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2巻

2-3

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 よって、勇者様ご一行はグリード様の【天啓】を重要視するのです。
 そして、私の腕輪に関しても、その【天啓】があったのだそうです。
 あの「ビッターン」と、グリード様から離れると発動する「今どこお知らせシステム」&「防衛モード」とやらが必要になると、グリード様はそんな気がしたのだそうです。
 ですが、ツッコみたくて仕方ない私です。
 だって……あのー、それって適当に言ってるんじゃないですか?
 今どこシステム&防衛モードはともかく、どう考えても、あのビッターンに必要性があるとは思えないのですけど?
 私と追いかけっこしている時の楽しそうで嬉しそうなグリード様を見てしまったら、とても女神様の啓示とは思えませんよ?
 でもレナス様たちはグリード様のその【天啓】による予感とやらを信頼しているため、一度は難色を示したものの、結局はグリード様に言われるまま、腕輪に例の『死が二人を分かつまで』の『祝福』を授けたそうです。

「いや、君にはうらまれるとは思ったけど」
「恨みますよ!」
「だけど絶対必要だって言われたら、やるしかないでしょ? なにせグリードの【天啓】だもの」
「私の人権はどうしてくれるんですか!」
「……」
「ちょ、どうして何も答えないんですか! それに、どうして視線をらすんですか、レナス様!」

 ちなみに、防衛モードとは何のことか聞いてみましたが、その答えは――

「ゴメン、その辺はグリードの管轄かんかつなので分かりません」

 でした。
 ……風前のともしびだった神官様に対する畏敬いけいの念が、一気に消え失せた瞬間でもありました。


 ――でも本当はこの時、私も薄々気づいていたのです。だからこそ、普段なら訊くはずのことを訊かなかったのです。そして、レナス様もミリー様もそれを口にすることはありませんでした。
 どうして、そんな腕輪の仕掛けが必要になるのかを。
 なぜ、そうまでして私の守りを固めようとするのかを。
 そして、腕輪の防衛モードは「何に」対して備えられたものであるのかということを。



   7 勇者様のことを知りましょう


 おわりしたら異物混入。


 私は心の中でそう唱えながら、お茶を飲む皆様を見守っています。
 え? 誰のお茶に異物を入れるかですって? それはもちろん、言わずともお分かりでしょう? うふふふふ。

「アーリア、目がわっているわよ? 平常心に戻ってちょうだいね?」

 優雅な仕草でお茶を飲み干し、カップをソーサーに戻した姫様が言われました。
 さすがは我があるじです。私の様子に何やら不穏なものを感じたらしく、やんわりとたしなめられました。
 どうやら異物混入は無理のようですね……ちぇ。
 標的である神官のレナス様は、私のれたお茶を「うん、おいしい」と言って堪能し、だけど何か不穏な雰囲気を察したのか、おわりを要求することはなく、にこにこ笑顔でこう切り出されました。

「ところで、アーリアとグリードは、お互いを知りましょうということになったわけだけど……」

 ――お互いを知る。
 それは、私がグリード様に求婚された際、広間で言った『ザ・先送り』のための表向きの理由ですね。
 なぜ今そのことを蒸し返されるのでしょう?
 もしかして、私の狙いがバレバレなので、嫌味でも言うつもりでしょうか。そう考えてしまうのは被害妄想でしょうか。

「アーリアは、グリードのことをどの程度知っているんだい?」

 おっと、嫌味ではなかったようです。やはり被害妄想だったようですね。おそらく精神的に疲れているせいでしょう……いろいろなことが立て続けに起きましたからねぇ。思わず、遠い目になってしまいます。
 気をとり直して、質問にお答えせねばなりませんが――ここ数日、グリード様とはまともな接触というか、お互いを知るようなまともな会話を交わしたことがあったでしょうか……?
 答えは「否」です。これでは質問にお答えしようがないではないですか。
 仕方なしに私は、知っている範囲のことをお伝えしました。

