40 / 65
40 ありがとう
しおりを挟む
「アリス様! アリス様!」
街では、ニッコニコの男性たちが肩を組み、リズミカルに飛び跳ね、私の名を叫ぶという、ものすごい事が起こっていた。
彼らのジャンプで大地が揺れているが、とにかく、すっごく楽しそうだ。抑圧されていたものから解放されたような、清々しささえ感じる。仮想の私をダシにして、はしゃいでいると言ってもいいだろう。
バルコニーにいる私を見つけた人々が「アリス様だ!」「なんと、お美しい!」と大歓声を上げ、空気の振動で窓ガラスが揺れた。これには、室内にいた者も驚きの声を上げる。
底なしのパワーを炸裂させる彼らを、私一人で止めることなどできるのだろうか。微笑みを浮かべながらも、背中を汗が伝う。
ドレスのままで良かった。これが、制服やワンピースでは格好がつかない。やはり、人前に立つ以上は、それに相応しい服装と立ち振る舞いが求められるものだから。エレガントに歩くよう心がけて、私はバルコニーを進む。
「一生の友に恵まれましたー!」
「青春の日々をありがとうー!」
「合宿、楽しかったですー!」
「無事に就職できましたー!」
……なんの報告かな?
彼らの発言内容が、どれも穏やかで明るいものだから、肩から力が抜け、自然に緊張がほぐれた。ようやく回り始めた頭で、この場をやり過ごす方法を探る。
やはり、お礼の言葉だろうか。
彼らは、弛まぬ努力を続けてくれたのだ。例え、それが自らのスキルアップや就職が目的だとしても、頑張ってくれた事実は変わらない。心からの感謝と、労いの言葉を捧げよう。
ふうっと息を吐いて、とびきりの笑顔になると、バルコニーの端から階下を眺める。歓声が一段と大きくなったので、手を振って応え、声を小さくするようにお願いした。
令嬢が大声で叫ぶわけにはいかないからね!
人々は期待の眼差しで待ち、街は水を打ったように静かだ。ここでカテーシーをし、完璧な淑女モードを展開してから、大きく息を吸う。
「ごきげんよう。お目見えできて光栄です。アリス・ギルツと申します。先ほどからお伺いしておりますと、みなさまのお言葉は、どれも良い事ばかりで、大変嬉しく思っております。それを手にするまでの道のりと、努力の日々に思いを馳せると、心が震え、胸が熱くなりました。
そして、今の私がありますのは、みなさまのおかげです。残念ながら、この喜びと感動をお伝えするだけの言葉を、私は持っておりません。どれだけ感謝しているか、お分かりになっていただけるでしょうか。高い所からではありますが、心よりお礼を申し上げます。みなさまとご縁をいただけたことは、私の誇りです!」
「わああああ!」「アリス様!」と、大歓声が上がった。近所迷惑なので、もう一度、声を抑えるようにお願いする。
「お一人お一人と、ゆっくりお話をしたいところでありますが、夜の女王の足音が聞こえて参りました。そろそろ、お開きにいたしましょう。この素晴らしい友情が光となり、みなさまの家路を照らすよう願います。
私を愛してくださった全ての方と、ご家族のご多幸を心よりお祈りし、ご挨拶とさせていただきます。ご静聴ありがとうございました」
「わああああ!」「好きだあ!」「やっぱ、最高!」それらの声に応えるように、にっこり微笑んで優雅に手を振る。ゆっくりと全方向に挨拶をしたら、深々とお辞儀をしてバルコニーを後にした。
もう、限界。
部屋に入った瞬間、膝から崩れ落ちたのを、レオンが支えてくれた。ラウル様はハゥラスを牽制していて動けないが、一瞬だけ私を見て微笑んでくれたのが分かる。
「ありがとう、アリス。まさに、大会参加者が夢に描いていたアリス像を、体現してくれたね。彼らは、きっと満足して帰るよ」
声を震わせながら、レオンが労ってくれた。彼らが、どんな姫君を想像していたかは知らないが、ご期待に応えることができたようでホッとする。
そして、厳しい鍛錬の末に身に付けた淑女の振る舞いは、無駄ではなかった。理想を押し付けてくるお父様には、反発ばかりしていたけれど、少しだけ感謝しよう。家に帰ったら、素直に「ありがとう」と伝えたい。
街では、ニッコニコの男性たちが肩を組み、リズミカルに飛び跳ね、私の名を叫ぶという、ものすごい事が起こっていた。
彼らのジャンプで大地が揺れているが、とにかく、すっごく楽しそうだ。抑圧されていたものから解放されたような、清々しささえ感じる。仮想の私をダシにして、はしゃいでいると言ってもいいだろう。
バルコニーにいる私を見つけた人々が「アリス様だ!」「なんと、お美しい!」と大歓声を上げ、空気の振動で窓ガラスが揺れた。これには、室内にいた者も驚きの声を上げる。
底なしのパワーを炸裂させる彼らを、私一人で止めることなどできるのだろうか。微笑みを浮かべながらも、背中を汗が伝う。
ドレスのままで良かった。これが、制服やワンピースでは格好がつかない。やはり、人前に立つ以上は、それに相応しい服装と立ち振る舞いが求められるものだから。エレガントに歩くよう心がけて、私はバルコニーを進む。
「一生の友に恵まれましたー!」
「青春の日々をありがとうー!」
「合宿、楽しかったですー!」
「無事に就職できましたー!」
……なんの報告かな?
彼らの発言内容が、どれも穏やかで明るいものだから、肩から力が抜け、自然に緊張がほぐれた。ようやく回り始めた頭で、この場をやり過ごす方法を探る。
やはり、お礼の言葉だろうか。
彼らは、弛まぬ努力を続けてくれたのだ。例え、それが自らのスキルアップや就職が目的だとしても、頑張ってくれた事実は変わらない。心からの感謝と、労いの言葉を捧げよう。
ふうっと息を吐いて、とびきりの笑顔になると、バルコニーの端から階下を眺める。歓声が一段と大きくなったので、手を振って応え、声を小さくするようにお願いした。
令嬢が大声で叫ぶわけにはいかないからね!
人々は期待の眼差しで待ち、街は水を打ったように静かだ。ここでカテーシーをし、完璧な淑女モードを展開してから、大きく息を吸う。
「ごきげんよう。お目見えできて光栄です。アリス・ギルツと申します。先ほどからお伺いしておりますと、みなさまのお言葉は、どれも良い事ばかりで、大変嬉しく思っております。それを手にするまでの道のりと、努力の日々に思いを馳せると、心が震え、胸が熱くなりました。
そして、今の私がありますのは、みなさまのおかげです。残念ながら、この喜びと感動をお伝えするだけの言葉を、私は持っておりません。どれだけ感謝しているか、お分かりになっていただけるでしょうか。高い所からではありますが、心よりお礼を申し上げます。みなさまとご縁をいただけたことは、私の誇りです!」
「わああああ!」「アリス様!」と、大歓声が上がった。近所迷惑なので、もう一度、声を抑えるようにお願いする。
「お一人お一人と、ゆっくりお話をしたいところでありますが、夜の女王の足音が聞こえて参りました。そろそろ、お開きにいたしましょう。この素晴らしい友情が光となり、みなさまの家路を照らすよう願います。
私を愛してくださった全ての方と、ご家族のご多幸を心よりお祈りし、ご挨拶とさせていただきます。ご静聴ありがとうございました」
「わああああ!」「好きだあ!」「やっぱ、最高!」それらの声に応えるように、にっこり微笑んで優雅に手を振る。ゆっくりと全方向に挨拶をしたら、深々とお辞儀をしてバルコニーを後にした。
