婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子

文字の大きさ
上 下
61 / 65

61 お茶会(ローズ視点)

しおりを挟む
「きゃあ! こんなにたくさんのお菓子に囲まれたことないわ! 幸せすぎるう!」

 聖女と謳われ、世界中の人々から崇め讃えられる光の民の若き姫君が、お菓子の前で悶絶しているとは、予想もしていなかった。歳は、二十歳前後だろうか。金の髪に碧の眼をした彼女は、輝かんばかりの美しさだ。

「喜んでいただけて光栄ですわ。庶民に人気のお菓子から、貴族が好む伝統的なお菓子まで、幅広く揃えましたの。どうぞ、お召し上がりくださいませ」

「ローズ様、ありがとうございます! 夢みたい! でも、夢じゃない! ああ、どれから食べたらいいの!」

「サラ、落ち着け。皆さまが驚いているだろう」

 ジュリアスさまが嗜めると、「はあい」と肩を落とされる。しかし、一瞬で持ち直し、ニコニコしながらお菓子を召し上がっている。

 気軽に楽しんでいただけるように、ビュッフェ形式にした。小さいテーブルをいくつも置いてあるので、仲の良いグループで気兼ねなくお話できる。ちなみに、戦いに参加した騎士も招いてあるので、軽食やアルコールも用意した。

 私のテーブルには、サラ様とジュリアス様、ユル様の四名がいる。

 囮役をやり遂げたことで成長したのか、ユル様に変化があったように感じる。言葉にするのは難しいが、肩の力が抜けたような、表情が柔らくなったような、前よりも優しい雰囲気だ。

 やはり、彼を選んだことに間違いはなかったのだと、心を整える。

「ジュリアス様のご活躍をお聞きしましたわ。ユル様と学園の生徒を守っていただき、ありがとうございます」

「俺からも礼を言わせてくれ。サラ様と君がいなかったら、生きてはいないだろう。助けてくれてありがとう」

「いえ、仕事ですから。それに、騎士の方々の強さには驚きました。彼らの働きがあったからこそ、平和的に解決できたのです。お褒めの言葉は、彼らにかけて差し上げるべきかと存じます」

「騎士の方々にとって、何よりも嬉しいお言葉をいただき、ありがとうございます。未来の神官長が認めてくださるとは、彼らも励みになりますわ」

「ご存知でしたか」

 困ったように、彼は笑った。

「はい、お顔を拝見して確信いたしましたわ。聖地巡礼に伺った際には、お世話になりました」

「どういうことだ?」

「ジュリアス様は、未来の神官長ですの。今は、神官と騎士の二足の草鞋を履いていらっしゃいますが、やがて世界中に多くの信者を有する宗教のトップに立つお方ですわ」

「それは、すごいな」

 ここで、私は気付いた。
 親友を含めた多くの人々が新しい人生を歩くために、なるべく早く終わらせなくてはならないと模索していた案件が、今日、解決するかもしれないと。

 その結果、たくさんの人が悲しむことになったとしても、このままダラダラと血を流し続ける人々を見ていられない。

 誰もが優しすぎて決断できないならば、私が大鉈おおなたをふるってやる。憎まれようと嫌われようと、私の心が引き裂かれようと、それが王家に生まれた者の責任だ。この方たちのご協力があれば、きっとできるはずだ。

「ジュリアス様、好奇心よりお伺いしますわ。神官としてのお仕事と、騎士のお仕事は、どちらがお好きですの?」

「仕事は、サラの側にいるための手段ですが、あえて選ぶとしたら騎士ですね」

 誰かと同じではないか。

「では、ラウル様とも気が合いそうですわね」

 いろんな意味で。

「ああ、彼とはじっくり話したいと思っていました。あんな強い男は初めて見ましたから、鍛錬方法など聞きたいです」

「では、このテーブルにお呼びしますわ」

 自然な流れで、彼をお招きする段取りができた。アリスを他の護衛に任せるのが不服そうではあるが、先ほどの戦いでお互いに通じるものがあったのか、意外に乗り気のラウル様が現れた。

