15 / 65
15 好感度の急降下
しおりを挟む
「御免! 私は、騎士団のラウル・トゥイナと申します。アリス殿に、お目通りを願いたい!」
私は、お茶を盛大に吹き出した。
メイド長が慌てて拭くものをくれるが、動揺した私は、それを握りしめたまま動けない。
「ま、まさか、何で!? おばあ様の家までは、ご存知ないはずなのに!」
使用人を買収したのか、スパイを雇ったか、もしくは、ラウル様直属の隠密部隊がいて、私の行動は全て監視されているとか。
そこまでの労力をかける値打ちが私にあるとは思えないが、それならば、誘拐されたと思い込んでいながらも、迷わずに学園へ来たことにも説明がつく。
(……引くわ~)
お伽噺の王子様は、私の名推理により、追跡魔へと格下げされた。彼には二面性があるため、なおのこと怖い。
もともと低かった好感度は、やや上がったものの、今はゼロだ。
(でも、きっと、これでいい)
浮き足立っていた気持ちに冷や水を浴びせられ、妙な安心感を得た。あの時に感じた気持ちの先を、考えるのが怖かったからだ。
おばあ様は、眉を顰めて私を見る。
「変ね。こんなに早く来るなんて」
早くも何も、ここに来ること自体がおかしい。
ふと、おばあ様の目が、私の指輪を見る。
「いけない子ね」
「え、私?」
校則には触れないが、学園にはつけて行かないほうがよかっただろうか。おばあ様の笑顔は崩れていないが、それが余計に怖い。
「その指輪を見せてくれる?」
「は、はい」
言われるがまま手を出すと、何の前触れもなく、おばあ様が呪いを始めた。
「え」
ハープを演奏するように、おばあ様の指は滑らかな動きを始める。
その指先からは、柔らかい紫の光があふれ出し、指輪を包み込む。やがて、光がすうっと指輪に吸い込まれた後、一瞬弾けて、ふわりと消えた。
「これでいいわ」
満足げに、おばあ様は仰った。
「はあ」
「ラウル様は、心配性なのね」
考えたくもないが、彼が指輪に仕掛けをして、おばあ様が解除したようだ。そういえば、レオンも指輪がどうのこうの言っていた気がする。
ここで、好感度の訂正をしよう。
先ほどまではゼロだったが、今やマイナスだ。
やはり、婚約の話は考え直したほうがいいかもしれない。先ほどの決意は、なかったことにする。
おばあ様はニコリと笑う。
「指輪はそのまま、はめておきなさい」
「え、嫌です」
すごく捨てたい。
「もうそれは、ただの指輪だから大丈夫」
「いえ、そういう問題ではありません」
とにかく気持ち悪い。
「まあまあ。アリスは来ていないことになっているから、そのうち、お帰りになるでしょう」
ここまで執拗に追って来て、簡単に諦めてくれるようには思えないが、ごねずに帰ったほうがいい。この家の護衛は、顔で選ばられたと言われるほど、怖いお兄様たちだから。
「うふふ。楽しくなってきたわ。こんなに胸が躍るのは久しぶりよ。アリス、ありがとう」
よく分からないが、感謝されてしまった。
ここは、孫を心配するところではないのか。
前々から気になっていたが、おばあ様は、自分が人よりも多くを知っていることを、自覚するべきだ。全てにおいて説明不足で、私にはさっぱり分からない。
その時、馬の嘶きが聞こえた。追い返されたラウル様が、馬屋へ行ったのだろう。
「……あっ!」
そこには、愛馬もいることを思い出した。ソレイユが見つかると、私がいることが分かってしまうかもしれない。
追われる立場とは、嫌なものだ。
些細なことも気になって、落ち着かない。
「馬具に銘入れしてある? 紋章は?」
おばあ様は、私の思考を先読みして質問する。
「いいえ。お忍び用なので、素性の分かるものはありません」
でも、もし、私の馬だと分かったら?
粘着質の二重人格者を怒らせたら、私はどうなるのだろう。
そもそも、学園に留まらなかった時点で、私には不利なのだ。あの時は、それが最善だと思ったが、今は少し後悔している。彼を裏切った事実が残ってしまったからだ。
でも、終わったことを後悔しても、やり直すことはできない。生産性のないことを考えるのは、時間の無駄だ。
(大丈夫よ)
彼が、私の馬まで把握しているはずはない。
「あら」
おばあさまが遠くを見て、少し驚いたように目を瞬かせた。
「ソレイユが見つかったわ」
私は、お茶を盛大に吹き出した。
メイド長が慌てて拭くものをくれるが、動揺した私は、それを握りしめたまま動けない。
「ま、まさか、何で!? おばあ様の家までは、ご存知ないはずなのに!」
使用人を買収したのか、スパイを雇ったか、もしくは、ラウル様直属の隠密部隊がいて、私の行動は全て監視されているとか。
そこまでの労力をかける値打ちが私にあるとは思えないが、それならば、誘拐されたと思い込んでいながらも、迷わずに学園へ来たことにも説明がつく。
(……引くわ~)
お伽噺の王子様は、私の名推理により、追跡魔へと格下げされた。彼には二面性があるため、なおのこと怖い。
もともと低かった好感度は、やや上がったものの、今はゼロだ。
(でも、きっと、これでいい)
浮き足立っていた気持ちに冷や水を浴びせられ、妙な安心感を得た。あの時に感じた気持ちの先を、考えるのが怖かったからだ。
おばあ様は、眉を顰めて私を見る。
「変ね。こんなに早く来るなんて」
早くも何も、ここに来ること自体がおかしい。
ふと、おばあ様の目が、私の指輪を見る。
「いけない子ね」
「え、私?」
校則には触れないが、学園にはつけて行かないほうがよかっただろうか。おばあ様の笑顔は崩れていないが、それが余計に怖い。
「その指輪を見せてくれる?」
「は、はい」
言われるがまま手を出すと、何の前触れもなく、おばあ様が呪いを始めた。
「え」
ハープを演奏するように、おばあ様の指は滑らかな動きを始める。
その指先からは、柔らかい紫の光があふれ出し、指輪を包み込む。やがて、光がすうっと指輪に吸い込まれた後、一瞬弾けて、ふわりと消えた。
「これでいいわ」
満足げに、おばあ様は仰った。
「はあ」
「ラウル様は、心配性なのね」
考えたくもないが、彼が指輪に仕掛けをして、おばあ様が解除したようだ。そういえば、レオンも指輪がどうのこうの言っていた気がする。
ここで、好感度の訂正をしよう。
先ほどまではゼロだったが、今やマイナスだ。
やはり、婚約の話は考え直したほうがいいかもしれない。先ほどの決意は、なかったことにする。
おばあ様はニコリと笑う。
「指輪はそのまま、はめておきなさい」
「え、嫌です」
すごく捨てたい。
「もうそれは、ただの指輪だから大丈夫」
「いえ、そういう問題ではありません」
とにかく気持ち悪い。
「まあまあ。アリスは来ていないことになっているから、そのうち、お帰りになるでしょう」
ここまで執拗に追って来て、簡単に諦めてくれるようには思えないが、ごねずに帰ったほうがいい。この家の護衛は、顔で選ばられたと言われるほど、怖いお兄様たちだから。
「うふふ。楽しくなってきたわ。こんなに胸が躍るのは久しぶりよ。アリス、ありがとう」
よく分からないが、感謝されてしまった。
ここは、孫を心配するところではないのか。
前々から気になっていたが、おばあ様は、自分が人よりも多くを知っていることを、自覚するべきだ。全てにおいて説明不足で、私にはさっぱり分からない。
その時、馬の嘶きが聞こえた。追い返されたラウル様が、馬屋へ行ったのだろう。
「……あっ!」
そこには、愛馬もいることを思い出した。ソレイユが見つかると、私がいることが分かってしまうかもしれない。
追われる立場とは、嫌なものだ。
些細なことも気になって、落ち着かない。
「馬具に銘入れしてある? 紋章は?」
おばあ様は、私の思考を先読みして質問する。
「いいえ。お忍び用なので、素性の分かるものはありません」
でも、もし、私の馬だと分かったら?
粘着質の二重人格者を怒らせたら、私はどうなるのだろう。
そもそも、学園に留まらなかった時点で、私には不利なのだ。あの時は、それが最善だと思ったが、今は少し後悔している。彼を裏切った事実が残ってしまったからだ。
でも、終わったことを後悔しても、やり直すことはできない。生産性のないことを考えるのは、時間の無駄だ。
(大丈夫よ)
彼が、私の馬まで把握しているはずはない。
「あら」
おばあさまが遠くを見て、少し驚いたように目を瞬かせた。
「ソレイユが見つかったわ」
79
お気に入りに追加
570
あなたにおすすめの小説

愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた
迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」
待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。
「え……あの、どうし……て?」
あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。
彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。
ーーーーーーーーーーーーー
侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。
吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。
自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。
だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。
婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。
※基本的にゆるふわ設定です。
※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます
※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。
※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。
※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)

【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる
櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。
彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。
だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。
私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。
またまた軽率に短編。
一話…マリエ視点
二話…婚約者視点
三話…子爵令嬢視点
四話…第二王子視点
五話…マリエ視点
六話…兄視点
※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。
スピンオフ始めました。
「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!

余命3ヶ月を言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。
特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。
ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。
毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。
診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。
もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。
一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは…
※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いいたします。
他サイトでも同時投稿中です。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……
希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。
幼馴染に婚約者を奪われたのだ。
レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。
「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」
「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」
誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。
けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。
レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。
心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。
強く気高く冷酷に。
裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。
☆完結しました。ありがとうございました!☆
(ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在))
(ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9))
(ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在))
(ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」

手放したくない理由
ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。
しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。
話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、
「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」
と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。
同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。
大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。


婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです
神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。
そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。
アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。
仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。
(まさか、ね)
だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。
――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。
(※誤字報告ありがとうございます)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる