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小話

小話 勇者、ですよね? その1

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レナス視点の小話です。
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 部屋を出て食堂に向かったレナスは、通りかかったグリードの部屋から声がしているのに気付いた。
 だがそれはグリードの声ではない。……精霊の声だ。
 常人には聞こえない、精霊の加護を受けた人間と、その加護を受けた人間の血を引く者しか聞くことのできない声なき声。

 その彼らの声が、グリードの部屋から聞こえていたのだ。
 かなりの数の精霊がいるらしく、レナスの耳には非常ににぎやかに聞こる。だが、実際は物音ひとつしてない静寂の空間だ。
 この声を聞けるのは、加護を受けたグリードと、勇者の血を引く自分と、精霊と人間の合いの子と呼ばれるエルフ族のルファーガだけだった。

 だけど、いつも精霊はグリードに群がって話しかけてはいるが、この数は多すぎる。
 怪訝に思ったレナスはグリードの部屋の前で足を止めて、中の会話にそっと耳を傾けた。


 シュワルゼを発って三日後、勇者一行はシュワルゼの東側に隣接した国、ローゼンの首都にいた。
 ここには大陸中に網をはっている有名な情報屋がいて、まずは彼から魔王に関しての情報を得るために訪れたのだ。 
 午後も遅くに都にたどり着いた彼らは、件の情報屋には明日出向くとしてひとまず宿を取って休むことにした。
 一息ついた後、宿に隣接した食堂で情報収集でもしようと思い立ったレナスは部屋を出て、そしてその光景にぶち当たったのだった。


『あのね、彼女はお茶を入れるのが得意なのよ。姫様はいつも美味しい美味しいって言って飲んでるの』
『非番の日はいつも街に繰り出して、お茶の葉を買い求めているらしい。街娘のふりをして値切るのが得意だ』
『値切りに成功した時は、今日もいい仕事したわ、モブ万歳ってよく呟いているよ』
『一番仲の良い同僚はベリンダって子。婚約と同時に退職が決定してるからアーリアは寂しがってるみたい』
『そのうち自分も結婚退職することになるのねぇ』


 などという会話が聞こえてきて、レナスは中で何が起こっているのかを理解した。
 つまり、グリードは精霊を使って初恋の相手の情報を収集しているのだ。
 恋をすれば相手のこと知りたくなるもの。
 今まで誰にも無関心だったグリードだが、ようやく人並みの感覚を身につけたのだな。
 そう思ってレナスは嬉しくなって扉の外で笑顔になった。

 だけどその笑顔が凍りついたのは直後のこと。


『あのね、アーリアのスリーサイズはね、上から○×△なの!』

 一瞬、我が耳を疑うレナス。
 スリーサイズ……!?

『もう少し胸と身長が欲しいってよく言っているわ』
『姫の胸を見てこっそりため息ついているときがあるぞ』
『貧乳ってわけじゃなくて、それなりにあるのにね胸のサイズ。まぁ大きくはないけど』
『グリード、頑張って彼女の胸を大きくしてあげてね!』

 なんだか会話があやしい方向に行き始めている。
 グリードの役に立とうと必死な精霊の報告がどんどんエスカレートしていってるのだ。

 これって……ヤバイのではないだろうか。
 レナスは冷汗をかきながら思った。
 例の彼女だってスリーサイズやらの個人情報がこんなところで曝露されていたと知ったら……。
 ドン引くか激怒するかどっちかだ。
 これを知って嬉しがる女は居ない。
 現に今自分だって引いちゃってる。

 ……だがこれでもちろん終わりではなかった。

『あのねぇ、アーリアの初潮は十一歳の時なの』

 その言葉にレナスは固まった。

『そうそう。龍弦月の十日目だった!』
『血が出ているのを知って真っ青になってお母さんの所へ飛んでいったのよね』

 あわあわあわとレナスは扉の外側で一人焦っていた。
 なんちゅー会話を……!
 これを知ったら例の彼女は卒倒するか、最悪憤死するかもしれない。
 いずれにせよ、グリードの想いに応える可能性はなくなるだろう。
 それは人類の為にならない。止めなければと、レナスは使命感に燃えた。

 それにここら辺で止めないと、人間として大切な何かを失う気がする。自分もグリードも。

 そう思ったレナスが扉に手を掛けた時だった。
 別の精霊の声がまたもや問題発言をかましたのは――――。

『グリードに取っておきの情報教えてあげる! あのねぇ、アーリアのこと好きだという男性いるんだよ。彼女のすぐ近くに!』

 レナスは扉に手をかけた状態で再び固まった。
 冷汗が噴出してくる。じっとりとした嫌な汗だ。

 オイオイオイ! 人類のためにそんな情報はいらないから!
 楽しい話題だけ持ってきてくれればいいから!
 空気読んでお願い!

 そんなレナスの必死の願いも虚しく冷たい声が部屋に響いた。
「……誰ですか、それは」
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