勇者様にいきなり求婚されたのですが

富樫 聖夜

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番外編

番外編-2

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「そもそも、私はアーリアがまだグリードに気持ちを伝えていなかったことに驚いたぞ」

 そう言ったのは、窓際のソファに座る女戦士のファラ様でした。
 長い金髪と青灰色せいかいしょくの瞳を持つ美人さんです。言葉遣いは男性っぽいですが、思慮深く、それでいて少し天然なところが可愛らしいファラ様。男女問わず人気があり、「ファラお姉様」としたう人間は少なくありません。常に嫉妬深い幼馴染が張り付いているため、皆こっそり慕っているわけですけどね。
 その幼馴染というのが、ファラ様の隣に座る魔法使いのルーファス様です。彼は目の前の机に置かれたチェスの盤を見ながら、口を開きました。

「そうそう、あんなにイチャついているのにね」

 プラチナブロンドの髪と紫の瞳を持つルーファス様も、これまた美形さんです。ファラ様をかばって魔族の魔法にかかり、長らく眠りについておりましたが、その魔族がファラ様によって倒されたことで目を覚ましたのです。
 その身を預かっていた大神殿からファラ様のもとへやって来た彼は、おおやけには大神殿からの客人ということになっていますが、この城の中では勇者一行の枠に入れられているのです。リュファス様よりはやや劣るものの、大変優秀な魔法使いでいらっしゃるので、結界の再構築にもご尽力いただいているのでした。
 そのルーファス様の向かいに座り、チェス盤をじっと眺めているのは、エルフのルファーガ様。肩の上で切りそろえられた銀髪と、同じ色の瞳を持つ彼は、十四、五歳の少年にしか見えません。ですが、実はこの中で一番長く生きていらっしゃるのです。四百年前の勇者の旅にも参加していたそうですから、少なくとも四百歳以上なのは確実です。

「時が経てば経つほど、言いづらくなってしまったのでしょう」

 彼もルーファス様と同様、チェス盤に視線を落としたまま、どうでもよさそうに言いました。恋愛ごとには不介入だと公言しているだけあって、本当に無関心なのですね……
 以前は私とグリード様を強引にくっつけようとしていたくせにと、少しだけ苦々しく感じてしまいます。いえ、決してルファーガ様のご意見が図星だったからとか、そういうわけではありませんよ?

「このままではらちが明きませんので、皆様のお知恵とお力をお貸しいただきたく存じます」

 私の隣でベリンダが皆様に訴えました。
 ……実は、一向に告白できない私にごうを煮やしたベリンダが、姫様に相談したのです。すると姫様が、グリード様には内緒で皆様を集められました。そして今、こうして相談会という名の羞恥しゅうちプレイの真っ最中というわけです。
 でもルファーガ様の言う通り、時が経てば経つほど言葉が出なくなるのですよ。最初の日は「好き」の「す」までは言えたのに、今では「グリード様」と呼びかけるだけで精一杯です。
「はい?」と言って私を振り向くグリード様と視線を合わせることもできず、「な、何でもありません……!」とそっぽを向いて言う始末。
 何ですか、そのツンデレぶりは! この際、自分で自分にツッコミ入れますよ、ええ!
 ……実は、このツッコミ属性も告白できない原因の一つだったりします。何か、自分で自分にツッコんでしまうのですよね。ベリンダが聞き耳立ててるのに告白するってどうよ? とか、暗くてお互いの顔もろくに見えない中での告白ってアリなの? とかね!
 もう、脳内の私は大忙しですよ。あれこれ考えていくそばから、自分にダメ出ししてますから。
 つまり告白しなきゃと思って口に出そうとするものの、そんな自分に自分でツッコミを入れてしまい、恥ずかしくてツンデレ発生、となるわけです。まさに、自分の敵は自分というやつですね。
 まさか「好き」と一言告げるのが、こんなに大変だったとは……
 それでも伝えることを諦めきれないのは、言うだけでも大変な言葉を、グリード様はずっと伝え続けてくださっているからです。それなのに私が告白を簡単に諦めてしまえば、女がすたります。
 そこでふと、ミリー様が言いました。

「そういえば、アーリアには精霊がついているんでしょう? 精霊はベリンダとの会話も聞いてるはずだし、もうとっくにグリードに伝えてるんじゃないの?」
「あ、そうですよね」

