弟とあたしの攻防戦

富樫 聖夜

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爽やかな朝のはずが……

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 いつまでも無常を噛み締めていても仕方ないので、あたしは朝ごはんを食べるために起き出した。
 だけどパジャマから洋服に着替えて―――身体中に散ったキスマークは見ないことにして――部屋を出れる姿になったときにはすでに疲労困憊状態でベッドに戻りたくなっていた。

 お腹痛ーい。
 そして股の間の鈍痛と違和感がものすごい。
 何かまだ挟まってる感じするぞ。
 背筋を伸ばすのも億劫だし、これ外出できないんじゃ……。
 
 あたしは頭の中で今日予定している授業を思い浮かべた。
 幸い、出席を取るような授業はない。
 同じ単位を取っている友達から後でノートを見せてもらえば事足りるだろう。

 もういいや、今日は休んでしまえ。

 あたしはそう決めると、部屋を出て一階に向かった――と言葉にするとものすごく簡単だけど、この体調で階段を降りるのってすごい大変だ。
 いつもは使わない手すりのお世話になるしかない。
 しがみつきながら一段一段ゆっくり降りていく。

 かつてこんなに階段が長いと感じたことがあっただろうか。
 トントントンと簡単に降りていた昨日までのあたしを返せ!

 そんな年寄り状態のあたしがあと数段で一階に着くという時だった。
 いきなりリビングの扉が開いて、あたしをこんな体調にした張本人――明良が廊下に出てきたのは。

 あたしと明良の目が合った。
 
 ……えーと、夕べ自分のバージン奪った男相手に、どういう反応を示せばいいのでしょうか。誰か教えてプリーズ。
 
 引きつった笑いを浮かべる?
 怒った顔して睨む?
 何もなかった顔して挨拶する?

 頭の中でぐるんぐるんと考えたけど、結局あたしがそのどの反応も示すことはなかった。
 なぜなら、明良が一気にあたしとの距離を縮めて階段下まで来ると、腰と腕を引っつかんで自分の方にぐいっと抱き寄せたからだ。
 数段分を一気に引き摺り下ろされて、あたしの身体は明良の身体にぶつかった。
 びくともしないであたしの身体を受け止める明良。

 それには感謝するけど、そもそも何するんだと言いたい。
 階段にいる人間を引きずり落すことはしてはいけませんよ!

 あたしは文句を言おうと思って顔を上げた。
 が、言葉にはならなかった。
 目の前に爽やかな笑顔があったからだ。
「おはよう、姉さん」
 
 なんたる爽やかさ。
 清清しい秋の朝に相応しい笑顔だ。
 いつもの私だったら、ここで『明良ったら今日も朝からイケメンだわね~。その顔だけでお腹一杯だよ。さすがチート君』などと思っていたはずだ。
 だけど今日は違う。
 相手は昨日あたしを誕生日プレゼントと称して食った男だ。

「おはよう、じゃないわい! この体調の悪さどうしてくれるの!」
 私は今度こそ文句を言った。
 だけど、それに対して明良の返答はますます深くなる笑顔で――――。

「初めての姉さんにはキツイ夜だったよね。お詫びに、今日俺も学校休んで姉さんの看病するよ」

 さもやさしげに言う明良のその笑顔に、何だか不穏なものをあたしは感じた。
 看病?
 そんなものされた日にはもっと具合が悪くなる予感がする!
 
「看病いらない! あんたは学校行きなさい!」
「そう? 付っきりで看病しようと思ったのに。もちろん添い寝もして……」
 最後の方は何だかフェロモンたっぷりに囁かれた。
 掠れ気味で、妙に濡れた感じに聞こえて、その声の調子に夕べのことが脳裏に蘇る。
 あたしの背中にぞぞぞと悪寒が走った。

 おまけに密着している腰に何か不穏なものが当たってるのを感じて、さらにゾワゾワとした。
 
 ……いや、あくまで悪寒! 悪寒だから!
 決して疼きじゃないから!
 夕べ酷使されたところがなぜかズキズキと痛んで、何かがじわっと染み出してきたって、それは気のせい!
 絶対気のせいだから!

「添い寝なんてしなくていい!」

 あたしは身体の妙なる反応と、腰に押し付けられているソレから逃れそうと、明良の胸を手で押した。
 意外にも明良はあたしの身体をあっさりと離した。
 そしてくすくす笑いながら言う。
「もっと姉さんを堪能したいけど、時間がないからね。今朝はこれだけで我慢するよ」
「……ふぇ?」

 あっと思う間もなく屈みこんできた明良に唇を奪われた。
 触れるだけの、軽いキスだ。
 だからすぐに明良は顔を上げたけど、昨日までそんな触れ合うだけのキスすらしたことがないあたしにとっては十分衝撃だった。

「なななななにするの!」
「何って、朝の挨拶だよ? 恋人同士なら当然でしょ?」

 ひぃぃぃ。
 いつの間にかポジションが姉弟から恋人になってるよ!

「こ、恋人じゃない! 姉弟だもん!」
 夕べあんな関係になろうが、明良はあたしの弟だ。
 今までそう思って接してきた時間が長すぎて、いきなり転換は無理!

「……まだそんなこと言うんだね」
 明良が急ににっこり笑った。
 だけどその笑みはさっきの爽やかさから一転して、やたらと黒いというか……。
 とにかくいやーな雰囲気背負ってて、あたしは思わずごくりと息を飲んだ。

「夕べ、その口で俺のものになるって言ったのに」

 なにぃ!?
 ……いえ、確かにうっすらと俺の女発言されて、応じてしまった記憶がありますが!
 心神耗弱状態だった時のことなんて無効だよね!?

 ――と言いたかったけど、どうも言ってはいけない雰囲気です。

 肯定も否定も出来ずにあうあう言ってると、明良はふっと黒さから甘さを含んだ笑みに切り替えて言った。
「やっぱり何度も教えてあげないとダメだね。姉さんが誰のものか」

 糖度も色気もたっぷりな言い方だけど、黒さが滲み出ている台詞だった。

 これってアレだよね?
 お前の身体に教え込んでやる的なニュアンスだよね?

 夕べのことが走馬灯のように脳裏に蘇ってきて、あたしは青ざめた。

 爽やかな朝なのに。朝なのにぃ!
 なんでこんな爽やかさの欠片もない会話を……。
 泣くぞあたしは。うわーん!

 脳内で滂沱の涙を流すあたしに、明良は甘くて黒い笑みを浮かべながらトドメを刺した。

「覚悟して、姉さん。手加減しないから」

 ……いえ、おねーちゃんは手加減して欲しいです!
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