婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子

文字の大きさ
上 下
65 / 65

【番外編】敗者復活戦開始の翌日

しおりを挟む
 あの騒動の翌朝のこと。

「お嬢様、そろそろ起きてくださいませ」

 ナタリーの声で目が覚めたけれど、やけに体が重いし、頭もぼんやりする。日の高さを見ると、昼ぐらいだろうか。体力に自信のある私が、こんなに寝坊するなんて珍しい。

(あれは、夢だったのかな)

 長時間寝ていたのなら、変な夢を見てもおかしくない。そもそも、あんなキテレツな話があってたまるかと思うと、一気に気分が晴れた。

「なーんだ、夢だったのね!」

「たのもーう! アリス様にお目通りいただきたく、はるばる北の僻地より馳せ参じました! お取次ぎください!」

 突然、雷のような声がして、家が揺れた。慌てて窓辺に寄ると、甲冑に身を包んだ大柄な男性が、屋敷の前に立っている。

「なに、なに、なにーっ!?」

「ああ、またですか。本日、五人目ですね」

「どゆこと?」

 そこへ悠然と現れたのは、ラウル様だった。騎士の制服を着用し、凛としたそのお姿は、寝起きの私には眩しかった。

「ようこそ、と言いたいところだが、アリス殿に会わせるわけにはいかない。どうしてもお目にかかりたければ、俺を倒してからいけ」

「ラウル! なぜここにいる!」

(申し訳ないけれど、彼のことは熊男さんと呼ばせてもらおう)

 熊男さんは激しく動揺するが、ラウル様は涼しい顔をしていた。

「彼女の護衛をしているからだ」

「なぜだ! お前はアリス様から見限られたのだろう! しつこい男だな! 潔く身を引け!」

「それができないから、ここにいる。選べ。俺と戦うか、このまま帰るかを」

 ラウル様が訓練用の剣を見せると、男は不敵に笑う。

「はっ! ここまで来て、はいそうですかと、引き下がるバカがいるか! 剣の腕は俺の方が上だぞ!」

「やれやれ、何年前のことを言っている。怪我をしたくなければ、このまま帰ることだ」

「ちょっと顔が良くて、金があるからって、いい気になるなよ!」

「褒め言葉と受け取ろう」

 軽口を言いながらラウル様から訓練用の剣を受け取ると、熊男さんは軽く振って感触を確かめる。

「ふむ、悪くない剣だ! 行くぞ!」

 熊男さんはニカッと笑うと、ラウル様に剣を振り下ろして戦いが始まってしまった。

「大変! 止めなきゃ!」

「お嬢様、その前にお召替えを」

「え」

 寝起きの私は、ネグリジェのままだった。

「ありがとう、ナタリー!」
 
 慌てて顔を洗い、服を着替えて、髪を整えてもらう。駆け付けたときには、すでに勝負がついていた。

「ラウル様! ご無事ですか!?」

「アリス殿。こちらは問題ない。疲れているのに、起こしてしまってすまない」

「いいえ、もう起きていましたから」

 私の乙女心が、見栄を張れという。
 ふと、唸り声が聞こえた方向を見ると、即席の救護所が設営されていた。そこでは、五人の男性が手当を受けている。

「この方たちは……?」

「敗者復活戦の参加者たちだ。説得しても聞かないから、返り討ちにした」

「え」

「街に住む者は、時折り君に会う機会もある。そうでなくとも、昨日、参加者の仲間に会ったり、バルコニーでのアリス殿の演説を聞いたりした者は、それで満足したかもしれない。
 ただ、彼のように遠方に住む者にとって、君は女神に等しい存在だ。彼らの来襲は、今後もしばらく続くだろう」

(誰が女神ですと?)

 婿取り大会では、私の印象操作が巧みに行われたようだ。あれか、実際の姿を教えてしまうと幻滅して、参加者が減るからか。

 かと言って、実物とかけ離れたイメージを植え付けるのもどうかと思う。変に期待させてガッカリされたら、参加者も私も可哀想ではないか。

「痛みますか? あなたのお名前は?」

 彼らが気の毒すぎて、ついつい熊男さんに声をかけてしまった。二十代半ばだろうか。膝をつき、簡易ベッドに横たわる彼の手を握ると、頬を紅潮させて目を潤ませた。

「……ミシェル、です。こうしてお話しできるなんて夢みたいだ」

「ミシェルさん、私もお会いできて嬉しいです。遠くから来てくれたのですか?」

「ええ、でも、いいのです。アリス様に会えたのだから。このまましんでも悔いはありません」

(それは困る)

 私に会ったらしんでもいいなんて、言ってくれるな。私は女神どころか、死神になってしまうではないか。

「悲しいことを言わないでください。あなたには大切な家族と、国の未来を担うという尊い役割があるではありませんか。皆で手を携えて、共に歩んでまいりましょう」

(とにかく、生きて!)

