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1巻
1-1
しおりを挟むプロローグ
大国シュワルゼの美しいと評判の姫君が魔王に攫われた。
王はすぐさま兵隊を派遣して姫を救い出そうとしたが、魔族の圧倒的な力によって蹴散らされて失敗。
進退きわまった国王は、神託を受けた勇者に力を貸してもらうことにした。
城に集まった勇者一行に国王は言った。
「どうか、どうか、姫を救い出して欲しい。もちろん、褒美はそなたらの好きなものを与えると約束しよう」
「わかりました。命に代えても姫を救い出しましょう」
頷いた若者――勇者は、金髪に青緑の瞳をした驚くほどの美貌の持ち主だった。
彼だけではない。彼の仲間の魔法使い、エルフ、女戦士、神官、女盗賊の五人全員がハッと人目を引く容貌をしていた。
え? 顔? 顔で選ばれた?
この場に居合わせた宰相、大臣達、そして姫の侍女Aは思わず頭の中でツッコんでいた。
だが彼らは顔がいいだけではなかった。顔も良ければ実力もあるパーティだったらしい。
勇者一行は人々の(主に女性の)歓声を受けつつ出発し、姫君を救い出して凱旋したのだ。
しかも、魔王まで倒して。
「おお! よくぞ無事に姫を取り返してくれた!」
娘と感動の再会を果たした王は上機嫌で言った。
「嘘偽りは申さん。そなたらの望む褒美を与えよう!」
この時、広間に集った人々は期待していた。
三国一といわれるほど美人な姫君と、彼女を魔王の手から救い出した勇者。並んでいる姿はまるで絵画のように麗しく、誰もがお似合いだと感じたからだ。
きっと、お決まりの物語のように二人の間には恋が芽生えたに違いない。芽生えないわけがない。だから、勇者は褒美として姫を求めてくるだろう。
そして二人は結婚していつまでも幸せに暮らしました、となるに違いない。
王の言葉を聞いた勇者は、光の具合で青にも緑にも見える瞳をきらめかせ、真剣な眼差しを玉座に向けて言った。
「では、この国から花を一輪、私が持ち帰ることをお許しください」
キター! と、誰もが思った。
もちろん、ここで言う「花」は姫君のことだ。
「うむ。許す。許すぞ」
王は何度も頷いた。
「もちろんですとも」
王妃も顔をほころばせる。
「ありがとうございます」
柔らかな笑みを浮かべた勇者は優雅に一礼し、愛する女性の下へ向かった。
そして彼女の前で歩みを止めると、青緑の目に愛しさとやさしさを込めて言った。
「貴女を愛しています。どうか私の妻になって下さい」
――と。
――姫の侍女Aの手を取りながら。
1 勇者様の求婚
初めまして、こんにちは。
アーリアと申します。
侍女Aです。
子爵家の娘で、行儀見習いを兼ねてこのシュワルゼ国の第二王女ルイーゼ様の侍女を務めております。
つい先ごろ魔王に攫われた姫様が、勇者の手によって救い出されて無事に城に帰還しました。
大変喜ばしいことです。姫様の無事を願って毎日毎日神に祈りを捧げてきた甲斐がありました。
――ですが。
どうなっているんでしょうか、この状況は。
目の前にはキラキラと後光が差すくらいに麗しい容貌の男性。
その彼――勇者、グリード様がどういうわけか私の手を取って言ったのです。
「貴女を愛しています。どうか私の妻になって下さい」と。
周囲はビックリです。王様など、仰天のあまり玉座から立ち上がっているくらい。
だけど、一番ビックリしたのは私です。
貴方は姫様にプロポーズするんじゃなかったんですか!?
それなのになぜ私の前に立って、手なんか握っているのでしょうか……
――姫様。
そこで私はハッとしました。
そうです。この場面を見て姫様はどれほどショックを受けていることでしょう。勇者様が自分をスルーして、自分の侍女にどういうわけか求婚しているのですから。
私は手を取られたまま、グリード様の肩越しに姫様の方を窺いました。
するとどうでしょう。姫様はこちらなんて見てません。ひたすら、長い黒髪に茶色の瞳を持つこれまた美形な男性、勇者様一行の魔法使いとじっと見つめあっているではありませんか!
うっすらと頬を染めたそのお顔は、恋してる乙女そのものです。
ちょ、なぜ王道の勇者様ではなく魔法使いと恋に落ちてるんですかぁ!?