「ええと、グリード様については、『勇者タイムズ』に載っていた情報ぐらいは存じております。年齢とか出身地とか……」

 グリード様の年齢は十九歳。ちなみに、ミリー様とレナス様とリュファス様も同い年だそうです。
 そしてグリード様の出身地は、エリューシオンの南方にあるラングレアという村。『勇者タイムズ』に載っていたことですし、ご自身が広間で名乗った時、「グリード・ラングレア」と仰っていたことからも分かります。
 ミリー様の名も「ミリー・ラングレア」です。これはミリー様とグリード様が実は夫婦だったとか、親戚だったとかいうわけではなく、同じ出身地だということです。
 おふたりは貴族ではないため、姓名を持っていません。
 姓を持っているのは、王族と貴族だけです。
 私は、曲がりなりにも貴族なので、ミルフォード姓を名乗っています。
 ミリー様やグリード様の場合は、狭い村社会の中でなら名前だけで問題なかったでしょうが、村の外に出ればそうはいきません。どこの村の○○、と識別できるようにしないと、同じ名を持つ者がいると不便です。
 外で名を名乗る時、大抵は、出身地の名称をつけて名乗るのが一般的です。だからグリード様の場合は「グリード・ラングレア」。つまり「ラングレア村のグリード」となります。
 レナス様の場合は、「レナス・レフィード」と名乗っているそうです。
 レフィードとは、光の女神レフェリアと闇の神アーティラードの名前からいただいたもので、神につかえる者、つまり神官を表わす言葉。神官職に就く者はみな、レフィードと名乗ると決まっております。
 ……おおっと、大脱線ですね。今は、勇者様について知っていることを話していたのでした。
 私は、グリード様のうるわしすぎる顔を思い浮かべました。
 グリード様について知っていること……他に何かありましたっけ?
 ああ、ありましたね。知らなければよかったことが!

「歩く天災、最終兵器でしたっけねぇ……」

 ため息混じりにそう言うと、レナス様はにっこり笑いました。

「おお、さすがはグリードの選んだ人。もうその事実を受け入れているんだね!」
「受け入れてなんていませんよ!」
「ところで、グリードについて知っているのはそれだけかい?」
「……って無視かい!」

 もはや漫才ですね、これは。でも本人たちはボケてるつもりも、ましてツッコミ役を演じているつもりもなく、至って真面目です。……少なくとも私の方は、ですけど。
 そんな私のツッコミをスルーして、レナス様は腕を組み、うなずきながら言いました。

「ふむ。やっぱりアーリアにはグリードのことをもっと知って欲しいな。グリードが持っている君についての情報量に比べると、差がありすぎる」

 あのー。今、何かツッコミ入れたくなるようなことを言いませんでしたか? 私についての情報量とか! 差がありすぎるとか何とか!

「君にはもっとよくグリードを理解して欲しいんだ。だけどあいつは、自分のことはなかなか語ろうとしないだろうから、僕とミリーが代わりに答える。何でも訊いてくれ」
「そうそう。私たちよりもグリードについて詳しいのなんて、精霊くらいなものよ? だから、じゃんじゃん訊いて!」

 私、グリード様を理解するなんて、永遠にできそうもありません……
 なのに、レナス様もミリー様も、さぁとばかりに私を見ます。何なんでしょうか、その期待するような目は。質問しないわけにはいかないじゃないですか!
 ですが、グリード様について知りたいこととか、質問など、特に思いつきません。
 え? スリーサイズ? そんなの私が知ってどうするんですか。知りたくないです、そんなものは!
 そういうことは、万が一血痕……おおっと、結婚です、結婚してしまった場合に知ればよろしいのです。洋服を仕立てる時くらいしか必要ないんですから。
 仕方ないので、私はお見合いの席で訊くような事柄を口にしてみました。

「ええと……グリード様の趣味は何でしょうか?」

 非常にオーソドックスな、定番の質問です。
 なのに――

「……え、趣味?」

 いきなり困った顔をする勇者様の幼馴染二人。お互いに顔を見合わせ、眉をひそめたりしています。……もしかして、知らない?

「えーと、趣味はなし?」

 ……その疑問符が付いた返答は、いったい何なんでしょうか……

「それじゃあ……グリード様の好きな食べ物は?」

 私は気を取り直して別のことを訊きました。
 けれど――

「……え? 好きな……食べ物?」

 またもや困った顔して見つめ合ってますよ!?

