中庭に飛びます。結界は維持してありますから、魔獣では突破できませんから、ご安心を」
「うむ、分かった。ありがとう、レナス殿」
だが、レナスが王と会話が終わったとたん、向こうの空間を繋げていたリュファスは異変に気付く。
いきなり、そう、さぁと霧が晴れたかのようにいきなり向こうの見通しがよくなったのだ。
――魔族の空間への干渉が消えた。
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そして――聖剣を手にしたまま中庭に佇むグリードを。
――そのグリードの顔はまるで凍りついたかのように無表情で無機質だった。
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