 私はポンッと手を打ちました。グリード様が護衛としてつけてくださった精霊さんたちは、今も私のそばにいるそうです。ヴェルデ以外の幹部が倒された今、もう危険はないはずなんですが、グリード様は「ヴェルデがまた現れるかもしれませんし、殿下もいますから」と……
 その殿下って、アルフリード殿下のことでしょうか?
 アルフリード様はシュワルゼの第二王子で、姫様の兄君です。いたって温厚なお方ですが、存在感がものすごく薄いお方でもあります。
 魔族であるヴェルデを警戒するのはまだ分かりますけど、アルフリード様を警戒する必要などないように思えますけどね。
 ……そういえば、私が魔王城から帰った時に顔を合わせて以来、アルフリード様のお姿を見ていないような……?
 なんとなくその理由に思い当たるふしはあるのですが、それは今は横に置いておくとしましょう。
 とにかく、私が告白しようとしていることが、精霊さんたちの口からグリード様に伝わっていないわけがないのです。
 けれど、レナス様が首を振りました。

「残念だけど、グリードには伝わってないみたいだよ。知らせてないって、アーリアの周りの精霊たちが言ってる」

 レナス様は何代か前の勇者の血を受け継いでいるせいか、精霊の姿は見えずとも、声は聞こえるそうです。

「え? 知らせてない?」

 キョトンとする私に、ルファーガ様がチェス盤から顔を上げて言いました。

「以前、あなたは精霊に対して、緘口令かんこうれいを敷いたでしょう?」

 エルフであるルファーガ様には、精霊の声も姿も見えるそうです。

「緘口令……」

 そんなことありましたっけ? と記憶をさぐってみれば、確かにアルバトロの王女ティアナ姫に啖呵たんかを切った時、愛の告白も同然の言葉を口走ってしまった私は、「グリード様には言っちゃダメですからね」って精霊さんたちに頼んだのでした。

「ま、まさかそれがずっと続いていたと……?」

 思いもよらぬことに、私は目を見張りました。あれはいつでしたっけ? 確か、舞踏会の直前のことでした。その舞踏会の最中に魔族の幹部が侵入して、私はさらわれて、助け出されて……とあまりに衝撃的な事件が連続して起きたので、すっかり忘れておりましたよ。

「あー、あのさ、その緘口令のこともあるんだけどさ……」

 レナス様があさっての方を向き、頬をぽりぽりときながら口を開きました。そのしぐさに、私は悪い予感を覚えずにはいられません。

「実は、精霊たちもこの状況を楽しんじゃっててさ。いつアーリアが告白するんだろうと、わくわくしながら見守ってるんだよね」
「ひぃぃぃぃ!」

 私は思わず奇声を上げておりました。ちょ、ギャラリーはベリンダだけじゃなかったんですか!? ますます告白しづらくなりましたよ!

「も、もう無理かも……」
「しっかりして、アーリア! 精霊がアーリアをストーカーしているのなんて、今に始まったことじゃないでしょう!?」

 とても素敵なことを思い出させてくれてありがとう、わが友よ……って笑えねぇ!
 つまり、衆人しゅうじん環視かんしの中で告白するようなものじゃないですか! 無理、絶対無理です!

「もういいです! 諦めますから!」
「チェックメイト」

 私の叫びに重なるように、ルファーガ様の静かな声が響きました。次に響いたのは、ルーファス様の残念そうな声です。

「あーあ、また負けた」
「けれど、今回は私も少しヒヤッとしましたよ」

 ルファーガ様はそう言ってにっこり笑うと、ソファから立ち上がり、部屋の真ん中に立つ私の方を向きました。

「さてと。それでアーリア、ここまでさんざんのろけておいて、諦めるわけですか?」
「の、のろける……?」

 笑顔のままそう問われて、私は面食らいました。誰がのろけたと言うのでしょうか?

