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番外編
番外編-1
しおりを挟む告白大作戦
あるところに、誰もが振り向く美貌を持った勇者様がおりました。
魔王を倒すため旅をしていた勇者様たち一行は、とある国の美しい姫が魔王に攫われたことを知ります。そしてすぐに救出に向かい、見事魔王を討ち果たして姫を救い出したのです。
姫と共に凱旋した勇者様は、二人が恋に落ちているものと信じて疑わない人々の前で、求婚をしました。
「貴女を愛しています。どうか私の妻になってください」
……けれど、その言葉を告げた相手は姫ではなく、姫の侍女でした。
歴代の勇者の活躍を記す『勇者物語』の中では、おそらく侍女Aとでも呼ばれるであろうモブキャラだったのです。
* * *
その侍女Aことアーリア・ミルフォード――つまり私が、とても大事なことに気づいたのは、ある日の午後のことでした。
勇者グリード様たちの手で魔王城から救い出されてから、ひと月ほど経ったその日。私は仕事に復帰し、同僚の侍女Bことベリンダと共に侍女の控え室におりました。
私がお仕えするルイーゼ姫様は、勇者一行の魔法使いであるリュファス様に、近々嫁ぐことが決まっておられます。リュファス様はエリューシオンという大国の皇子でもあるのです。今、姫様は宰相様と共に、エリューシオンからやってきた使者と今後のことを話し合っている最中。なので、私たち侍女はこうして控え室でのんびり過ごさせていただいているのです。
お茶を淹れる私の横では、ベリンダが恋人に宛てた手紙をしたためておりました。
彼女は姫様がエリューシオンに輿入れする前に結婚退職することが決まっています。ですが、あいにく彼女の婚約者が、しばらくの間隣国アルバトロに出張することになってしまいまして。それでベリンダは、彼に毎日せっせと手紙を送っているのです。
「よし、書けた!」
ベリンダはそう言って、ペンを持ったまま顔を上げました。けれど、すぐに「あっ」という顔をしたかと思うと、再びペンを走らせます。
「『愛しています。あなたのベリンダより』。やっぱり愛の言葉で締めないとね!」
「ふーん」
私は空返事をしながら、カップにお茶を注ぐのに集中します。この最後の一滴が重要なんですよね。
「何よぅ、そのそっけない返事は」
ベリンダは手紙を封筒に入れつつ唇を尖らせました。
「アーリアだって、グリード様と恋人同士になったんだから、愛の言葉くらい伝え合うでしょう?」
黄金の一滴をカップに落とした私は、ポットをワゴンに置きながら笑って答えます。
「そりゃあ、もちろん……」
けれど次の瞬間、私は笑顔のまま固まってしまいました。
……あれ? 私、グリード様に「愛している」とか「好き」とか言ったこと、ありましたっけ?
全然記憶にありません。グリード様はよくそんな言葉を口にしておりますが、私はそっぽを向きながら「ありがとうございます」と言うくらいで、「私も」とすら言ったことがない気がします。いえ、気がするのではなくて、確実に言ってません。
私の様子を見ておおよそのことを察したのでしょう、ベリンダは口の端を引きつらせました。
「アーリア、もしかして……グリード様に気持ち伝えてない、とか……?」
「そ、そう……みたいです」
「ちょ……! だったら、二人はどうやって恋人同士になったの? 気持ちを伝え合わないで、恋人になれるわけがないでしょう?」
ベリンダの当然の疑問に、私はばつが悪そうに答えます。
「じ、実は……『恋人同士から始めましょう』と言っただけでして……」
――ついこの間まで、魔族の幹部たちによって魔王城に軟禁されていた私。もちろんグリード様に対する人質としてです。
軟禁されていたのは短い間ですが、幹部の一人である翠に侍女としてこき使われたり、逃げるために魔王城内を探索したりと、忙しい日々を過ごしました。
最終的には婚約腕輪に隠された力が解放され、魔王城の結界が崩壊。グリード様やお仲間の皆様がすぐに駆けつけてくださり、私は無事に助け出されたのです。
ただ、力が解放されたことで婚約腕輪が壊れてしまい、グリード様と私の関係は白紙に戻ってしまいました。ですが、廃墟となった魔王城の広間で彼に再び求婚されたのです。
それはまさしくあのシュワルゼ城の広間で求婚された場面の再現でした。あの時とは違ってグリード様を好きになっていた私は、もちろん即OK――はせず、「恋人から始めましょう」ということにしたわけですが……
ベリンダが額に手を当てました。
「つまり、アーリアが言ったのはそれだけってことなのね。……グリード様が気の毒すぎて泣けてきそう」
ベリンダの言葉に非難の色を見て取り、私は慌てて弁解しました。
「だ、だってあの時は皆様が傍にいて、とてもじゃないですけど、そんな雰囲気には……」
「魔王城から帰ってきた後、いくらでも言う機会はあったでしょ?」
「そ、そうですが……」
その通りなので、ぐうの音も出ません。帰還した直後は両親や兄も城にいましたし、何だかんだでバタバタしておりましたが、二人きりになる機会も何度かありました。ですから、その気になればいくらでも言えたはずなのです。
