弟とあたしの攻防戦

富樫 聖夜

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弟の欲しいもの

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 ここにきてようやくあたしは明良のコレが冗談なんかではなく、本気も本気なのだということを理解した。
 うえええええ、マジっすか!?

「おおお、おねーちゃんを頂戴って何を欲しいんでしょうか!?」

 あたしはパニックになって叫んだ。
 いえいえいえ、ベッドに押し倒されている以上、何を欲しがっているのかおぼろげながら分る気もするけど、万に一つということもあるでしょう?
 決して決して時間稼ぎしているわけではない!
 喋ってれば正気に戻ってくれるかな~とか期待しているわけでも!

「全部欲しい」
 だけど明良はそんな私の思惑を吹き飛ばすかのようにあっさり言った。
 直球どころじゃなく、デッドボール受けた気分になるようなことを。
「姉さんの身体が欲しい。心が欲しい。未来が欲しい。――つまり、丸ごと欲しいんだ」

 人間を丸ごとなんて、誕生日プレゼントにしては大きすぎないでしょうか、明良君。
 ――って、そうじゃなくって!

「お、おねーちゃんを丸ごと頂いても肥えてないから美味しくないですよ! み、未経験だし! あ、明良満足できないよ、きっと!」

 ああ、あたしは一体何を言ってるんだろうか。未経験だの明良の前で叫んだりして。
 姉弟の間でその手の話が持ち上がったことないのに。
 相当自分でもテンパっているのが分る。
 だけど――――。
「満足どころか……もし姉さんが未経験じゃなければ、俺は暴れるよ?」
「―――は?」
 うっすら恐い笑顔を浮かべながら言う明良に、あたしは彼の下で硬直した。
「もし万が一姉さんが初めてじゃなかったりしたら――俺はそいつを見つけ出してこの世から抹殺するよ?」

 ヒィィィ! なんか恐いこと言ってますよ、明良君!
 キャラ違くありませんか!?
 いつもは爽やか王子様キャラなのに!

 あたしは慌てて硬直状態から抜けると首をブンブン横に振った。
「み、未経験! あたしバージンだから!」
 抹殺とか……明良ならできちゃいそうで、恐い!
 だってチート君だもん!
 いつもの明良ならそんなことはしないって断言できたけど、この明良なら平気でやる気がする。
 今の彼は……そう、美形悪役キャラのようだ!

 必死になって“未経験”をアピールするあたしに、明良はくすりと笑った。
「うん、姉さんがバージンなのは分ってる」
「そ、そう」
 なんだ冗談だったのか……本気で言っているように聞こえたからすごく焦ったよ、おねーちゃんは。

 それにしても、バージンだってことモロバレですか、あたし。
 もっとも男っ気ゼロですからね、コンチクショー!
 どうせ、彼氏いない暦=年齢だよ!

 バレンタイン・クリスマスと恋人同士が盛り上がるイベント時に外出することなく弟とチョコやケーキ食べたりしてるあたしに彼氏なんてもんが出来たことないのは、明良もよく分ってるだろう。

 こんな状況なのにややふてくされていたあたしは、次に出た明良の言葉に我が耳を疑った。

「何しろ、姉さんに近づく男全部つぶしてきたからね」

「――――は?」

 空耳かしら?

「……明良君、今なんと言ったでしょうか?」
 おねーちゃんにワンスモアプリーズ。

 明良はにっこり私の上で笑う。その顔に浮かぶのは綺麗な、それいてどす黒い笑み。
「姉さんに近づこうとした男、俺が全部排除してきたから」

 空耳――じゃねぇ!

「何ですってぇーーー!」

 もしかして“彼氏いない暦=年齢”なのは明良のせい!?

「だって俺がいるんだよ? その俺だって全然意識してもらえないのに、他の男を近づけるわけないじゃないか」
 口をあんぐり開けるあたしに明良が楽しそうに説明する。
「姉さんの周りの女の子全部味方に引き入れ済みだよ。その彼女たちから姉さんに近づこうとする男の情報をもらうと、脅して手を引かせたり、そいつのことを好きだという女の子がいたりしたらその彼女をたきつけてたりして、排除してた」
 気付かなかった?
 そう言われてあたしは呆然と首を振った。

 全く気付きませんでしたーーー!!
 あたしの友達全部味方につけていたとか、排除していたとか、マジですか!?