わけがわからなくなって、思わず周囲に視線を走らせた私は気付きました。広間にいる者達はこの事態に驚いているのに、勇者様一行の方々は誰も驚いていないことに。
それどころか、皆様こっちを見ていらして、
「頑張れよ、グリード」
「そうそう。ガンガンいっちゃえ!」
「結婚式はぜひとも僕に執らせてくださいね」
とか何とか煽っています。ちなみに発言は女戦士、女盗賊、神官の順です。
私は彼らのこの言葉を聞いて、勇者様が私を好きだというのは、パーティの間では既知の事実であることを悟りました。
どうやら突発的に、おかしくなっての行動ではないらしいです。
……困りました。
魔王の呪いか何かで、私なんぞに求婚しているという状況の方が何倍もマシです。
正気に戻れば、このプロポーズはなかったことにできるのですからね!
ですが、彼らの様子ではそれはなさそうです。勇者様は正気で、それも本気らしいです。
私は恐る恐るグリード様を見上げました。
「あ、あの正気ですか?」
わずかな希望を求めて聞かずにはいられませんでした。
「もちろんです。貴女を愛しいと思うこの気持ちに嘘偽りはありません」
……即答されましたが。
嘘偽りであって欲しかったです、勇者様。
けれど、どうやら勇者様の「花」は自分らしいです。
さっきはキラキラの後光に邪魔されて気付きませんでしたが、長い睫毛の下からのぞく青緑色の目は、蕩けそうな熱視線を私に送っています。
本気で困りました。
なぜなら私は、その他大勢の中の一人。
「モブキャラ」なのだから――
2 侍女Aの困惑
モブ。それは幾多の物語に必ず登場する雑魚キャラ。その他大勢。脇役ですらない、名もない存在。
巷に溢れる勇者物語の類の小説などでは通常、主役や準主役以外は名前は出てきません。その他大勢の雑魚キャラは、すべて職業で表されているのです。
大臣ABC、騎士ABC、兵士ABC、侍従ABC、などなど。
下手をすると「大勢の兵士達」とか「使用人達」、はたまた「広間に集った民衆」と、括られてしまう場合もあります。
もちろん、勇者物語には出てこなくても、実際には名前が存在しますけどね。雑魚キャラでも生きて生活していますから、名前がなくては困ります。
私もそんなモブキャラの一人に相当する人間でした。
この当代勇者物語において私に与えられた役割はさしずめ「姫様の侍女A」といった役どころでしょう。
姫様が魔王に攫われる場面を目撃して、
『姫さまぁぁぁ!』
と絶叫し、王様や大臣達に、
『姫様が、姫様が魔王にーー!!』
とパニックになりながら報告するのが役目。
実は何代か前の勇者物語でも、とある美姫が魔王に攫われたことがありまして、その際にも同じようなことをやってました――先代の侍女Aさんが。
そして私もそれに倣いました。いや、なりましたというべきでしょう。
ちなみに、魔王は人型ではありましたが、美形ではありませんでした。はっきり言ってがっかりです。
美形なのが定番ってもんでしょう? なんで中年の冴えないオッサンなの!?
と姫様を抱きかかえている自称「魔王」を見て、私が思ってしまったのは誰にもナイショです。
ついでに言うなら、普通魔王なら配下の者に命じて攫わせるだろうに、なぜ自ら単独で攫いに来たんだろうかと内心ツッコミを入れてしまったのもナイショです。
まぁ、それは置いておいて、私の勇者物語においての役割はそれでほぼ終了してしまいました。
あとはひたすら姫様の無事を神に祈りつつ、主人のいない部屋をいつ帰ってきてもいいように整えるだけの毎日。
モブですから、やれることは限られてるんです。でもそんなモブ生活に満足していました。
だって、主役や脇役である勇者様一行は、私が心を痛めつつもどこかのほほんと過ごしている間、姫様を救うべく魔王と戦う日々だったに違いありません。
考えただけでもゾッとします。私には戦うスキルなんてありません。いえ、くれると言われてもいりません。私はモブで十分なんです。
ええ、誰がなんと言っても、侍女Aでいいんです!
だから、勇者様に求婚されるのは非常に、非常に困るのです。
だって、平凡そのもので、勇者様の妻になるスキルもステータスも持ち合わせていないのですから!
私はグリード様に手を取られたまま、ダラダラと冷汗が出るのを感じました。
周囲の視線も驚愕から「あの女は誰だ?」という何やら険のある視線に変わってきたような気がします。
それはそうでしょう。美しい姫様に求愛するのかとばかり思っていた勇者様が選んだのが、冴えない侍女だったのですから。
「あ、あ、あ、あの、どうして私なのでしょうか……?」
ルイーゼ姫様は誰もが振り返るような美女。その美女と国に凱旋するまでしばらく一緒に旅をしていたのですから、好きになるのが当然の流れというもの。
なのに、この目の前の勇者様ときたら姫様には目もくれず、容姿も器量も普通の侍女に求婚しているのです。
誰もが思ったことでしょう。
なぜお前なのだと。
勇者様は淡い笑みを浮かべ、私を見下ろして言いました。
「この城に招かれた折、ルイーゼ姫を心配する貴女を見て一目で惹かれました。正直、魔王に関する情報が少なくて、あの段階では直接魔王とやり合うのは時期尚早だと思っていたんです。ですが、貴女の姫を救って欲しいという言葉に私は決心しました。貴女のために姫を救い出そうと」
姫を救って欲しいという言葉……
ええ。確かに言いました。言いましたとも!
