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あたしと座布団
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物騒な宣言されて、あたしはそのまま寝室に連れこまれるんじゃないかと危機感を覚えた。
が、さすがに朝だからか、それともこれから学校があるからなのか、明良は意外にもあっさりとあたしから手を離した。
……いや、あっさりでもないか。
人の腰からお尻までひと撫でしてから横を通り過ぎて二階に上がっていったもの!
お前はどこぞのセクハラ親父か!
だけど「うひゃ!」と奇声を上げているうちにセクハラ犯は階段を登っていってしまったので、結局は文句を言えずじまい。
再び降りてくるのを待つのも馬鹿らしいので、口の中で鬼畜だのケダモノだのエロガキだのセクハラだの悪口を言いながら、あたしは朝ごはんを食べるためにリビングの扉を開けた。
が、台所に立つお母さんの姿を見たとたん、すっかり忘れ去っていたことを思い出してあたしの足がギクリと止まった。
そんなあたしの気配に気付いたお母さんは流しの前でくるっとこっちを振り返った。
「おはよう。葵ちゃん。今日の朝ごはんはパンよ。自分でトースターで焼いてね」
「う、うん」
あたしはぎこちなく頷く。
そしておそるおそる視線を合わせたけど、そこにいるのはいつもの陽気なお母さんで、特に何か気付いた風でもなかった。
あたしがホッとして力を抜くと同時に、そんなあたしの様子を特に気に留めた様子もなく流しの方に振り返って再び洗い物を再開するお母さん。
これは夕べのことには気付いてないとみていいよね?
いくらなんでも能天気なお母さんでも、娘と息子(義理)がアレな関係になったと知ってのほほんとしていられるとは思えない。
戸惑ったり、思わしげになったりするだろう、普通は。
だって、義理だったとはいえ、姉弟として育ててきたんだよ?
あたしの記憶がすっぽり抜けていたって、両親が本当に息子のように思って育てていなかったら、いくらなんでも途中でおかしいと気付いていたハズだ。……多分。
だけど、二人ともちっとも明良がもらわれっ子だなんて態度は出さなかった。
だから、顔の作りがあまりに違っていても、あたしは明良が本当の弟じゃないだなんて全然考えもしなかったのだ。
それは両親が本当の姉弟して育てようとしてきたからだろう。
そんな二人にあたしたちが……その……一線を越えちゃっただなんて知られたくない。
できれば永遠に。
やっぱり、明良を説得して諦めてもらわなければ。
二人を悲しませちゃだめだとその辺りから攻めれば、孝行息子の明良なら納得してくれるだろう。
そして、夕べの記憶を封印して姉弟に戻るんだ!
あたしは密かに決意すると、のろのろとテーブルに移動した。
そしてパンを一枚取り出すと、テーブルの上のトースターに放りこんでスイッチオン。
明良のせいであまり食欲はないけど一枚くらいなら食べられるだろう。
そこまで考えて、まだ学校を休むことをお母さんに伝えてないことを思い出した。
あたしはごくりと息を飲んで、口を開いた。
「お、お母さん、あたし今日は具合悪いから、大学休むね」
言葉がつかえたのは、どうして具合悪いとか、どこが悪いのか聞かれると身構えたためだ。
だけど、あたしが一大決心して言ったにもかかわらず、振り返りもしないでお母さんは、
「分ったわ。お母さん、午後からパートに行くから、留守番頼むわね」
などと明るく言う。
身構えていたあたしはホッとして力を抜いた。
そのお母さんの言葉も態度も、昨日ことに気付いてるようには見えなかったからだ。
うん。きっとお父さんもお母さんも夕べは熟睡していたんだ。
だから二階で繰り広げられているギシギシアンアンな音には気付かなかったに違いない。
あたしはそう思うことにした。
――名誉の為に言っておくけど、あたしだって声を抑えようとしていたんですよ?
信じられないくらい甘い甲高い声が自分の口から洩れるのに驚いて、そして階下に響くことを恐れて、自分の口を手で塞いでいたのだ。
だけど!
『声、聞かせて? 姉さんが俺の腕の中で啼くの、聞きたいんだ……』
とか何とかほざく明良があたしの手を外させ、ベッドに縫い付けて、人が感じるところばっかり責めてくるんですよ!
