婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子

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21 レオン

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「アリス! そのまま走れ!」

 その声に意識が引き戻された。
 前方に目を凝らすと、親友がいる。

「レオン!」

 ニコリと笑う彼のかたわらを駆け抜け、後ろに控えていた護衛に抱きとめられると、ようやく止まることができた。

(息が苦しい)

 口の中に血の味を感じながら、ヘナヘナとその場に座り込む。

「悪いけど、アリスを追っていいのは、君たちじゃないんだな」

 待ってくれ。
 誰ならいいと言うのだ。
 振り返ってレオンを見る。
 
「僕が優しくて、よかったね」

 武術に秀でた才能を持ち、豊富な魔力も持つ彼は、悪いお兄さんたちに対して、剣ではなくまじないを使うつもりだ。

 両方の手のひらから、緑のつたが出現したと思ったら、光の速さで一直線に伸びていき、彼らに巻き付く。

「うわあっ!?」

 レオンは一歩も動くことなく、彼らを戦闘不能にしたのだ。鮮やかな手並みに驚く。

「アリス、大丈夫?」

 息が苦しくて返事ができないので、無言でうなずく。護衛が優しく背中をさすってくれていたが、レオンの目くばせで私から離れた。
 親友は、側に来ると膝をつき、私をしげしげと眺める。

「……その服装とか、これまでの経緯とか、いろいろ気になること満載だね。朝は学園にいたというのに、何をどうしたらこうなるんだい?」

 返す言葉もない。
 というか、今の状態では返せない。

「ところで、あいつらは何? 友だちだったら、ごめんね?」

 レオンは、追いかけてきた男たちを指して言う。これだけは、伝えなくてはならない。

「あい、つら、は、魔薬、の、売人、よ」

「聞いたか。すぐに行ってくれ」 
 
 レオンが指示をして、護衛が走る。
 その時、彼は何かに気付いた。

「さすがだな」

 そう呟くと、私の手を取る。

「アリス、立てるかい?」

「ごめ、ん。もう、ちょい」

 腰が抜けたようで、足に力が入らない。そんな私を見て、レオンは嬉しそうに笑った。

「待てないな。僕は気が短いんだ」

 ひょいと私を抱き上げる。

(えええー!)

 捕縛したお兄さんたちに背を向け、歩いていく。いつの間にか、こんなにもたくましくなった彼に、小さかったときの面影が重なる。

「待て、レオン! アリス殿と話をさせてくれ!」

(ラウル様っ!?)

 悲鳴をあげそうになって、両手で口を塞いだ。レオンが私をかしたのは、彼を見たからに違いない。二人には面識があったのか。

(幼なじみとはいえ、レオンは男性だもの。姫さま抱っこされているなんて、まずいわ!)

 慌てて降りようとするが、彼がそれを許してくれない。

「レオン、降ろして!」

 必死に手足を動かして抵抗するが、耳元で「あんまり暴れるとキスするよ」と言われ、私は固まった。

 レオンがおかしい。
 今朝は、あんなにもラウル様を擁護していたのに、態度が一変した。

(こんなの、ダメなのに!)

 大人しくなった私を見て、「なんだ、残念」と笑うと、ラウル様に体を向ける。彼の顔を見ることが出来ない私は、うつむくことしかできない。

「お久しぶりです。お言葉を返すようですが、お仕事を優先するべきではないですか? 今なら、悪い奴らを一網打尽にできますよ」

 レオンは悪びれることなく、ラウル様に告げた。彼は、鋼の心臓を持っているのか。

「そ、それは、そうだが、俺は彼女の誤解を解きたい。頼む、少しだけでいいんだ」

 何を話したいのか分からないが、仕事とプライベートの狭間に立ち、ラウル様が苦悩している。
 その時、レオンの護衛が駆けてきた。

「トゥイナ様! 店には魔薬があるはずです! 我々と共に行きましょう!」

 私とラウル様を、引き離すつもりだ。
 主人思いの見事な連携プレーだが、ラウル様は返事をしない。

「さあ、行ってください。僕は、せっかく掴んだチャンスを逃したくないので、これで失礼します」

 牽制するような挨拶をすませると、レオンはきびすを返した。

「アリス殿!」

 名を呼ばれて、反射的に顔を上げる。一瞬だけ見えたラウル様は、この世の終わりのような顔をしていた。

「傷付けてすまなかった! 許してくれ! せめて、話をさせて欲しい! このまま終わりたくない!」

 血を吐くような叫びが、胸に突き刺さる。

「レオン、話を聞くくらいな」

「ダメだ。お人好しの君のことだから、ほだされて、丸め込まれて、元のさやに収まってしまう。そんなこと、させるものか」

 すごい勢いで言葉を被せてきた。
 
「でも、あんな」

「文句を言うなら、キスするよ?」

 同じ手は食うものか。
 そうやって言えば、私が大人しくなると思っているのだろう。さっきは驚いたが、二度目は効かない。

「そんな気ないくせに!」

「……ふうん。試してみる?」

 レオンの目が変わる。
 逆らったらダメだと、直感した。

「いえ、遠慮します」

「それはそれで傷付くな」

 溶けるような目で微笑む彼は、本当に私の幼なじみだろうか。

「お願いがあるんだけど、僕の首に手を回してくれない? 聞いてくれたら、ご褒美に、君が疑問に思っていることを、僕が答えられる範囲で教えてあげる」

「何を?」

「ギルツ家の秘密について」
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