上 下
53 / 95
4巻

4-2

しおりを挟む

「いちいち、そういきり立つものではないよ、リュディ。いい加減な奴だが、実力があることは間違いない。奴が魔力でこの城を維持しているからこそ、我々は結界の維持と勇者への復讐ふくしゅうに力を注げるわけだし。それに、奴が気まぐれを起こすのはいつものことだろう」

 ノワールの手を取りソファに導きながら、アズールは言いました。
 腹立たしげに腰を下ろしたノワールは、ぶつぶつと呟きます。

「まったく、せないわ。なんで魔王様は、あんないい加減な男を重用ちょうようされていたのかしら。一位のくせに、幹部をまとめる役割も、ディエールに押し付けて……!」

 彼女の隣に腰を下ろしてから、アズールが言います。

「魔王様は、その気まぐれなところを面白がっておられたのさ。いかにも魔族的だとね」
「魔族的ですって? ふんっ」

 ノワールは鼻で笑いました。

「まぁ、奴にはあの女のおもりをさせておけばいい。我々の手間がはぶけるしな。それより、シュワルゼの城の方はどうなっている?」

 その言葉を聞いて、ノワールは気を取り直したらしく、真顔で答えます。

斥候せっこうからの情報によると、もう全滅させられたらしいわ。さすがと言うべきか……予想より早いわね」
「ならば、こちらの予定も早めればいいだけだ」

 アズールはそう言って、にやりと笑いました。

「バカだねぇ。気まぐれだからじゃなくて、負の連鎖れんさの外にいたからだよ。そんなことも分からないから、君たちはダメなのさ」

 鏡に向かって、ヴェルデはやれやれといった様子でつぶやきました。
 アズールとノワールは、今後の計画とやらについて話し合っているようでした。
 私にも関係がありそうなので、聞き逃すまいと一歩踏み出したとたん、ヴェルデが私を振り返りました。すると、鏡の中の光景はふっとき消えてしまったのです。……ちぇっ。
 ヴェルデは私に向かって、のんびりした口調で言いました。

「というわけで、君は今から僕の侍女ね」
「は、はぁ……」

 他に何が言えたでしょう。けれどヴェルデはそれが気に入らなかったようで、不満げに唇をとがらせました。

「何? その気のない返事は。何ならディエールたちのところに戻るかい? 僕は君の腕が一本なくなっても、別に構わないんだけど?」

 ひぃぃぃ! 
 私は焦って叫びました。

「い、いえ、侍女がいいです! 元々侍女ですから、侍女やります! むしろ、やらせてください~!」

 ――そうして私は、「魔王城の侍女」になったわけです。
 なんで自分をさらってきた相手につかえなければならないのか……と思いましたが、腕を切られるよりはるかにマシです。
 そんな私が最初に命じられた仕事が「お茶をれること」でした。
 どこから持ってきたのか分かりませんが、この部屋にはお茶を淹れる道具が一式そろっておりました。シュワルゼの城で使われているのとよく似たコンロ型の魔具や鉄瓶てつびん、そしてもちろん茶葉もあります。
 それらを棚から取り出した私は、ショックを受けました。
 なんと茶葉が、最高級と言われるミンダルク産のものだったのです!
 魔族のくせに……!
 大切だからもう一度言います。魔族のくせに!
 魔族は生きるのに食べ物や飲み物を必要としないので、それらを口にするのは完全に嗜好品しこうひんとしてだと聞いています。お茶は人間にとっても嗜好品なわけですが、何か納得いきません!
 魔族が飲むお茶など、せいぜい二級茶葉で十分だと思うのです。最高級品なんて、贅沢ぜいたくですよ! 
 そんなことを考えながら支度したくをしているもので、手つきがついつい乱雑になってしまいます。
 そもそもこのミンダルク産の茶葉が全然出回らなくなって更に価格が高騰こうとうしてしまったのは、魔族のせいなんですよ。
 ミンダルクという国とレイクサリダという国の間にある山では、昔から良質の茶葉が採れていました。
 でも魔王城がその山に建てられてからというもの、怖がって山に立ち入る人が少なくなり、茶葉が出回らなくなってしまったのです。
 グリード様のおかげで魔王城がなくなった後も、気味悪がって山に入る人間が少ないため、未だに価格は高騰こうとうしたまま。いつになったら、気軽に買えるような値段になるやら……
 ……などと思っていたら、いつの間にか目の前の鉄瓶てつびんから、シュンシュンというお湯の沸く音がしておりました。
 私は茶葉の値段のことはひとまず置いておき、ポットにお湯を注ぐ作業に集中することにしました。せっかくの最高級茶葉です。無駄にはしませんよ。
 コンロ型魔具の火を止めると、私は鉄瓶の取っ手に素早くタオルをかぶせて持ち上げ……
 その時、ソファに寝転がったヴェルデから能天気な声で催促さいそくされたのでした。

