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58 全ての人に救いを②(ジュリアス視点)
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「ユル様! もっと速く走ってください!」
「こ、これで精一杯、だっ」
息を切らすユル様と、俺たち騎士は走る。想定よりも魔物の食い付きが良いため、本気で逃げなければ命はない。こんなことなら、彼を馬に乗せれば良かったと軽く後悔する。
上空から見たときは、そこまで逼迫した状況ではなかった。魔物を騎士が攻撃しても、彼らは騎士を追い払う程度だったからだ。
しかし、ユル様を目の前にした途端、魔物たちは豹変し、凶暴化した。剥き出しの殺意で執拗に追いかけてくる。
やはり、ユル様が囮役になったのには理由があったのだ。きちんと話を聞いておくべきだったと反省するが、今さら後悔しても遅い。サラのいるところまで走らなければ、俺たちに明日はない。
(まずいな)
ユル様の速度が、明らかに落ちてきた。魔物との距離は徐々に詰められており、足止めと時間稼ぎをする必要がある。
同じことを考えたのか、一人の騎士が周りに声をかけると、騎士団はくるりと後ろを向き、魔物と対峙した。
「ここは、俺たちが引き受けます!」
「ラ、ラウル、すまない」
この男は、ラウルというのか。とんでもない身体能力の持ち主で、規格外に強い。
だが、それでも、魔物を滅することは難しいだろう。俺たちが助かる唯一の手段は、坂の上で待っている。何としても、そこまでたどり着かなくてはならない。
「感謝する!」
彼らに後ろを任せて、俺とユル様は運動場を目指す。そこまでは緩やかな上り坂が延々と続いているから、今のユル様にはキツイだろう。
「運動場が見えました!」
「え、本当、わっ!」
気が緩んだのか、ユル様が転んだ。
(嘘だろう!)
サッと血の気がひく。
しかも、その瞬間を魔物は見逃さなかった。弾みを付けて騎士団を飛び越え、ユル様を目がけて八体が同時に飛びかかろうとする。ラウルたちは必死に応戦していたが、一体を取りこぼした。
「行きました!」
「任せろ!」
俺は剣を抜き、魔物を切り裂く。
しかし、すぐに再生して動き出すだろう。彼らが復元に入っているわずかな時間で、こちらは対応策を練るしかない。
「分が悪いな。ユル様、立てますか!」
「ああ。……っ! 足を捻った!」
意外に、どんくさい人だ。次回があれば、絶対に馬へ乗ってもらおう。
「動けますか? 走れなくても走ってください」
サラとの未来を、こんなところで失うわけにはいかない。最悪、俺がユル様を担いで走る。
「無茶を言う奴だな。だが、その通りだ」
足をかばいながらも、ユル様は進み始めた。斬った魔物がゆるゆると元の体に戻っていくのを横目で見て、俺は戦闘中の騎士団へ声をかける。
「サラはそこにいる! ここまで来れば、勝ったも同然だ! 後は任せた!」
騎士たちの士気が上がるのを見届けると、踵を返して走る。すぐにユル様に追いつき、彼の手を引いて走る。ほどなくして、運動場にたどり着いた。
「ジュリアスー! ユル様ー!」
サラが、ブンブン手を振っている。隣にいるのはオール様だ。いつもは煩わしいお人だが、こういうときには頼りになる。
「サラのところまで行きましょう!」
「……あ、あ」
ゼエゼエと肩で息をしながら、気力を振り絞って進もうとする彼に「オオオーッ」と、魔物が木陰から飛びかかる。
「しまっ!」
そこから先は、やたらとゆっくり世界が動いているように見えた。
(これが、走馬灯か)
恐ろしいほどの執念でユル様の命を奪いにくるそれは、大きな口を開けて笑った。決して美しいとは言えない形相で、心の底から嬉しそうな様子だ。そこからは、念願が叶ったと大いに喜ぶ感情がみえた。
しかし、彼の望みは叶わない。
まばゆい光の糸によって、動きを止められたからだ。
「大丈夫ですか!?」
サラの手から伸びた聖なる糸が、魔物を捕獲していた。彼女の力がなければ、二人の命はなかっただろう。
「ありがとう、サラ。二人とも無事だ」
ニコリと笑うと、サラは集中に入る。踊るように、歌うように、糸はふわりふわりと、しかし、強さを持って魔物を絡め取っていく。抵抗しても糸は切れない。次第に糸は厚みを増し、くるくると魔物を包み込んでいく。
彼女から聞いた話では、魔物は光の球の中で、少しずつ清められていくらしい。オール様の満足そうな顔を見ても、うまくいっているのが分かる。
「サラ、もういいだろう。解いてごらん」
「はい」
サラが手を下ろすと、糸は光に溶けてキラキラと消えていった。騎士たちから、感嘆の声がもれる。
そこに残されたのは、ひどく汚れた囚人服を着た男だ。かなり弱っているようで、目を閉じたまま身動きひとつしない。
「おい、お前。生きているか?」
「……」
反応はないが、息はしているようだ。
怪訝な顔をする俺に、サラは説明を始めた。
「浄化と同時に病も癒したんだけど、もともと衰弱している体までは治せなかったの」
「オール様が、ケチったな」
「嫌だなあ、人聞きの悪い。八人も完全に回復させたら、サラが倒れるから仕方ないだろう。それに、他人の世話になることも、今の彼らには必要だ」
「そういうことにしましょう」
人との触れ合いで心と体を癒したり、この国で生きていくための足場を固めたりする意味もあるのかと推測する。
その人は、騎士の手により救護室へ運ばれた。オール様が「そのうち元に戻るだろう」と言うので、心配はないだろう。
