4番目の許婚候補

富樫 聖夜

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番外編・小話集

閑話 秘すれば花、秘せねば花なるべからず 3

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 昔から美人だからって声を掛けられることが多かった。そしてそれが嫌でたまらなかった。
 ちやほやされるのを楽しめればまた違ってかもしれないけど、自分はそういう性格ではなくて。
 容姿以外で認められたいとずっと思っていた。
 だけど付き合いを求めてくる男は美人を連れ歩くのがステータスだと思っている男が多くて。
 そうでない男は反対に気後れするのか友達止まりのまま。
 それでも自分の容姿だけではなく、丸ごとの自分を認めてもらいたくて、声を掛けてきた男の中でこの人ならって思う人と付き合ってはみるけど、結局は容姿だけを見ているのが分かって別れるを繰り返した。
 
 男なんて、結局は容姿ばっかり。
 少しでも見目のいい女に目移りして、その女の服を脱がすことばかり考えていて、内面には見向きもしない生き物なんだ。

 会社に入ったばかりの頃、貴美子はそう思っていた。

 もちろん、男はだれもがそうだと思っていたわけではない。
 男性の友人の中には、恋人以外には見向きもしない人間だっていた。貴美子が傍でうろちょろしても心を動かされなかったのがその証拠だ。ほんの一握りのそういう男性にとっては、貴美子はさばさばした性格の気の置けない友人にすぎないのだ。
 ただ――そいういうまともな男性には恋愛面では美人故に縁がなかった。
 声を掛けてくるのは、美人だからという男だけだ。

 美人。
 その当時の貴美子が嫌いな単語だった。

 そしてその美人という単語を連発して貴美子の神経を逆なでする男が入社した会社にいた。
 ――今現在目の前にいる男だ。

 男は貴美子の教育係だった。
 今の部署に配属になった当時、一番傍にいた人物だ。
「おや、こんな美人の教育係だなんて、俺はラッキーだな」
 初っ端にそう言った男。
 腹が立った。だからかなり反抗的な部下だったろう、今から考えると。
 だけど男はたいして気にもせずにやにや笑って、
「おい、せっかくの美人が台無しになるからその仏頂面はよせ」
 などと仏頂面にさせている原因がぬけぬけと言った。
 
 この男も自分の容姿だけしか見ていない。
 ―――ムカついた。
 ―――男なんて、って思った。

 だから部署に配属になって三日もしないうちに爆発した。
 
「美人美人って…っ、男なんて、結局は容姿しか見てないんじゃないんですね!」
 
 資料室で、二人きりで書類を確認している時のことだった。
 いきなり爆発した貴美子に、雅史はキョトンとすると――あろうことか笑い出したのだ。

「そりゃ、男として言わせてもらうけど、どうしたって最初に目に入ってくるのは容姿だろうさ」
「……!」
 
 並みの神経の男ならここで否定する。
 容姿だけじゃないと言うだろう。
 だけど、この男はそんな普通の神経すら持ち合わせていなかったらしい。
 ……ただでさえ沸騰していた頭の温度が更に上昇したような気がした。

「これだから、男なんて……!」
 そう口の中でつぶやいた時だ。

「だけどよ、それは女も同じじゃないか? 女が最初に男に見るものは中身か? そうじゃないよな?」
 と、どこか諭すような、それでいて揶揄するような響きのある言葉に、怒りの矛先が逸れた。
 思わずじっと雅史の顔を見つめた貴美子に、彼は小さく笑った。
「仁科を――彰人を見ろよ。あいつは行く先々で女にキャーキャー言われているが、その女の全員があいつの中身が好きで纏わりついていると言えるか? 違うだろう?」
 