もう、限界。
部屋に入った瞬間、膝から崩れ落ちたのを、レオンが支えてくれた。ラウル様はハゥラスを牽制していて動けないが、一瞬だけ私を見て微笑んでくれたのが分かる。
「ありがとう、アリス。まさに、大会参加者が夢に描いていたアリス像を、体現してくれたね。彼らは、きっと満足して帰るよ」
声を震わせながら、レオンが労ってくれた。彼らが、どんな姫君を想像していたかは知らないが、ご期待に応えることができたようでホッとする。
そして、厳しい鍛錬の末に身に付けた淑女の振る舞いは、無駄ではなかった。理想を押し付けてくるお父様には、反発ばかりしていたけれど、少しだけ感謝しよう。家に帰ったら、素直に「ありがとう」と伝えたい。
40
お気に入りに追加
570
あなたにおすすめの小説

愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた
迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」
待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。
「え……あの、どうし……て?」
あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。
彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。
ーーーーーーーーーーーーー
侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。
吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。
自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。
だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。
婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。
※基本的にゆるふわ設定です。
※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます
※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。
※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。
※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)

【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる
櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。
彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。
だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。
私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。
またまた軽率に短編。
一話…マリエ視点
二話…婚約者視点
三話…子爵令嬢視点
四話…第二王子視点
五話…マリエ視点
六話…兄視点
※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。
スピンオフ始めました。
「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!

余命3ヶ月を言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。
特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。
ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。
毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。
診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。
もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。
一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは…
※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いいたします。
他サイトでも同時投稿中です。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」

手放したくない理由
ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。
しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。
話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、
「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」
と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。
同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。
大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。


婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです
神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。
そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。
アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。
仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。
(まさか、ね)
だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。
――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。
(※誤字報告ありがとうございます)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる