婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子

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57 全ての人に救いを①(サラ視点)

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「サラ様! 王女殿下より、王家の威信にかけて、最高級のお菓子をご用意いたしますとの、お言葉を賜りました!」

(うわお!)

 嬉しくてたまらない。この国のお菓子は有名で、一度は食べてみたいと思っていたのだ。

「わあい! 楽しみ!」

「飛び跳ねるな。落ちるぞ」

 後ろから、ジュリアスの鋭い声がした。お互いの腰を紐で結んでいるので、私が落ちれば一蓮托生だ。彼まで危険にさらすわけにはいかない。

「ごめんなさい」

「分かればいい。疲れていないか?」

「大丈夫よ」

「そうか。あまり無理をしてくれるな。お前に何かあると、冗談抜きで世界が滅びる。俺も生きてはいられない」

 彼の言葉に力がこもる。これは、本気で心配させてしまったらしい。

「わかるよ。お菓子がない世界なんて、生きていける気がしないよね」

「……違う。そうじゃない」

 どうもジュリアスのご期待に添えなかったようなので、気持ちを切り替えて、今回の依頼内容を振り返る。

 複数の人が魔物になって、隣の国へ侵入したと聞いた。細かいことは教えてもらえなかったが、一体、どんな状況になればそんなことが起こるのだろう。

(そこまで彼らを追い込んだものは、何?)

 解決するにあたって、対象物の生死は問わないと依頼されたものの、できることなら全員を救ってあげたい。

 しばらくして、ユル様から下を見るように指示があった。

「あれが学園か。騎士団が魔物を食い止めているようだ。べらぼうに強い奴がいるな」

 校門付近で戦闘している騎士を見て、ジュリアスが感心している。学園上空を旋回してもらって、自分の目でも状況を確認した。

「えーと、魔物の数は8かな? 聞いていたよりも動きが速いね。一気に浄化すると、木っ端微塵にしちゃう」

「別に構わないだろう」

「でも、可哀想だよ。好きで魔物になる人なんていないもの。助けてあげたい」

「そうだな。一人ずつならいけるか?」

「うん、坂の上にある運動場まで誘導してくれたら嬉しいけど、出来そう?」

「相談してみよう」

 ジュリアスがユル様に伝えると、魔物を誘き寄せる囮がいればできそうだという話になった。ユル様を通して殿下や騎士へ伝えた後、立てられた作戦を聞いて、私たちは驚く。

「え!? 囮役は、ユル様ですか!?」

「ああ、そう決まった!」

 囮役を引き受けたということは、足に自信があるのだろうか。そのわりには、かなり緊張している様子だ。

 騎士は甲冑を身に付けているから、走るのには向かない。だから、軽装なユル様が選ばれたのかもしれないけれど、彼は戦闘員ではない。大丈夫だろうか。

「何かの罰ゲームかな」

 ぽつりとジュリアスが呟く。

「そんな怖いことある!?」

 本物の鬼ごっこなんて、私ならやりたくない。殿下には、何か深いお考えがあるのだろう。どうかユル様には、魔物に捕まらないように頑張ってほしい。

 私が運動場に降りると、すでに数名の騎士が待機していてくれた。彼らに礼を言ってから、ふわりと再び舞い上がった飛竜を見上げる。

「サラ、無理だと思ったら逃げろよ」

「ジュリアスもね」

「俺に出来ないことはない。待ってろ」

「うん、気を付けて」

 ユル様とジュリアスを見送ると、荷物を騎士に預けて、今から儀式を行うと伝えた。少し離れた場所から彼らは見守ってくれる。

 私は目を閉じて呼吸を整え、神より賜りし聖なる力を、じっくりと練っていく。

(さあ、いくわよ)

 一族に伝わる歌を口ずさみながら、ゆっくりと舞う。一音一音、指先にまで心を込めて、踊りに合わせて力を解放する。

 すると、魔物の影響でどんよりしていた学園の気配は、私を中心にゆっくりと清浄化していった。

「これが、光の民の浄化!?」

「舞踊と歌唱を用いるのか!?」

 そうだけれど、正確には違う。これは、彼をお招きするための演目だ。

(……つながった)

 天に祈りが届いた手応えを感じた瞬間、ピカッと稲光が走った。目の眩むような明るさに、騎士たちは狼狽える。

「雷だと!?」

「魔物の攻撃か!」

 護衛の騎士たちが動揺する中、ドーンという轟音が鳴り響く。

「サラ様っ!」

「ご無事ですか!?」

 口々に心配の声をあげる騎士たち。
 地面の揺れが収まる頃、土煙の中から、白い衣に身を包んだ男性が現れた。

「っ! 何者だ!」

「動くなっ!」

 最大級の警戒で、騎士は私を守る。

(あ、言うの忘れてた)

 余計な不安を与えてしまって申し訳ないが、その怪しげな方は不審者ではない。

「みなさん、ご安心ください。そのお方は、オール様です」

「え?」

「オール様とは、オール様?」

 騎士の皆さんが混乱しているのも無理もない。何の前触れもなく、神様が降臨されたのだから。

 噂の彼は、長い金の髪をなびかせて、この世の誰よりも美しい顔で嬉しそうに微笑む。

「やあ、サラ。お邪魔虫がいないなんて珍しいね。どうしたんだい?」

「早速ですが、力をお貸しください。この学園が、魔物に襲われています」

 オール様は私の目を見ると、一瞬で経緯を読み取り、校門の方角に目をやる。

「ふうん。あれか。どうしたい?」

「人に戻したいのです」

「えー、やだなあ。面倒くさい。自ら魔に堕ちた者まで、助けなくていいんじゃないかなあ。強制浄化でいいよー」

「そんなことしたら、しんでしまいます。彼らには、人として生きて欲しいのです」

「彼らは、それを望んでいないよ」

 オール様は、あっさり否定した。恐らく、事情をご存知なのだろう。

「でも、可哀想です」

「ん? どうしてそう思うのかな。自分の価値観を押し付けるのは良くないよ。 人間に戻したところで、その人の心まで君に救えるかい? 人として生きている方が辛いこともある。深い絶望や苦しみを味わうのは、彼らだよ」

 そこまで考えていなかった。人に戻せば終わりではなく、そこから彼らの人生が再スタートする。その責任を負う覚悟が私にあるのか、問われているのだ。

「……考えが足りませんでした。人に戻すことが良いなんて偽善ですね。可哀想と思うこと自体が驕りでした。
 でも、このまま見過ごすことはできません」

「ふふ、サラは素直だね。厳しいことを言ったけれど、救える命があるのなら、私は協力を惜しまないよ。どんな苦しみも、憎しみも、時間が癒してくれるだろう」

 なんだかんだいって、オール様は優しい。その人が最も幸せになれるよう、導いてくれる。

「そうだな。浄化を手伝ってもいいけれど、条件を付けよう」

「どのような?」

「彼らを、祖国に返さないこと。この国で保護するのだ。そうだね、保証人はクロードになってもらうといい」

「クロードさん、ですか?」

 帰国できないことには複雑な事情があるのだろうが、クロードさんの説明が欲しい。騎士のみなさんを見ると、その中の一人が前へ出た。

「恐れながら申し上げます。それは、ハゥラス商会のクロードでしょうか」

(ナイスフォロー!)

「そうだ。クロードの存在が盾となり、彼らを守るだろう。さあ、幕が上がるよ。準備はいいかい?」

 オール様の目が、金色に輝いた。
 
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