それでも私が口にしなかったのは、何となく自分の気持ちを伝えていた気になっていたから。それと、恥ずかしくてツンデレを発揮してしまい、グリード様の「好き」「愛している」という言葉にまともな返事ができなかったからです。でも……
私はベリンダをちらっと見ながら尋ねました。
「やっぱり、ちゃんと言葉にするべきですかね?」
ベリンダはふわふわしたピンクブロンドの髪を揺らしながら、真顔で頷きます。
「もちろん」
……やっぱり言わないとダメですか。
「でも、きっとグリード様は『恋人から始めましょう』という言葉から察してくださってる、はず……」
「あのグリード様が?」
「……そんなわけありませんよね、あのグリード様ですものね」
私はハハハと乾いた笑いを浮かべました。決して頭の回転は悪くないグリード様ですが、人の心の機微に疎いところがありまして。あの言葉から私の気持ちを汲み取ってくれるなんてことは期待できません。
少し考えれば、私が好きでもなんでもない相手と恋人付き合いするはずがないと、分かりそうなものですが……。そこはまぁ、グリード様ですからね。
「とにかく。アーリア、ちゃんと伝えないとダメよ?」
諭すように言われ、私はしぶしぶ頷きました。
「そ、そうですね。今更という感もありますが……」
「よし、さっそく今日にでも!」
……そう言って拳を上げたのは、私ではなく、なぜかベリンダでした。
ベリンダに煽られ、ちゃんと気持ちを伝えようと決心したものの、昼間は姫様のお世話という大事な仕事があります。
特に今は姫様の輿入れの準備で忙しく、また、グリード様たちも魔族の襲撃時に壊れた結界を修復するため、あちこちに駆り出されている状態なのです。午後のお茶の時間には、姫様の部屋に集まって休憩しながらおしゃべりしていますが、その時は他の皆様も一緒ですからね。
グリード様と二人きりで話ができるのは、仕事を終えた後に迎えに来ていただき、私の部屋まで送ってもらう間だけです。
も、もちろんグリード様は部屋には入りませんよ? 部屋の前まで送ってくださるだけです。そこはちゃんと躾け……いえいえ、教育しましたとも!
とにかく、グリード様に私の気持ちを伝えるなら、その時をおいて他にはないでしょう。
私はお茶の後片付けをしつつ、どう言おうかとアレコレ考えておりました。
夜の帳が下り、辺りがすっかり暗くなった頃。
私は姫様の寝支度を整えながら、今日も無事に一日を終えられたことを、女神様に感謝します。たったの二日間とはいえ、魔王城に囚われの身となって以来、平和が一番だと痛感しているのです。
本当に、平和は大事です。魔王城でのことを思い出すと、過去のグリード様のとっぴな言動ですら、平和な日常の一コマとして微笑ましく思えるほどですよ。
「もういいわ、二人とも。下がって休みなさい」
寝支度を終えた姫様は、私たちに言いました。
私の主であるルイーゼ様は、アルバトロに嫁いだ姉姫のマリアージュ様を除けば、この国一番の美女と誉れ高いお方です。オレンジがかった金髪に明るい緑の瞳と、非常に華やかでありながらも楚々とした容貌。更に性格も良くて、私の自慢の姫様なのです。
「はい。それではお言葉に甘えて失礼します。姫様、お休みなさいませ」
「お休みなさいませ、姫様」
私とベリンダは、姫様に向かって頭を下げました。
「ええ、また明日ね。アーリア、ベリンダ」
姫様は大きくて分厚い本を胸に抱えたまま、私たちに微笑みかけます。
それはエリューシオンの歴史を詳細に記した書物で、その国の王家に嫁ぐ身として学ばなければと、姫様が自主的に読み進めているものです。エリューシオン王室から教師が派遣されているので本を読まずとも良いのですが、姫様はもっと深く知りたいと仰り、睡眠時間を削って勉強しているのでした。
第一侍女の私としては姫様が寝つくまでお傍にいたいのですが、勤務時間外だからと言って、姫様がそれを許してくれません。仕方ないので後は夜勤の侍女に任せ、私とベリンダは部屋を後にしました。
「アーリア」
姫様の部屋を出たところで、声をかけられました。グリード様です。どうやら私の仕事が終わるのを待っていてくださったようです。
「迎えにきました」
グリード様はそう言って微笑みます。この笑みを毎日のように向けられているのに、未だ面はゆいのはなぜでしょうか。
「あ、ありがとうございます」
私は頬を少し染めつつ、目を伏せて答えました。思いを自覚する前は全然平気だったのに、今は何となく直視できないのですよね。
「アーリア、私は先に帰ってるから、どうぞ二人でゆっくりしてちょうだい」
隣にいたベリンダが、私の肩をポンと叩きながら言いました。そして私に向けて、しきりに片目をパチパチと瞑ってみせます。どうやらウィンクしているらしいのですが、あまりに下手すぎて、顔の半分が妙に歪んでいました。はっきり言って、とても変ですよ? ベリンダ。
まあでも、ベリンダの言いたいことは分かります。つまり、この機会にちゃんと自分の気持ちを言葉にして伝えろと言いたいのでしょう。
「ええ。分かったわ」
私はしっかりと頷きました。そうですよ。今告白しないで、いつすると言うのですか……!
