婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子

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「アリス様! アリス様!」

 街では、ニッコニコの男性たちが肩を組み、リズミカルに飛び跳ね、私の名を叫ぶという、ものすごい事が起こっていた。

 彼らのジャンプで大地が揺れているが、とにかく、すっごく楽しそうだ。抑圧されていたものから解放されたような、清々しささえ感じる。仮想の私をダシにして、はしゃいでいると言ってもいいだろう。

 バルコニーにいる私を見つけた人々が「アリス様だ!」「なんと、お美しい!」と大歓声を上げ、空気の振動で窓ガラスが揺れた。これには、室内にいた者も驚きの声を上げる。

 底なしのパワーを炸裂させる彼らを、私一人で止めることなどできるのだろうか。微笑みを浮かべながらも、背中を汗が伝う。
  
 ドレスのままで良かった。これが、制服やワンピースでは格好がつかない。やはり、人前に立つ以上は、それに相応しい服装と立ち振る舞いが求められるものだから。エレガントに歩くよう心がけて、私はバルコニーを進む。

「一生の友に恵まれましたー!」

「青春の日々をありがとうー!」

「合宿、楽しかったですー!」

「無事に就職できましたー!」

 ……なんの報告かな?

 彼らの発言内容が、どれも穏やかで明るいものだから、肩から力が抜け、自然に緊張がほぐれた。ようやく回り始めた頭で、この場をやり過ごす方法を探る。

 やはり、お礼の言葉だろうか。

 彼らは、弛まぬ努力を続けてくれたのだ。例え、それが自らのスキルアップや就職が目的だとしても、頑張ってくれた事実は変わらない。心からの感謝と、労いの言葉を捧げよう。
 
 ふうっと息を吐いて、とびきりの笑顔になると、バルコニーの端から階下を眺める。歓声が一段と大きくなったので、手を振って応え、声を小さくするようにお願いした。

 令嬢が大声で叫ぶわけにはいかないからね!

 人々は期待の眼差しで待ち、街は水を打ったように静かだ。ここでカテーシーをし、完璧な淑女モードを展開してから、大きく息を吸う。

「ごきげんよう。お目見えできて光栄です。アリス・ギルツと申します。先ほどからお伺いしておりますと、みなさまのお言葉は、どれも良い事ばかりで、大変嬉しく思っております。それを手にするまでの道のりと、努力の日々に思いを馳せると、心が震え、胸が熱くなりました。
 そして、今の私がありますのは、みなさまのおかげです。残念ながら、この喜びと感動をお伝えするだけの言葉を、私は持っておりません。どれだけ感謝しているか、お分かりになっていただけるでしょうか。高い所からではありますが、心よりお礼を申し上げます。みなさまとご縁をいただけたことは、私の誇りです!」

 「わああああ!」「アリス様!」と、大歓声が上がった。近所迷惑なので、もう一度、声を抑えるようにお願いする。

「お一人お一人と、ゆっくりお話をしたいところでありますが、夜の女王の足音が聞こえて参りました。そろそろ、お開きにいたしましょう。この素晴らしい友情が光となり、みなさまの家路を照らすよう願います。
 私を愛してくださった全ての方と、ご家族のご多幸を心よりお祈りし、ご挨拶とさせていただきます。ご静聴ありがとうございました」

 「わああああ!」「好きだあ!」「やっぱ、最高!」それらの声に応えるように、にっこり微笑んで優雅に手を振る。ゆっくりと全方向に挨拶をしたら、深々とお辞儀をしてバルコニーを後にした。

 もう、限界。

 部屋に入った瞬間、膝から崩れ落ちたのを、レオンが支えてくれた。ラウル様はハゥラスを牽制していて動けないが、一瞬だけ私を見て微笑んでくれたのが分かる。

「ありがとう、アリス。まさに、大会参加者が夢に描いていたアリス像を、体現してくれたね。彼らは、きっと満足して帰るよ」

 声を震わせながら、レオンが労ってくれた。彼らが、どんな姫君を想像していたかは知らないが、ご期待に応えることができたようでホッとする。

 そして、厳しい鍛錬の末に身に付けた淑女の振る舞いは、無駄ではなかった。理想を押し付けてくるお父様には、反発ばかりしていたけれど、少しだけ感謝しよう。家に帰ったら、素直に「ありがとう」と伝えたい。
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