「ア、アリス様……! 好きだあ!」

「きゃあっ!」

 感極まったミシェルさんは、私に飛びついてきた。逃げることができず、咄嗟に目を閉じる。

「そこまでだ」

 ラウル様が間に入ってくれたから、なんとか助かった。でも、喜んではいられない。なぜなら、彼に抱きしめられているからだ。

 たくましい腕に、広い胸。相手が男性だということを嫌でも見せつけられて、顔が真っ赤になる。

「ありがとうございます。もう離していただいて結構です」

「では、お送りしよう」

「え」

 ラウル様は、ひょいと私をお姫様抱っこする。その拍子に、気絶している彼が見えた。

「ミシェルさん、大丈夫でしょうか?」

「心配いらない。寝不足なんだろう。寝付きがいいとは、うらやましい」

 そんなわけあるかいと思いながらも、白目を剥いて気絶している彼を残して、私は自室へ戻されることになった。

「……腕を」

「腕、ですか?」

「いや、いい。気にしないでくれ」

 ラウル様が言いづらそうにしているが、腕に怪我でもされたのだろうか。もしかしたら、私が重くて辛いのかもしれない。

「ごめんなさい! 歩きます!」

 ピタリと足が止まる。ラウル様は、悲しそうな顔をして、私を見つめた。

「違うんだ。誤解させてすまない。俺の自信のなさと心の狭さが問題なんだ。アリス殿は悪くない。頼むから、君を抱く理由を取り上げないでくれ」

「え、あの、はい」

「でも、もし叶うなら、いつか君が俺に心を開いてくれる日がきたら……」

 そこまで話して、ラウル様は再び歩き始めた。

「きたら、何ですか?」

「……君の腕を、俺の首に回してくれないだろうか」

「え」

 やはり、このままではバランスが悪いとか、持ちにくいとかあるのだろうか。

「嫌なのは分かっている。無理強いするつもりはないから、安心してほしい。今は、こうしていられるだけで幸せなんだ」

 そう言うと、彼は美しい顔で笑った。

(なぜに、そこまで……)

 その行為の意味が、私には分からなかったけれど、ラウル様にとっては信頼の証なのだろう。

 この日の来襲は夜まで続き、合計三十名ほどの参加者が、ラウル様の前に倒れたらしい。全員が無傷か軽傷で済んでいるのは、彼が並外れて強いからだ。

 私は一人一人と面会し、労いの言葉をかけて、帰りの旅費を手渡した。ほとんどの人が受け取りを拒否したが、「地元の救護院などに寄附してください」と言葉を添えると、ようやく手にしてくれる。

 ラウル様の言う通り、しばらくの間はこんな日々が続いた。かなり大変ではあったけれど、参加者の皆さまの気持ちを思うと無碍にはできない。

 彼は、そんな私を愛おしそうに見つめて、「やはり、君は優しいな」と微笑む。

(本来のラウル様は、優しくて紳士的なのね)

 変えられない過去に囚われるのではなく、彼と新しい関係を構築していくことが、私に課せられた新たな役割なのかもしれない。

「あー、でも、簡単にはいかないよう」

「お嬢様、登校のお時間でございます」

「はあい」

 回想を中断して支度をし、エントランスに行くと、笑顔のラウル様がいた。

「よろしくお願いします」

「こちらこそ。愛しのアリス殿。この命にかえても、君を守り抜くことを誓う」

 うやうやしく騎士の礼をとる彼は、絵物語の王子様のようでキラキラしていた。

 それは、好きなタイプの、ど真ん中。
 思わず、顔から火を吹いた。
 ラウル様は、面白そうに笑う。

「ははっ、そろそろ慣れてもいいのに」

「無理です!」

(この人は、分かってやっているのかな!?)

 ラウル様との関係は今すぐ変わるものではないけれど、こうした日々の積み重ねが、二人の過去を癒し、現在から未来へ繋がっていくのだろう。

 今は想像もできないけれど、彼の首に腕を回して、お姫様抱っこをしてもらう未来もあるかもしれない。

 その未来は、全ての人にとって幸せなものでありますように。そう願いながら、学園へ向かうのだった。

 



 
 


 
しおりを挟む
感想 9

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(9件)

こいぬ
2024.10.20 こいぬ

面白かった。偶然見つけ、一気読みしました。楽しいお話、ありがとうございました。

解除
せんり
2021.09.14 せんり
ネタバレ含む
2021.09.15 神村 月子

せんり様、ご感想ありがとうございます!
レオンへの応援、感謝です。
彼がどう動くか、お楽しみに😆

解除
kimu
2021.09.13 kimu

アリスがかわそうです。
できれば、もっと素敵な人と巡り会ってくっついてほしいです。
ラウル様は自業自得なので、きっぱりと諦めてもらいたい。ラウル様とはくっついてほしくないです。

2021.09.13 神村 月子

kimu様、ご感想ありがとうございます!
アリスの心に寄り添っていただき、嬉しいです。

明日の投稿内容をご覧になったら、そのお考えが変わるかも知れません。
うふふ。
お楽しみに😆

解除

あなたにおすすめの小説

愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」  待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。 「え……あの、どうし……て?」  あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。  彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。 ーーーーーーーーーーーーー  侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。  吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。  自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。  だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。  婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。 ※基本的にゆるふわ設定です。 ※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます ※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。 ※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。 ※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)  

【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる

櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。 彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。 だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。 私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。 またまた軽率に短編。 一話…マリエ視点 二話…婚約者視点 三話…子爵令嬢視点 四話…第二王子視点 五話…マリエ視点 六話…兄視点 ※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。 スピンオフ始めました。 「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!

余命3ヶ月を言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。 特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。 ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。 毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。 診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。 もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。 一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは… ※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いいたします。 他サイトでも同時投稿中です。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

結婚なんてしなければよかった。

haruno
恋愛
夫が選んだのは私ではない女性。 蔑ろにされたことを抗議するも、夫から返ってきたのは冷たい言葉。 結婚なんてしなければよかった。

婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです

神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。 そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。 アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。 仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。 (まさか、ね) だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。 ――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。 (※誤字報告ありがとうございます)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。