「じゃあ、お先に。お休みなさい、二人とも」
「お休みなさい、ベリンダ」
ベリンダは最後にちらっと目配せしてから、廊下の奥に消えて行きました。それを見送る私の横に、グリード様がすっと並びます。その気配を感じて横を向いた私の手を取り、彼は優しく微笑みました。
「俺たちも行きましょう。ゆっくりと」
その少し冷たい手に握られて、顔にカァと熱が集まります。手を握られただけでこれですよ? 私、どうしてしまったんでしょうか。
私が無言で頷くと、グリード様はゆっくりと歩き出します。彼に手を引かれて、私も廊下を歩き始めました。
最初は冷たかった彼の手は、すぐに私の体温で温められ、どこが境目だか分からなくなっています。でもそれがいいのだと思う私がいて……。恐ろしいほどの乙女思考に、自分でもびっくりするやら呆れるやらですよ。恋って怖いです。
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恥ずかしいのをごまかすために、そんなことをつらつら考えていたら、グリード様が不意に口を開きました。
「姫の輿入れの支度は、着々と進んでいるようですね」
グリード様の目は、ある部屋に向いていました。そこは織部と呼ばれる城専属のお針子さんたちの作業場です。王家の方々の普段着や、城で働く人たちの制服などは、みな彼女たちが作っているんですよ。もちろん、今私が着ている侍女服もそうです。
「はい。織部の皆様が頑張ってくださっているおかげです。……もしかして、まだ作業なさってますか?」
作業場の前を通り過ぎながら、私はちらりとそちらに視線を向けました。扉は閉まっているので中の様子は分かりません。ですが、精霊の目を通して室内の様子を知ることができるグリード様が、こう仰っているのです。ということは、彼女たちはおそらく今も……
グリード様が頷きました。
「ええ。まだ何人も残って作業していますね」
「やっぱり」
いつもならとっくに作業を終えている時間なので、きっと姫様がエリューシオンに持っていくドレスや下着などを、急ピッチで仕上げているのでしょう。
「ありがたいことです。明日にでも姫様にお伝えして、美味しいお菓子か何かを差し入れさせていただこうと思います」
姫様ご自身は、あんな大事件が起きたばかりなので、輿入れの時期を延ばしたいと陛下に申し出られたのです。リュファス様とエリューシオンの使者の方はそれで良いと仰ったのですが、陛下や宰相様が反対されました。事件の記憶も生々しい今だからこそ、それを払拭するためのおめでたい行事が必要なのだと。
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ってなことを頭の中でぐるぐる考えていたら、ああああああ、なぜかもう私の部屋の前なんですけど!? 早いですよ! まだどう言おうか決めかねているのに!
部屋の扉の前で立ち止まると、グリード様は手をぎゅっと握りながら私を見下ろし、微笑みを浮かべました。
「ではアーリア、お休みなさい」
「え、お、お休みなさい」
つい反射的に言ってしまってから、私は壁にガンガンと頭を打ちつけたくなりました。
違いますよ、私! 「お休みなさい」じゃないでしょう!? 今言うべきことは何? 「好きです」でしょうが!
グリード様が私の手を放しました。そのまま帰ってしまいそうな彼に、私は慌てて声をかけます。
「あ、あのっ、グリード様!」
「はい?」
あああああ、な、なんでそこで首をこてんと傾げるんですかーー? そのしぐさ、可愛すぎるじゃないですか! 耳とか尻尾とかの幻覚が見えてしまって、萌え禿げそうですよ!