「そんなに数は多くなかったけど、その分本気だったやつもいたからね。手を引かせるのに苦労したよ、特に脅すのは逆効果なタイプは。だけど、自分を好きだっていってくれる女の子を無碍《むげ》にもできないでしょ? そのうちに絆されてその子に気を移してくれたから助かったよ」
「え? それって、高二の時のクラスメイトの中村君のこと?」
 思い当たる節があってあたしは思わず尋ねていた。
 明良が頷く。
「そう剣道部にいた中村なんとかっていうエース」

 中村君はあたしの高校二年生の時のクラスメイトだ。
 剣道部に所属していて、次期主将になるのがほぼ決定しているエースだった。実際、主将になったハズ。
 真面目だけど、気さくでやさしくて、顔もそこそこ――明良ほどじゃないけど――整っていので、それなりにモテていたんじゃないだろうか。
 そんな彼とは二学期の時に席替えで隣になってからよく話すようになった。休み時間とかけっこうペラペラお互いのこと話していたんじゃないかと思う。
 まぁ、あたしはブラコンなので大半が明良の話題だったと思うんだけど。同じ学校にいて高一の明良はその時すでに有名人だったから。
 あんな弟が一緒なら大変だろうとか、そんな話をしていたと思うんだ。よく覚えてないけど。
 その彼はある日、困惑したように『マネージャーから告白された』と言い出した。
 その剣道部のマネージャーは一年後輩で――今から考えると明良のクラスメイトだった気がする――かわいくてけなげな女の子で。
 恋愛感情はないけど、好意は持っているからどうしたもんかと悩んでいる、みたいなことを中村君は言っていた。
 あたしはもちろん恋愛経験なんてないからそんな相談されても困るに困って『まんざらでもないなら付き合ってみれば?』なんて無責任なことを言った気がする。
 言っておくけど、それは二人きりの時の会話ではなくて、周りにあたしの友達とか彼の友達とかが沢山いた時の会話だよ?
 だから、みんなあたしと同じような事を言ってたんだよ?
 考えてみれば『特に好きな人がいないから付き合ってあげればいいじゃん!』とあたしの女友達たちがやたらと主張していたとは思う。明良の手先だったと聞いた今ではあのやけに強力プッシュも頷けるってもんだけど。
 とにかくその時は、恋愛感情ないのに……と渋い顔していた中村君だったけど、高三になってそのマネージャーと付き合いだしたらしいのを風の噂に聞いた。その時もうすでに彼とはクラスが離れてしまっていたから直接本人に聞いたわけじゃないのだけど、二人で仲良く下校しているのを目撃したりしたから、ああ本当なんだって思った。

 あの一連のことは確かに明良の言っていた排除例に当てはまるのではないだろうか。
 
 ――って、それよりも!

「中村君って、あたしに気があったの!?」
 今始めて知った!
「……姉さんは気付いてなかったのか。さすが俺のアピールを何年もスルーしてきただけあるね」
「え、あ、明良、笑顔が恐い! お、弟なんだもん、気付かなくって当然だ!」
「本当の弟じゃないのに」
「今日知ったのに、無茶言うな!」
「だけど、もう知ったよね。ならいいよね」

 何を?と問いかける間もなく、明良は手を滑らせあたしのタンクトップ越しの胸の膨らみを撫でた。
「ふぁ!」
 くすぐったい――と同時になんだかお腹の奥がむずむずした。
 なにこれ、変!
「わわわ、明良、ストップ!」
「やめない」
 言うなりあたしのタンクトップの裾をぐいっと上げる明良。
 ひんやりした空気を感じて、あたしの肌が粟立った。
 前にも言ったと思うけど、あたしは夜眠るときはブラジャーを着けないで寝る派だ。つまり、下着がわりに身に着けていたタンクトップの下は当然素肌で―――。
 わああああん、生乳剥き出しだよぅ!!