「ねぇ、アーリアまだぁ? 待ちくたびれたよ、僕」

 ――そして冒頭の場面に戻るのです。

「お待たせしました」

 ようやくれ終えたお茶を、私はヴェルデのもとへ運びました。
 手つきは多少乱雑であったものの、しかるべき手順を踏みましたので、美味おいしいお茶ができているはずです。

「お、待ってました!」

 ヴェルデは起き上がって、カップを持ち上げました。そして一口飲んで言います。

「うん、美味しい。以前宿屋で淹れてもらったものより何倍もいい」

 おっと、め言葉が出ました! もっとも、高いお茶ですから美味しくて当然ですけどね。
 それよりも、何やら気になることを言っていたような……?

「宿屋?」

 一瞬、魔族の宿屋かと思いましたが、そんなわけありませんよね! 人間の宿屋に決まっています!

「なんで魔族なのに宿屋に? というか、その赤い目は隠せないはずでは……」

 高位の魔族は人間の姿をしていますから、人間の中にまぎれ込むこともできなくはないと思います。
 でも多くの魔族がそれをしない理由が、魔族が人間を嫌っているということの他に、もう一つありました。
 それは、魔族特有の赤い目。その特徴を、彼らはどうしても隠せないらしいのです。
 なので宿屋なんかに行ったら、すぐに魔族だってバレるはず。それなのに、お茶を淹れてもらっただなんて……宿屋の人をおどしたのか、もしくは宿屋の人がとんでもなくツワモノだったのか……

「確かに、この目の色は変化させることも、隠すこともできないよ」

 ヴェルデはティーカップを持っていない方の手で、自分の目を指さして言いました。

「でも、相手に術をかけることはできる。僕の目が赤く見えないよう、宿屋の人間に術をかけたのさ。彼らには、きっと黒い目に見えていたと思うよ。魔法使いや魔力に敏感な人間がいない片田舎の町だったからこそできた、荒業あらわざだけどね」
「そんなことができるんですか……!」

 自分の目の色が変えられないのなら、相手からの見え方を変えてしまおうという発想ですね。

「でも、そんな手間をかけてまで、なぜ宿屋に行く必要が……? いや、そもそも魔族が人間の宿屋に泊まるなんて、ものすごく変じゃないですか?」

 つい、正直に言ってしまいました。
 けれどヴェルデは気を悪くした様子もなく、カラカラと笑って言います。

「そりゃあ、人間に興味があるからだよ。対象のことを知りたいなら、身近で観察するのが一番だろう? いやぁ、人間のふりをしてあちこち放浪ほうろうするの、楽しかったなぁ」
「そ、そうですか……」

 とっくに分かっていたことですが、ヴェルデってとても変わっています。少なくとも、私がイメージする魔族とはまったく違います。
 アズールとノワールからは気まぐれで自分勝手だと思われているようですけど、そんなところも含めて妙に人間的で……それに何より、一番違和感を覚えるのは。
 ――ヴェルデには、人間わたしに対する敵意がないのです。
 アズールやノワールからひしひしと感じられた人間への憎しみが、ヴェルデからはまったく感じられません。

「あの……人間が嫌いじゃないんですか?」

 恐る恐るたずねてみたら、あっさり答えが返ってきました。

「別に好きでも嫌いでもないよ? でも興味はあるし、人間のことをもっと知りたいと思っている。色々なところを回って、面白い発見がいくつもあったよ。そのうちきるかと思ったけど、なかなか興味が尽きないねぇ」

