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59 全ての人に救いを③(ユル視点①)
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「あと七回か。いけそうかな?」
「はい。ご褒美がいただけると思うと、力が湧いてきます!」
「君が望めば、世界中のお菓子を食べさせてあげるよ?」
「それでは、ありがたみがないです。ある程度の困難や試練があるからこそ、お菓子が輝くのです」
サラ様とオール様が和やかに話している一方で、ラウルをはじめとする騎士たちは、作戦を展開中だ。俺というエサに向かって、奴らは全力で襲いかかってくる。
「行きました!」
「承知した!」
誘導された魔物にジュリアス様が一撃を加え、動きを止めたところで、サラ様が浄化する。見事なチームワークだ。俺は、それを座って見ているだけなので、何だか申し訳ない。
(おや、動きが変わった?)
理由は不明だが、時間の経過とともに魔物の戦闘意欲が低下していき、最終的には、大人しく浄化を受け入れるようになった。俺が見えているはずなのに。
その光景は神秘的で、その場にいる誰もが魅了される。後から駆けつけた騎士団や魔術師たちは、奇跡を目の当たりにして感涙していた。
こうして、全ての魔物は人に戻った。
憎い敵が解放されていくのは、心中穏やかではないが仕方ない。こうするしか、解決する方法はなかったのだから。
これから先、奴らが幸せに生きていくかと思うと、怒りが込み上げてくるが、立場上、ここで奴らにとどめを刺すわけにはいかない。
やはり、ころしておくべきだった。今は見逃してやるが、どんな手を使っても一人残らず捕らえ、命を持って罪を償わせよう。
そんな計画を練っている間も、オール様は、サラ様を見つめていた。一族の中でも一番のお気に入りである彼女は、とても大事に育てられたに決まっている。
(俺とは大違いだな)
誰にも言っていないが、俺の心の奥深いところには、常に泣いている子どもがいる。それは、きっと昔の俺だ。
あのころ満たされなかった思いや、辛い経験が未だに癒えていないのだろう。歳を重ねても、この部分だけは変わらない。
(サラ様には、縁のない話だろう)
それが少し羨ましくもあり、妬ましくもある。
(俺は、恩人に対して何てことを! どうかしている!)
瞬時に正気に戻り、俺は拳で頭を叩く。疲れていると、ろくなことを考えない。目の前のオール様に、意識を向けることにする。
「サラ、よく頑張ったね」
「オール様のおかげです。ありがとうございました。ジュリアスも騎士のみなさまも、お疲れ様でした!」
ニコニコと感謝の言葉を述べるサラ様が可愛すぎて、騎士一同は疲れが吹き飛んだようだ。俺も、ささくれた心が癒されたように思う。
しかし、無関係の人や大切な人たちを巻き込むことになったのは、どう考えても自分のせいだ。疲労困憊の俺は立ち上がり、深々と頭を下げる。
「オール様、サラ様、ジュリアス様。どうお礼すればよいのか分かりません。心より感謝申し上げます」
頭を上げると、オール様はじっと俺を見ていた。
「ユル。お前の祈りは、誰よりも痛切なものだった」
唐突に会話が始まり、回転の鈍った頭では追いつけない。俺が神に祈ることなど、あっただろうかと振り返り、思い至る。
「……まさか」
「ちゃんと届いていたよ。私はずっと見守っていた。筆舌に尽くしがたい現実から逃げず、乗り越え、見事に心優しい青年となったね。よく頑張った」
労いの言葉をもらい、不覚にも泣きそうになる。
俺がこれまでしてきたことは、褒めてもらえることばかりではない。悪いことも、たくさんしてきた。罪滅ぼしにと救済事業をしているが、俺自身の犯した過ちは消えない。
オール様は、こんな悪人でも認めてくれるというのか。神などいないと存在を心から消していたが、彼は見ていてくれたのだ。
「そこで、お前に頼みがある。彼らにも、慈悲を与えてはくれまいか」
それを聞いて、一瞬で心が凍りついた。
「……奴らを赦せ、と?」
そんなこと、到底受け入れられるものではない。俺の祈りが届いていたのならば、俺の願いも分かるはずだ。それなのに、あいつらを庇うというのか。
俺が、苦しくて、悲しくて、心の底から助けを求めたときは、何もしてくれなかったくせに。あいつらには、神自らが手を差し伸べてくれるのか。
怒りが腹の底から湧いてくる。神に対する不信感と、過去の自分が抱いていた負の感情、奴らに対する憎しみが渦巻いて、今にも爆発しそうだ。
けれども、オール様は、ふわりと笑った。
「いや、赦さなくていい」
「え」
理解ができない。では、俺にどうしろと言うのだ。
「ただ、攻撃はするな。今回のように、ユルの大切な者が傷付けられる。それに、お前の良心も痛むだろう」
説明してもらっても解釈に手間取る。けれど、良心が痛むと言われて、気付いたことがあった。恨みを晴らしたはずなのに、いつまでも残る後味の悪さの原因は、わずかに残っていた、俺の良心だったのかもしれない。
「……赦さなくてもよいのですか」
「ああ。むしろ、お前への罪を赦すな。そして、二度とこのようなことが起きない国に、お前がするのだ。それだけの権力と能力がある。存分に使え」
「あ、ありがとう、ございます」
その言葉で救われた。それほどまでに酷いことを、自分はされたのだ。
その時、心の奥にいる子どもの涙が、止まった気がした。
「はい。ご褒美がいただけると思うと、力が湧いてきます!」
「君が望めば、世界中のお菓子を食べさせてあげるよ?」
「それでは、ありがたみがないです。ある程度の困難や試練があるからこそ、お菓子が輝くのです」
サラ様とオール様が和やかに話している一方で、ラウルをはじめとする騎士たちは、作戦を展開中だ。俺というエサに向かって、奴らは全力で襲いかかってくる。
「行きました!」
「承知した!」
誘導された魔物にジュリアス様が一撃を加え、動きを止めたところで、サラ様が浄化する。見事なチームワークだ。俺は、それを座って見ているだけなので、何だか申し訳ない。
(おや、動きが変わった?)