「失礼いたします」

「おお、ラウル。先ほどは世話になったな」

「ユル様、鬼に捕まらなくて良かったですね。ジュリアス様がいなかったら、俺には守り切れませんでした。明日から、走り込みしてはいかがですか」

「次はないから不要だ。ジュリアス様が、お前の鍛錬方法を聞きたいとおっしゃっているぞ」

 ラウル様は少し驚いてから、照れ臭そうな顔になる。

「ご興味を持っていただき恐縮です。もともと、俺は運動がからきしダメで、騎士なんてとても無理だと言われていましたから、参考になるかどうか」

「聞かせていただこう」

 こうして、ラウル様が今の肉体を手に入れるまでの血と汗と涙の鍛錬方法を聞いた後、ジュリアス様は顎が外れそうなくらいの大変なお顔になっていた。

「それで、よく、しななかったな」

「ギリギリの線を攻めるのがポイントだったみたいです」

「どうして、そこまでして強くなりたかったのだ?」

 ジュリアス様、よくぞ聞いてくださった。私はその言葉を待っていたのだ。

「そこなんですの! これには、深いワケがありますのよ!」

 サラ様がお菓子に夢中なのをいいことに、我々は話し込む。ラウル様は恐縮するが、このタイミングとメンバーは天の采配に違いないと、みんなで背中を押した。

 その後、ユル様には特別任務を与え、計画の実行に移った。ラウル様はアリスを庭へ連れ出し、私たちは、こっそりと後を付ける。二人に気付かれないように影から見守った。

 今日の出来事を話しながら散歩する二人の姿は、仲の良い恋人同士にしか見えない。

(いい雰囲気ですわ)

 ふと、アリスが足を止めた。ラウル様は、それに気付いて振り返る。

「ラウル様、あの、話があります」

 アリスの様子からして、重要な内容に違いないと、見守り隊が一気に色めき立つ。

「何でも聞くよ」

 柔らかく笑うラウル様は、そっと右手を伸ばし、アリスの頬に触れる。二人きりのときは、こんなに優しい話し方になるのかと、皆で驚く。

 顔を真っ赤にして戸惑いながらも、アリスは顔を上げてラウル様に向き合った。俄然、我らの期待値も跳ね上がる。

 しかし、アリスはその手を弾くと、キッとラウル様を睨んだ。見守り隊は息をのむ。

「人前でキスするのは、やめてください!」

(アリスー!)

 彼女の言葉に、甘い雰囲気がぶち壊しである。ラウル様も目が点になっていた。それでも、彼女は止まらない。

「礼拝堂に残された私が、どれだけ恥ずかしい思いをしたと思っているのですか!? 本当に恥ずかしくて、消えてしまいたかったんです! もう二度としないでください!」

「ご、ごめん。配慮が足りなかった。今生のお別れかと思うと、自分を止められなかったんだよ。許してくれるかい?」

 その迫力に押されたラウル様が、必死に謝る。「魔物よりも婚約者殿の方が手強いとはな」と、ジュリアス様が笑いを噛み殺していた。

「ふう。文句を言ったら、スッキリしました」

 はにかむアリスを嬉しそうに見つめたラウル様は、彼女を優しく抱きしめる。

「気が済んだのなら、よかった。でも、人前で二度としないというのは、約束できないなあ」

「ラウル様!」

「大丈夫、気を付けるよ。だから、指輪を贈らせてくれないかな」

「ゆびわ? もういただきましたよ?」

「いや、いろいろダメな自分の黒歴史にまみれた物ではなく、改めて俺の愛を形にして贈りたいんだ」

 ラウル様はサラから手を離すと、片膝をつく。ポケットから小さな四角い箱を取り出して、蓋を開けるとアリスに差し出した。

「アリス、俺と結婚してほしい」

 見守り隊一同、心の中で盛大に拍手喝采を送った。美しい花が咲き誇る王宮の庭園で、麗しい騎士がプロポーズをしている。絵物語の一部を切り取ったかなような非の打ちどころのない光景だ。

 ちなみに、レオンはユル様が全力で拘束している。彼には申し訳ないが、私たちは前へ進まなくてはならない時期に来ているのだ。どうか、許してほしい。

(アリス! ここが正念場ですわ!)

 彼女は、不安そうな目をして口を開いた。

「私でいいのですか?」




しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」  待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。 「え……あの、どうし……て?」  あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。  彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。 ーーーーーーーーーーーーー  侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。  吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。  自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。  だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。  婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。 ※基本的にゆるふわ設定です。 ※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます ※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。 ※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。 ※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)  

【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる

櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。 彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。 だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。 私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。 またまた軽率に短編。 一話…マリエ視点 二話…婚約者視点 三話…子爵令嬢視点 四話…第二王子視点 五話…マリエ視点 六話…兄視点 ※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。 スピンオフ始めました。 「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!

余命3ヶ月を言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。 特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。 ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。 毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。 診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。 もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。 一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは… ※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いいたします。 他サイトでも同時投稿中です。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

結婚なんてしなければよかった。

haruno
恋愛
夫が選んだのは私ではない女性。 蔑ろにされたことを抗議するも、夫から返ってきたのは冷たい言葉。 結婚なんてしなければよかった。

婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです

神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。 そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。 アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。 仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。 (まさか、ね) だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。 ――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。 (※誤字報告ありがとうございます)

処理中です...