 そしてヴェルデは、何かを思い出したようにクスクス笑いだしました。
 うーん、よく分かりません。魔族って、人間を憎んでいるものだとばかり思っていたので。それに好きでも嫌いでもないのに興味があるって、微妙に矛盾むじゅんしている気が……
 でも私を侍女にした理由が何となく分かりました。きっとそれも、「人間に興味があるから」でしょう。アズールたちに協力したのも、私と話がしたかったからだって言ってましたし。
 何やら私に聞きたいことがあるとか……でも私が知っていることって一体何でしょう?
 全然思いつきませんが、その知りたいことを私から聞き出したら、ヴェルデは私に対する興味を失ってしまうかもしれません。そうなれば、こうして話すことなどできなくなるかも……
 彼と会話ができる今のうちに、できる限り情報収集しておかないと!

「えっと……いくつか聞いてもいいですか?」

 機嫌が良さそうにお茶を飲むヴェルデに向かって、私はそう切り出しました。
 するとヴェルデは、とても軽ーい口調で「いいよ~」と答えます。
 ……そんなに気軽に言っちゃっていいのでしょうか?

「ただし三つまでね」

 ですよね~!
 まぁ、無制限にほいほい答えてくれるとは私も思っておりませんでしたよ。でも三つとなると、慎重に決めないといけません。
 私は気を引き締めて、一番気になっていることからたずねました。

「シュワルゼの城は……城のみんなはどうなったのですか? 魔獣があちこちに出現したそうですが、あの後は……」

 まずは自分の安全を最優先すべきだと思い、今まであまり考えないようにしていたのですが、あれからみんなはどうなったのでしょうか。
 姫様は? 他の王族の方々は? 宰相様やファミール様は? 
 グリード様たちがいる以上、最悪の事態にはなっていないと思うのですが……
 うう、心配です。皆様の方は私を心配しているでしょうけど。

「ノワールが放った魔獣たちなら全滅したよ。勇者が一匹残らず消滅させたからね」
「ほ、本当ですか?」
「嘘を言ってどうすんのさ。もちろん本当のことだよ」

 ホッとした私ですが、続くヴェルデの言葉に仰天ぎょうてんすることになります。

「しかしあの勇者、さすがというか、もはや化け物の域じゃない? たった一人で、しかもほぼ一瞬にして、全ての魔獣を消し去ったんだってよ。もう笑っちゃうよね~。でも力を放出しすぎて、今頃動けなくなってるんじゃないかな」
「は? は? どういうことですか?」

 ――そしてヴェルデから詳細を聞きだした私は、焦燥しょうそうに駆られました。
 なんでも私がさらわれた直後、グリード様は城全体を攻撃範囲とする魔法を使ったのだそうです。それも人間には危害を加えず魔獣だけを殲滅せんめつする、複雑で強力な魔法を。
 そのおかげで魔獣は消え去ったようですが、広大な範囲に対して一度に魔力を放出すると、かなり身体に負担がかかるので、さすがのグリード様も無事では済まないかもしれないと……
 ちょ、ちょっとぉぉぉ!

「まぁ、あの勇者、魔力も何もかも人外じんがいっぽいから死にはしないと思うけどね」

 確かに城のあちこちに出現した魔獣を一匹ずつ地道に倒していたら、いくらグリード様たちが頑張っても、必ずどこかしらで被害は出ていたでしょう。
 だからグリード様は、一瞬で終わらせる方法を取った……それは理解できます。
 け・れ・ど!
 私はその場で地団駄じだんだを踏みたくなりました。
 ちょっと目を離すと、すぐコレだ! なんであの人は、自分の身体を大事にしてくれないのでしょう。自分自身に対して、あまりにも無頓着むとんちゃくすぎるんですよ!
 グリード様を心配する私や、お仲間の皆様の気持ちなんて、気にもしないのです。
 あああもう、これは帰ったら、絶対に教育的指導ですよ!
 ソファの脇に立ったままそんなことを考えている私に、ヴェルデがカップを差し出しながら言いました。

