婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子

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34 回想・クロード①(ラウル視点)

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「……嘘だろう」

 婿選び大会の会場に着くと、あまりの人の多さに圧倒された。彼女は、外出も交友関係も制限されている。本人に会ったことがない参加者がほとんどのはずだ。それなのに、どうしてこんなにたくさんの人が集まるのだろう。

 周りを見ると、誰も彼も自分より強く、賢く見えてしまう。そんな、弱気になっている自分に気付いて、頭を振る。できることは全てやったのだから、自分を信じて臨むしかない。気持ちで負けたらダメだと、己を鼓舞する。

「説明会場はこちらでーす。大会中、身分は関係ないことを、貴族の方はご了承くださーい。全ての参加者を平等に扱いまーす。文句のある人は、お帰りくださーい」

 面白い試みだ。

 俺は平気だが、特権階級の者ほど、それは受け入れ難いだろう。しかし、大会の趣旨に賛同しなければ参加できない。渋い顔をしながらも、誘導係の指示に従う者も多かった。

 定刻を迎えると、責任者と思われる男性が前に立った。

「はるばる遠いところを、よく来てくれた! 諸君らは国の宝だ! ここで、多くを学び、たくさんの友を作ることを願っている!」

 友?

 ここは、婿を選ぶための審査の場ではないのかと、初っ端から不安になる。
 
 続いて、説明が始まった。
 この大会は、地区長や貴族の推薦により、出自に関係なく集められた若者により行われる。これより二週間、座学と戦闘訓練、ダンスのレッスン、それに貴族に相応しい教養と、立ち居振る舞いの基礎も学ぶ。

 それを聞いて、会場全体から嘆息がもれる。今さらかと呟く貴族と、そんなことに縁がなかった平民だ。

「様々な身分の者がいるのだから、実力に差があるのは当然だ。チーム内で助け合って、その差を埋め、共に乗り越えて欲しい。ギルツ家の婿を選ぶ大会ではあるが、身分を超えた交流の場としても、ぜひ、楽しんでくれ! 大会で得た知識が諸君らの糧となり、これからの人生で役に立つことを願っている!」

 どうやら、婿選びというより、人材育成の意味合いが強いようだ。貴族が平民へ教えることで、国力の底上げをする目的があるのかもしれない。会場を間違えたのではないことが分かり、ホッとする。

「なあ、お前、何歳だ?」

 自分のチームへ合流すると、屈託のない笑顔で話しかけてくる少年がいた。「十七歳だ」と答えると、一気に距離を詰めてくる。

「同じだな! 俺はクロードだ。仲良くしようぜ! お前、字が読めるか?」

 名乗ってから肯定すると、彼は弾けるような笑顔になった。

「ラウル! 俺に字を教えてくれ! 一緒にアリス様の婿を目指そう!」

「目指すのはいいが、選ばれるのは一人だぞ?」

 文字を教えるくらいお安い御用だが、共に努力しても、片方が選ばれなかったら悲しいだろう。始まったばかりだというのに、もう三年後のことを考えて気持ちが沈む。そんな自分を情けなく思っていると、彼は笑って、「俺は、大会の修了証書が欲しいんだ」と言う。

 この合宿を経験すれば、いいところに雇ってもらえる道が開けるらしい。見込みがある者は、商会や行政機関からのスカウトもあるという。

「俺は孤児だから、ろくな人生にならないと思っていたんだけど、これで何とかなるかもしれないな。ハゥラス様が口添えをしてくださったおかげで、ここにいるんだ。ありがたいよ」

 商人ハゥラスの名前なら、俺も聞いたことがある。アーカンホームの支援に力を注いでいた人だ。クロードは、あそこの出身だったのか。

「わざわざ修了証書なんてなくても、ハゥラスさんのところで雇ってもらえばいいのに」

「あー、そう思うよな。でも、外の世界を見て、視野を広げろって言われたんだ。かわいい子には旅をさせろってやつだな。いつか恩返しができるように、自分のできることを増やしたいよ」

 彼の目は、希望に溢れてキラキラしていた。あの人は見かけによらず、いい人らしい。小太りのハゲ親父で口も悪いから、性格も良くないと勝手に思い込んでいたことを反省する。

 クロードの前向きな性格と明るさに励まされ、手解きをするようになった。すると、チームの奴らが俺も俺もと集まってくるから、自然に彼らの面倒も見ることになる。そのうち、周りからは「トゥイナ塾」と呼ばれるようになった。

 どうしよう。
 めちゃくちゃ楽しい!

 参加した動機を忘れたわけではないが、俺は心地よい時間を過ごしていた。身分に関係なく、人と対等に付き合うことは、何と素晴らしいのだろう。

 彼らと付き合って分かったのは、身分が低くても能力は高く、向上心もあることだ。教育を受ける機会さえあれば、下手な貴族よりも使い物になるだろう。それに気付けば、特権階級だって、うかうかしていられない。

 この交流は互いにメリットがあり、国をさらに栄えさせるはずだ。この賑やかで幸せな合宿が終わっても、彼らと繋がっていたいと、心から思った。
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