婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子

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15 好感度の急降下

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「御免! 私は、騎士団のラウル・トゥイナと申します。アリス殿に、お目通りを願いたい!」

 私は、お茶を盛大に吹き出した。
 メイド長が慌てて拭くものをくれるが、動揺した私は、それを握りしめたまま動けない。

「ま、まさか、何で!? おばあ様の家までは、ご存知ないはずなのに!」

 使用人を買収したのか、スパイを雇ったか、もしくは、ラウル様直属の隠密部隊がいて、私の行動は全て監視されているとか。
 そこまでの労力をかける値打ちが私にあるとは思えないが、それならば、誘拐されたと思い込んでいながらも、迷わずに学園へ来たことにも説明がつく。

(……引くわ~)

 お伽噺とぎばなしの王子様は、私の名推理により、追跡魔へと格下げされた。彼には二面性があるため、なおのこと怖い。
 もともと低かった好感度は、やや上がったものの、今はゼロだ。

(でも、きっと、これでいい)

 浮き足立っていた気持ちに冷や水を浴びせられ、妙な安心感を得た。あの時に感じた気持ちの先を、考えるのが怖かったからだ。
 おばあ様は、眉をひそめて私を見る。

「変ね。こんなに早く来るなんて」

 早くも何も、ここに来ること自体がおかしい。
 ふと、おばあ様の目が、私の指輪を見る。

「いけない子ね」

「え、私?」

 校則には触れないが、学園にはつけて行かないほうがよかっただろうか。おばあ様の笑顔は崩れていないが、それが余計に怖い。

「その指輪を見せてくれる?」

「は、はい」

 言われるがまま手を出すと、何の前触れもなく、おばあ様がまじないを始めた。

「え」

 ハープを演奏するように、おばあ様の指は滑らかな動きを始める。
 その指先からは、柔らかい紫の光があふれ出し、指輪を包み込む。やがて、光がすうっと指輪に吸い込まれた後、一瞬弾けて、ふわりと消えた。

「これでいいわ」

 満足げに、おばあ様は仰った。

「はあ」  

「ラウル様は、心配性なのね」

 考えたくもないが、彼が指輪に仕掛けをして、おばあ様が解除したようだ。そういえば、レオンも指輪がどうのこうの言っていた気がする。

 ここで、好感度の訂正をしよう。
 先ほどまではゼロだったが、今やマイナスだ。

 やはり、婚約の話は考え直したほうがいいかもしれない。先ほどの決意は、なかったことにする。
 おばあ様はニコリと笑う。

「指輪はそのまま、はめておきなさい」

「え、嫌です」

 すごく捨てたい。

「もうそれは、ただの指輪だから大丈夫」

「いえ、そういう問題ではありません」

 とにかく気持ち悪い。

「まあまあ。アリスは来ていないことになっているから、そのうち、お帰りになるでしょう」

 ここまで執拗に追って来て、簡単に諦めてくれるようには思えないが、ごねずに帰ったほうがいい。この家の護衛は、顔で選ばられたと言われるほど、怖いお兄様たちだから。

「うふふ。楽しくなってきたわ。こんなに胸が躍るのは久しぶりよ。アリス、ありがとう」

 よく分からないが、感謝されてしまった。
 ここは、孫を心配するところではないのか。

 前々から気になっていたが、おばあ様は、自分が人よりも多くを知っていることを、自覚するべきだ。全てにおいて説明不足で、私にはさっぱり分からない。

 その時、馬のいななきが聞こえた。追い返されたラウル様が、馬屋へ行ったのだろう。

「……あっ!」

 そこには、愛馬もいることを思い出した。ソレイユが見つかると、私がいることが分かってしまうかもしれない。 
 追われる立場とは、嫌なものだ。
 些細なことも気になって、落ち着かない。

「馬具に銘入れしてある? 紋章は?」

 おばあ様は、私の思考を先読みして質問する。

「いいえ。お忍び用なので、素性の分かるものはありません」

 でも、もし、私の馬だと分かったら?
 粘着質の二重人格者を怒らせたら、私はどうなるのだろう。

 そもそも、学園に留まらなかった時点で、私には不利なのだ。あの時は、それが最善だと思ったが、今は少し後悔している。彼を裏切った事実が残ってしまったからだ。

 でも、終わったことを後悔しても、やり直すことはできない。生産性のないことを考えるのは、時間の無駄だ。

(大丈夫よ)

 彼が、私の馬まで把握しているはずはない。

「あら」
 
 おばあさまが遠くを見て、少し驚いたように目を瞬かせた。

「ソレイユが見つかったわ」
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