「き、嫌いな食べ物でもいいんですが……」

 と、つい付け足してみたのですが……

「……嫌いな食べ物……?」

 ああ、さらに困った顔です! そして困り顔のまま、言いました。

「ええっと、嫌いな食べ物はないよ。好きな食べ物も……なし?」

 ……だからどうして最後に疑問符が付くのでしょうか、レナス様?
 ツッコませてもらってよろしいでしょうか。
 知らないのかヨ! と。
 趣味なし、好きな食べ物も嫌いな食べ物もなしだなんて。普通は何かあるでしょう? なくても、何かひねり出せるでしょうが!
 例えば、勇者らしく、剣の腕を鍛えることを趣味にしているとか。嫌いで食べられない物がないのは結構ですが、好きな食べ物の方は過去にあれを美味しいと言ったとか、お代わりした食べ物とか、何かしらあるでしょうに!
 このように、いくらでも捻り出せるものなんですよ。かく言う私も、趣味はと訊かれて仕事でもある「お茶をれること」と答えた口です。
 それなのに、何もないなんて……それでも本当に幼馴染なのでしょうか。疑いたくなってきましたよ。さっきの「何でも聞いて」的な発言は、いったい何だったのでしょうか。
 思わずうろんな目を向ける私に、ミリー様とレナス様は慌てて言いました。

「仕方ないんだってば! だってグリードは、出されたものは全部食べるし、好きも嫌いもまったく言わないんだから!」
「そう、出されたから食べる、やる必要があるからやる、万事そんな調子で、自分から『これがやりたい』と言ったことはないんだよ!」
「そ、それは……」

 すべてに受け身で、自分を出さなかったということでしょうか。
 でも幼馴染にそこまで言われてしまうグリード様って、いったい何を楽しみに生きてきたんでしょうね? ふと、そんなことを思ってしまいました。


 多分これが、私がグリード様を勇者としてでも困った求婚者としてでもなく、考えるようになったきっかけだったと思います。
 ほんの小さな疑問、ほんの小さなきっかけが何かを変えてしまいました。
 ですが、この時には私、そんな自分の内面の変化に気づくこともなく、自分のしたグリード様についての質問がお二人の想定外だったことの方に気を取られていたのでした。
 たずねて当たり前のことが予想外だったわけですから、思わず「じゃあなんて訊ねればよかったのさ」と思ってしまったわけですね。

「ちなみに……私がどういう質問をすると想定していらしたのですか?」

 訊いてしまいました。ですが、その答えは、私の予想のはるか斜め上をいくものでした。
 レナス様がサラッと言ったのは――

「グリードの貯金額」
「……は?」

 私はポカーンとしてしまいました。姫様もポカーンです。貯金額を訊け、ですと?
 あまりに予想外のことを言われてしまいました! どこからどうツッコんだらいいやら、です。
 レナス様の言葉をミリー様が継いで仰います。

「いや、ほら、結婚する相手の収入って気になるじゃない? 財産とか生活力とか。お嬢様育ちのアーリアと違って、グリードは庶民だし。貧乏暮らしは嫌だろうから、何不自由なく暮らしていけるかどうか知りたがるかなと思って……」

 ……どうやらレベルが、質問のレベルが違いすぎていたようです。
 私はごく初歩的な、知り合ってすぐに知るべき事柄を質問したのですが、彼らは、結婚を前提とした込み入った質問を想定していたのです。
 というか、貯金額って。ぶっちゃけ過ぎですよ!
 いきなりそんな質問をするなんて――んなわけあるかい! 
 まったく、お二人は私をどういった目で見ているのでしょうか。……そのうちひざを突き合わせて話し合う必要があるかもしれませんね。 

「で、ちなみに、グリード様の貯金額はおいくらくらいなの?」 

 姫様が興味津々に訊いています。
 その質問に答えてレナス様が口にされた金額に、私と姫様は目をきました。


 ――どうやら、勇者様は大金持ちのようです。



   8 勇者様の生い立ち


 レナス様が口にした金額は、我がミルフォード家の年収の何十年分にも相当する額でした。
 依頼を受けて魔族を討伐とうばつし、報酬を得ているといっても、これは収入ありすぎなのではないでしょうか。
 とにかく、勇者様とはいえ一介の村人が持つにはあまりにも多い金額です。

「な、なぜそんなに……?」

 まさかとは思いますが、何かうしろ暗いことをやっているわけではないですよね……?
 そんな私の疑惑をよそに、

「だからグリードのところにお嫁に来ても、路頭に迷う心配はないからね、アーリア」

 親指を立て、片目をバッチンとつむって、「安心してね」と続けるレナス様。……サクッと殺意が湧きました。
 今まで一度たりとも、勇者様と結婚後のお財布を心配したことなんざありませんよ!
 それどころか、勇者様との結婚生活など思い浮かべたことすらないんですが!
 まったく、お二人の中で私はいったいどういう風に思われているのでしょうか。後で膝を突き合わせて……以下略。