理由は不明だが、時間の経過とともに魔物の戦闘意欲が低下していき、最終的には、大人しく浄化を受け入れるようになった。俺が見えているはずなのに。
その光景は神秘的で、その場にいる誰もが魅了される。後から駆けつけた騎士団や魔術師たちは、奇跡を目の当たりにして感涙していた。
こうして、全ての魔物は人に戻った。
憎い敵が解放されていくのは、心中穏やかではないが仕方ない。こうするしか、解決する方法はなかったのだから。
これから先、奴らが幸せに生きていくかと思うと、怒りが込み上げてくるが、立場上、ここで奴らにとどめを刺すわけにはいかない。
やはり、ころしておくべきだった。今は見逃してやるが、どんな手を使っても一人残らず捕らえ、命を持って罪を償わせよう。
そんな計画を練っている間も、オール様は、サラ様を見つめていた。一族の中でも一番のお気に入りである彼女は、とても大事に育てられたに決まっている。
(俺とは大違いだな)
誰にも言っていないが、俺の心の奥深いところには、常に泣いている子どもがいる。それは、きっと昔の俺だ。
あのころ満たされなかった思いや、辛い経験が未だに癒えていないのだろう。歳を重ねても、この部分だけは変わらない。
(サラ様には、縁のない話だろう)
それが少し羨ましくもあり、妬ましくもある。
(俺は、恩人に対して何てことを! どうかしている!)
瞬時に正気に戻り、俺は拳で頭を叩く。疲れていると、ろくなことを考えない。目の前のオール様に、意識を向けることにする。
「サラ、よく頑張ったね」
「オール様のおかげです。ありがとうございました。ジュリアスも騎士のみなさまも、お疲れ様でした!」
ニコニコと感謝の言葉を述べるサラ様が可愛すぎて、騎士一同は疲れが吹き飛んだようだ。俺も、ささくれた心が癒されたように思う。
しかし、無関係の人や大切な人たちを巻き込むことになったのは、どう考えても自分のせいだ。疲労困憊の俺は立ち上がり、深々と頭を下げる。
「オール様、サラ様、ジュリアス様。どうお礼すればよいのか分かりません。心より感謝申し上げます」
頭を上げると、オール様はじっと俺を見ていた。
「ユル。お前の祈りは、誰よりも痛切なものだった」
唐突に会話が始まり、回転の鈍った頭では追いつけない。俺が神に祈ることなど、あっただろうかと振り返り、思い至る。
「……まさか」
「ちゃんと届いていたよ。私はずっと見守っていた。筆舌に尽くしがたい現実から逃げず、乗り越え、見事に心優しい青年となったね。よく頑張った」
労いの言葉をもらい、不覚にも泣きそうになる。
俺がこれまでしてきたことは、褒めてもらえることばかりではない。悪いことも、たくさんしてきた。罪滅ぼしにと救済事業をしているが、俺自身の犯した過ちは消えない。
オール様は、こんな悪人でも認めてくれるというのか。神などいないと存在を心から消していたが、彼は見ていてくれたのだ。
「そこで、お前に頼みがある。彼らにも、慈悲を与えてはくれまいか」
それを聞いて、一瞬で心が凍りついた。
「……奴らを赦せ、と?」
そんなこと、到底受け入れられるものではない。俺の祈りが届いていたのならば、俺の願いも分かるはずだ。それなのに、あいつらを庇うというのか。
俺が、苦しくて、悲しくて、心の底から助けを求めたときは、何もしてくれなかったくせに。あいつらには、神自らが手を差し伸べてくれるのか。
怒りが腹の底から湧いてくる。神に対する不信感と、過去の自分が抱いていた負の感情、奴らに対する憎しみが渦巻いて、今にも爆発しそうだ。
けれども、オール様は、ふわりと笑った。
「いや、赦さなくていい」
「え」
理解ができない。では、俺にどうしろと言うのだ。
「ただ、攻撃はするな。今回のように、ユルの大切な者が傷付けられる。それに、お前の良心も痛むだろう」
説明してもらっても解釈に手間取る。けれど、良心が痛むと言われて、気付いたことがあった。恨みを晴らしたはずなのに、いつまでも残る後味の悪さの原因は、わずかに残っていた、俺の良心だったのかもしれない。
「……赦さなくてもよいのですか」
「ああ。むしろ、お前への罪を赦すな。そして、二度とこのようなことが起きない国に、お前がするのだ。それだけの権力と能力がある。存分に使え」
「あ、ありがとう、ございます」
その言葉で救われた。それほどまでに酷いことを、自分はされたのだ。
その時、心の奥にいる子どもの涙が、止まった気がした。
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