帝国の魔法鑑定士〜冷酷公爵様は妹弟子の私を溺愛したいようですが、その想いには応えられません〜

雪嶺さとり

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第22話 あなたに捧げる恋の誓い(2)

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「やっぱりそうだったか……」

ダリウスは深いため息を吐いた。
その表情は、悲しみや辛さというよりも単に落胆したように見える。

「これは恋の魔法、呪いですね。呪いをかけた相手の精神を操り、術者に対して恋をさせることができるんです」

「最悪だな」

「もし成功していれば、今頃あなたは術者の方に惚れて、好きで好きでたまらなくなっていたでしょうね」

そう言ってから、ダリウスが他の誰かに恋をするという光景はなんだか想像がつかないなと思ってしまったのは、自惚れているのだろうか。
しかし、強制力で恋心を操られるダリウスなんて絶対に見たくないのは確かなことだ。
そんなの、ダリウスらしくないどころじゃない。

「これ、どうしたんです。何か心当たりがあるんでしょう」

「ああ。縁談を断ったんだが、相手の様子がおかしくてな。何かしてくるだろうとおもっていたんだ」

なんてことないように答えているが、一大事ではないか。
つまり、縁談を断られたので呪いでダリウスの心を操り、なんとか縁談を成立させようということなのだろう。
公爵相手にそのようなことをして、許されるはずがない。

「分かってたのならどうして防がなかったんです?あなたの実力なら簡単でしょう」

「この俺に魔法で勝負をしようだなんて、面白いだろ。本気で俺を殺るつもりかどうか試してやろうと思ったんだよ。ま、結果はつまらんものだったがな」

「つまんなくないですよ!確かに、あなたにとってこの程度の呪いなんて痛くもないでしょうが、あなたにそういうことをする人がいるっていうことが問題なんです!」

ダリウスの実力なら、恋の呪いごとき塵を払うかのように対処できる。
それなのに、敢えて手を出さなかったのは好奇心からだなんて、頭が痛くなりそうだ。
もっと自分の身を案じて欲しい。

「事の経緯を詳しく説明してください」

きっと目をつりあげて問い詰めると、ダリウスは素直に話す。

「一昨日に、とある侯爵家から縁談があってな。もちろん断るつもりだったんだが、周りの連中がどうしても行けと喧しくて。とりあえず行くだけ行って断ったんだが、相手の令嬢が何かに怯えているようで態度がおかしかったんだ」

「怯えていた……?」

なにやらこの件には裏があるようだ。
怯えていたというのなら、ダリウスに恋焦がれるあまりに、という方向ではないだろう。

「すみませんエリーゼ様……。公爵様がこの歳で未だに独身なのは問題だと考えている方も少なくないのです。こんなことになるなんて分かっていれば、勧めたりなんてしなかったのですが……」

しょぼんと申し訳なさそうに萎んでしまったルイスに優しく声をかける。

「ルイスさんは悪くありませんよ。それは、公爵家に仕える方として当然のことですから」

ダリウスに縁談が来ることは当たり前の話だ。
若く聡明であり、大魔法使いの弟子でもある公爵閣下なんて、肩書きだけ見れば十分すぎるほどに魅力的な人物だろう。
彼がいつかはどこかの令嬢と結婚しなければならないということも、エリーゼは分かっている。
先日も、彼の友人のメイナードの妹、ヴィオラ嬢から社交界での彼の評判を聞いたばかりだった。

「……それで、呪いをかけた相手はそのご令嬢と考えて良いんですよね」

一瞬頭を過ぎった感情を隠してそう聞くと、ダリウスは頷いた。

「どうせ、父親である侯爵に脅されていたんだろう。なんとかして俺との縁談を成立させろと。だが、俺には愛するエリーゼがいるからな。例え呪いに頼ったところでその可能性はひとつとして無い」

こっちは勝手に切なくなったりしていたのに、当の本人は相変わらずだった。
なんだか気が抜けてしまいそうだ。
だが、彼の言う通りであれば少し引っかかる部分はある。

「でもどうして公爵が恋をしてくれると思ったんですかね。世間のイメージからしたら、あんまり似合わない気がするんですけど」

以前なら、たまに社交界に出ても不機嫌そうだったり、恐ろしい表情を浮かべて人を寄せつけないオーラを放っていたダリウスに、そんなことをする人はいなかった。
失敗すれば、どんな残酷な方法で裁かれるのか、皆それを想像してしまうのだろう。
黙ってさえいれば完璧な男性なのにと言われているぐらいなのだ。
それなのに、急に恋の呪いなんて思い切った手法に出るとは。

「実はですね、エリーゼ様に対する公爵様の態度が、紳士的で誠実だと言われていまして。恋人になったら一途に愛してくれそうだと思われているんですよ」

ルイスが教えてくれた。

「だから、惚れさせてしまえば思うままにできると」

なんという安直な考えだろうかと呆れてしまう。
しかし、それほどエリーゼといる時のダリウスの姿が人々の目には新鮮に映ったということなのだろう。
意外なところでも、「宣伝効果」が発揮されてしまっていたということだ。
エリーゼとの関係があれこれと噂されたのもそれに拍車をかけていたはずだ。
誰かに取られてしまう前に、思い切って真っ先に仕掛けてみたのだろう。
ずいぶんな命知らずだが、権力に目が眩んだ人間の浅はかな思考なんてそんなものだ。
恐ろしい程の魔力を操る彼でさえ、恋の前では無力になると考えられたとは思わなかったが、実際似たようなものなので仕方がない。