「何だか百面相ひゃくめんそうしているところ悪いけどさ、アーリア。お代わりちょうだい」
「あ、はい」

 からになったカップを見て、私は我に返りました。侍女のならしょうというやつでしょうか。
 再びお茶をれてヴェルデのもとに戻った時には、だいぶ落ち着きを取り戻しておりました。
 グリード様のことはかなり心配ですが、エルフのルファーガ様や神官のレナス様といった治癒ちゆじゅつを使える方々が近くにいますから、きっと大丈夫でしょう。
 とりあえず今は、自分にできることをしなければ。
 私はお代わりのお茶をヴェルデに手渡してから、二つ目の質問をしました。

「さっきアズールとノワールが、ここは魔王城だと言ってましたが……ここには魔王がいるんですか?」

 それを聞いて、ヴェルデは一瞬笑みを消しました。
 けれど、またすぐに笑みを浮かべ、目の前のテーブルにカップを置いて言います。

「いや、ここに魔王と呼ばれる存在はいない。……魔王様は、君の勇者に倒されてしまったからね」

 その言葉に、私はヒヤッとしました。
 けれど、ヴェルデは特に気を悪くした様子もなく言葉を続けます。

「ここには我々三人しかいないよ。ここを魔王城と呼ぶことを決めたのはディエールたちさ。元の城と同じ場所、同じ外観にすると主張したのもね」

 ということは、ここは元々魔王城が建っていた場所――つまりレイクサリダとミンダルクの国境の山の中なのでしょう。
 彼らはあるじである魔王が亡くなったその場所に、魔王なき魔王城を建てたということになります。しかも同じ外観で。
 ……亡き魔王に対する忠誠心からなのか、魔王をしのんでのことなのか。いずれにしろ、執念みたいなものを感じます。
 ヴェルデは思いっきり顔をしかめて言いました。

「陰気だし、未練たらしいよね! バカじゃないかと思うよ。魔王様はもういない。この世界のどこにも、魔力の欠片かけらすら残っていない。それなのに城だけ復活させるなんて。あいつらはこの城を、魔王様のとむらいの場にしたいんだってさ」

 それからヴェルデは、眉を上げて皮肉っぽく笑いました。

「でもそれってさ、まるで人間のようじゃないか。そう思わない?」
「そ、それは……」

 親しい人を亡くしたら弔いたい。殺されたのならかたきちたい。人間なら、誰しもそう思うことでしょう。気持ちは分かります。
 けれど、魔族は元々個人主義で群れることが少なく、親子や兄弟のきずなもほとんどないそうです。互いに仲間意識も薄く、魔王がいてようやくまとまる。そんな種族なのです。
 ですから当然、仲間の死をとむらうという概念もありません。彼らの死は人間の死とは違い、単なる消失なのです。
 それなのに、アズールたちは未だに亡き魔王に忠誠を誓ってその死をなげき、グリード様に復讐ふくしゅうしようとしている。そして魔王城を同じ場所に再建し、魔王の弔いの場にしようと考えている。
 そんな感情を抱く彼らは、まるで人間のようだ。ヴェルデはそう言いたいらしいです。

「人間を憎んでいるくせに、人間と同じようなことをしている。死んだ仲間を弔う魔族なんて、聞いたことがない。本当、バカだと思うよ」

 ヴェルデはそう言うと、再びカップを持ち上げて笑いました。

「もっとも、今僕らが存在していること自体が前代未聞ぜんだいみもんだけどね。魔王が消滅した後も生き残っている幹部など、僕らが初めてだよ」
「た、確かにそうですね」

 過去の勇者は例外なく、全ての幹部を倒してから、ラスボスである魔王と戦っております。なぜなら普通は幹部を全員倒さないと魔王城への道が開かれませんし、むしろ幹部の方から勇者を魔王に近づけまいと戦いをいどんできたからでした。
 けれど、今回初めてその常識がくつがえされたのです。グリード様は幹部を全員倒さず、いきなり魔王に挑んで倒してしまいました。
 ……だからこそ今、私がこんな状況に置かれているわけですけどね。