「ええ、のろけですよ。ここにいる皆はちゃんと相手らしきものがいるから、生暖かく見守ってくれていますけどね。片思いの相手に告白するならまだしも、あなたの場合はすでに両思いで、相手が告白を受け入れてくれることが分かっているんです。つまり、あなたの悩みはのろけ以外の何物でもありません」
「う……」

 確かにそうです。私の隣に立つベリンダには婚約者がいます。姫様とリュファス様も婚約していますし、ミリー様とレナス様は恋人同士。ルーファス様はファラ様に夢中ですし、ファラ様も他の男性に興味はないようなので、この二人もお互いが相手と言えなくもありません。つまりルファーガ様以外は、皆曲がりなりにも相手がいるわけです。
 それとはまったく逆の立場……すなわち恋人がいない人の立場になって私の話を思い返してみると、「リア充爆発しろ! 勝手にやってろ!」とツッコミを入れたくなります。確かにのろけにしか聞こえません。
 そして他人ののろけ話ほど、聞いていて楽しくないものはありません。私だってベリンダののろけ話をさんざん聞かされて、辟易へきえきしていたわけですからね。皆様はちゃんと相手がいて、しかもお優しいので、こうして私の相談に乗ってくださっていますけど。

「す、すみません……」

 どうも私はいつの間にか、頭がお花畑状態になっていたようです。

「……とは言うものの、あなたの性格上、自分の気持ちを素直に伝えるのが難しいのは分かります」

 身を縮める私に、ルファーガ様はふっと笑いました。

「私は基本的に、恋愛ごとには不介入なんですけどね……あなたとグリードの仲が安定することは、世界の安定に繋がりますから」

 ルファーガ様はそう言うと、不意にミリー様に問いかけました。

「ミリー。グリードのこれからの予定はどうなってます?」
「もう少ししたら、親衛隊の連中に剣の稽古けいこをつけることになってるわ」

 ミリー様がチェストの上の置き時計を見ながら答えました。
 ちなみに今は、城の周辺や街の方に異変がないか巡回しているはずです。だからこそ、こうして皆でこっそり集まることができたわけです。
 ミリー様の言葉を聞いたファラ様が、微笑みながら立ち上がりました。

「では、稽古にはグリードの代わりに私が行こう」
「え?」

 思わぬ発言に、私は驚きました。けれど、どうやら驚いているのは私だけのようです。
 今度はレナス様が、にっこり笑って言いました。

「稽古の後は、確か東の結界の補強に立ち会う予定だったよね? そっちは僕が行こうか?」

 すると姫様の隣に座るリュファス様も、笑みを浮かべました。

「私も付き合おう」
「え? え?」

 私は目をパチパチさせて、皆様を見回します。

「では、そういうことで。……ルイーゼ姫」

 ルファーガ様は締めくくるような言葉を口にした後、姫様の方を見ました。姫様は心得たとばかりに笑って頷くと、私に向かって突然こう言ったのです。

「アーリア、今からあなたに休暇を与えます。あとのことはベリンダにやってもらうから、今日はもう仕事をしなくていいわ」
「はい、姫様! お任せください!」

 私の隣で、ベリンダが元気よく返事をしました。

「きゅ、休暇……?」

 私はというと、一人だけ事態についていけてません。一体何がどうなって……?
 戸惑う私に、ルファーガ様が近づいてきます。それも、とてもよい笑顔で!

「さぁ、これで舞台の準備は整いましたよ。これでいいですよね、アーリア?」
「へ?」

 ルファーガ様は私の前まで来ると、手にしている杖の先でトンッと床を突きながら、にっこりと笑いました。

「では、行ってらっしゃい」

 その直後、私の足元の床が突然光を発しました。ぎょっとして下を見た私の目に飛び込んできたのは……私をぐるりと取り囲むように、床に幾重いくえもの円と記号が光によって描かれていく光景でした。
 ――移動の魔法陣。
 つまり私は今から、空間を超えてどこかへ飛ばされるということです。
 でも、一体どこに……!?

「ルファーガ様、私をどこへ……!?」
「とにかく、後のことはご心配なく」

 私の問いをさえぎったルファーガ様の笑顔を最後に、私の視界は光で白く塗り潰されました。
 不思議とまぶしくはないのですが、私は思わず目をつぶります。
 直後、足元がぐらっと揺らぎました。……いいえ、揺らいだのは私ではなくて、きっと空間そのものです。
 ――飛ばされる……!
 私は目をぎゅっと瞑ったまま覚悟しました。一体どこへ飛ばされるのかという不安はありましたが、ルファーガ様が私を危険な目にわせるわけがないと確信してもいたのです。
 不意に床が消失しました。少なくとも、私にはそう感じられたのです。けれど、私の身体が下に落ちることはなく、ただ奇妙な浮遊感に包まれていきました――