「アーリア?」
私が内心悶えていると、グリード様は首を傾げたままキョトンとしました。そりゃあ、呼び止めたくせに何も言わないのだから、不思議に思うのは当然ですよね。
私はごくんとつばを呑み込むと、例の言葉を紡ごうとしました。
「あの、私、その、グリード様のことが……す……」
「す?」
「す……す……」
後は「き」と言うだけです。なのにどういうわけか、そのたった一音が私の喉から出てきません。
「アーリア、どうしました?」
グリード様が、今度は怪訝そうに尋ねてきます。
「私、その、す……す……」
バカみたいに「す」という言葉を繰り返した挙句、とうとうグリード様の視線に耐えられなくなった私は、顔を赤く染めてこう口走ったのです。
「な、何でもありません!」
――ああああ、私のバカァァ!
またもや壁に頭を打ちつけたくなりましたが、もう口から出てしまったものは取り消せません。
「アーリア……?」
私を見下ろすグリード様の青緑の瞳に、心配そうな色が浮かびます。私はアハハとごまかすように笑って言いました。
「い、いえ、本当に何でもないのです。グリード様、送ってくださってありがとうございます」
……仕方ない。また後日、仕切り直すことにいたしましょう。
「そうですか」
グリード様は、私の言葉に素直に頷きます。
「ではアーリア、また明日」
「はい。お休みなさい、グリード様」
にこっと笑顔を見せて立ち去っていくグリード様。その後ろ姿を見送った私は、その場で大きなため息をつきました。その直後、いきなり向かいの部屋の扉がバーンと音を立てて開きます。
「アーリアの意気地なし!」
そう言いながら姿を現したのは、先に帰っていたベリンダでした。実は彼女の部屋は、私の向かいなのです。おそらく扉の向こうで、私たちの会話を聞いていたに違いありません。
「べ、ベリンダ、盗み聞きなんて感心しませんよ?」
その言葉をスルーし、ベリンダは腰に手を当てて私を叱咤しました。
「アーリアのバカ! 『好き』ってさらっと言えばいいだけなのに! もう、なんであそこまで言っておいて、引き下がっちゃうの?」
「だ、だって……」
どうしても恥ずかしくて、「き」が口から出なかったのですよ。本当に、自分でもびっくりです。その気になれば、いくらでも言えると思っていたのに。だって昔は思ったことをすぐ口にして、侍女長様から叱られてばかりいたのですから。
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「恥ずかしい気持ちは分からないでもないけど、アーリアとグリード様は恋人同士でしょう? 普通なら、愛の言葉を日常的に交わしているはずの関係なの。それが『好き』くらい言えなくてどうするの!?」
「う、うう」
その通りなので、反論できません。
ベリンダが声のトーンを落として私に問いかけます。
「ねぇアーリア、姫様は好きよね?」
「え、ええ。好きです」
私は突然の質問に、目をパチパチさせて答えました。
「私は? 同僚の皆は? グリード様のお仲間の方たちは?」
「もちろん好きです」
「だったら、グリード様は?」
その質問の意味を悟って、私はカァと頬を染め、小さな声で答えました。
「……す、好きです」
「そう、素直に言えばいいのよ」
ベリンダはうんうんと頷きます。
「アーリアがそう言えばグリード様は間違いなく喜ぶし、受け止めてくれるって分かってるんだから、その状況で言わないのは卑怯よ」
「ひ、卑怯……」
ガーンとショックを受けました。でも……言われてみればそうかもしれません。私はグリード様から何度も「好き」「愛してる」と言われているのに、自分は一度も言っていないわけですから。
「明日は恥ずかしがらずにちゃんと言うのよ?」
「……ええ」
私は口をきゅっと結んで、決然と頷きました。
明日は、明日こそは、必ずグリード様に告白を……!
――けれど次の日も、私は口にすることができなかったのです。
夜、部屋まで送ってくれたグリード様を、私は再び引き留めました。
「グ、グリード様、私はあなたのことが……そ、その……っ」
「アーリア?」
「あなたのことが……が、が、が」
……なんてことでしょう。昨日は「す」までは言えたのに、「き」どころか「す」すら言えなくなっているではありませんか!
「な、何でもありません……!」
そしてグリード様が廊下の奥に消えた後、またもやベリンダが向かいの部屋から飛び出してきます。
「アーリアの意気地なし!」
「……あ、明日こそは!」
――けれど、その次の日も、またその次の日も、私は告白することができなかったのです……あれぇ?
* * *
「アーリアも困ったものねぇ」
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