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小話
小話 勇者、ですよね? その2
しおりを挟むここで初めてグリードの声がした。
今までずっと無言で精霊の報告を聞いていたのだが。
……恋敵がいると知ったとたんに反応するとは。
そしてその反応がレナスには恐かった。
精霊がグリードの問いかけに答える。
『シュワルゼ国の第二王子だよ! ちょっとばかり影が薄い人』
――その答えに衝撃を受けたのはグリードではなくて、レナスだった。
王子!?
一国の王子の想い人なのか、あの彼女は!
普通の侍女かと思っていたのに……予想以上に重要人物らしい。
それなのに、自分たちは顔すらおぼろげとは……。
なんとなくショックを受けるレナス。
「彼女は彼の気持には……?」
恋敵の身分は完全スルーして尋ねるグリード。
どうやら彼にとっては恋敵がどんなに高貴な人間だろうがド庶民だろうが、そんなものは気にもならない事柄らしい。
彼が気にするのは、恋敵の思いを彼女が知っていて、それに応える可能性があるかどうかの一点だけだった。
『全然気付いてないわね』
『妹の第一侍女だからついでに声を掛けられていると思ってる』
『そうだね。若干へタレなのかガツンと迫ることもしないからね、あの王子は。あれじゃ気付くことはないだろう』
『アーリアは自国の王子としての好意は持ってるけど、恋愛感情ないよね』
その精霊たちの口々の情報にホッと安堵するレナス。
どうやら第二王子は完全に片思いらしい。
それならグリードだって気に留める必要もないだろう。
そう思ってホッとした。……ホッとしていたのに。
またもや要らぬことを言った精霊が居たのだ。
『あ、だけど、姫が攫われた次の日の夜、あの王子様、彼女の部屋に不法侵入して寝顔をジッと眺めていたよ!』
……不法侵入に、寝顔……?
それにグリードがどう反応を示すか考えて、レナスはくらくらと眩暈がするのを感じた。
だがここで自分が気を失ったら取り返しのつかない事態が起こってしまうかもしれないと堪える。
これ以上はお願い。やーめーてー!
必死になってレナスは念を飛ばしたが、精霊の言葉は止まらなかった。
しかもあろうことかその時のことを微に入り細に入り語ってみせたのだ。
『姫の誘拐にショックを受けたアーリアを心配して様子を見にやってきたものの、呼びかけても返事がないものだから、扉の前で延々と悩んでた』
『そう。で、様子が気になるから見るだけと自分に言い訳して部屋に入って行ったよ』
『アーリアは泣きつかれてすやすや寝入っていたんだけど、その寝顔をじっと見つめてた』
『あー。なんかちょっと顔に触れようとしてたわね。起こすとマズイから途中で止めたけど』
精霊から続々と情報が入るたびに、心なしか部屋の中から妙な冷気が扉を通して流れてきているような気がした。
本当に気のせいならいいが、気のせいじゃなければその冷気の出所は明らかだ。
焦るレナスだが、その頭の片隅では『その第二王子様、なんかちょっとヤバイ人?』などとも思っていた。
不法侵入したあげくに、寝顔をじっと眺める王子。
……なんかヤダ。
その彼女だって起きていたら絶叫ものだったろう。
どうやらうちの勇者といい、その王子といい、彼女は何かとんでもないものに好かれる傾向があるらしい。
グリードの想い人というだけでレナスは彼女に同情していたが、今の精霊の報告で同情度が更に上がった気がした。
「……今、過去を視ました」
淡々とした、だけど冷たい声がした。
グリードは精霊が過去視たものを彼らの力と共に自分の内に取り込んで視ることができる『過去視』のスキルを持っている。
そのスキルを使って第二王子のオイタの場面を直接自分の目で視たのだろう。
騒々しかった精霊のざわめきや声がピタッと止んだ。
それぞれがグリードを窺い、彼の言葉を待っているかのような、そんな息を飲むような雰囲気の中で。
中心人物が呟く――――断罪の言葉を。
「……抹殺しますか」
『『『『分かった、サクッと殺ってくる』』』』
「わー!! ストップ! ストップ!」
レナスは慌てて部屋に飛び込んだ。
「抹殺ダメ! 君たちもあっさり殺るなんて言っちゃダメでしょ!」
「レナス」
『『『『分かった。じっくり殺ってくる』』』』
「違うから! それ違うから! 殺っちゃダメぇぇぇ」
「止めるなレナス。彼女の寝顔を許可なく見るなんて許しがたい」
無表情だがどこか憮然とした面持ちで言うグリードに、レナスは必死になって言った。
「グリード、相手は仮にも王子だよ。死因を調べようと国付きの魔法使いが出てくるに決まってるじゃないか! もし万一勇者の命令を受けた精霊の仕業だと知れたら……」
「そんなヘマはしない。こっちの仕業とは分からないように綺麗さっぱり亡くなってもらいます」
「綺麗さっぱり殺れるとしても、ダメ!」
「……チッ」
グリードが舌打ちをした。無表情でだ。
舌打ちなんてそんな人間らしいことをするのは初めて見たレナスだったが、それに驚くより先にどっと疲れを感じてしまった。
……過去の出来事とはいえ、その彼女の寝顔をグリードも見たということには変わりないのではというツッコミが頭をよぎったりもしたが、それは口にしない方が賢明だろう。
「分かりました。……精霊に言って第二王子を彼女に近づけさせないようにするだけで我慢します」
グリードは目を眇めながらそう言うと、部屋にいる大勢の精霊に言った。
「そういうわけで、アーリアにあの王子を近づけないように守って下さい」
『『『『うん。まかせてグリード』』』』
「王子なら国付きの魔法使いの護りを受けているだろうから、多少乱暴なことをしても死にはしないでしょう」
『『『『そうだね。手加減しなくて大丈夫だよね』』』』
「運悪く逝っても黙認します」
『『『『分かった、殺る気で……』』』』
「だからダメだから! 殺る気になっちゃダメだから!」
慌てて諌めたレナスは直後に再びグリードの「チッ」という舌打ちを聞いた気がした――――。
膝突き詰めて、王子を抹殺してはいけないと精霊とグリードを諭しながらレナスは頭の片隅で思った。
―――グリード、お前、本当に勇者……だよな?
と。
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