弟とあたしの攻防戦

富樫 聖夜

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弟に押し倒されたあたし

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 こ、この唇に感じる柔らかな感触のものはもしかして――――?

 ようやくまともな思考力を取り戻したのは、それから少し経ってからのことだった。
 相変わらず唇は押し付けられたままで。
 何度か離れては再び触れ合うのを繰り返していた。

 こ、こ、これはもしかして、チッス……じゃなくてキッス? 接吻? おフランス語でベーゼ?
 いや、言い方はどうでもいい。今問題なのは――弟にキスされているという事実だ。

 何であたし、明良にキスされてるわけ――――?
 しかも、これってあたしのファーストキス!?
 いやいや、弟で家族だからノーカウントの方向で!

 目を見開いたままパニくってわけのわからないことを考えるあたしをよそに、明良は顔を上げて、
「姉さんのファーストキス頂きました」
 なんて言って笑う。
 だけどその笑いがやけに艶やかというか、フェロモンたっぷりで……ぞわぞわと背中に何かが走るのを感じた。
「で、これはセカンドキス」
 笑いながら言って、再び顔を寄せてくる明良。
 その間、あたしは状況についていけずにポカーンとするのみ。
 
 そんなあたしの口に再び押し付けられる柔らかで温かい感触。
 だけど、今度のは前のファーストキスの時とは違っていた。
 あたしの唇を割って何かが口の中に侵入してくる。
 温かくて湿っていて、ざらざらしているもの。
 ソレがあたしの口の中を動き回る。歯列をなぞり、付け根を扱き――そしてあたしの舌と絡みあう。

「……んんっ……」
 
 唾液を啜られ、そして流し込まれて――口の端から垂れたその冷たい濡れた感触に我に帰るあたし。

 ここここれはいわゆるディープキスってやつなのでは……?
 せ、セカンドキスがベロチューって、しかも弟と!?

 だめだ。あたしの頭の許容量を超えた事態が起こっている模様。
 
 とにかく今やるべきことはこのキスを止めることだ。
 だって姉弟でこんなキスはどう考えてもスキンシップを遥かに飛び越えてヤバイ域に入ってるだろ!

 あたしは明良の肩を叩いて“離せ”とアピール。
 だけど、当然気付いているだろうに一向にあたしを離す気配はない。
 無視か。スルーか!
 こうなったら自力で……って、それも無理のようだ。
 頭を振れば外れるかと思ったのだけど、いつの間にやら後頭部をがっちりと手で支えられていて動かせませんのですよ。

 あたしが必死こいてもがいている間も、もちろん口の中をまさぐられ続けていた。

「んんっ、んんっ」

 そのうちにどういうわけか力が抜けてきて、もともとうまく働いていなかった思考はさらにうすぼんやりとしてくる。
 離れろとアピールするはずの手は、どういうわけか明良の肩にすがるように置かれていて。
 今この様子を誰かに見られたら、ほとんど同意でキスしているように見えただろう。

 やがてようやく明良が顔を上げたときには、あたしは息も絶え絶え――口を塞がれていたので途中で鼻呼吸に切り替えたけど、絶対的に酸素は不足している模様――で、立ってるのがやっとの有様だった。
 そんなあたしに明良は笑う。例の艶やかな笑いを。
「セカンドキスもご馳走様。だけど、これ、単なる前菜だからね。メインはこっち」
 
 視界がぐるんと動いた。
 と思ったら、背中にボスンという柔らかな衝撃が走って――気付いたらベッドに倒れていた。
 だけど、ベッドに倒れたのはあたし一人じゃなくて――明良も一緒で。
 なぜか彼はあたしの身体の上にいて――――。

 重みでギシッとベッドが軋む。

 なあんであたしはベッドにいるの?
 どうして明良はあたしの手をベッドに押さえつけているの?
 
 ……どうもディープキスかまされて、思考が鈍っているらしい。
 普通ならベッドに押し倒された時点で明良の意図に気付いただろうけど、この時のあたしはどうしてこんな体勢でいるのかさっぱり理解できなかった。

「あ、あの、明良、重いよ?」
「うん、俺の体重かかってるからね」

 おバカなあたしはこの時、バランスを崩したかなんかで明良と一緒にベッドに倒れこんだものと勘違いしていた。

「明良がどいてくれないと、あたし身体起こせないんだけど……」
「姉さんはしばらく起き上がる必要ないよ」
「え? なんで?」
「こういうことだから」
 明良はそう言って、あたしの首筋に顔をうずめた。

 明良の髪の毛の感触が首に当たってくすぐったかった。だけど、それよりあたしがびっくりしたのは、湿ったものがあたしの首の付け根に押し当てられたことだった。
 その湿ったものは少しずつ移動していって――――。

 あたしはそれが明良の舌であることに気付いて仰天した。
 それでようやくベッドに縫い付けられていることの意味を理解したのだった。

 あ、あたし、明良に押し倒されてるの!?