本当になんなの、あのしつこさは!
おねーちゃん、おかげで喘ぎっぱなし、啼きっぱなしですよ!
喉カラカラになったよ!
それで途中、口移しで水を飲まされたりしたよ!
『もっと欲しい?』
『……う、ん……欲し、い……』
『いいよ。もっとあげる。姉さんが欲しいだけ』
『……明良……欲しいよぅ……』
とか何とか意味深な会話も交わしましたとも!
ちなみに、上の会話は水のことだから!
水が欲しいって言ってるだけだから! そこのトコよろしく!
そんなこんなで明良のいいようにされ、途中から朦朧として声を抑えることなど思考の彼方で。
ずいぶん声を出したな、という自覚はある。
だけど、幸いにも聞こえなかったらしい。
ああ、よかった!
不幸中の幸いだ!
ホッとしたあたしは、マグカップにカップスープの素とお湯を入れてかきませながら、椅子に着席しようとした。
が、ダイニングテーブルのあたしの席に鎮座しているものが目に入ったとたん、椅子を引いたままの姿勢であたしは硬直した。
あたしの座る椅子の座面に鎮座していたもの――――それはドーナツ型のクッション。
青いワッフル生地に包まれたソレには、見覚えがあった。
半年ほど前に、近所のインテリアショップのセールでお母さんが買ってきたブツだ。
ちなみに、我が家には痔の人間はいない。
お母さんがあたしを妊娠中に軽く痔になったくらいで、今は完治しているハズだ。
だけど、いつか再発するかもしれないし?などと言って、使いもしないそれを買ってきたのだ。安かったからという理由で。
もちろん使う人もいなくて、結局和室の押入れの中に買ってきたまま放置されていた。
それが、どうして今あたしの椅子に置かれているんだろうか……?
あたしはダラダラと固まったまま冷や汗を流した。
これは、何?
どうして、よりによって今朝、こんな所におかれているんだろうか。
あたし痔じゃないよ?
そりゃ、それに近い場所が今現在痛みを訴えてますけどネ☆
あたしは青いドーナツ型クッションを凝視した。
幻であって欲しかったけど、何度瞬きしてもそこに鎮座している。
――うん。
確かにこれなら座った時に調節すれば、痛む箇所が圧迫されるのを防いでくれるかもしれないですね。
いたわりすら感じられる……ほんの少しだけだけど。(大部分は困惑だ)
問題は――誰が何のためにここにこれを置いたのか、だ!
明良?
……それでも、どうしてそのことにお母さんは何も言わないの? 突っ込まないの?
誰か答えてプリーズ!
あたしはギクシャクと片手に持っていたマグカップをテーブルの上に置いた。
手に持っていたそれを落さなかったのは、ある意味奇跡だった。
だけどこれからも無事で持っていられるか自信はない。
これの――ドーナツ型クッションが置かれている意味を考えると。
背中と顔にイヤンな汗が流れた。
これは尋ねるべきなのだろうか。真相を明らかにするべきなのだろうか。
……こんなに嫌な予感がするのに?
だけど聞きたくても聞けない。
だって――
『葵ちゃん、初めてだったから辛いでしょう? せめて直接当たらないようにそのクッション置いておいてあげたわね。これ買っておいてよかったわね、役に立ったでしょう?』
なあんて言われたら、あたしは羞恥心で死ねる!
いますぐ死ねる!
それにお母さんだった場合――つまり、夕べのことがモロバレしてるってことじゃないか!
お母さんだけじゃなく、間違いなくお父さんにまで!
いやぁぁぁ!
知りたくない! そんな事実!
もう、こなったらアレだ。
聞かなかった、見なかったことにしよう。
うん。そうだ。
なかったことにするんだ。あたしの精神衛生の為に!