「グリードだけじゃないの。実は私も小金持ちなのよねー」

 ミリー様が満面の笑みで言いました。


 ――ミリー様によると、人間を襲ったりさらったりする中級レベルの魔族の中には、人間の持っている物品を収集することを好む者も多いそうです。
 それは宝石であったり、貴重な魔具であったり、美術品であったり。好んで奪う物品の種類は人(魔?)により異なりますが、一様に言えるのは、彼らはやたらと目利きだということ。いずれも貴重な、価値のあるものばかり集めるのだそうです。
 で、勇者様たちは依頼を受けたりしてその魔族を倒すわけですが……

「お宝はもちろん頂くわよ? それも報酬の一部だもの」

 だそうです。つまり、魔族が人間から奪った貴重なお宝を、その魔族を倒してさらに横取り……いえいえいえ、回収するのだそうです。
 もちろん、本来の持ち主が分かるものはちゃんとお返しするらしいのですが。だけど、中には持ち主がおおっぴらに手を挙げられない物もあるそうなのです。
 恐らく盗品とか、横流しとかで、闇のルートに出回っていた物なのでしょう。
 勇者様たちが回収したお宝は、一旦神殿預かりになります。
 ですから、真っ当な持ち主は神殿に申請して取りに行けば、お宝を取り戻すことができます。が、うしろ暗いところのある人は、当然手を挙げる訳にはいきません。
 その結果、持ち主不明の貴重なお宝が、勇者様ご一行の手元に残るわけです。

「そういうお宝は、神殿が売って大陸通貨に換金し、勇者たちに渡すの。神殿側は手数料が入るし、私たちは現金が手に入るから、どっちにも損はない取引なのよ」
「……す、すばらしいギブ&テイクですね」

 勇者と女神神殿は古くから切っても切れない仲だと聞いておりますが、まさか金銭的な面でも結びついていたとは……驚きです。ついでに、神殿の神聖なイメージも台無しです。
 そりゃあ、神殿だってお金が必要ですよねー。司祭を養ったり派遣したり、各地に神殿を建てたり、それを維持するのにだってお金かかりますものねー。
 寄付だけではやっていけないでしょう。お金はあるに越したことない。
 でもそんな世知辛いお話は、できれば永遠に知りたくなかったです……。トホホ。
 私のなげきはさておき、話を元に戻しますと、勇者様たちはそうして得た現金を、すべて山分けにするのだそうです。
 ところが、ここで一つ問題が発生します。
 そう。ミリー様以外は、誰もお金を手にしたがらないという問題が。 
 レナス様は神官なので、必要最低限のお金しか受け取りません。
 リュファス様は皇子でお金に不自由していないので、これまた最低限しか受け取ろうとしません。
 ファラ様は、装備を整える以外にはまったくお金に執着しないため、受け取ったり受け取らなかったり。
 ルファーガ様に至っては、人間のお金を持っていても仕方ないということで、びた一文受け取ったことはありません。
 となると、つまり、お金が余るのです。 
 そしてグリード様はというと――こちらもお察しの通り、お金にはまったく興味なし。必要な金額のほかは「ミリーの好きにして下さい」と言って受け取らず、だそうです。
 まぁ、あの浮世離れした美貌びぼう守銭奴しゅせんどだったりしたら、何か終わってる気がしてしまいますけどね。「お金? 何それ、美味しいの?」とか言っている方が、グリード様には、はるかに似合ってますから!
 で、ほぼ全員そんな感じで、自分だってそんなにお金は必要としない庶民育ちのミリー様は、途方に暮れた結果――余ったお金をすべてグリード様の貯金として、冒険ギルドや神殿に預けるようになったそうです。