城に到着してすぐの勇者様に、『お願いです! 姫様を、姫様をお救い下さい!』って、縋ったのでしたっけ。
勇者様は勇者様らしく、縋る私を抱きとめて微笑みながら「大丈夫です」「貴女の姫君は必ず助けます」と言ってくださいました。これが世界を救う勇者様の役割なのですから、特別なことではありません。
私が勇者様と直接言葉を交わした(と言えるのかどうかはともかく)のは、あれだけです。
勇者様が王様に謁見しにいらした時の広間には私もいましたけど、あの時の私に個人的な発言権はなかったのですから。
ということは、あの縋った時に見初められたということでしょうか?
でも、あれは侍女Aとしての役割のうちだったと思うのですが……
だってあれってお約束の台詞ですよね?
それなのにまさかあんなテンプレ発言で勇者様がやる気を出して、姫様を救いに行ってくれるとは。まして、恋愛フラグが一方的に立つとは。
――世の中何があるかわかったもんじゃありません。
「旅をしている間、ずっと思っていました。姫を救い出すことができたら、貴女を……」
グリード様がひと際甘く私を見つめてきます。
私の背後にいる侍女仲間、つまりモブ仲間がザワついて「勇者様、素敵」とか何とか言っているのが耳に入りました。
私の近くにいる彼女らは、この勇者様の魅了術である美形キラキラ光線のとりこになっているのでしょう。
でもツッコミ入れていいですか?
……ろくに話したこともないのに、いきなり求婚だなんて早くないですか?
ものすごく色々すっ飛ばしてないですか?
「ひ、姫は、姫はどうなるのだ?」
たまらず王様が玉座からよろよろと前に出て叫びました。どうやら我に返ったようです。
そして、勇者様に姫様を嫁がせる気満々だった王様はひどく憤慨されている様子です。
きっと勇者様が姫様の気持ちを弄んだように思ったのでしょうね。
でも、肝心の姫様の様子は見えていないようです。いまだに黒髪の魔法使いと頬を染めながら見つめ合っているというのに。
そして当の勇者様は王様の言葉を完全に無視しました。
私を熱心に見つめるだけで、聞こえているだろうに王様の方をちらりとも見ません。
「ルイーゼ姫? ルイーゼ姫には、リュファスがいるでしょう?」
代わりに答えたのが、エルフの青年、いえ、あの背格好は少年でしょうか、でした。
彼は持っていた杖でホラとばかりに見つめ合う魔法使いとルイーゼ姫様を指しました。魔法使いはリュファスという名前だそうです。
そこでようやく王様は姫様の様子に気付いたようです。
「ひ、姫、これは一体……?」
王様の言葉に、姫様達は一瞬だけ王様を見ました。
だけど、すぐに視線をお互いに戻してしまいました。不安そうな表情になるルイーゼ姫様に、魔法使いが安心させるようにやさしく微笑んでいます。
美形の微笑みは威力抜群です。
侍女仲間が私の背後で「キャー」と黄色い声を上げています。
貴女方は美形ならなんでもいいんですか……?
いえ、勇者様に手を取られて求婚されているという状況でなかったら、私もあの黄色い声をあげる集団に交じっていたかもしれません。なのでツッコミ無用です。
魔法使いはもう一度姫様に微笑むと、その手を取って玉座に向き直りました。
勇者様に負けず劣らずの美形な魔法使いです。姫様と並ぶと、それはそれは絵になります。
周りの人達もそう思ったらしく、「ほぅ」と感嘆のため息がさざ波のように広がりました。
そんな中、魔法使いが言った言葉に、広間は騒然とすることになります。
「私はエリューシオン公国の皇子、リュファス・リクリード・エリューシオンです。シュワルゼ国王陛下、ならびに王妃陛下にお願い申し上げます。どうか、私とルイーゼ姫の結婚をお許しください」
私の手を取ったままの勇者様の背後で、ベタな展開が繰り広げられたのでした――
3 関係のないところで王道展開
魔法使いリュファス様の言葉が広間に朗々と響き渡りました。
その直後、彼の言っていることの意味を理解した人々がざわめき始めました。
なんとリュファス様はエリューシオン公国の皇子だというのです!