あたしは事なかれ主義を大いに発揮すると、ギクシャクした身体を動かしてドーナツ型クッションの上にそっと腰を降ろした。
ハハハ。痛いことには変わりありませんネ☆
あたしが椅子に座るのを待っていたかのように、トースターがチンと鳴って焼き上がりを伝えた。
あたしは手を延ばしてこんがり焼けたパンを取り出したものの、多少なりともあった食欲はすっかり無くなっていた。
が、さすがに朝だからか、それともこれから学校があるからなのか、明良は意外にもあっさりとあたしから手を離した。
……いや、あっさりでもないか。
人の腰からお尻までひと撫でしてから横を通り過ぎて二階に上がっていったもの!
お前はどこぞのセクハラ親父か!
だけど「うひゃ!」と奇声を上げているうちにセクハラ犯は階段を登っていってしまったので、結局は文句を言えずじまい。
再び降りてくるのを待つのも馬鹿らしいので、口の中で鬼畜だのケダモノだのエロガキだのセクハラだの悪口を言いながら、あたしは朝ごはんを食べるためにリビングの扉を開けた。
が、台所に立つお母さんの姿を見たとたん、すっかり忘れ去っていたことを思い出してあたしの足がギクリと止まった。
そんなあたしの気配に気付いたお母さんは流しの前でくるっとこっちを振り返った。
「おはよう。葵ちゃん。今日の朝ごはんはパンよ。自分でトースターで焼いてね」
「う、うん」
あたしはぎこちなく頷く。
そしておそるおそる視線を合わせたけど、そこにいるのはいつもの陽気なお母さんで、特に何か気付いた風でもなかった。
あたしがホッとして力を抜くと同時に、そんなあたしの様子を特に気に留めた様子もなく流しの方に振り返って再び洗い物を再開するお母さん。
これは夕べのことには気付いてないとみていいよね?
いくらなんでも能天気なお母さんでも、娘と息子(義理)がアレな関係になったと知ってのほほんとしていられるとは思えない。
戸惑ったり、思わしげになったりするだろう、普通は。
だって、義理だったとはいえ、姉弟として育ててきたんだよ?
あたしの記憶がすっぽり抜けていたって、両親が本当に息子のように思って育てていなかったら、いくらなんでも途中でおかしいと気付いていたハズだ。……多分。
だけど、二人ともちっとも明良がもらわれっ子だなんて態度は出さなかった。
だから、顔の作りがあまりに違っていても、あたしは明良が本当の弟じゃないだなんて全然考えもしなかったのだ。
それは両親が本当の姉弟して育てようとしてきたからだろう。
そんな二人にあたしたちが……その……一線を越えちゃっただなんて知られたくない。
できれば永遠に。
やっぱり、明良を説得して諦めてもらわなければ。
二人を悲しませちゃだめだとその辺りから攻めれば、孝行息子の明良なら納得してくれるだろう。
そして、夕べの記憶を封印して姉弟に戻るんだ!
あたしは密かに決意すると、のろのろとテーブルに移動した。
そしてパンを一枚取り出すと、テーブルの上のトースターに放りこんでスイッチオン。
明良のせいであまり食欲はないけど一枚くらいなら食べられるだろう。
そこまで考えて、まだ学校を休むことをお母さんに伝えてないことを思い出した。
あたしはごくりと息を飲んで、口を開いた。
「お、お母さん、あたし今日は具合悪いから、大学休むね」
言葉がつかえたのは、どうして具合悪いとか、どこが悪いのか聞かれると身構えたためだ。
だけど、あたしが一大決心して言ったにもかかわらず、振り返りもしないでお母さんは、
「分ったわ。お母さん、午後からパートに行くから、留守番頼むわね」
などと明るく言う。
身構えていたあたしはホッとして力を抜いた。
そのお母さんの言葉も態度も、昨日ことに気付いてるようには見えなかったからだ。
うん。きっとお父さんもお母さんも夕べは熟睡していたんだ。
だから二階で繰り広げられているギシギシアンアンな音には気付かなかったに違いない。
あたしはそう思うことにした。
――名誉の為に言っておくけど、あたしだって声を抑えようとしていたんですよ?
信じられないくらい甘い甲高い声が自分の口から洩れるのに驚いて、そして階下に響くことを恐れて、自分の口を手で塞いでいたのだ。
だけど!
『声、聞かせて? 姉さんが俺の腕の中で啼くの、聞きたいんだ……』
とか何とかほざく明良があたしの手を外させ、ベッドに縫い付けて、人が感じるところばっかり責めてくるんですよ!