「私のせいで公爵の冷徹なイメージが崩れてしまったんですね……。申し訳ないです」

「そもそもそのイメージは要らないんだが」

「公爵、もうちょっと不機嫌な顔を心掛けた方が良いかと……!」

「阿呆か」

冗談はさておき、ダリウスの呪いを解き今後の対策を考えなければならない。

「さて、その呪いを解くためには色々と必要な手順があるのですが……って、ちょっと!」

立ち上がって、本棚の魔法書を探そうとしたその時だ。
エリーゼの背後で、突然青い光が放たれる。
慌てて振り返ろうとすると、ブチッ、という何かが引きちぎられるような音が聞こえてきた。

「何やってるんですか!?」

せっかく人が真面目に解呪をしようとしていたのに、なんとダリウスは無理やり呪いを魔力で引き剥がして潰してしまったのだ。
ルイスも唖然として、どうして良いのか分からないというように困っている。
呪いの刻印が刻まれていたはずが、すっかり鍛え抜かれた美しい元の体に戻っていた。

「なんでそんなことしちゃうんです!?」

逆にどうしてそんな力技がまかり通ってしまうのか。
兄弟子ながら、本当にどうかしている。

「ん」

何かを握っているようで、ぐっと拳を突き出してきた。
ダリウスの手にあったのは、一枚の黒い花びらだった。

「これは……」

見覚えのない花びらは、ここには無かったものだ。
これが、呪いの正体なのだろう。

「俺は、呪いには詳しくないからな。こいつの剥がし方は分かるが、中身までは分からない」

ダリウスにとって何の害もないものではあるが、仔細なことは分からないということだ。

「とりあえず服を着てくれませんか」

「公爵様、こちらを」

ルイスが素早くシャツと上着をダリウスに渡した。
いつまでも裸で居られては、目のやり場に困る。
ダリウスに身なりを整えて貰ったところで、ようやくエリーゼは呪いについて話を始める。

「この呪いには心当たりがありますよ。『悲哀の魔女の呪い』ですね」

「魔女の呪い、か」

恋の呪いは複数あるが、これはマイナーな部類に入る。
ダリウスの専門分野ではないので、詳しいことは知らなくて当然だろう。

「悲しみを糧に形作られる呪いです。きっとそのご令嬢は、公爵の言う通り、お父上に圧力をかけられて苦しんだ末にこれを見つけ出したんでしょうね」

悲哀であり、悲愛である。
とある魔女の悲しい恋の結末が時を経て捻れ、呪いとして遺されたものだ。
この呪いに必要なのは、恋情ではなく、悲しみ。
ただそれだけである。
媒介として使う物で最も効果的なのは、黒い薔薇の花びらだ。
呪いのきっかけとなった魔女に由来のあるものだが、花びらさえ手に入れてしまえばすれ違いざまにでもかけることのできる呪いといえる。
マイナーなのは、恋の呪いであるのに恋心が必要ないという奇妙なものだからだ。

「それで公爵、ご令嬢のことはどうするんです?」

「どうする、か。何をされようが俺の意思は変わらない。断るまでだな」

「でも、そうすればその方は余計に苦しむことになるのでは……」

「じゃあなんだ。お前は俺がそいつと婚約してもいいのか」

ダリウスの言葉に、ハッと口を噤んだ。

「……そんなことは、言ってませんけど」

否定はしているが、確かに今の言い方ならダリウスにその令嬢との婚約を勧めているようにしか思えない。
誰かと結婚して欲しくはないけれど、その令嬢のことを案じるならそうする方がいいのかもしれない。
でもやっぱり、それは嫌だと思ってしまう。

(私は一体何を……)

なんて面倒なのだろうか。
あれもダメこれもダメではどうにもならないだろうに。
思わず頭を抱えたくなった。

「そんな顔するな。大丈夫だ、あの侯爵はこの所目障りだったからな。向こうから本性を現してくれてありがたいぐらいだ」

狼狽えるエリーゼを見て、公爵はふっと表情を緩める。

「なにも俺は、不機嫌なツラして偉そうに貴族やってただけじゃないんだぞ。多少の交渉術ぐらいは心得ている。これは、いい脅迫材料になるだろうな」

「そ、そういう方向ですか……」

物騒だが、それが一番正しい対処なのだろう。
むしろ、ダリウスの逆鱗に触れて斬り殺ろされなかっただけ幸運ではないだろうか。

(あれでも、この人、全然怒ってないですね……?)

ふとそれに気づいた。
普段のダリウスなら、エリーゼに何か言うまでもなく、容赦なく侯爵を断罪しに行っただろう。
それが、怒る素振りもたいして見せずに大人しくしている。
よほど好奇心が踊ったとでも言うのだろうか。
彼にしては、どうにも珍しいことだった。
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