 浮遊感がなくなり、地に足がついている感覚が急に戻ってきました。そして、さっきまでとは違った空気が自分を取り巻いていることを感じます。
 ……無事にどこかへ着いたようです。
 そっと目を開けた私の視界に、とても見覚えのあるものが入ってきました。
 ――花壇に規則正しく植えられたキャベツ。そう、キャベツです。
 単にレンガで囲まれているから花壇っぽく見えるだけで、植えられているのは花ではないのですから、畑とでも呼ぶべきシロモノかもしれません。けれど、私たち使用人は皆「花壇」と呼んでいるのです。

「もしかして、ここ……使用人棟の裏庭ですか?」

 私は辺りを見回しました。野菜やハーブだけでなく、ちゃんと花が植えられている花壇もあります。それは、あまりにも馴染なじみ深い光景でした。
 使用人たちの憩いの場であり、皆が自由に使っている裏庭。前にグリード様と一緒に訪れ、空中散策をしたあの場所です。

「なぁんだ……」

 私は安堵のため息をつきました。
 でもルファーガ様は、なぜ私をこんなところに……? そして私は、これからどうすればいいんでしょうか? 
 裏庭の一角にポツンと立ったまま考えていると、不意に、何の前触れもなく、グリード様が現れたのでした。

「アーリア!」
「ひゃあ!」

 私がビクンと飛び上がってしまったのも無理はないと思います。だって、いきなり目の前に人が出現したら驚きますよね?

「アーリア、一体何事です!?」
「へ?」

 グリード様は、いつになく慌てている様子でした。

「突然、貴女の気配が姫の部屋から消えたと思ったら、貴女につけていた精霊も引きがされました。一体何があったんです!?」
「え、ええっと……」

 精霊が引き剥がされた? そのことに驚きながらも、私はなんと説明すればよいものか分からず、視線をさまよわせました。
 ここにきて、ようやくルファーガ様の意図が分かったのですよ。要するに、グリード様と私を二人きりにして、告白の舞台を整えてくださったってことですよね? 精霊ギャラリーを引き剥がしたのも、そのためですよね?
 ありがたいといえば、ありがたいのですが……せめて、ちゃんと説明してから転送してくれればいいものを。

「ええっと、その、突然休暇をもらいまして……」

 私は考え考え言いました。本当のことを言うわけにはいかないので、ここに飛ばされた理由をひねり出さなければ……
 自分でもちょっと苦しいなと思いつつ、私はこう口にしました。

「姫様から、今日はもう仕事をしなくていいと言われたのです……でも突然だったので、やることがないと言ったら、ちょうど部屋に来ていたルファーガ様が、そ、その……」
「ルファーガが、貴女をここに飛ばしたと?」
「は、はい」
「……そうですか」

 そう言ったきり、グリード様はなぜか沈黙してしまいました。けれど、すぐに顔を上げ、苦笑めいたものを浮かべます。

「きっとそうすれば、俺がすぐさま貴女のところへ行くと分かっていたんでしょうね」
「た、多分」
「今、心話で『仕事は他の人間が代わりにやるから、二人でゆっくりするように』と言ってました。魔王城から帰って以来、ゆっくり話す機会もないようだからと」
「そ、そうですか……」

 どうやらさっきグリード様が無言になったのは、ルファーガ様から心話と呼ばれるメッセージを受け取っていたためだったようです。
 確かにシュワルゼに帰ってきてからというもの、二人でゆっくり過ごす時間はなかったように思います。
 シュワルゼに帰還した時、まだ城内には魔族との戦いの爪あとが色濃く残っておりました。グリード様とアズールが戦った中庭などは、未だにメチャクチャなままです。
 そんなわけで、私自身もグリード様たちも、復興のために休みなく働いてきました。今日だって姫様やルファーガ様がお膳立てしてくださらなければ、こうしてゆっくりできる時間など取れるはずもありません。

「アーリア」

 グリード様が微笑みながら、私に手を差し出しました。

「せっかく皆がくれた時間です。散歩に付き合っていただけますか?」

 当然、私にいなやはありませんでした。

「はい……」

 私はグリード様の手に自分の手を重ねながらも、ついこんなことを口にしてしまいます。

「特に予定もありませんからね。つ、付き合って差し上げます」

 ……告白より先に、うっかり出てしまうツンデレ発言の方をどうにかすべきかもしれませんね。


 グリード様と手を繋いで裏庭を歩きます。二人でこうしていると、空中散策をした夜のことが思い出されてなりません。
 あの時の私は、どうにか求婚を撤回させられないかと思っていたんですよね。けれど、今は自分の気持ちをどう伝えたらいいのかと悩んでいるのですから、人生何が起こるか分からないものです。