 当時、雅史も現係長である仁科彰人も、まだ入社三年目の平社員だった。
 だが、頭角を現していた彼らは、どこにいっても注目も的だった――特に女性社員の。
 
「大部分はあの容姿に惹かれているだけだ。つまり、見た目で判断するのは男だけじゃないってことだよな。……それに、容姿容姿っていうが、第一印象は大切だぞ? お前だって面接の時に普段着で来て『中身で判断して下さい』なんて言わないだろうが」
「……それは社会人として、仕事する上で良い印象を与えるのは当然のことだからで……」
「男女間だって同じことだ。良い印象を与えるのは人間関係において円滑な出だしの第一歩。そしてそれ以上発展させられるかどうか――つまり中身を見てもらえるかどうかは、それこそ本人の努力なんじゃないか?」
 そこで急に雅史はにやりと笑った。
「察するところによると、お前は寄ってくる男が自分を見るのは外見ばかりで、中身を見てくれてないって思ってるんだろう。だから男なんて容姿ばかりだなんて言ってるわけだ」
 
 貴美子は顔に熱が集まるのを感じた。
 その指摘はまさに真実を突いていたからだ。

「だけどな、それは言い換えると、お前が容姿だけしか相手に認めさせられなかったってことだ」

 ――――ハッとした。

「付き合うっていうのは顔を見合わせているだけか? セックスするだけか? そうじゃないだろう? 話をして、相手の好みを、考えを知ることでもあるんだ。最初は容姿だけかもしれない。だけど、それ以上に発展させるのは中身が重要なんだよ。それに至らないのは結局、相手に容姿以上のことを認めさせられなかった、そしてお前も相手の中身を認められなかったってことさ」

 ――頭を殴られたようなショックを受けた。

 歴代の恋人たちに容姿だけしか――連れ歩くのにちょうど良い相手だからと思われつづけたのは、自分が原因?
 中身を認めさせることができなかったから……?

 そんなことはない、と思いたかった。 
 だけど、頭の片隅ではそれが正しいことも分かっていた。
 
 自分は中身を認めてもらおうと努力をしただろうか。
 どうせこの人は私の中身は見ないで容姿だけ見ている人だって思ってなかっただろうか。
 最初から疑って、決め付けて、容姿を褒められるささいな言葉を気にして。
 容姿だけなんでしょ?って思ってその通りに振舞わなかっただろうか。
 
 ああ、相手の中身を認めなかったのは自分も同じだ――――。
 
 歴代の彼氏だってみんな容姿だけ見ていたわけじゃない。
 貴美子の事を一生懸命理解してくれようとした人だっていたと思う。
 だけどそれ以上踏み込ませなかったのは、まぎれなく自分。
 中身を見て欲しいと言いつつ、最初から心を閉ざして中身を見せようとしなかった。
 
 これじゃ中身を認めてもらえるわけない。

「容姿なんてきっかけに過ぎないんだよ。いちいち過剰に反応するのはやめろ。大切なのはその先だろ」
 雅史は不意に手を延ばして貴美子の額を指で小突いた。
「……痛っ」
 何するの、と睨む貴美子にニヤリと笑う。
「差し当たってお前のやることは、俺に顔だけじゃないってことを認めさせることだ。仕事上でな」
「……!」
「でも容姿のことで仏頂面し続ける限り、認められることなんてないと思え」

 ――――嫌いだ、この男。

 そう思った。
 だからこそ見返してやりたかった。

「わかりました。絶対あなたに認めさせてやりますから!」

 目を好戦的に煌かせて、貴美子は宣戦布告した。


 ――――それから三年。
 この男との腐れ縁は続いている。


 **



「俺がどうしても避けたい事態は二つある」

 水割りを片手に雅史は唐突に言った。
 イタリアンレストランを出て、近くのショットバーに入ってすぐのことだ。

 食事後すぐにでも話をするはずだったのだが、あいにくと彼らは貴美子が雅史の腹を殴ったこともあって周囲から注目を浴びてしまっていた。
 修羅場後の彼らの話に耳をすませている野次馬が多く、あの場で話を聞くのを断念せざるを得なかったのだ。