 明らかに意図を持って動いていく唇と舌の感触に戦慄した。

「あああああ、明良くん? どうしてあたしを押し倒してるのかな?」
 ひぃぃぃと心の中で絶叫したあたしは恐る恐る尋ねた。声が裏返ってしまうのは致し方ないことだと思う。

「ん? もちろん、誕生日プレゼントに姉さんをもらおうと思ってるからだけど?」
 明良は顔を上げてにっこりと笑う。
 さすがのあたしにも至近距離で見る羽目になったその笑顔が、爽やかとはほど遠いことが分かる。
 獲物を前にした肉食獣のような情欲と貪欲さを表したような笑顔だ。
 だけど、今問題なのは笑顔ではなく――いや、これも十分問題だけど――明良が言った言葉だろう。 

 あたしをもらうって……押し倒されている今現在、思い浮かぶのはアレしかないよね!

 ――って、それはマズイだろう! どう考えても!

「ああああ明良君、おねーちゃんは、それは非常にマズイと思うの!」
「何で?」

 おおおい! キョトンとしてそんな不思議そうな顔しないでプリーズ!

「常識とか倫理観とか、いろいろ問題あるでしょう!?」
「だから、何で?」

 おおおい! いつの間にわが弟はそんな道徳観に欠ける子に育っちゃったの?

「き、近親相姦は世間に顔向けできないと思うの!!」

 言いながらあたしは黄昏れた。
 
 よもや近親相姦と叫ぶ事態になろうとは……。
 
 あまりに姉弟仲が良いから、やっかんだ女の子たちに当てこすりで『近親相姦じゃないの?』などと影で言われていたあたし。
 否定するのもバカらしいんで黙っていたんだけど、よもや官能小説や官能漫画(TL含む)でしかお目にかからないその単語をこんなところで叫ぶことになるだなんて、世の中どうなるか分らないものね……。

「近親相姦?」
 明良は目を見開く。
 まるで初めて聞くと言わんばかりの表情だった。
 まさか知らないなんてことはないよね? そこまで純粋君だとは思えないし。

 ――いや、分らないぞ。
 あまりにパーフェクトすぎて高嶺の花状態の明良。
 もしかして世俗にあまり汚れずにここまで来ちゃったのかもしれない……。

 と、押し倒されている現状とはほど遠いことを考えるあたし。

「やっぱり……」
 つぶやいて明良はいきなりあたしの身体の上にガクッと圧し掛かった。
 明良の全体重があたしにかかって重! 重!

 つ・ぶ・れ・る!

 ペチペチと背中を叩いてアピールしてると、なにやら落ち込んだ状態からすぐ浮上したらしい明良は身体を浮かせた。いや、手は相変わらずあたしの手首つかんでベッドに縫い付けてるし、足だって明良のそれが絡んで動けないようにしてるけど!

「おかしいと思ってたんだ。あれだけ意思表示してたのにスルーされまくるだなんて。少しも意識されないだなんて……」
 眉を顰めてつぶやく明良。
 そんな表情も十分カッコイイけど、言ってること分りませんよ、明良君。

「やっぱりこうなったら身体に分らせるしかないようだ」
「は?」
 なにやら不穏なことをつぶやいた明良はあたしを見下ろして真剣な眼差しで言った。

「姉さん、これ近親相姦じゃないから。いや、そのシチュエーションも燃えるけど、これは違うから。幸いなことにね」
「へ? 姉弟で……にゃんにゃんするのは近親相姦でしょ?」
「これは違う。俺達には当てはまらない。……だって、そもそも俺達姉弟じゃないから」
「……へ?」

 ――――空耳?

「……姉弟じゃない……?」
「そう。もっとも、もし例え姉さんと本当に姉弟だったとしたら近親相姦を犯すのもやぶさかではないけど」

 ……もしもし、明良君。何かすごいこと言ってませんか?

「だけど、現状、俺達は姉弟じゃないから当てはまらないんだ。よかったね、姉さん、世間に顔向けできるよ」
 にっこり。肉食獣な明良の笑み。

 ――――姉弟じゃない? あたしと、明良が?

「え? ええええええええーーー?」

 あたしの叫びが部屋にこだました。
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