「ひゃんっ」
 温かい明良の手があたしの左の胸をそっと撫でる。しかも撫でるだけじゃなくて――掴んでますよ。揉んでますよぉぉ!
 明良の手の中でふにふにと揉まれて形を変えるあたしの胸。
「柔らかい……」
 心なしかうっとりしたようにつぶやく明良。

 うわーん、何だかぞわぞわするし、下腹部がズキズキするし、妙な気分だしマジにヤバイ気がするんだけど!

「あああ、明良。あたしは明良は好きだよ? だけど弟として激LOVEなだけで、こういった関係になる心の準備は全くしてないの!」
 ジタバタする。
 だけど手も足も押えられてて、全く動くことができない。
「大丈夫。俺は準備万端だから。心も身体もね」
 
 身体の準備……って、アレですか、あたしの腰に当たっているコレですかぁー!

 あたしは弟に欲情されている現状にクラクラした。
 マズイ! このままじゃ一線越える!
 ようこそ近親相姦へ――だ! 目くるめく禁断の関係へGOだ!

 ――――そんなのダメだ! 人として!

「わーん、たとえ本当の姉弟じゃなくても、あたしにとっては明良は弟なんだってばーーー!」
 
 必死になってそう叫んだとたんに、明良の動作がピタっと止まった。

「ほえ?」
 あたしの胸を掴んだまま動きを止めて、真剣な眼差しであたしを見下ろす明良。
 目の奥に浮かぶのは、傷ついたような色だ。
「姉さんが俺を弟だと思ってるのは分ってる。俺を男として見てないのもね。……嫌になるくらい分ってるさ」
「明良……」

 罪悪感に胸がツキンと痛んだ。
 明良はずっとあたしと本当の姉弟じゃないことを知っていた。
 それであたしを姉じゃなくて、女として見てて――――。
 だけど、あたしは覚えてなくて、明良をずっと弟扱いして意識してなかった。
 今から思うと、あたしはよく明良に見られていたと思う。視線を感じていたと思う。ふと顔を上げると明良と目が合うという場面がよくあったから。
 あの時、明良の目に映るあたしは姉じゃなかったのかもしれない。

「明良、ごめんね……」

 あたしは何も知らなかった。ずっとずっと――――。
 だけど今は真実を知ったから。これからは弟としてじゃなくて、一人の男性として見るようするから。
 だから、とりあえず今日はこのままで離してもらって、『誕生日プレゼントはあ・た・し』的なことは後日改めて話し合うことにしよう。

 うん。そうだ、それがいい。
 先送りだと言われようが、まずはそこからだ。

 あたしは一人納得し、それを明良に告げようと口を開いた―――。
 だけど、出来なかった。
 明良がいきなり笑顔になって、そしてそれがあまりに黒すぎる笑みで。
 ――喉の奥で言葉が消えた。

「いいんだ。だってこれから姉さんは否応なく俺が“男”だってことを思い知るんだから」
 明良はにっこり笑う。背後に黒いオーラを纏って。
「―――へ?」
「肉体関係ができれば、俺を弟として見ることは不可能になる。意識しないではいられなくなる。だから、姉さんの身体にまず俺を植えつけるつもりだ」

 にく、にく、肉体関係!?

 ポカーンとするあたしに明良は続ける。

「だから、姉さんの初めて貰うよ。その次も、そのまた次も。ずっと抱きつづける。その心も俺のものになるまで」
「え? あ、あ、やぁ!」
 
 乳房から離れた明良の手があたしの服を剥いでいく。
 片手はあたしの両手を押えたまま、片手でするすると。

 わわわわわ! やけに手馴れてるぞ、明良!
 絶対童貞じゃないだろう、お前!
 いつの間に大人の階段登ってたのか……おねーちゃんは悲しいぞ。
 ―――って、それは置いておいて!
 
 今、恐い宣言されたよね!?
 あたし思いっきり食われる宣言されたよね!
 先に身体いただいちゃう宣言だったよね!?

 あ、あ、あ、そ・ん・な・と・こ・ろ・触・る・な!

 わーん。わーん!
 弟がケダモノになっちゃったよーーーーー!!
 王子様だった明良を返せ!

「やめっ……ふぐっ、んー、んー!!」
 
 泣き喚くあたしの言葉は明良の口の中に消えていった。

 ――――一体どうなる、あたし!?
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