それが本当なら、なんておいしい……ではなくて、素晴らしい話なのでしょう。
私は主の僥倖がうれしくなってルイーゼ姫様に目をやりました。が、そこでビックリです。いえ、ビックリなのは私だけではありません。当の姫様までもが目を見開き、リュファス様に驚愕の視線を注いでいるではありませんか。
ちょ、もしかして姫様も今の今まで知らなかったのですか?
だけどそれなら先ほどの不安そうな姫様の表情も頷けます。
きっと姫様はリュファス様をただの魔法使いだと思っていたので、王様たちが自分たちの結婚をよく思わないのではないかと不安だったに違いありません。
神託を受けた勇者様ならともかく、一介の魔法使いに嫁ぐのを王様は良しとしなかったでしょうから。
「エリューシオン公国の皇子、だと?」
王様は信じられない、といった表情でリュファス様と、彼に手を引かれている姫様を見ました。
エリューシオンは同じ大陸にあり、わがシュワルゼより大きな、とても力のある大国です。少し遠い場所にあるため、国交はそれほどありません。
そういえば、私の目の前にいるグリード様も、そこの出身だという話をどこかで聞いたことがあるような気がします。
「エリューシオン公国の皇子がなぜ、勇者の一行に魔法使いとして参加しているのだ?」
王様が誰もが疑問に思っていることを尋ねます。
「そういえば、聞いたことがあります。かの国の第二皇子であるリュファス皇子は魔術に長けた人物であると」
そう発言したのは、外務大臣でした。長年外交官をしていて、外国の事情に通じている人物です。
その彼が言うのなら、目の前にいる魔法使いがリュファス皇子であってもおかしくないのかもしれません。
「説明しましょう」
そう言ったのは、当のリュファス様でした。
「私とグリードは幼友達なのです。ですから魔族が台頭してきて、グリードが勇者として女神の神託を受けたと聞いた時、私にも何か彼を手伝えることがないかと思ったのです。幸い私には魔力があったので、魔法使いとして彼の一行に加わることができました」
リュファス様はそこまで言うと、向き直って愛しそうに姫様を見下ろしました。
「皇子であることを黙っていてすみませんでした、姫。ですが、勇者パーティの一員である私は皇子ではなく、あくまで魔法使いリュファスという立場のつもりでいました。それに……これは私のわがままですが貴女に大国の皇子ではなく、リュファスとして愛して欲しかったのです。皇子としての自分ではなく、ただの男としての私を……」
「リュファス様……」
ルイーゼ姫様の大きな目にたちまち涙が浮かび、真珠のようなその雫がぽろりと零れました。
ですが、私にはわかります。あれは悲しんでいるわけではないのです。
その証拠に、姫様はその顔に笑みを浮かべようとしているではありませんか。
「わたくしが好きなのはリュファス様その人ですわ。皇子でも魔法使いでもどっちでもかまいません。そんなのは些細なことです。ここにいるただの男の貴方を、わたくしは愛しているのですから」
「姫……!」
リュファス様は感極まったようにつぶやくと、姫様をぎゅうと抱きしめました。
そのリュファス様の背中に、おずおずと姫様の手がまわり、リュファス様のローブをきゅっと握り締める様が実に初々しいです。
私はその光景をグリード様に依然として手を取られたまま、グリード様の肩越しに目撃しておりました。
すごいです。主役であるハズの勇者様の背後で、その主役の座を脅かすようなベタで王道な恋物語が展開されているのですから。
そう。要約するとこんな感じで――
『とある国に大いなる魔力を持った皇子がいました。
ある日、皇子の大切な幼友達が勇者の宣託を受けたということを聞きます。
彼は幼友達のために皇子としての自分を捨てて、魔法使いとして勇者の一行に加わりました。
そして、出会ったのが魔王に攫われていた美貌の姫君。
勇者一行は姫君を救うために魔王と死闘を繰り広げ、ようやくのことで姫を救い出すのです。
その過酷な旅の中で、魔法使いと姫君は恋に落ちました。
皇子という身分を明かさずとも、惹かれあう二人。
やがて一行は姫の国に凱旋して、魔法使いは姫の父親である王様に姫を請います。
その時になってようやく魔法使いは身分を明かすのです。自分は皇子だと――』
おおお、なんたる王道展開なのでしょう!
一気に場の主役が代わりました! というか、もうこのどさくさのうちにグリード様が私に言ったことは忘れてもらえないでしょうか!
だって、侍女Aに求婚する勇者様より、ずっとずっと見栄えがするんじゃないですか?
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