ただ、作戦がうまく行ったにも関わらず、ユル様が、複雑な表情を浮かべているのは気になった。
「こ、これで精一杯、だっ」
息を切らすユル様と、俺たち騎士は走る。想定よりも魔物の食い付きが良いため、本気で逃げなければ命はない。こんなことなら、彼を馬に乗せれば良かったと軽く後悔する。
上空から見たときは、そこまで逼迫した状況ではなかった。魔物を騎士が攻撃しても、彼らは騎士を追い払う程度だったからだ。
しかし、ユル様を目の前にした途端、魔物たちは豹変し、凶暴化した。剥き出しの殺意で執拗に追いかけてくる。
やはり、ユル様が囮役になったのには理由があったのだ。きちんと話を聞いておくべきだったと反省するが、今さら後悔しても遅い。サラのいるところまで走らなければ、俺たちに明日はない。
(まずいな)
ユル様の速度が、明らかに落ちてきた。魔物との距離は徐々に詰められており、足止めと時間稼ぎをする必要がある。
同じことを考えたのか、一人の騎士が周りに声をかけると、騎士団はくるりと後ろを向き、魔物と対峙した。
「ここは、俺たちが引き受けます!」
「ラ、ラウル、すまない」
この男は、ラウルというのか。とんでもない身体能力の持ち主で、規格外に強い。
だが、それでも、魔物を滅することは難しいだろう。俺たちが助かる唯一の手段は、坂の上で待っている。何としても、そこまでたどり着かなくてはならない。
「感謝する!」
彼らに後ろを任せて、俺とユル様は運動場を目指す。そこまでは緩やかな上り坂が延々と続いているから、今のユル様にはキツイだろう。
「運動場が見えました!」
「え、本当、わっ!」
気が緩んだのか、ユル様が転んだ。
(嘘だろう!)
サッと血の気がひく。
しかも、その瞬間を魔物は見逃さなかった。弾みを付けて騎士団を飛び越え、ユル様を目がけて八体が同時に飛びかかろうとする。ラウルたちは必死に応戦していたが、一体を取りこぼした。
「行きました!」
「任せろ!」
俺は剣を抜き、魔物を切り裂く。
しかし、すぐに再生して動き出すだろう。彼らが復元に入っているわずかな時間で、こちらは対応策を練るしかない。
「分が悪いな。ユル様、立てますか!」
「ああ。……っ! 足を捻った!」
意外に、どんくさい人だ。次回があれば、絶対に馬へ乗ってもらおう。
「動けますか? 走れなくても走ってください」
サラとの未来を、こんなところで失うわけにはいかない。最悪、俺がユル様を担いで走る。
「無茶を言う奴だな。だが、その通りだ」
足をかばいながらも、ユル様は進み始めた。斬った魔物がゆるゆると元の体に戻っていくのを横目で見て、俺は戦闘中の騎士団へ声をかける。
「サラはそこにいる! ここまで来れば、勝ったも同然だ! 後は任せた!」
騎士たちの士気が上がるのを見届けると、踵を返して走る。すぐにユル様に追いつき、彼の手を引いて走る。ほどなくして、運動場にたどり着いた。
「ジュリアスー! ユル様ー!」
サラが、ブンブン手を振っている。隣にいるのはオール様だ。いつもは煩わしいお人だが、こういうときには頼りになる。
「サラのところまで行きましょう!」
「……あ、あ」
ゼエゼエと肩で息をしながら、気力を振り絞って進もうとする彼に「オオオーッ」と、魔物が木陰から飛びかかる。
「しまっ!」
そこから先は、やたらとゆっくり世界が動いているように見えた。
(これが、走馬灯か)
恐ろしいほどの執念でユル様の命を奪いにくるそれは、大きな口を開けて笑った。決して美しいとは言えない形相で、心の底から嬉しそうな様子だ。そこからは、念願が叶ったと大いに喜ぶ感情がみえた。
しかし、彼の望みは叶わない。
まばゆい光の糸によって、動きを止められたからだ。
「大丈夫ですか!?」
サラの手から伸びた聖なる糸が、魔物を捕獲していた。彼女の力がなければ、二人の命はなかっただろう。
「ありがとう、サラ。二人とも無事だ」
ニコリと笑うと、サラは集中に入る。踊るように、歌うように、糸はふわりふわりと、しかし、強さを持って魔物を絡め取っていく。抵抗しても糸は切れない。次第に糸は厚みを増し、くるくると魔物を包み込んでいく。
彼女から聞いた話では、魔物は光の球の中で、少しずつ清められていくらしい。オール様の満足そうな顔を見ても、うまくいっているのが分かる。
「サラ、もういいだろう。解いてごらん」
「はい」
サラが手を下ろすと、糸は光に溶けてキラキラと消えていった。騎士たちから、感嘆の声がもれる。
そこに残されたのは、ひどく汚れた囚人服を着た男だ。かなり弱っているようで、目を閉じたまま身動きひとつしない。
「おい、お前。生きているか?」
「……」
反応はないが、息はしているようだ。
怪訝な顔をする俺に、サラは説明を始めた。
「浄化と同時に病も癒したんだけど、もともと衰弱している体までは治せなかったの」
「オール様が、ケチったな」
「嫌だなあ、人聞きの悪い。八人も完全に回復させたら、サラが倒れるから仕方ないだろう。それに、他人の世話になることも、今の彼らには必要だ」
「そういうことにしましょう」
人との触れ合いで心と体を癒したり、この国で生きていくための足場を固めたりする意味もあるのかと推測する。
その人は、騎士の手により救護室へ運ばれた。オール様が「そのうち元に戻るだろう」と言うので、心配はないだろう。
ただ、作戦がうまく行ったにも関わらず、ユル様が、複雑な表情を浮かべているのは気になった。
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