本当になんなの、あのしつこさは!
おねーちゃん、おかげで喘ぎっぱなし、啼きっぱなしですよ!
喉カラカラになったよ!
それで途中、口移しで水を飲まされたりしたよ!
『もっと欲しい?』
『……う、ん……欲し、い……』
『いいよ。もっとあげる。姉さんが欲しいだけ』
『……明良……欲しいよぅ……』
とか何とか意味深な会話も交わしましたとも!
ちなみに、上の会話は水のことだから!
水が欲しいって言ってるだけだから! そこのトコよろしく!
そんなこんなで明良のいいようにされ、途中から朦朧として声を抑えることなど思考の彼方で。
ずいぶん声を出したな、という自覚はある。
だけど、幸いにも聞こえなかったらしい。
ああ、よかった!
不幸中の幸いだ!
ホッとしたあたしは、マグカップにカップスープの素とお湯を入れてかきませながら、椅子に着席しようとした。
が、ダイニングテーブルのあたしの席に鎮座しているものが目に入ったとたん、椅子を引いたままの姿勢であたしは硬直した。
あたしの座る椅子の座面に鎮座していたもの――――それはドーナツ型のクッション。
青いワッフル生地に包まれたソレには、見覚えがあった。
半年ほど前に、近所のインテリアショップのセールでお母さんが買ってきたブツだ。
ちなみに、我が家には痔の人間はいない。
お母さんがあたしを妊娠中に軽く痔になったくらいで、今は完治しているハズだ。
だけど、いつか再発するかもしれないし?などと言って、使いもしないそれを買ってきたのだ。安かったからという理由で。
もちろん使う人もいなくて、結局和室の押入れの中に買ってきたまま放置されていた。
それが、どうして今あたしの椅子に置かれているんだろうか……?
あたしはダラダラと固まったまま冷や汗を流した。
これは、何?
どうして、よりによって今朝、こんな所におかれているんだろうか。
あたし痔じゃないよ?
そりゃ、それに近い場所が今現在痛みを訴えてますけどネ☆
あたしは青いドーナツ型クッションを凝視した。
幻であって欲しかったけど、何度瞬きしてもそこに鎮座している。
――うん。
確かにこれなら座った時に調節すれば、痛む箇所が圧迫されるのを防いでくれるかもしれないですね。
いたわりすら感じられる……ほんの少しだけだけど。(大部分は困惑だ)
問題は――誰が何のためにここにこれを置いたのか、だ!
明良?
……それでも、どうしてそのことにお母さんは何も言わないの? 突っ込まないの?
誰か答えてプリーズ!
あたしはギクシャクと片手に持っていたマグカップをテーブルの上に置いた。
手に持っていたそれを落さなかったのは、ある意味奇跡だった。
だけどこれからも無事で持っていられるか自信はない。
これの――ドーナツ型クッションが置かれている意味を考えると。
背中と顔にイヤンな汗が流れた。
これは尋ねるべきなのだろうか。真相を明らかにするべきなのだろうか。
……こんなに嫌な予感がするのに?
だけど聞きたくても聞けない。
だって――
『葵ちゃん、初めてだったから辛いでしょう? せめて直接当たらないようにそのクッション置いておいてあげたわね。これ買っておいてよかったわね、役に立ったでしょう?』
なあんて言われたら、あたしは羞恥心で死ねる!
いますぐ死ねる!
それにお母さんだった場合――つまり、夕べのことがモロバレしてるってことじゃないか!
お母さんだけじゃなく、間違いなくお父さんにまで!
いやぁぁぁ!
知りたくない! そんな事実!
もう、こなったらアレだ。
聞かなかった、見なかったことにしよう。
うん。そうだ。
なかったことにするんだ。あたしの精神衛生の為に!
あたしは事なかれ主義を大いに発揮すると、ギクシャクした身体を動かしてドーナツ型クッションの上にそっと腰を降ろした。
ハハハ。痛いことには変わりありませんネ☆
あたしが椅子に座るのを待っていたかのように、トースターがチンと鳴って焼き上がりを伝えた。
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