 二人は早々にレストランを出て、近くのバーに行くことにした。
 飲む時間帯としてはまだ早いせいか、幸いあまり客はいない。
 カウンターで飲み物を受け取ると、店の奥の、周りにあまり人が居ない席に向かった。
 そして、席に着くなり彼が言ったのがその言葉だ。
 
 脈絡も説明らしきものもなく唐突に話し出した雅史に、貴美子は軽く目を見張ったものの、大人しく聞くことにした。
 この男は時々こういう話し方をするのだ。
 さすがに三年もこの男の下にいればそんなことには慣れてくる。

「前に係長――彰人が親に結婚しろと圧力かけられている話はしたな? それに関連することだ。というかそれが全ての原因だな」
 視線を手に持っているグラスにじっと注いで雅史は語りだした。

「懸念することは二つ。一つは彰人が親の圧力に負けて好きでもない女と結婚すること。……まぁ、これは幸い上条の出現でほぼ無くなったがな。……二つ目は、結婚話を拒否するために家族と縁を切ってしまうこと。持って生まれたものも、責任も、全て放り出してしまう。……これが一番避けたいことなんだ。あいつにはその気も実力もあるのに、親の決めた相手との結婚を拒否するためだけに全てを投げ出して欲しくないんだ」
 そう言う雅史の眼差しは真剣で、いつものあのふざけたニヤニヤ笑いなどどこにも見当たらなかった。
「一番良いのは、婚約話そのものがなくなること。そのために彰人にあのお祖母さんにも認めさせるくらい心を傾けた恋人が出てくれるといいと思った。それはお前も知ってるだろう? とりあえずこの場合その相手が彰人に惚れてようが、まだそこまで至ってないだろうがどっちでもいい。彰人の相手を好きだという感情があればいいんだ。それが重要なのであって、上条の気持は問題ではなかった。だからあいつがようやく気持を認めたときはそれでほぼ解決だろうと思ったんだ。……だけど、上条が三条家の血を引く孫娘だと分かった瞬間に、それは崩れた」

「何でよ?」
 と貴美子は思わず口を挟んでいた。
「上条ちゃんが三条家の親戚で何がマズイの?」
 言いながら、もしかして、と思う。
 係長はおそらくかなり良いところの坊ちゃまだろう。
 だったら普通は三条家との縁が出来れば喜ぶハズだけど……それがマズイというなら。
 もしかして、係長の実家は三条家のライバルかもしくは敵対している一族なのかもしれない……。
 それならマズイという訳も分かる。

 だが雅史は首を横に振った。
「何も。何も不味くはない、そしてそれだから問題なんだ。彰人の実家にとっても三条家にとっても、そして彰人自身にとっても一番いい方向に持っていけるんだ」
 そこで雅史はグラスを見つめたまま大きくため息を付いた。
「そしてだからこそ、上条にとっては大問題なのさ」
「……どういうこと?」
 雅史は再び大きく息を吐くと、グラスから視線を上げて貴美子を真っ直ぐ見た。

「彰人の許婚の名前は―――三条舞。三条会長の孫。社長の娘で、あの三条課長の妹で―――そして上条の従姉妹だよ」

「――――え?」

 貴美子は唖然とした。
 一瞬、耳が信じられなかったほどだ。
 
 係長の許婚が―――三条家の娘? 上条ちゃんの従姉妹?
 つまり、彼女にとっては係長は自分の従姉妹の婚約者――――?

「信じられない……」
 と同時に、係長に同情の念が湧いた。
 それが本当なら、このままだと彼女に振り向いてもらえる可能性は低いと思ったからだ。
 なぜなら自分の従姉妹の婚約者とそういう関係になれる娘ではないから。
 絶対に係長の想いに応えることはないだろう。
 ……それ以前に、気付いてもいないけど。
 

 ――――だけど、事態は貴美子の予想の斜め上をいっていた。
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