「ここは何も被害がなくて何よりでしたね」

 歩きながら、グリード様が呟きました。私はハッとグリード様を見上げ、その手をぎゅっと握ります。

「……はい。よかったです」

 魔獣が城のあちこちに出現して暴れたため、大きな被害が出ました。この裏庭は被害をまぬがれたようですが、城の正門から入ったすぐのところにある庭園なんて、踏み荒らされてそれは無残なものだったのです。犠牲者が一人も出なかったのが、奇跡だと思われるほどに。
 実際に魔獣が暴れるところは見ていませんが、シュワルゼに帰国してからその惨状を見た私は、とてもショックを受けました。だって、この城を襲った魔族の標的は私だったわけですから。
 グリード様の求婚をさっさと受けて、女神神殿にでも身を移しておけば、この城が狙われることはなかったんじゃないか……そう思ったりもしました。国王陛下や宰相様をはじめ、皆様そんなことは一言も口にせず、私の帰りを喜んでくださいましたけれど。
 きっとグリード様も、私と似た気持ちなんだと思います。口にはしないものの、今こうして休みなく働いているのは、多分自分が原因だと思っているから。だからこそ、ここは被害がなくて何よりだって言ったのでしょう。
 そうして二人で、黙ったまま歩きます。料理人たちが植えた野菜やハーブの花壇から、庭師たちが植えた花壇の方に向かって歩きながら、私はいつ言おう、どう言おう、とぐるぐる考えておりました。
 今までさんざん失敗してきたので、声をかけることすら怖くなっている自分がいます。でもベリンダも精霊さんたちもいない今がチャンスなのです。
 私はグリード様と繋いでいない方の手を握ってはゆるめる動作を、何度も繰り返します。そしてようやく覚悟を決めると、握ったこぶしを胸に当てて「よし」と顔を上げました。
 今だけはツッコミもツンデレも封印です。ただ、自分の素直な気持ちを伝えることだけを考えましょう。たとえその後、恥ずかしさのあまり床をゴロゴロ転がるハメになろうとも!

「グリード様、あのっ……!」

 私が声を上げたのと同時に、グリード様は足を止めました。そして私の方に向き直ると、笑みを浮かべてこう言ったのです。

「アーリア、貴女が好きです。この世界の何より誰より、貴女を大切に思っています」

 そのあまりのストレートな言葉に、私は一瞬絶句し、それからカァと顔に血が上ってくるのを感じました。
 私は素直じゃなくて、相手が異性、それも大切な人であればあるほど意固地になってしまいます。なのに、グリード様はそんな私に呆れることなく、いつでも素直に自分の気持ちを伝えてくださるのでした。……本当に、かないません。
 でも……意地っ張りな私には、ちょうど良いのかなとも思うのです。素直じゃない私とストレートなグリード様。ピッタリじゃないですか?
 だから、頬を赤く染めながら、小さな声で言いました。

「私も……私も、です」

 そう声に出したら、不意に胸のつかえが下りたような気がしました。今なら……きっと言えます。
 覚悟を決めた私は顔を上げ、グリード様の目をしっかり見て、その言葉を口にしました。

「私も、グリード様が好きです」


 ……それは、とても簡単な言葉でした。でも、そこに込められた気持ちは簡単でも単純でもなくて、伝えるということがどれだけ難しいかを実感させられます。
 けれど、その単純な、子供でも言えてしまう言葉に込めた私の気持ちが、多分グリード様には伝わったのでしょう。

「ありがとう、アーリア」

 彼は顔をほころばせ、本当に嬉しそうに笑ったのです。胸がキュンとなると同時に、私は申し訳ない気持ちになりました。

「い、今まで言葉にできなくて、ごめんなさい。好き、です。グリード様が、本当に、本当に、好きです」
「うん」

 グリード様は頷き、そっとかがんで私に顔を寄せます。

「アーリア……好きですよ」

 近づいてくる、とても綺麗な顔。「私も……」とささやいてから、私は目を閉じました。
 グリード様の吐息が、頬に、それから唇にかかり、そして――


 ……とりあえず、口をふさがれていたので私のツッコミとツンデレは出る幕がなかった、とだけ言っておきましょう。


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