「せっかく生き残ったんだから、あとは好きに生きたらいいのに。あいつら、変に真面目でさぁ。自由に生きて行こうとしてた僕まで巻き込まれちゃったよ」

 やれやれとでも言いたげな口調でした。
 私には、どっちかというとアズールたちよりヴェルデの考えていることの方が、よく分からないんですけど……
 ヴェルデに人間的だと揶揄やゆされたアズールとノワールの言動は、まだ理解できます。でもヴェルデの言動は、私の理解の範囲を超えています。
 魔族なのに人間を憎んでいないどころか、あるじである魔王を倒したグリード様のことすら、どうでもよさそうですし……。一応アズールたちに力は貸したみたいですが、結局は好き勝手に行動してますし……
 何を考えているのか、さっぱり分かりません。まぁ、その気まぐれのおかげで、私は今のところ無事なわけですが。
 カップに口をつけてお茶をすすったヴェルデは、私を見て言います。

「それで、三つ目の質問は?」

 私はハッとして、しばし思案しました。
 本当に聞きたいのは、この城から脱出する方法です。でもどう考えても、さすがにそれは教えてくれそうにありません。
 他に知りたいことといえば、アズールたちは私をどうするつもりなのか、そしてグリード様に対して何を仕掛けようとしているのかということですが……
 それは、私の精神状態のためにも聞かない方がいいような気がします。絶対に、ろくなことじゃないに決まってますから!
 あとは……そう、これがありましたっけ。

「あの、私に術をかけたと言ってましたよね。それって、どういう術ですか?」

 実はちょっと気になっていたのですよね。ヴェルデは魔力への耐性たいせいがない私を保護しているとか言ってましたけど、本当にそれだけなのかって。知らず知らずのうちに精神を操作されていたりしたら、怖いですから……
 私の質問を聞いたヴェルデは、きょとんとしました。

「だから、君を魔力から保護しているだけだけど? 何か調子でも悪いの? まぁ耐性がなさすぎて、その保護の術にすら反応して具合が悪くなる可能性はあるけど……」
「あ、いえ、保護してもらってるだけならいいんです。ただ……こんな状況なのに、自分がやけに落ち着いているので、そのような術でもかけられているのかと……」

 そうなんですよねー。魔族の幹部にさらわれて、たった一人でこんなところにいるんです。普通ならパニックになったり、恐慌きょうこう状態になったりしそうなのに、妙に落ち着いてるんですよ。
 いや、怖いことは怖いんですが、それほどでもないというか……
 だからヴェルデがかけた術のせいかなと思ったのですが、ヴェルデに顔をしかめられてしまいました。

「僕の術のせいじゃないよ、それ。だいたい、なんで僕が君の精神状態までおもんぱかる必要があるわけ?」

 ですよね~! 言われてみれば、変わり者とはいえ魔族であるヴェルデが、私にそんな気遣いするはずがなかったですよ。

「単に、きもわってるだけじゃないの?」
「肝が据わってる……ですか?」

 どこかで聞いたフレーズです。
 ――はっ。もしや……あまり考えたくないですが、いわゆる「ミルフォード気質」ってやつでしょうか。
 父を筆頭として、我がミルフォード家が持つ特有の気質。面倒くさがりだったり趣味に異常に没頭ぼっとうしたりする反面、逆境に強く、危機にひんしても妙に肝が据わっているという……
 ……いえ、肝が据わっていること自体は良いのですが、やっぱり自分もあの父の子であったかと思うと、複雑な気持ちです。くぅ。

「そういえば、その術の話が出たからついでに言うけど……」

 ヴェルデはふと思いついたように言うと、私の左手首の婚約腕輪に意味ありげな視線を向けて、にやりと笑いました。

「その腕輪って、魔具だよね? 神聖魔法と勇者の魔力を感じるよ」

 私はハッとして、とっさに腕輪を右手でおおいました。

「君をシュワルゼの城から運ぶ途中で気づいたんだけど、何か仕掛けがありそうだね、それ」
「え、えっと……」

 私は狼狽うろたえて、一歩下がりました。
 この腕輪は私とグリード様をつなぐ大切なもの。今の私のよすがです。
 取られたり壊されたりしては絶対にダメだと、私の中の何かが強く訴えています!


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。