「だって、私の好きにしろって言ったもの」

 目がまったく笑ってない笑みを浮かべて、ミリー様が仰います。
 どうも自分以外のメンバーがあまりに無欲すぎるので、腹を立てているようです。
 きっと、山分け分をきっちり受け取っている自分が「欲まみれ」みたいに思えてしまうのでしょうね。
 正当な報酬を受け取ってるだけなのに、なんで罪悪感抱かなきゃならないの! というミリー様の心の声が聞こえるようです。
 そんなミリー様の八つ当たり的な措置そちのおかげで、膨らむ一方のグリード様の貯金。
 旅の途中、ふとしたきっかけで知り合った商人に「必ず返すから開店資金を少し貸してくれ!」と言われ、あげるつもりで貸したら、商売大当たりで倍になって返って来たりと、そんなこともあったそうです。
 グリード様がふと手にしたわらしべを物々交換していったら、最後は宝物にグレードアップしたとか、ツッコミどころ満載のエピソードもあったりして。
 グリード様の貯金は、右肩上がりに増えていっているそうです。

「グリードは、村の両親に送金するくらいしかお金使わないからさ」

 とレナス様がにこにこ笑顔で言います。

「まぁ、僕としては、彼らには受け取る資格はないと思うんだけどね」

 笑顔でさくっと毒を吐きました、レナス様。
 空耳かと思いきや、ミリー様までが、

「そうよね。彼らもよくもまぁ、平気な顔して受け取れるわよね。グリードも放っておけばいいのに、妙に律儀りちぎなんだから」

 などと笑顔で毒を吐きます。二人して笑顔で、その会話は恐いです!
 もしかして、グリード様のご両親は訳ありなのでしょうか。
 と私はふと思いました。だって、お二人の口調はグリード様のご両親に対して何やら含むところが多々あるようなのですもの。
 私がそう思ったことに気づいたのか、ミリー様が私を見て苦笑しました。

「気を悪くさせたらごめんね。だけど私たちに言わせると、あの二人は親の資格はないに等しいのよ」
「そう。最後の最後に、グリードにらぬ思い込みをさせたことにも、僕らはいきどおりを感じているんだ」

 レナス様はうなずき、真剣な眼差しで私に向き直りました。

「アーリアに話したかったのは、このことなんだ。グリードは絶対に自分からは言わないだろうから。だけど、アーリアにはぜひ知っておいてもらいたい」

 いつも笑顔のレナス様の、いつにない真剣な表情に気圧けおされて、私はうなずきました。


「事の起こりは――グリードが生まれて間もない頃、僕の父親であるライエル司祭が偶然、ラングレア村に立ち寄ったことにある」

 レナス様が静かに話し始めました。

「その当時、村には小神殿がなく司祭もいなかったから、そりゃあ歓迎されたらしい。そんな中、父さんはある夫婦の相談を受けた」
「それがグリード様のご両親ですか?」
「そうさ。彼らは生まれたばかりの息子がおかしいと訴えた。そこで彼らの家に出向いた父は、仰天したらしい。あらゆる種類の精霊たちが皆、赤ん坊、つまりグリードに関心を寄せていたそうだ」
「全精霊の加護……」
「【精霊の加護】を持つ人間は貴重だ。だから父さんは彼らに、心して育てるように言った。だが、精霊の姿も見えず、声も聞こえず、気配も感じられない両親にしてみたら、そんなことは恐怖以外の何ものでもない」
「それで、グリード様のご両親はどうされたんですか?」
「恐れておびえて、まともに育児しなかった」

 レナス様はそこで言葉を切って、私に寂しげな笑顔を見せました。

「彼らは良くも悪くも普通の村民だったのさ。だから、自分たちの子供に力があるということを、受け入れられなかった。その結果が育児放棄さ」
「じゃあ、グリード様はどうやって成長されたんですか? いくらグリード様でも、生まれたばかりの赤ん坊の頃から一人で生きていけるはずないのでは……」
「確かに食事は作っていた。だけど、抱き上げてあやしたり、食事を与えようとはしなかった。恐くて近寄れなかったんだそうだよ。そんな彼らに代わってグリードの世話をしたのは、誰だと思う? 精霊だよ。……だけど精霊は人間じゃない。そんな彼らに育てられたグリードが、まともに育つわけがない」


 面白くなさそうな笑いを浮かべるレナス様に、私はツッコむことなどできませんでした。
 続いて聞かされた話に、その内容にショックを受けていたからです――


「数年後、ふたたびラングレアに立ち寄った父さんが見たのは何だったと思う? 笑いも泣きもせず言葉も話さない、まるで人形のような子供さ」


 ――グリード様の過去は、私が思っていた以上にハードでした。


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